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 本を手にして店を出ると、リッド殿下は恨めしそうにこちらを睨んでいる。

「そんな血統の人間様、お顔が怖いですわ」
「うるさい!」
 反応がおかしくて私は笑いを深める。
 リッド殿下は溜息をついて、きょろきょろと辺りを見渡した。

「おい、何処かで休憩しよう。小腹が空いたし、それ少し読ませろ」
「読んでいいのですか? 中途半端に読むと先が気になりますよ?」
「いいんだよ」

 華やかな装飾の店が建ち並ぶ通りに出ると、晴天のせいか出歩いている人が多い。
 何処に行こうか店先の看板を見つつ進んで行く。途中、青いケーキを見つけ、二人で食い入るようにショーケースを覗き込んでしまった。味の想像がつかない為、その店は選択肢から除外した。

「どこも魅力的で迷いますね」

 そう言うとリッド殿下の反応がない。
 不思議に思い顔を持ち上げると、またしても彼は辺りを見渡している。

「どうされました?」
「いや、お前さ、何も聞かないんだな?」
「何をですか?」
「ラーセとシェリナ嬢が何処に行ったのかだよ」
「ああ…………」
 気にならないと言ったら嘘になる。ただ、気にしたくないのだ。

「シェリナ嬢はこの時期、早くから加工店を予約しないといけないことを知らなくて、ラーセに相談したらしい」
「まあ」
「ラーセが予約した日に同伴して、その際、加工を引き受けて貰えるか訊ねることにしたそうだ。結局加工は手一杯だから予約客が優先だと言われて、今は二人で他の店をあたってる」
「まあ」
「王族が一緒だったら、融通がきくかもしれないしな」
「まあ」
「お前は人の話を聞いているのか」
 私のおざなりな返答にリッド殿下は眉を跳ね上げる。
 話は聞いているので首肯を返したが、彼は更に不快になったようだ。
「お前ら喧嘩でもしたのか」
「…………しておりません」
 数日前にも、弟に同じ質問をされたばかりだ。

「はあ、もういい。で、店は決めたか?」
「あそこがいいです」
 数件見て歩いた結果、気に入ったメニューが置かれていた店を指差した。
 彼はそちらを見やる。
「お! あそこ、俺も気になったんだよな」
 リッド殿下は途端に機嫌がよくなったようだ。
 逆に私は貴方の発言のせいで、胸の中にモヤモヤが広がっているが黙っておこう。

 店内は女性客ばかりで混雑していた。
 窓際の席を案内され腰かけると、周囲にいた女性客の視線を感じた。
 皆、リッド殿下を見て小さく黄色い悲鳴を漏らしている。
 その反応はとてもよく分かる。

 見た目だけはいいリッド殿下は早々にメニューを決めたようだ。

「セチア嬢はこれにしないか?」
「何故、私に選ばせてくれないのですか?」
「どちらにしようか迷ったんだが、どうせなら二つ頼んで分け合えばいいと思った」
「…………私がその二つ以外を食べたいと思っていたらどうしますか?」
「これと、これなんだ」

 リッド殿下は長い指でメニュー表を指す。
 説明書きに目を通すと、少しだけ何とも言えない心地がした。
 この方は私と好みが似すぎている。

 地方で人気の高い蜂蜜をふんだんにかけられた二段重ねのパンケーキ。
 色とりどりの果物を盛った、パンケーキサイズのタルト。もはやシェアする前提の大きさだ。
 果物好きとしてはタルトは外せない。けれど、期間限定の蜂蜜も気になる。

「この二つを分け合うことに同意致します」
「なんだよ、その言い方は」

 リッド殿下は不愉快そうな眼差しを寄越し、早々に注文を済ませた。
 そして借りてきた本を読み始める。
 休憩と読書が目的だ。その動きは間違っていない。だが、私は手持ち無沙汰になってしまった。
 眼前の青年を眺めつつ、鼻腔をくすぐる甘い匂いを楽しむ。
 リッド殿下は視線を下げているせいで、睫毛の長さが浮き彫りになっている。
 柔らかい桃色の前髪がさらりと流れて爽やかだ。
 ラーセ殿下と同様、顔の作りが整いすぎて怖い。

「……おい、そんなに見つめられたら穴が空く」
「口さえ開かなければ端正なお姿ですのに」
「セチア嬢も同じだな。口さえ開かなければ、美しい令嬢に見えないこともないぞ」

 私は誉め言葉を嫌味にしたものだったが、リッド殿下の発言は全く褒めていない。
 むっとして渋面を作ると、早々にケーキと紅茶が運ばれてきた。
 甘い香りを漂わせ、その魅惑的な匂いに機嫌がみるみるよくなるのが分かる。
 リッド殿下も同じようだ。金色の瞳が輝いている。
 早速切り分けて各々を一口ずつ堪能してみた。

「んんん! 美味しいですね!」
「ああ。これほどとは……」

 二人揃って味を噛み締めるように、うっとりと笑む。
 その後はお互い無言で食べ進んでしまった。
 スイーツはこんな早々に食べ進むものではない。しかし手が止まらない。

「いつもの調子が戻ってきたみたいだな」
「え?」
「セチア嬢はそうやって勢いがある方が、らしくていい」
 リッド殿下は小さく笑んだ。
 そんなことを言われるとは思わなくて、私は暫し身を固める。

 先日は弟にも元気がないと心配され、そして今はリッド殿下に同様の心配をされている。
 最近気分が上がらないことが増えた自覚はある。けれど、人に心配されるほど元気のない振る舞いをしていたつもりはなかった。

 暑苦しい位にラーセ殿下のことばかり発言していたから、妙に思ったのかもしれない。

「私の心配をして下さったお礼に、ザマザの初作は先に読んで頂いて構いません」
「何故そこまで上から目線で話せるんだ……。一応、俺は王子だぞ」
「ふふ、リッド殿下にしかこんな振る舞い致しませんわ」

 くすくすと笑う私を見ながら、リッド殿下は金の瞳を細めて柔らかく笑んだ。
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