【R18】肉食令嬢は推しの王子を愛しすぎている

みっきー・るー

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 爽やかな朝。
 普段通り在籍している教室に向かったが、見覚えのある桃色の髪を見て私はその場に立ち尽くしてしまった。
 第三王子は私に気づき歩み寄ってくる。
 クラスメイトは色めき立つが、さすがに立場をわきまえて話しかけてはこない。
 私は一つのことに夢中になると、他事を思考する能力が著しく低下する女なので、すっかりこの方の存在を忘れていた。
 眼前に笑顔で立つ青年を見ながら口内で呻く。

「ほら。また会えただろ」
 リッド殿下は楽しそうに微笑んでいる。つられて私も会得している淑女スマイルを浮かべた。
「同じクラスになると思わなかったのか?」
「ええと……」

 さすがにリッド殿下の存在自体を忘れていたとは言えない。

「セチア嬢は相変わらずラーセのことしか考えていないんだな」
 彼は揶揄うように笑う。
 この学園では婚約者同士は同じクラスにならない。そして彼らのような兄弟も同様だ。
 以上の前提から、リッド殿下は私と同じクラスになる可能性を想定していたようだ。

「リッド殿下が帰国されるという話を知らなかったので、先日、城でお会いした時はとても驚きましたわ」
「ラーセは知っていたはずだ」
「ご家族の私生活は軽々しく話せませんよね」
「セチア嬢はすぐにラーセを庇うよな。そういうところ、全く変わらない」

 また笑われてしまった。
 そういうつもりはなかったけれど、彼は違う意味で受け取ったようだ。

 一年以上他国に留学していたリッド殿下。
 確か乙女ゲームのヒロインは留学先の国の出身だった。
 共通ルートでは、彼女は既にこの国に住んでいて、何処かの男爵家に能力をかわれ引き取られたところから物語が始まっていた。

「あら?」
「ん? どうした?」
 教室の開け放たれた扉から、誰かが困ったように覗き込んでいる。
「ああ、こっちだ」
 リッド殿下は彼女に気づき声をかけた。彼女は安堵の息を吐き、リッド殿下の元にやってくる。
 ふうわりとした蜂蜜色の髪を揺らし、好奇心を宿した水色の大きな瞳が私を映す。

「セチア嬢、紹介するよ。俺の友人でシェリナ=ピリア。俺と同じく今日転入したばかりなんだが、慣れない生活の中で不安なことも多いだろうから、できたら君も彼女を気に留めてあげてほしい」

 全く予期せぬタイミングで、乙女ゲームのヒロインが姿を現したのだった。


 □ □ □  □ □ □

 乙女ゲーム『君が僕を見つけてくれる』のラーセ攻略ルートの悪役、セチア=バースは頭を抱えていた。
 
 前世のセチアは、二十代前半で過労死した何処にでもいる女だった。両親含め親戚縁者もおらず天涯孤独の身の上だったため、生活費を稼ぐために無理をしてしまった。
 そのこと自体は気にしていない。なるべくしてなったのだ。

 問題は、前世の私が、ラーセ殿下のルートしか攻略していないことである。
 彼に一目惚れをして始めた乙女ゲームなので、他の攻略対象者を攻略していない。
 故にラーセ殿下以外のエンディングを知らない。

 この乙女ゲームは攻略対象者それぞれにエンディングが用意されている。会話や何気ない日々のイベントを楽しみつつ、攻略対象者の負の面に接した後に溺愛に入る、典型的な恋愛シミュレーションゲームだ。
 イラストは神がかり声優陣も豪華だったため、それなりに人気作だったように思う。

 そして、どんな物語にも舞台を盛り上げるための不可視要素が織り込まれているものだ。
 この世界には五大元素を基とした魔法が存在する。
 水、金、地、火、木。
 惑星配列のようだが、各属性魔法に特化した青年たちが攻略対象者だ。

 ちなみにヒロインは古代に失われた光と闇の属性を持つ稀有な存在である。
 さすが皆に愛されるヒロインはスペックが高い。

 最初は共通ルートを辿っていく。その後に、運命の相手を選択する分岐イベントを迎えた時点で、各攻略対象者から得ている好感度の高さにより、溺愛、悲恋、不幸、友情といった各々のエンディングへと進む。

 ラーセ殿下のエンディングは、学年末に催される学園でのパーティの時だ。それ自体はまだ先の出来事なので、まずは運命の相手を選択する分岐イベントに注視したい。

 分岐イベントは魔法石と呼ばれる宝石を精製する授業のことで、その授業は来月行われる。

 ラーセ殿下のルートでは、ヒロインが転入してくるのはもう少し先だった。
 だから別の攻略ルートも同じだろうと思い込んでいたせいで、まさかリッド殿下と共に姿を現すとは思わなかった。


「はああああ…………」
 私は頭を抱えたまま重い溜息をつく。
 静謐な雰囲気の図書室内に、私のため息が響いてしまった。
 私は借りる予定の本を胸に抱き立ち上がり、図書室から出る。

 ヒロインであるシェリナが学園に転入してきて、早一週間が過ぎた。私は毎日彼女のことばかり考えている。
 シェリナはリッド殿下を選ぶのだろうか。

 一点だけ攻略対象者たちには共通点がある。
 彼らには皆、婚約者がいるのだ。
 婚約者である彼女たちは、各々の攻略対象者のルートで悪役になってしまう。

 不憫。不憫すぎる。

 ラーセ殿下のルートをやりこみながら、婚約者であるセチアの存在に心が痛んだことがある。
 それでも好きになってしまったのだからと、ヒロインの目線でプレイしていたのだ。
 
 学園の中庭を囲む回廊を進みながら、またしても眩い桃色を見つけてしまう。
「リッド殿下」
 別に名を呼んだつもりはなかった。

 彼は中庭に置かれたベンチに腰かけていたが、声に反応してこちらを振り返る。
 そして金の瞳に私を映して柔らかく笑んだ。

「なんだ、セチア嬢か。まだ帰ってなかったのか?」

 さすが攻略対象者の容姿は破壊力が高い。こんな表情をされたら、ヒロインでなくても一撃で射抜かれるだろう。
 でも私は悪役に堕ちる婚約者として転生している。同じ立場であるリッド殿下の婚約者が不憫でならない。

「一つ、確認したいことがございます」
「どうした?」
「まさか、婚約者様に対し、不実をされているわけではありませんよね?」
「は……?」

 しばし無言がおりた。
 前世のことわざ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、こういう表情を言うのだろう。
 リッド殿下は言葉を失っている。

「もしそうだとしたら、幻滅しますわ」

 下手したら不敬になりそうな態度だが、言わずにはいられなかった。
 たとえ政略的な婚約だとしても、婚約者を蔑ろにしていい理由にはならない。
 たとえ、ヒロインが運命の相手だとしてもだ。

「もしかして、シェリナ嬢との仲を誤解しているのか?」
「誤解でしょうか?」
 じとりと睨むように見やると、彼は目尻を下げて笑い始めた。
「あははは! そんなふうに思ってたのか!」

 リッド殿下は一頻り笑い、涙まで出てきたらしく目元を拭う。そんな姿もスチルにできそうなくらい格好いい。

「シェリナ嬢とは偶然出会ったんだ。帰国してすぐの道中で酷い熱が出て、ある村の宿に滞在していたんだが、その村には医者がいなくてな。話を聞きつけた教会から彼女が派遣されてきたんだ。癒しの力があるとかで教会で隠すように育てられていて、俺はその力に救われた。だからシェリナ嬢に恩を返したくて、彼女の後見人を捜し、この学園に通えるよう世話をしたんだ」

 まさかそんな設定があったとは。
 どのルートも途中までは共通だ。ヒロインは平民で力を認められ、男爵家の養女になった時点から物語は始まる。
 リッド殿下が語ったのは、男爵家へ養女に入る前の話だろうか。
 いや、もしかしたらリッド殿下のルートを選択すると、そういう過去付きで始まるのだろうか。分からない。
 他の攻略者ルートをプレイしていないことが、酷く悔やまれる。

 またしても苦悩し始めた私を見て、リッド殿下は再び笑い始めてしまった。私は眉を寄せてしまう。
「婚約者様を裏切らないで下さい」
「だから、そんな事してない。大体セチア嬢は俺の婚約者と仲が良かったか?」
「学園内ですれ違ったら会釈する程度には面識があります」
「それは面識があるうちに入らないだろ……」

 リッド殿下の婚約者は、一歳下の侯爵令嬢だ。丸い眼鏡がよく似合う、大人しい雰囲気の女の子。
 いつもどこか自信なさげな雰囲気だが、容貌は可愛らしく庇護欲をそそられる。

「とにかく俺は後ろめたいことは何もしていない」
 リッド殿下は苦笑し、私の胸元に視線を移した。
「図書室に行っていたのか?」
「はい」
 抱えていた本の表紙を見せようとして、彼の背の向こうに愛しい人の姿を捉える。

「ラーセ殿下!」

 私は喜色を隠せず大きな声を発してしまう。リッド殿下は私の勢いにつられ振り返った。

「兄上。お話し中、失礼致します」

 ラーセ殿下はリッド殿下に一礼して、どういうわけか鋭い眼差しを私に向ける。

「セチア、捜していたんだ。校門には侯爵家の馬車があったから、まだ学園にいるのだと思っていたが……」

「まあ! 申し訳ありません! ああ、でもラーセ殿下に捜して頂けるなんて何たる僥倖」
 うっとりとして告げると、ラーセ殿下は顔を顰めてしまう。

「用が終わったのなら行こう」
「はい!」
 捜してくれた上に迎えに来てくれたようだ。
 特に用を済ませていたわけではないが、説明するのも面倒だ。
「リッド殿下。お先に失礼致します」
「ああ、またな」

 恭しく礼をして、私たちはその場をあとにした。
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