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「は……あぁ、ん、あん」
私は自室に設えられた浴室で甘い嬌声を挙げていた。汚れた身体を丁寧に洗い、仕上げは散々精を吐き出された局部だ。
湯気が立ち込める湯船の隣で、私は脚の短い椅子に腰かけて大きく股を開いていた。
その前に私の執事が膝をつき、膣内から精を掻き出すように指を出し入れする。
「ひぃ、ん……!」
ぐりぐりと膣壁を擦る指の感触に声が堪えられない。
「お嬢様。今日もたくさん出されてしまったのですね」
「んぅ、ぁあ、もっときちんと、綺麗にして……っ」
「承知しております」
彼は私の髪を洗い、身体を洗い、そして最も汚い部位を丁寧に洗っていく。
指を抜き、彼は唇を蜜壺に寄せて、だらしなく開いた下の口を吸い始める。じゅるじゅると音を響かせて、蜜に絡む白濁を吸い上げる。
そして、ぺっと床に吐き出した。
何度か同じ行動をして、最後に舌を入れられる。
膣内を丹念に舐め上げられて、私の腰は自然に浮いてしまう。ぶるぶると下半身が震え、足のつま先に力が入る。
「ああっ、も、だ」
彼は露わになった真っ赤な陰核を咥えて強めに吸った。
同時に雷に打たれたような刺激が背を走り、私は潮を吹いて達してしまう。
「は……はは、お嬢様、綺麗になりましたよ」
私は全身の力が抜けて、小さな椅子からずり落ちそうになる。浴室の熱気に晒されて、頭の中まで蕩けそうだ。
彼は欲の孕んだ眼差しを私に向ける癖に、これ以上のことはしてこない。私は執事の苦しそうに膨む股間を見やり、手を伸ばした。
そっと触れると、彼は「いけません」と咎める。
「……どうして、一線を越えようとしないの」
「越えてはいけないから一線を引いてあるのですよ」
彼は苦笑しながら、手桶に湯を入れ、太腿のぬめりを丁寧に拭いてくれる。
「職務だから、こんなこと許容するのよね。特別手当でも出した方がいいかしら」
「はは、もう十分お給金は頂いております」
私は私に仕えるこの人のことが好きだ。
専属執事である、アネシス=ベルは幼少の頃から我が家で働いている。私の専属になったのはここ数年のことだ。
年齢は私よりも少し上で、思慮深く、私の世話を甲斐甲斐しくやいてくれる。
艶のある黒い髪、真っ赤な瞳はぞくりとする色気も感じさせる。
執事としての立ち居振る舞いは洗練されていて、彼の努力の程が感じられる。
たまに若い青年らしい表情を見せる瞬間があり、そんな時は目が離せなくなるほど愛しくなる。
三ヶ月前、オブリヴィオに抱かれたある日。あの女の顔がちらついて、どうしても辛くて叫び出したくなった。普段湯あみは侍女が手伝うか私一人で済ませるかのどちらかだった。
胸に広がる苦い思いを、恋する相手にぶつけてしまいたい。恋をする感情も、嫌いな男に抱かれている屈辱も、何もかも叩きつぶしてやりたいと思った。
私の体は汚れているから、綺麗にして欲しい。
私の膣の中にある精は汚れているから、指を使い、舌を使い、何も残らないように掻き出して欲しい。
拒絶されるならばそれでよし。受け入れてもらえたなら、もう、このまま抱いて欲しかった。
でもアネシスは触れることはしても、最後の壁を越えてはくれなかった。
それが拒絶のように感じられて絶望する。
何度婚約者に辱められても、こうやって恋する相手に触れてもらえる時間があるだけ幸せだと思うべきなのか。
それすらあの男と結婚したら、失ってしまうのに。
「…………私に触れるのは楽しい?」
「どういう意味ですか?」
「婚約者に無下にされている貴族令嬢の、人には言えないような性癖を手にしている状態はどう? 楽しい?」
「そんなこと思っておりません」
丁寧に拭かれていた太腿に、仕上げの熱い湯がかけられた。流れていく湯と共に、先ほどまでの興奮も流されていくようだ。
「いいのよ。私が結婚したら、新聞社にでもこの話を売りなさい。信じてもらえなくても、婚約中から私が王太子に無下にされていることは事実なのだから、きっといいネタになり高く買ってもらえるわ」
「そんなこと致しません」
アネシスを見やると赤い瞳と視線が絡んだ。
「ねえ、恋人はいないと言っていたけれど、もし意中の相手とかそういう人が現れたら言いなさいよ。こんなこと本当はしてはいけないのだから」
私は立ち上がり、浴室から出ようと身体を拭く布に手を伸ばす。
「あ、お待ち下さい! 身体を温めないと!」
「……今日はもう疲れたわ」
湯船につかる気分でもない。何故だか今日は息を吸うのも苦しいくらいなのだ。
やはり、昼間にあんなものを見てしまったからかもしれない。
耳で聞く情報と目で得る情報は重みが違う。
大嫌い。あんな男。
それなのに、私はこれからもあの男に抱かれ、結婚して、お飾りの妃としてその手腕を奮っていく。
昼はあの男の横で微笑んで、夜はあの男に揺さぶられて。それなのに、あの男は好きな女を抱くのだ。
私は何も手に入らないのに。
ぼろぼろと涙が頬を伝い始めた。
なんかもう、どうでもいい。
視線を感じて顔を持ち上げると、鏡越しにアネシスと目が合った。そして鏡の前に置かれた剃刀が目に留まる。
「そうね、もう、疲れたわ」
私は剃刀に手を伸ばし、素早く刃を首筋に滑らせる。しゅるりと、体験したことのない感触が柄から伝わり、私は剃刀を床に落とした。
アネシスの腕が慌てたように私の体を引き寄せていた。彼の袖を裂き、その下に隠されていた肌をまっすぐに切っていた。
勢いがつきすぎたのか、アネシスは私を抱きしめたまま尻もちをつく。
アネシスの胸元に顔をおしつけられ早鐘を打つ彼の鼓動が聞こえてくる。
動揺が伝わり、私は顔を持ち上げた。
彼は口元を震えさせているが何も言葉を発さない。いや、何も言えなくなってしまったのかもしれない。
「ごめんなさい、痛かったわよね……」
ぐっと胸板を押して、抱きしめる腕から逃れる。そして手にしていた布を裂いて、彼の腕に巻き付けていく。
滴る血と滲む血の赤に軽い眩暈を覚える。
「そんなにも……辛い思いをされていたのですか?」
アネシスの指がそっと私の頬を撫でた。私が答えに詰まっていると、彼は眉を下げて小さく笑む。
「お嬢様は何色が好きですか?」
「はい?」
唐突な質問に私は目を瞠る。彼は真顔で私の返答を待っている。
「何色の屋根が好きですか?」
「や、屋根?」
「このお屋敷は深みのある紺色ですが、お嬢様は? ちなみに私は明るい水色が好ましいと考えております」
「そ、そうなの? あ、貴方がそう言うなら水色がいいんじゃないかしら?」
意味が分からないまま返事をすると、彼は小さく笑んだ。
そして、また私を腕の中に閉じ込める。
アネシスの頬が私の髪に触れた。ぐりぐりと頬擦りするように動く。
まるで犬がじゃれついているみたいだ。
面白くてつい笑ってしまうと、アネシスは顔を離し、赤い瞳に私を映す。
おもむろに唇が寄り、口づけがおちた。
「ん、んぅ」
「……は、っ」
お互いの呼吸を飲み込むように口づけを交わし、唇を離した頃には、彼の手は私の胸に触れていた。
「抱いてくれるの?」
よせばいいのに、つい聞いてしまう。
アネシスは困ったように笑い、頷く。
「お嬢様はよろしいのですか? 今なら引き返せますよ?」
「ずるいことを聞くのね。だって私は」
「勘違いだと思っておりました……もっと早く行動しておけばよかった」
アネシスの掠れた声が私の瞳を濡らす。
私の想いなど、とうの昔に届いていると思っていた。あえて無視されているのだと。
「ん……」
アネシスの手が私の胸を揉みしだき、伝わる感覚に体が喜び熱くなる。触れられるだけで、こんなにも嬉しいだなんて。
「ねえ、アネシス。私の名を呼んで」
彼は一瞬戸惑いの色を見せたが、観念したようにふっと柔らかく笑む。
「エティカ様」
「もう、様はいらないわよ」
「わざとです。可愛い……エティカ」
アネシスは私の耳朶をはみながら、甘く囁いた。その声だけで下半身に熱が溜まり始める。
「……あ、ん」
アネシスは胸の尖りを口に含み、何度も強く吸う。
彼の空いた手は濡れそぼった秘部に伸びて、くちゅりと音を立てながら割れ目を刺激していく。
声を我慢できない。
アネシスの唇が硬くなった胸の先端から離れた。
「扉の色は何色が好きですか?」
「あぁ、な、ええ……?」
興奮を高められ、もれる嬌声を堪えている時に、また意味が分からない質問をされた。
「くすんだ灰色とかお嫌いですか?」
「?? い、いいえ、貴方がそう、言うなら……」
快感を堪えながら必死に答えると、彼は笑みを深めた。
そして秘部に入った指の本数を増やされて、ぐちぐちと出し入れされる。
いつもの精を掻きだす動作とは違う。私の気持ちのいい場所を捜している。
「んん、ああっ、も……ひぁ」
「いつもは精を除くことに夢中で、エティカが何処に触れたら気持ちいいかなんて考えてもいませんでした。だから教えてください。ここはどうですか?」
ぐりんと奥を撫でられて、私の腰が跳ねる。
「はぅっ、ひ、そこ」
「ああ……ここも好きそうだ。本当に、貴女は可愛い」
アネシスは私の頬に口づけ、何度も可愛いと告げる。赤い瞳を蕩けさせ、恍惚とした表情で告げられて全身が熱くなっていく。
同じ台詞を婚約者との閨でも言われているが、全く意味合いが異なる。
幸せで、もっとこの人に触れられたいと思ってしまう。
「ねえ、もう、最後までして」
「それでは最後の質問をしてから……」
「ま、まだ何色が好きか聞くのね」
アネシスは私をその場に横たえさせ、大きく足を開かせる。
太腿に触れるだけの口づけを落とし、そして自分の昂ぶりを露わにした。ぶるりと飛び出したそれは、先端から涎を垂らし、竿を濡らしている。
「花は何色が好きですか?」
「え……?」
先程からこの人は何を訊ねているのだろう。私の部屋にはいつも同じ花が生けられている。
戸惑う私を見て、アネシスは困ったように笑う。
「覚えておられないようですが、貴女が好んで飾られている花は殿下の好きな花ですよ。彼が好きだから私も好きだと仰っていたじゃないですか」
「……そ、そうだったかしら?」
「考えておいてくださいね」
アネシスは己の昂ぶりで蜜口をぐちぐちと撫で、十分に愛液を雄茎に纏わせていく。
「は、早く……」
たまらなくなって懇願するように告げると、彼は口の端を持ち上げた。
先端が触れ、ぐぐと押し入るようにアネシスのものが挿入される。散々ほぐされて緩くなっていた私の膣はあっさりと彼を飲み込んだ。
胸に広がる幸福感に誘われて、逃さないと言わんばかりに膣壁が彼をぎゅっと締め付ける。
「う、すぐに、出てしまいそうです……」
アネシスはそう言うと、余裕のない表情で腰を打ち付け始めた。
荒い動きで奥を叩かれているのに、私の胸奥は幸せに満ち溢れ、中を擦る熱さから快感を得てしまう。
「あ、あぁっ、ん」
「エティカ、好きです、可愛い、可愛い、んっ、んんぅ」
唇を塞がれ舌が口内を動き回る。
名を呼ばれ、何度も好きだと伝えられる。
殿方が閨で口にする睦言など信じてはいけない。
そう思っているのに、この人の言葉だけは真実であって欲しいと強く望んでしまうのだ。
「……んっ、あ」
頭の中が真っ白になって眼前で光が瞬く。腹の奥で爆ぜた熱い飛沫を感じて、私は達した。
浅い呼吸を繰り返し、私たちはその場でただ抱きしめ合っていた。
何度もお互いの頬や首筋に口づけ、目が合うとふっと笑い合う。
「私ね、思い出したの。普段は白や紫とか、寒色の花を飾っていたけれど、私は明るい橙や桃色の花が好きなの」
「赤はどうですか?」
アネシスの紅玉の瞳と目が合った。目尻を下げて、細められた瞳には喜悦も見える。
「好きよ。大好きだわ」
満足そうな笑みと共に、髪に口づけが落ちた。
そしてアネシスは深い溜息をつく。
「…………貴女は国母になる方だ。私は貴女がそのための努力を続けてきたことを知っています。欠かさない努力の上にある貴女の功績を、たった一時の感情を優先して失わせていいはずがない」
「それは貴方も同じでしょう?」
侯爵家の令嬢であり、未来の王太子妃である令嬢の専属執事。没落貴族の三男で、苦労してその職を得た愛しい人。
やっと安定を得たはずだ。
私はアネシスの赤い血が滲む腕を見やり、その痛みを想像して胸が締め付けられる。
彼は私の視線の先に気が付いたようだ。
「大丈夫です。それよりも、合図を決めましょう」
「合図?」
「貴女がどうしても辛くなったら、私に合図をください」
「どういう意味……」
彼はそれ以上告げずに、笑みを深めただけだった。
私は自室に設えられた浴室で甘い嬌声を挙げていた。汚れた身体を丁寧に洗い、仕上げは散々精を吐き出された局部だ。
湯気が立ち込める湯船の隣で、私は脚の短い椅子に腰かけて大きく股を開いていた。
その前に私の執事が膝をつき、膣内から精を掻き出すように指を出し入れする。
「ひぃ、ん……!」
ぐりぐりと膣壁を擦る指の感触に声が堪えられない。
「お嬢様。今日もたくさん出されてしまったのですね」
「んぅ、ぁあ、もっときちんと、綺麗にして……っ」
「承知しております」
彼は私の髪を洗い、身体を洗い、そして最も汚い部位を丁寧に洗っていく。
指を抜き、彼は唇を蜜壺に寄せて、だらしなく開いた下の口を吸い始める。じゅるじゅると音を響かせて、蜜に絡む白濁を吸い上げる。
そして、ぺっと床に吐き出した。
何度か同じ行動をして、最後に舌を入れられる。
膣内を丹念に舐め上げられて、私の腰は自然に浮いてしまう。ぶるぶると下半身が震え、足のつま先に力が入る。
「ああっ、も、だ」
彼は露わになった真っ赤な陰核を咥えて強めに吸った。
同時に雷に打たれたような刺激が背を走り、私は潮を吹いて達してしまう。
「は……はは、お嬢様、綺麗になりましたよ」
私は全身の力が抜けて、小さな椅子からずり落ちそうになる。浴室の熱気に晒されて、頭の中まで蕩けそうだ。
彼は欲の孕んだ眼差しを私に向ける癖に、これ以上のことはしてこない。私は執事の苦しそうに膨む股間を見やり、手を伸ばした。
そっと触れると、彼は「いけません」と咎める。
「……どうして、一線を越えようとしないの」
「越えてはいけないから一線を引いてあるのですよ」
彼は苦笑しながら、手桶に湯を入れ、太腿のぬめりを丁寧に拭いてくれる。
「職務だから、こんなこと許容するのよね。特別手当でも出した方がいいかしら」
「はは、もう十分お給金は頂いております」
私は私に仕えるこの人のことが好きだ。
専属執事である、アネシス=ベルは幼少の頃から我が家で働いている。私の専属になったのはここ数年のことだ。
年齢は私よりも少し上で、思慮深く、私の世話を甲斐甲斐しくやいてくれる。
艶のある黒い髪、真っ赤な瞳はぞくりとする色気も感じさせる。
執事としての立ち居振る舞いは洗練されていて、彼の努力の程が感じられる。
たまに若い青年らしい表情を見せる瞬間があり、そんな時は目が離せなくなるほど愛しくなる。
三ヶ月前、オブリヴィオに抱かれたある日。あの女の顔がちらついて、どうしても辛くて叫び出したくなった。普段湯あみは侍女が手伝うか私一人で済ませるかのどちらかだった。
胸に広がる苦い思いを、恋する相手にぶつけてしまいたい。恋をする感情も、嫌いな男に抱かれている屈辱も、何もかも叩きつぶしてやりたいと思った。
私の体は汚れているから、綺麗にして欲しい。
私の膣の中にある精は汚れているから、指を使い、舌を使い、何も残らないように掻き出して欲しい。
拒絶されるならばそれでよし。受け入れてもらえたなら、もう、このまま抱いて欲しかった。
でもアネシスは触れることはしても、最後の壁を越えてはくれなかった。
それが拒絶のように感じられて絶望する。
何度婚約者に辱められても、こうやって恋する相手に触れてもらえる時間があるだけ幸せだと思うべきなのか。
それすらあの男と結婚したら、失ってしまうのに。
「…………私に触れるのは楽しい?」
「どういう意味ですか?」
「婚約者に無下にされている貴族令嬢の、人には言えないような性癖を手にしている状態はどう? 楽しい?」
「そんなこと思っておりません」
丁寧に拭かれていた太腿に、仕上げの熱い湯がかけられた。流れていく湯と共に、先ほどまでの興奮も流されていくようだ。
「いいのよ。私が結婚したら、新聞社にでもこの話を売りなさい。信じてもらえなくても、婚約中から私が王太子に無下にされていることは事実なのだから、きっといいネタになり高く買ってもらえるわ」
「そんなこと致しません」
アネシスを見やると赤い瞳と視線が絡んだ。
「ねえ、恋人はいないと言っていたけれど、もし意中の相手とかそういう人が現れたら言いなさいよ。こんなこと本当はしてはいけないのだから」
私は立ち上がり、浴室から出ようと身体を拭く布に手を伸ばす。
「あ、お待ち下さい! 身体を温めないと!」
「……今日はもう疲れたわ」
湯船につかる気分でもない。何故だか今日は息を吸うのも苦しいくらいなのだ。
やはり、昼間にあんなものを見てしまったからかもしれない。
耳で聞く情報と目で得る情報は重みが違う。
大嫌い。あんな男。
それなのに、私はこれからもあの男に抱かれ、結婚して、お飾りの妃としてその手腕を奮っていく。
昼はあの男の横で微笑んで、夜はあの男に揺さぶられて。それなのに、あの男は好きな女を抱くのだ。
私は何も手に入らないのに。
ぼろぼろと涙が頬を伝い始めた。
なんかもう、どうでもいい。
視線を感じて顔を持ち上げると、鏡越しにアネシスと目が合った。そして鏡の前に置かれた剃刀が目に留まる。
「そうね、もう、疲れたわ」
私は剃刀に手を伸ばし、素早く刃を首筋に滑らせる。しゅるりと、体験したことのない感触が柄から伝わり、私は剃刀を床に落とした。
アネシスの腕が慌てたように私の体を引き寄せていた。彼の袖を裂き、その下に隠されていた肌をまっすぐに切っていた。
勢いがつきすぎたのか、アネシスは私を抱きしめたまま尻もちをつく。
アネシスの胸元に顔をおしつけられ早鐘を打つ彼の鼓動が聞こえてくる。
動揺が伝わり、私は顔を持ち上げた。
彼は口元を震えさせているが何も言葉を発さない。いや、何も言えなくなってしまったのかもしれない。
「ごめんなさい、痛かったわよね……」
ぐっと胸板を押して、抱きしめる腕から逃れる。そして手にしていた布を裂いて、彼の腕に巻き付けていく。
滴る血と滲む血の赤に軽い眩暈を覚える。
「そんなにも……辛い思いをされていたのですか?」
アネシスの指がそっと私の頬を撫でた。私が答えに詰まっていると、彼は眉を下げて小さく笑む。
「お嬢様は何色が好きですか?」
「はい?」
唐突な質問に私は目を瞠る。彼は真顔で私の返答を待っている。
「何色の屋根が好きですか?」
「や、屋根?」
「このお屋敷は深みのある紺色ですが、お嬢様は? ちなみに私は明るい水色が好ましいと考えております」
「そ、そうなの? あ、貴方がそう言うなら水色がいいんじゃないかしら?」
意味が分からないまま返事をすると、彼は小さく笑んだ。
そして、また私を腕の中に閉じ込める。
アネシスの頬が私の髪に触れた。ぐりぐりと頬擦りするように動く。
まるで犬がじゃれついているみたいだ。
面白くてつい笑ってしまうと、アネシスは顔を離し、赤い瞳に私を映す。
おもむろに唇が寄り、口づけがおちた。
「ん、んぅ」
「……は、っ」
お互いの呼吸を飲み込むように口づけを交わし、唇を離した頃には、彼の手は私の胸に触れていた。
「抱いてくれるの?」
よせばいいのに、つい聞いてしまう。
アネシスは困ったように笑い、頷く。
「お嬢様はよろしいのですか? 今なら引き返せますよ?」
「ずるいことを聞くのね。だって私は」
「勘違いだと思っておりました……もっと早く行動しておけばよかった」
アネシスの掠れた声が私の瞳を濡らす。
私の想いなど、とうの昔に届いていると思っていた。あえて無視されているのだと。
「ん……」
アネシスの手が私の胸を揉みしだき、伝わる感覚に体が喜び熱くなる。触れられるだけで、こんなにも嬉しいだなんて。
「ねえ、アネシス。私の名を呼んで」
彼は一瞬戸惑いの色を見せたが、観念したようにふっと柔らかく笑む。
「エティカ様」
「もう、様はいらないわよ」
「わざとです。可愛い……エティカ」
アネシスは私の耳朶をはみながら、甘く囁いた。その声だけで下半身に熱が溜まり始める。
「……あ、ん」
アネシスは胸の尖りを口に含み、何度も強く吸う。
彼の空いた手は濡れそぼった秘部に伸びて、くちゅりと音を立てながら割れ目を刺激していく。
声を我慢できない。
アネシスの唇が硬くなった胸の先端から離れた。
「扉の色は何色が好きですか?」
「あぁ、な、ええ……?」
興奮を高められ、もれる嬌声を堪えている時に、また意味が分からない質問をされた。
「くすんだ灰色とかお嫌いですか?」
「?? い、いいえ、貴方がそう、言うなら……」
快感を堪えながら必死に答えると、彼は笑みを深めた。
そして秘部に入った指の本数を増やされて、ぐちぐちと出し入れされる。
いつもの精を掻きだす動作とは違う。私の気持ちのいい場所を捜している。
「んん、ああっ、も……ひぁ」
「いつもは精を除くことに夢中で、エティカが何処に触れたら気持ちいいかなんて考えてもいませんでした。だから教えてください。ここはどうですか?」
ぐりんと奥を撫でられて、私の腰が跳ねる。
「はぅっ、ひ、そこ」
「ああ……ここも好きそうだ。本当に、貴女は可愛い」
アネシスは私の頬に口づけ、何度も可愛いと告げる。赤い瞳を蕩けさせ、恍惚とした表情で告げられて全身が熱くなっていく。
同じ台詞を婚約者との閨でも言われているが、全く意味合いが異なる。
幸せで、もっとこの人に触れられたいと思ってしまう。
「ねえ、もう、最後までして」
「それでは最後の質問をしてから……」
「ま、まだ何色が好きか聞くのね」
アネシスは私をその場に横たえさせ、大きく足を開かせる。
太腿に触れるだけの口づけを落とし、そして自分の昂ぶりを露わにした。ぶるりと飛び出したそれは、先端から涎を垂らし、竿を濡らしている。
「花は何色が好きですか?」
「え……?」
先程からこの人は何を訊ねているのだろう。私の部屋にはいつも同じ花が生けられている。
戸惑う私を見て、アネシスは困ったように笑う。
「覚えておられないようですが、貴女が好んで飾られている花は殿下の好きな花ですよ。彼が好きだから私も好きだと仰っていたじゃないですか」
「……そ、そうだったかしら?」
「考えておいてくださいね」
アネシスは己の昂ぶりで蜜口をぐちぐちと撫で、十分に愛液を雄茎に纏わせていく。
「は、早く……」
たまらなくなって懇願するように告げると、彼は口の端を持ち上げた。
先端が触れ、ぐぐと押し入るようにアネシスのものが挿入される。散々ほぐされて緩くなっていた私の膣はあっさりと彼を飲み込んだ。
胸に広がる幸福感に誘われて、逃さないと言わんばかりに膣壁が彼をぎゅっと締め付ける。
「う、すぐに、出てしまいそうです……」
アネシスはそう言うと、余裕のない表情で腰を打ち付け始めた。
荒い動きで奥を叩かれているのに、私の胸奥は幸せに満ち溢れ、中を擦る熱さから快感を得てしまう。
「あ、あぁっ、ん」
「エティカ、好きです、可愛い、可愛い、んっ、んんぅ」
唇を塞がれ舌が口内を動き回る。
名を呼ばれ、何度も好きだと伝えられる。
殿方が閨で口にする睦言など信じてはいけない。
そう思っているのに、この人の言葉だけは真実であって欲しいと強く望んでしまうのだ。
「……んっ、あ」
頭の中が真っ白になって眼前で光が瞬く。腹の奥で爆ぜた熱い飛沫を感じて、私は達した。
浅い呼吸を繰り返し、私たちはその場でただ抱きしめ合っていた。
何度もお互いの頬や首筋に口づけ、目が合うとふっと笑い合う。
「私ね、思い出したの。普段は白や紫とか、寒色の花を飾っていたけれど、私は明るい橙や桃色の花が好きなの」
「赤はどうですか?」
アネシスの紅玉の瞳と目が合った。目尻を下げて、細められた瞳には喜悦も見える。
「好きよ。大好きだわ」
満足そうな笑みと共に、髪に口づけが落ちた。
そしてアネシスは深い溜息をつく。
「…………貴女は国母になる方だ。私は貴女がそのための努力を続けてきたことを知っています。欠かさない努力の上にある貴女の功績を、たった一時の感情を優先して失わせていいはずがない」
「それは貴方も同じでしょう?」
侯爵家の令嬢であり、未来の王太子妃である令嬢の専属執事。没落貴族の三男で、苦労してその職を得た愛しい人。
やっと安定を得たはずだ。
私はアネシスの赤い血が滲む腕を見やり、その痛みを想像して胸が締め付けられる。
彼は私の視線の先に気が付いたようだ。
「大丈夫です。それよりも、合図を決めましょう」
「合図?」
「貴女がどうしても辛くなったら、私に合図をください」
「どういう意味……」
彼はそれ以上告げずに、笑みを深めただけだった。
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「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
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