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「また、それですか……」
私は昨晩と同じように、潤滑剤や媚薬の瓶が入った箱を卓の上に置いた。
今晩もアーファ様は晩酌が進んでいるようだ。すでに目元が赤い。
「飲まれますか?」
媚薬を指差して尋ねると、彼は不機嫌そうな声を発する。
「必要ありません」
「そうですか。では、さくっと終わらせましょう」
「さくっと……」
「なにか?」
「こういう行為は、さくっとするものですか?」
「私たちの目的は子を生すことですから、さくっと行えばいいと思います」
アーファ様は何か言いたげに口を開きかけたが、結局言葉を呑み込んでしまう。
(口下手というわけではないのに、肝心なところで黙る方なのよね……)
こういう点も好みではない。私は無駄なやりとりに時間を割くことが好きではないからだ。
(この人のどこに魅力を感じていたのかしら……)
前回同様、潤滑剤の瓶を彼の前に置いて、私は寝台へ移動する。
上掛けを被ろうとして、アーファ様は瞠目した。
「ま、また、そんな姿でするのですか?」
「ええ。貴方だって私の姿が見えないほうがいいでしょう? それに私も貴方を見たくありません」
「これでは、あまりにも……機械的すぎて……」
「機械的に子を生そうとしています」
「それは……」
アーファ様は額に手を当てて沈黙する。そんな彼の姿を横目に、私は上掛けを頭から被り、寝台の上で脚を開いた。
相手の顔が見えないから恥ずかしさも多少和らぎ、大胆なことができるのだ。
寝台がきしりと揺れた。
脚のあいだに身を寄せられた気配を感じ、ふいに彼の手が私の太腿に触れる。
「触らないで!」
「す、すみません」
こんなに強く咎めるつもりはなかった。
アーファ様の焦った声を聞きながら、苦々しい気持ちが胸に広がっていく。
「挿れますね……」
小さな声と同時に、彼の存在感のあるものが私の中へと挿入ってくる。
(初めての時と比べると、大分すんなり入るようになったわ……。こうやって私の中がほぐされていくのね)
他人事のように分析していると、アーファ様は腰を振り始めた。
肉杭を呑み込んだ場所は潤滑剤が絡み合い、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を響かせる。
(こんなの何が気持ちいいのかしら……。両思いの人が相手なら快感に変わるのかしら……)
暗い上掛けの中で取り留めのないことを考えながら、腹に広がるはずの熱を待った。
◇
そんな営みを五日間続け、六日目の夜。
アーファ様は開脚した私の前で項垂れ言った。
「もう無理です……」
「え?」
頭に被った上掛けを外し、股のあいだにいるアーファ様を見やると、彼は私の下半身から目を逸らした。
「勃ちませんか?」
悲壮な顔をしていたはずの夫は、たちまち赤面して眉をつり上げる。
「そうではなくて、こんな形で貴女を抱くのは無理だと言ったのです!」
「穴に棒を入れるだけですよ?」
「その言い方もやめてください! これでは、貴女を強引に犯している気持ちになります」
「気にしすぎです」
私の返答が気に障ったのか、アーファ様は怪訝そうだ。
「とにかく、この形でするのは無理です。せめて顔を見ながらしませんか?」
「嫌です」
「貴女は誰が自分を抱いているのか見ないで平気なのですか!」
「子を生すためですから仕方ないでしょう? 私だって嫌ですが、我慢しております」
「っ!」
アーファ様は懸命に言葉を探している。どうしてそんなにも必死になるのか分からない。
「私が耐えられる形での行為をお願いしているだけなのに、何が問題なのですか」
「僕が耐えられません。虚しくなります……」
「でも、男性は気持ちいいのでしょう? それなら子を生すまでは感情を捨てて、排泄と同じように考えてみてはどうですか?」
「排泄!?」
「はい。私は女なので男性の感覚は分かりませんが、違うのですか?」
「貴女はどこまで僕を馬鹿にするのですか!」
アーファ様は口の端を歪めて苦々しげに告げた。
「初めての夜も僕は嫌だと貴女に伝えた。でも貴女が行為を迫ったではありませんか!」
厳しい口調で責められて、肌がひりつく。
普段の穏やかな口調を一転させて、彼は声を荒らげる。
「どうして、自分の気分ひとつで、僕の尊厳を無視するような行動を強いるのです!」
相手に柔らかい印象を与える明るい灰色の瞳を陰らせて、アーファ様は私を睨む。
一瞬怯みそうになったけれど、私は真っ直ぐに彼を見つめ返した。
「たしかに関係を迫ったのは私です。結婚自体も強引な形で成立させられて、貴方には不本意なものだったでしょう」
鼓動が速くなってきて、喉が塞がったように息苦しい。
私は乱れたナイトガウンを整えて寝台から離れ、卓の上に置いてあった箱を手に取った。潤滑剤は使用された形跡がない。
(初めからするつもりがなかったのね……)
卓の上に置かれたままの酒瓶の中身は、いつもよりも多く減っていた。
酒を飲まないとやっていられないほど嫌な行為なのだろう。
「どういう形でするのがお望みなのですか?」
「そ、それは……」
アーファ様は立ち上がり卓に近づく。私はさっと箱を手に取り、彼から離れて自室に続く扉へ向かった。
扉の前で振り返ると、困惑した彼の顔が見えて、息苦しさが増す。
「まるで恋人のように身体を重ねますか?」
「そこまでは言っていませんが……、でも僕は」
「私を強姦するような形でするのは嫌だ。できれば行為を楽しみたい、ということですか?」
「少し違います」
面倒くさい。
「多くは合っているのですね。では、準備をいたしますので、数日待ってください」
「準備……ですか?」
「親しげに睦み合うならば、口づけもしますよね?」
他国では結婚式の際に口づけを交わす儀式があるようだが、我が国では人前で口づけを交わすことははしたないとされている。だから、私はこの人と口づけをしたことがない。
「え? ……あ、ええと、貴女が嫌でなければ……」
「私、初めての口づけは貴方としたくありません。別の方と済ませて参りますので、お時間をください」
「はぁっ!?」
アーファ様は驚愕の表情で、私につかつかと歩み寄ってきた。
「それは不貞を犯すという意味ですよ!?」
「不貞を理由に離縁してくださいますか?」
「僕と別れるためにそこまでするのですか!」
「そうではなく、これ以上貴方に私の初めてを差し上げたくないだけです。私は貴方に純潔を捧げました。初めて産む子も貴方に差し上げます。でも初めての口づけくらいは、別の方としたいです」
彼は言葉が出てこないようで、口をはくはくと開閉させている。
「では、おやすみなさいませ」
「待ってください!」
呼び止めようとした彼の腕が私に伸びて、とっさに手にしていた箱を彼の足元に投げつける。
ガシャンと音を立てた箱に驚いて、アーファ様はつんのめるように動きを止めた。
「私は貴方にとって王族の血を引く子を生せる孕み袋でしょう!? 初夜のときのように抱けばいいじゃない!」
かっと頭に血が上り、理由のわからない苛立ちを抑えられない。
私は吐き捨てるように叫び、自室の扉をやかましく閉めて鍵をかける。扉に背を預けたまま、その場に腰を下ろした。
「怒っていいのは私ではないのに……、最低だわ」
私に振り回されているのはアーファ様だ。
それなのに、思うようにいかないからと彼に苛立ちをぶつけるなんて、理不尽以外の何物でもない。
婚姻を結んでも私のほうが高位なことには変わりない。きっと今後を考えたら、私の機嫌も損ねたくないはずだ。
そんな中、どうしてもあの形での性交は無理だと思ったから言葉にした。
(政略結婚なのだから、最初から割り切って楽しめばよかったのよ……)
初夜のすべてが気に入らなかった。そんなことどう説明できるのか。
無理やりに成立させた婚姻に心なんて期待していない。それなのに初めての夜、彼はその場に感情を持ち込んだ。そこかしこに見えない女性の存在を感じて苛立った。
正直、相手に婚約者がいようが、貴族の婚姻なんて利益重視なのだから、その点に関してはさほどの罪悪感はない。
けれど抵抗したくても出来なかった者を前にして、こんな気持ちになるなんて思わなかった。
責めるなんて間違っている。頭では分かっているのに。
私は両膝を抱えて頭をその上に置く。背に触れた扉越しに、アーファ様が夫婦の寝室を出て、自室へ戻った音が聞こえた。
私は昨晩と同じように、潤滑剤や媚薬の瓶が入った箱を卓の上に置いた。
今晩もアーファ様は晩酌が進んでいるようだ。すでに目元が赤い。
「飲まれますか?」
媚薬を指差して尋ねると、彼は不機嫌そうな声を発する。
「必要ありません」
「そうですか。では、さくっと終わらせましょう」
「さくっと……」
「なにか?」
「こういう行為は、さくっとするものですか?」
「私たちの目的は子を生すことですから、さくっと行えばいいと思います」
アーファ様は何か言いたげに口を開きかけたが、結局言葉を呑み込んでしまう。
(口下手というわけではないのに、肝心なところで黙る方なのよね……)
こういう点も好みではない。私は無駄なやりとりに時間を割くことが好きではないからだ。
(この人のどこに魅力を感じていたのかしら……)
前回同様、潤滑剤の瓶を彼の前に置いて、私は寝台へ移動する。
上掛けを被ろうとして、アーファ様は瞠目した。
「ま、また、そんな姿でするのですか?」
「ええ。貴方だって私の姿が見えないほうがいいでしょう? それに私も貴方を見たくありません」
「これでは、あまりにも……機械的すぎて……」
「機械的に子を生そうとしています」
「それは……」
アーファ様は額に手を当てて沈黙する。そんな彼の姿を横目に、私は上掛けを頭から被り、寝台の上で脚を開いた。
相手の顔が見えないから恥ずかしさも多少和らぎ、大胆なことができるのだ。
寝台がきしりと揺れた。
脚のあいだに身を寄せられた気配を感じ、ふいに彼の手が私の太腿に触れる。
「触らないで!」
「す、すみません」
こんなに強く咎めるつもりはなかった。
アーファ様の焦った声を聞きながら、苦々しい気持ちが胸に広がっていく。
「挿れますね……」
小さな声と同時に、彼の存在感のあるものが私の中へと挿入ってくる。
(初めての時と比べると、大分すんなり入るようになったわ……。こうやって私の中がほぐされていくのね)
他人事のように分析していると、アーファ様は腰を振り始めた。
肉杭を呑み込んだ場所は潤滑剤が絡み合い、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を響かせる。
(こんなの何が気持ちいいのかしら……。両思いの人が相手なら快感に変わるのかしら……)
暗い上掛けの中で取り留めのないことを考えながら、腹に広がるはずの熱を待った。
◇
そんな営みを五日間続け、六日目の夜。
アーファ様は開脚した私の前で項垂れ言った。
「もう無理です……」
「え?」
頭に被った上掛けを外し、股のあいだにいるアーファ様を見やると、彼は私の下半身から目を逸らした。
「勃ちませんか?」
悲壮な顔をしていたはずの夫は、たちまち赤面して眉をつり上げる。
「そうではなくて、こんな形で貴女を抱くのは無理だと言ったのです!」
「穴に棒を入れるだけですよ?」
「その言い方もやめてください! これでは、貴女を強引に犯している気持ちになります」
「気にしすぎです」
私の返答が気に障ったのか、アーファ様は怪訝そうだ。
「とにかく、この形でするのは無理です。せめて顔を見ながらしませんか?」
「嫌です」
「貴女は誰が自分を抱いているのか見ないで平気なのですか!」
「子を生すためですから仕方ないでしょう? 私だって嫌ですが、我慢しております」
「っ!」
アーファ様は懸命に言葉を探している。どうしてそんなにも必死になるのか分からない。
「私が耐えられる形での行為をお願いしているだけなのに、何が問題なのですか」
「僕が耐えられません。虚しくなります……」
「でも、男性は気持ちいいのでしょう? それなら子を生すまでは感情を捨てて、排泄と同じように考えてみてはどうですか?」
「排泄!?」
「はい。私は女なので男性の感覚は分かりませんが、違うのですか?」
「貴女はどこまで僕を馬鹿にするのですか!」
アーファ様は口の端を歪めて苦々しげに告げた。
「初めての夜も僕は嫌だと貴女に伝えた。でも貴女が行為を迫ったではありませんか!」
厳しい口調で責められて、肌がひりつく。
普段の穏やかな口調を一転させて、彼は声を荒らげる。
「どうして、自分の気分ひとつで、僕の尊厳を無視するような行動を強いるのです!」
相手に柔らかい印象を与える明るい灰色の瞳を陰らせて、アーファ様は私を睨む。
一瞬怯みそうになったけれど、私は真っ直ぐに彼を見つめ返した。
「たしかに関係を迫ったのは私です。結婚自体も強引な形で成立させられて、貴方には不本意なものだったでしょう」
鼓動が速くなってきて、喉が塞がったように息苦しい。
私は乱れたナイトガウンを整えて寝台から離れ、卓の上に置いてあった箱を手に取った。潤滑剤は使用された形跡がない。
(初めからするつもりがなかったのね……)
卓の上に置かれたままの酒瓶の中身は、いつもよりも多く減っていた。
酒を飲まないとやっていられないほど嫌な行為なのだろう。
「どういう形でするのがお望みなのですか?」
「そ、それは……」
アーファ様は立ち上がり卓に近づく。私はさっと箱を手に取り、彼から離れて自室に続く扉へ向かった。
扉の前で振り返ると、困惑した彼の顔が見えて、息苦しさが増す。
「まるで恋人のように身体を重ねますか?」
「そこまでは言っていませんが……、でも僕は」
「私を強姦するような形でするのは嫌だ。できれば行為を楽しみたい、ということですか?」
「少し違います」
面倒くさい。
「多くは合っているのですね。では、準備をいたしますので、数日待ってください」
「準備……ですか?」
「親しげに睦み合うならば、口づけもしますよね?」
他国では結婚式の際に口づけを交わす儀式があるようだが、我が国では人前で口づけを交わすことははしたないとされている。だから、私はこの人と口づけをしたことがない。
「え? ……あ、ええと、貴女が嫌でなければ……」
「私、初めての口づけは貴方としたくありません。別の方と済ませて参りますので、お時間をください」
「はぁっ!?」
アーファ様は驚愕の表情で、私につかつかと歩み寄ってきた。
「それは不貞を犯すという意味ですよ!?」
「不貞を理由に離縁してくださいますか?」
「僕と別れるためにそこまでするのですか!」
「そうではなく、これ以上貴方に私の初めてを差し上げたくないだけです。私は貴方に純潔を捧げました。初めて産む子も貴方に差し上げます。でも初めての口づけくらいは、別の方としたいです」
彼は言葉が出てこないようで、口をはくはくと開閉させている。
「では、おやすみなさいませ」
「待ってください!」
呼び止めようとした彼の腕が私に伸びて、とっさに手にしていた箱を彼の足元に投げつける。
ガシャンと音を立てた箱に驚いて、アーファ様はつんのめるように動きを止めた。
「私は貴方にとって王族の血を引く子を生せる孕み袋でしょう!? 初夜のときのように抱けばいいじゃない!」
かっと頭に血が上り、理由のわからない苛立ちを抑えられない。
私は吐き捨てるように叫び、自室の扉をやかましく閉めて鍵をかける。扉に背を預けたまま、その場に腰を下ろした。
「怒っていいのは私ではないのに……、最低だわ」
私に振り回されているのはアーファ様だ。
それなのに、思うようにいかないからと彼に苛立ちをぶつけるなんて、理不尽以外の何物でもない。
婚姻を結んでも私のほうが高位なことには変わりない。きっと今後を考えたら、私の機嫌も損ねたくないはずだ。
そんな中、どうしてもあの形での性交は無理だと思ったから言葉にした。
(政略結婚なのだから、最初から割り切って楽しめばよかったのよ……)
初夜のすべてが気に入らなかった。そんなことどう説明できるのか。
無理やりに成立させた婚姻に心なんて期待していない。それなのに初めての夜、彼はその場に感情を持ち込んだ。そこかしこに見えない女性の存在を感じて苛立った。
正直、相手に婚約者がいようが、貴族の婚姻なんて利益重視なのだから、その点に関してはさほどの罪悪感はない。
けれど抵抗したくても出来なかった者を前にして、こんな気持ちになるなんて思わなかった。
責めるなんて間違っている。頭では分かっているのに。
私は両膝を抱えて頭をその上に置く。背に触れた扉越しに、アーファ様が夫婦の寝室を出て、自室へ戻った音が聞こえた。
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