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ヒロインが運命の人を選ぶ分岐イベント、属性の魔法石を精製する授業に向けて準備が始まった。
まずは精製するための原石を採取しに行かなくてはならない。
王都の北東に傾斜の緩い山がある。学園所有の宿舎が完備されていて、生徒たちはそこで一泊する。
ようするに校外合宿だ。
早朝から中腹を目指して山を登り、己の属性に合った地で原石を探す。
殆どの者が自分の属性と惹かれ合うため、異なる属性の原石を拾うことは無いが例外もある。
私はきょろきょろと周囲を見渡し、気に入った大きさの石を拾い上げるが、それは木属性の原石だった。
ずっと木属性の原石を精製していたせいで、己の属性を察することが出来なくなっているようだ。
属性外の原石を拾った場合、土に埋めなくてはならないので、私は手持ちのスコップでせっせと穴を掘り原石を埋める。
「おい、それ何回目だよ……」
頭上で呆れた声がした。リッド殿下は私の手元を見やり苦笑している。
この作業は学園の外で行うため、安全を期する為に誰かとペアを組む必要がある。同じクラスの生徒と組まなくてはならず、地位が近いことからリッド殿下が相手に選ばれてしまった。
(あんな事を言っておいて態度が変わらないなんて、小憎たらしい人だわ……)
今回ヒロインであるシェリナはラーセ殿下とペアを組んでいた。
本来この原石を採取するイベントは、二年生の攻略対象者の好感度が高い時のみ物語を見ることが出来る。
彼女は運命の相手にラーセ殿下を選んだのだろうか。
ただ単に、この授業のペアとしてラーセ殿下を選んだのだろうか。
今ほど前世で握りしめたゲーム機器が恋しいことはない。
画面を見れば、誰の好感度を最も上げているのか知ることが出来る。
でもそんなことは不可能だ。だってここはゲームではなく現実なのだから。
「リッド殿下は自分の属性石を見つけましたか?」
「俺の原石はすぐに見つかるさ」
「素晴らしい自信ですね」
木の原石を埋め、私は手の汚れを払いながら彼を見つめる。
陽光に照らされた淡い桃色の髪が眩い。口さえ開かなければ、鑑賞するには申し分のない容姿だ。
私の視線を感じて彼は眉を持ち上げた。
「なんだよ」
「いえ、リッド殿下の石を探しましょう。確か金の属性石は岩肌がむき出しの場所がいいのですよね」
「お、きちんと予習しているじゃないか。なら移動するか」
「はい」
私は首肯を返して、リッド殿下と並び立つ。
地属性の原石は野原など草の生い茂る場所に多く落ちている。
こんなのどかな大地では、彼の属性石は見つからない。
坂を上り、少しずつ道の表面がごつごつとしてきた。
金の属性を持つ者は少ない。そのため周囲にいた人たちの姿が徐々に減り、切り立った崖が眼前に聳える開けた場所に出た。
「リッド殿下。どうですか? 見つかりそうですか?」
「うーん、どうだろうなぁ」
先程の自信はどうした。
一応は私も大地を中心に見ていくことにしよう。地属性の石がひょっこり見つかるかもしれない。
リッド殿下と離れすぎないように距離をとりつつ、属性石を探していく。
(シェリナ様は無事に属性石を見つけたかしら……)
前世でゲームをプレイしていた時は、当然ながらヒロインの視点だった。
彼女は光と闇を兼ね備えた稀有な属性持ち。そもそも属性石が存在するのかどうかさえ分からない。
故に、事前に調査した上で現地に赴くことになる。
古い資料によれば、五大元素、全てが揃った地にて光陰の石が守られていると記されていた。
ゲームでは山に入り、幾つかの選択肢を間違えず選択できれば目的の場所に着いた。そしてそこには原石を守る神獣がいる。
「はああああ……」
つい溜息が出てしまった。
ラーセ殿下は無事だろうか。
ヒロインを庇い攻略対象者は怪我を負う。
しかし神獣と和解できれば原石が手に入り、怪我はヒロインの聖なる力により治療される。
その出来事がきっかけで、より一層、攻略対象者との仲が深まる流れだ。
このイベントは好印象ポイントも高く、もし運命の人との溺愛ルートを目指すなら絶対に外せない。
怪我を負うと知っていて、私はラーセ殿下を見送った。
最低だ。
胸の中に渦巻く感情が気持ち悪い。
こんな心理状態だから属性石も見つからないのかもしれない。
「よし、これだな」
リッド殿下は切り立った崖の一部を削り、小さな石の塊を手にしている。
彼は私の元まで戻り、原石を翳してみせた。
「分かるか?」
石を凝視していると、じわじわと金の属性が香り立つようにその気配を示してくる。
「わ、本当ですね! 凄い!」
「我ながらいい石を見つけた気がする」
リッド殿下は屈託なく笑んでいる。
属性石の良し悪しは見つけた本人にしか分からない。しかし彼の様子を見ていると、満足のいく物が見つかったようだ。
「さてと、じゃあセチア嬢の原石を探すか」
「手間取って申し訳ありません……」
「何を言っているんだ。こんなものは縁もあるから仕方ないだろ」
「そう仰って頂けると救われますわ……」
「なんだそれ」
王子という立場の人間を付き添わせるのが申し訳なくて居た堪れない。
「さっきの場所に戻るか? それとも、また場所を移すか?」
「場所を移しますわ。木々が少なく草原が広がる場所……」
私はぶつぶつ言いながら地図を開いた。
木属性は地属性を吸ってしまうので、草花が多く、木の少ない地を選ばないといけない。
出発地点から現在いる場所まで指でなぞっていく。
ふと、前世で選んだ選択肢が脳裏をよぎった。
光と闇の属性石は、水金地火木、全ての属性が揃う場所で守られている。
地を歩き、金を横切り、並ぶ木をくぐり、囲む水を跨ぐ。
その先で火に守られている。
指が記憶しているかのように地図をなぞり、ぴたりと一点で止まった。
「そこは池か? いや森?」
地図に記載されている情報だけでは判別できず、リッド殿下は首を傾げてしまう。
「この先に広い野原がありそうです」
「行ってもいいが遠いな」
「嫌ですか?」
「いいと言ってるだろ」
べしりと頭を叩かれた。
リッド殿下の態度が日増しに遠慮のないものに変わってきた気がする。幼い頃のふてぶてしい姿を思い出して笑いがこみ上げてくる。
「なんだよ、笑いやがって」
「いえ、リッド殿下は幼い頃とあまり変わらないなと思いまして」
「嫌味か」
私たちは地図を見ながら歩みを進める。
行くべきではない。
心の中でずっと警報が鳴り響いている。もしラーセ殿下がヒロインの運命の相手に選ばれているなら、彼にとってもいいことだ。
放っておくべきだ。
私自身は、彼らの仲を深めるような悪役らしいことは何も出来ないけれど、推しの幸せを願うことは出来る。
恋心も一過性のものだと割り切って、失恋後は痛みに耐えればいい。
失恋自体は前世で何度か経験したことがあるから、沢山泣いて、いずれは時が傷を癒してくれるだろう。
だから今回もそうすればいい。
転生が叶った時点で奇跡であり、これ以上求めることは贅沢だ。
そう何度も自分を諫めるけれど、足は勝手にヒロインの物語へ介入しようと動いていく。
誰も傷つけたくないのに、私は最低だ。
まずは精製するための原石を採取しに行かなくてはならない。
王都の北東に傾斜の緩い山がある。学園所有の宿舎が完備されていて、生徒たちはそこで一泊する。
ようするに校外合宿だ。
早朝から中腹を目指して山を登り、己の属性に合った地で原石を探す。
殆どの者が自分の属性と惹かれ合うため、異なる属性の原石を拾うことは無いが例外もある。
私はきょろきょろと周囲を見渡し、気に入った大きさの石を拾い上げるが、それは木属性の原石だった。
ずっと木属性の原石を精製していたせいで、己の属性を察することが出来なくなっているようだ。
属性外の原石を拾った場合、土に埋めなくてはならないので、私は手持ちのスコップでせっせと穴を掘り原石を埋める。
「おい、それ何回目だよ……」
頭上で呆れた声がした。リッド殿下は私の手元を見やり苦笑している。
この作業は学園の外で行うため、安全を期する為に誰かとペアを組む必要がある。同じクラスの生徒と組まなくてはならず、地位が近いことからリッド殿下が相手に選ばれてしまった。
(あんな事を言っておいて態度が変わらないなんて、小憎たらしい人だわ……)
今回ヒロインであるシェリナはラーセ殿下とペアを組んでいた。
本来この原石を採取するイベントは、二年生の攻略対象者の好感度が高い時のみ物語を見ることが出来る。
彼女は運命の相手にラーセ殿下を選んだのだろうか。
ただ単に、この授業のペアとしてラーセ殿下を選んだのだろうか。
今ほど前世で握りしめたゲーム機器が恋しいことはない。
画面を見れば、誰の好感度を最も上げているのか知ることが出来る。
でもそんなことは不可能だ。だってここはゲームではなく現実なのだから。
「リッド殿下は自分の属性石を見つけましたか?」
「俺の原石はすぐに見つかるさ」
「素晴らしい自信ですね」
木の原石を埋め、私は手の汚れを払いながら彼を見つめる。
陽光に照らされた淡い桃色の髪が眩い。口さえ開かなければ、鑑賞するには申し分のない容姿だ。
私の視線を感じて彼は眉を持ち上げた。
「なんだよ」
「いえ、リッド殿下の石を探しましょう。確か金の属性石は岩肌がむき出しの場所がいいのですよね」
「お、きちんと予習しているじゃないか。なら移動するか」
「はい」
私は首肯を返して、リッド殿下と並び立つ。
地属性の原石は野原など草の生い茂る場所に多く落ちている。
こんなのどかな大地では、彼の属性石は見つからない。
坂を上り、少しずつ道の表面がごつごつとしてきた。
金の属性を持つ者は少ない。そのため周囲にいた人たちの姿が徐々に減り、切り立った崖が眼前に聳える開けた場所に出た。
「リッド殿下。どうですか? 見つかりそうですか?」
「うーん、どうだろうなぁ」
先程の自信はどうした。
一応は私も大地を中心に見ていくことにしよう。地属性の石がひょっこり見つかるかもしれない。
リッド殿下と離れすぎないように距離をとりつつ、属性石を探していく。
(シェリナ様は無事に属性石を見つけたかしら……)
前世でゲームをプレイしていた時は、当然ながらヒロインの視点だった。
彼女は光と闇を兼ね備えた稀有な属性持ち。そもそも属性石が存在するのかどうかさえ分からない。
故に、事前に調査した上で現地に赴くことになる。
古い資料によれば、五大元素、全てが揃った地にて光陰の石が守られていると記されていた。
ゲームでは山に入り、幾つかの選択肢を間違えず選択できれば目的の場所に着いた。そしてそこには原石を守る神獣がいる。
「はああああ……」
つい溜息が出てしまった。
ラーセ殿下は無事だろうか。
ヒロインを庇い攻略対象者は怪我を負う。
しかし神獣と和解できれば原石が手に入り、怪我はヒロインの聖なる力により治療される。
その出来事がきっかけで、より一層、攻略対象者との仲が深まる流れだ。
このイベントは好印象ポイントも高く、もし運命の人との溺愛ルートを目指すなら絶対に外せない。
怪我を負うと知っていて、私はラーセ殿下を見送った。
最低だ。
胸の中に渦巻く感情が気持ち悪い。
こんな心理状態だから属性石も見つからないのかもしれない。
「よし、これだな」
リッド殿下は切り立った崖の一部を削り、小さな石の塊を手にしている。
彼は私の元まで戻り、原石を翳してみせた。
「分かるか?」
石を凝視していると、じわじわと金の属性が香り立つようにその気配を示してくる。
「わ、本当ですね! 凄い!」
「我ながらいい石を見つけた気がする」
リッド殿下は屈託なく笑んでいる。
属性石の良し悪しは見つけた本人にしか分からない。しかし彼の様子を見ていると、満足のいく物が見つかったようだ。
「さてと、じゃあセチア嬢の原石を探すか」
「手間取って申し訳ありません……」
「何を言っているんだ。こんなものは縁もあるから仕方ないだろ」
「そう仰って頂けると救われますわ……」
「なんだそれ」
王子という立場の人間を付き添わせるのが申し訳なくて居た堪れない。
「さっきの場所に戻るか? それとも、また場所を移すか?」
「場所を移しますわ。木々が少なく草原が広がる場所……」
私はぶつぶつ言いながら地図を開いた。
木属性は地属性を吸ってしまうので、草花が多く、木の少ない地を選ばないといけない。
出発地点から現在いる場所まで指でなぞっていく。
ふと、前世で選んだ選択肢が脳裏をよぎった。
光と闇の属性石は、水金地火木、全ての属性が揃う場所で守られている。
地を歩き、金を横切り、並ぶ木をくぐり、囲む水を跨ぐ。
その先で火に守られている。
指が記憶しているかのように地図をなぞり、ぴたりと一点で止まった。
「そこは池か? いや森?」
地図に記載されている情報だけでは判別できず、リッド殿下は首を傾げてしまう。
「この先に広い野原がありそうです」
「行ってもいいが遠いな」
「嫌ですか?」
「いいと言ってるだろ」
べしりと頭を叩かれた。
リッド殿下の態度が日増しに遠慮のないものに変わってきた気がする。幼い頃のふてぶてしい姿を思い出して笑いがこみ上げてくる。
「なんだよ、笑いやがって」
「いえ、リッド殿下は幼い頃とあまり変わらないなと思いまして」
「嫌味か」
私たちは地図を見ながら歩みを進める。
行くべきではない。
心の中でずっと警報が鳴り響いている。もしラーセ殿下がヒロインの運命の相手に選ばれているなら、彼にとってもいいことだ。
放っておくべきだ。
私自身は、彼らの仲を深めるような悪役らしいことは何も出来ないけれど、推しの幸せを願うことは出来る。
恋心も一過性のものだと割り切って、失恋後は痛みに耐えればいい。
失恋自体は前世で何度か経験したことがあるから、沢山泣いて、いずれは時が傷を癒してくれるだろう。
だから今回もそうすればいい。
転生が叶った時点で奇跡であり、これ以上求めることは贅沢だ。
そう何度も自分を諫めるけれど、足は勝手にヒロインの物語へ介入しようと動いていく。
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