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【ラルシード視点】
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標高の高い山々に囲まれ、切り立った山を削った大地に小さな集落があった。
古代、魔王を封印した勇者と、その補佐をした魔法使いや騎士たち。
そんな彼らの子孫が、勇者の血筋を秘匿し、守護して暮らしていた。
血が濃くなることを懸念してか、たまにやってくる他所の人間には寛大だった。
ただ他所から来た人間には暮らしにくい地であり、秘密に満ちた雰囲気も相まって、この地のことを深く詮索する者はあまりいなかった。
長は勇者の血を引く男性が代々務めている。
勇者の血筋を守ることが村の大事であるが故、長のみ数人の妻を娶ることが許されていた。
勇者の血筋は子を成しにくい。
子を成した女性のみ、母と呼ぶことが許される。
同じ集落で暮らしているのに、他の者たちと一線を画される。
それが、ラルシード=ソアディの故郷だ。
両親の関係は良好で、母は運良く、結婚後すぐに息子を授かった。
だから父は他の女性を娶っていない。
しかし、祖父には三人の妻がいて、息子を生んだ一人の女性のみを祖母と呼ぶことが許されていた。
集落の皆の家庭と比べ、自分の家がおかしい事には気付いていた。
十歳になり、将来結婚する予定の魔力の高い少女三人が決定し、彼女たちと接していくうちに、その違和感は一層膨れ上がった。
その日も一人の少女と交流という名の対話をしたが、話し方が気に食わず苛々していた。
帰宅すると、祖母は相変わらず窓際の椅子に腰かけ遠くを眺めていて、祖父の二人の妻は談笑していた。
祖父が亡くなってから、この家の雰囲気は何処となく穏やかになった。
祖母に近づくと、彼女はあからさまに嫌そうな表情になる。
俺は祖母の笑っている顔を見たことが無い。祖父も祖母を嫌っていたようで、あまり関わっていなかった。
「今日は未来の花嫁と会っていたのでしょう? なんです、その顔は」
祖母の咎めるような口調に、むっと眉を寄せる。
「俺、あの子は嫌いです」
「彼女も貴方を嫌いでしょうね」
「なら、どうして彼女と結婚しなくてはならないのですか」
「貴方がソアディだからでしょう」
「でも、お父様は」
「貴方の父は、妻が子を授かるまでの期限を設けていたのです。それを過ぎれば、他の妻を娶る予定でした。彼女は運良く貴方を授かった。運が良かった。それだけです」
父は母を選び、母だけを妻にしたかったのに、この地に留まり血筋を残す為にその条件で妥協した。
でも俺は?
祖母は胸元のお守り袋を握り、窓の外へ視線を向け、一方的に話を打ち切った。
彼女はいつも古びたお守りを大事にしている。
祖父がそんな姿に苛立っていることに気付いていたくせに、父を生んだ祖母を邪険にすることは出来ないと知っていて、無視をしていた。
そんな不満の溜まる日々はすぐに終わりがきた。
魔王の封印が解け、彼の眷属たちが大挙して押し寄せてきたのだ。
平和呆けしていた集落は一瞬で炎に包まれた。
ソアディの血だけは残さねばと、必死に守られ逃げるが、共に走った人々は次々に屠られていく。
俺を守ろうとした人々の血を浴びながら、必死に炎の中を逃げ惑った。
何度も転びながら、無我夢中に一人走り続け、視線の先に青白い光が見えるのに気付いた。
転がるように光を目指し駆け抜けると、そこには魔法具を手にした祖母がいた。
「ラルシード! 貴方、無事だったのね!」
彼女は珍しく顔を歪め泣きそうな顔で俺を抱きしめた。
家族に会えた安堵から、ぼろぼろと涙が溢れて止まらないが、遠くから脅威の迫る音がした。
「お、おばあ様! アイツらが来るよ!」
必死に祖母に縋りつくと、祖母は年老いた腕で俺を強く抱きしめる。
「ラルシード、よく聞きなさい。これは転移魔法が使える魔法具なの。片割れの魔法具の元へ運んでくれる」
彼女は俺の手の中に光を失わない魔法具を押し付ける。
何がなんだか分からず祖母と魔法具を交互に見やり、迫りくる足音を耳にして、そちらを振り仰ぐ。
祖母は俺を背に隠すように立った。
「必ず、助けてくれるわ」
初めて見る祖母の笑顔に嫌な予感がした。
「おばあ様!」
「きちんと握り締めなさい!」
叱声に驚き、手の中の魔法具を強く握る。
同時に祖母が何かを詠唱した。
聞いたことのない言葉だと思った瞬間、光が周囲を覆い、そして祖母の姿は見えなくなった。
固く閉じた瞼を開くと、辺りに光の粒が霧散し、足元には魔法具と同じ紋章が光り輝いていた。土の中に魔法具が埋まっていたようだが、魔法の発動と同時に表面に出てきたようだ。
呆然と立ち尽くし、辺りを見渡す。
そよそよと穏やかな風が頬を撫でる。
頭上の月が明るい。
集落に似た風景だけれど、こちらの方が山が低い。
足元に伸びる短い草の草原。遠くには家屋らしき屋根が見える。
と、ばたばたと走る音がして、身が跳ねた。
「き、君は……?」
老齢の男は目を見開き、血まみれの俺を見つめている。
走ってきたのだろう。息を切らし、ぜいぜいと胸が上下し苦しそうだ。
そして気が付く。
金色の髪。緑の瞳。
祖母と似た容姿をしている。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなる。彼は狼狽えたように、おそるおそる俺に近付いた。
「大丈夫か? 怪我をしているのか?」
彼は俺の手に握られている魔法具を見て、息を呑んだ。
「ここは安全だ。わたしの村がある。さあ、一緒に行こう」
自分だけ逃げてしまった。
皆、血筋を残すために倒れた。
こんなの残す必要ないのに。
一緒に、助かって欲しかった。
あふれる想いは喉をひりつかせ、言葉にならない。
しゃくりあげながら、泣き続けた。
どうして、この人は何も聞かないんだろう。
どうして祖母はこの地に魔法具を埋めたのだろう。
疑問は溢れて止まらない。
後にも先にも、泣いたのはあの時だけだった。
頬を何かが撫でた。
湿り気を感じて瞼を持ち上げると、心配そうなティアナと目が合う。
「ティアナ、どうした……?」
そう訊ねると彼女はあからさまに眉を寄せた。
どうしてそんな顔をされるのか分からない。
寝台から身体を起こすと、頭が重たくて額を押さえる。
「ラル、これを飲んで。二日酔いに効果抜群なのよ」
ずいっと差し出された摩訶不思議な匂いを漂わせる液体。
躊躇すると、彼女はまた少しそれを俺に寄せた。
二日酔いに効くという薬水を飲み干すと、気怠さが少しずつ落ち着いてきた。
そうなると思い出される、昨晩の醜態。
散々謝り通すと、ティアナは苦笑しつつも何も責めたりしなかった。
彼女はいつもそうだ。
怒ったり、笑ったり、泣いたり。感情表現は豊かで、情に脆い性格。
こうやって弱いところを見せると、仕方がないと笑う。
出会った頃は、がさつで煩くて、なんて女の子だろうと思ったけれど、次第に目が離せなくなった。
君は、俺がいないと危なっかしい。
そう思うようになってからは、いつも君を目で追っていた。
誰かに守られていた俺が、誰かを守る側になる。
勇者として進むことを決めたのも、君がいたからだ。
だって君は、いざという時、絶対に生き残れない。
別に一緒に死んでも構わないけれど、君はあの村の生活が気に入っているし、ありとあらゆる好きなことがある。
仕方がないから、それらを守ってあげる。そうしないと君とは楽しく生活出来ないだろうし。
それなのに、すぐに村を出てしまったから本当に驚いた。
君は何処にいても、絶対に転んでる。
君が俺をどういう対象として見ているのか分からなかった。
縛り付けたくなくて、死ぬかもしれない男に想いを寄せられたら可哀想だとも思った。
だから何も言わなかった。
俺の行動は卑怯だったけれど、まさか、誰かと一緒にいたりする?
俺に抱かれたのは、俺を好きだと思ったからじゃないの?
お人好しなティアナ。
君のそういうところ、悪い男に騙されてしまうよ。
旅を続ける中で故郷に戻った。
朽ちた建物と、魔の炎に焼かれた大地は草も生えず悲惨な有り様だった。
所々、人のものと思しき骨が落ちていて、その中に両親や友人もいたのかもしれない。
仲間は俺に気を遣っていたけれど、不思議と心は凪いでいた。
そんな中、崩壊した実家の跡地で祖母の日記を見つけた。
ボロボロで所々読めなくなっていたけれど、そこには、祖母とティアナの祖父が過去に恋仲だったことが書かれていた。
魔力の高い祖母は、魔法使いとして修行中この地にやってきた。
そして祖父に見初められて結婚したようだ。
ティアナの祖父と喧嘩別れしたことを後悔している文面も記されていた。
血にこだわる祖父に、日に日に心が離れていく様が読み取れた。
そして転移の魔法具についても詳細が知れた。
あれは、たった一人しか運べない魔法だった。
あんなにソアディの血を嫌っていたのに、祖母は俺を逃がすために、大切な魔法具を俺に使った。
ねぇ、ティアナ。
君は俺の脇腹に出来た傷跡を気にしていたけれど、俺は一度死にかけたんだ。
でもね。
そんな俺を助けるために、たくさんの人が死んだんだ。
俺が勇者の血を引いていて、勇者になり得るから。
俺のために、たくさんの人が、また死んだ。
ああ、もう、うんざりだ。
ティアナ。
俺は勇者になんか、なりたくなかった。
こんな旅にも出たくなかった。
あの村で変化のない毎日に満足していた。
だから、そこに帰りたい。
帰る場所を守らないといけないなら、俺が世界を守るから、君はそこにいなくてはいけない。
ティアナ。
魔王を屠った時に気付いたんだ。
どうして、勇者の血が必要だったのか。
魔王には勇者と同じ血が流れているんだ。
理由は分からないけれど、血筋が同じだから封印することが出来て、その魔力に対抗できた。
魔王に比類する力を有しているのも、全部、根っこが同じだからなんだ。
あんなに皆が必死に守ってくれたものが、元凶にも備わってるなんて、皆、浮かばれないよね。
ティアナ。
俺は血筋に、こだわりはない。
君が妊娠してもしなくても、君しか抱きたくない。
君だけだから。
変わらない村の風景に、変わらない君の元に帰りたい。
ティアナ。一緒に帰ろう。
俺は、君を選んだのだから、君しか駄目だ。
古代、魔王を封印した勇者と、その補佐をした魔法使いや騎士たち。
そんな彼らの子孫が、勇者の血筋を秘匿し、守護して暮らしていた。
血が濃くなることを懸念してか、たまにやってくる他所の人間には寛大だった。
ただ他所から来た人間には暮らしにくい地であり、秘密に満ちた雰囲気も相まって、この地のことを深く詮索する者はあまりいなかった。
長は勇者の血を引く男性が代々務めている。
勇者の血筋を守ることが村の大事であるが故、長のみ数人の妻を娶ることが許されていた。
勇者の血筋は子を成しにくい。
子を成した女性のみ、母と呼ぶことが許される。
同じ集落で暮らしているのに、他の者たちと一線を画される。
それが、ラルシード=ソアディの故郷だ。
両親の関係は良好で、母は運良く、結婚後すぐに息子を授かった。
だから父は他の女性を娶っていない。
しかし、祖父には三人の妻がいて、息子を生んだ一人の女性のみを祖母と呼ぶことが許されていた。
集落の皆の家庭と比べ、自分の家がおかしい事には気付いていた。
十歳になり、将来結婚する予定の魔力の高い少女三人が決定し、彼女たちと接していくうちに、その違和感は一層膨れ上がった。
その日も一人の少女と交流という名の対話をしたが、話し方が気に食わず苛々していた。
帰宅すると、祖母は相変わらず窓際の椅子に腰かけ遠くを眺めていて、祖父の二人の妻は談笑していた。
祖父が亡くなってから、この家の雰囲気は何処となく穏やかになった。
祖母に近づくと、彼女はあからさまに嫌そうな表情になる。
俺は祖母の笑っている顔を見たことが無い。祖父も祖母を嫌っていたようで、あまり関わっていなかった。
「今日は未来の花嫁と会っていたのでしょう? なんです、その顔は」
祖母の咎めるような口調に、むっと眉を寄せる。
「俺、あの子は嫌いです」
「彼女も貴方を嫌いでしょうね」
「なら、どうして彼女と結婚しなくてはならないのですか」
「貴方がソアディだからでしょう」
「でも、お父様は」
「貴方の父は、妻が子を授かるまでの期限を設けていたのです。それを過ぎれば、他の妻を娶る予定でした。彼女は運良く貴方を授かった。運が良かった。それだけです」
父は母を選び、母だけを妻にしたかったのに、この地に留まり血筋を残す為にその条件で妥協した。
でも俺は?
祖母は胸元のお守り袋を握り、窓の外へ視線を向け、一方的に話を打ち切った。
彼女はいつも古びたお守りを大事にしている。
祖父がそんな姿に苛立っていることに気付いていたくせに、父を生んだ祖母を邪険にすることは出来ないと知っていて、無視をしていた。
そんな不満の溜まる日々はすぐに終わりがきた。
魔王の封印が解け、彼の眷属たちが大挙して押し寄せてきたのだ。
平和呆けしていた集落は一瞬で炎に包まれた。
ソアディの血だけは残さねばと、必死に守られ逃げるが、共に走った人々は次々に屠られていく。
俺を守ろうとした人々の血を浴びながら、必死に炎の中を逃げ惑った。
何度も転びながら、無我夢中に一人走り続け、視線の先に青白い光が見えるのに気付いた。
転がるように光を目指し駆け抜けると、そこには魔法具を手にした祖母がいた。
「ラルシード! 貴方、無事だったのね!」
彼女は珍しく顔を歪め泣きそうな顔で俺を抱きしめた。
家族に会えた安堵から、ぼろぼろと涙が溢れて止まらないが、遠くから脅威の迫る音がした。
「お、おばあ様! アイツらが来るよ!」
必死に祖母に縋りつくと、祖母は年老いた腕で俺を強く抱きしめる。
「ラルシード、よく聞きなさい。これは転移魔法が使える魔法具なの。片割れの魔法具の元へ運んでくれる」
彼女は俺の手の中に光を失わない魔法具を押し付ける。
何がなんだか分からず祖母と魔法具を交互に見やり、迫りくる足音を耳にして、そちらを振り仰ぐ。
祖母は俺を背に隠すように立った。
「必ず、助けてくれるわ」
初めて見る祖母の笑顔に嫌な予感がした。
「おばあ様!」
「きちんと握り締めなさい!」
叱声に驚き、手の中の魔法具を強く握る。
同時に祖母が何かを詠唱した。
聞いたことのない言葉だと思った瞬間、光が周囲を覆い、そして祖母の姿は見えなくなった。
固く閉じた瞼を開くと、辺りに光の粒が霧散し、足元には魔法具と同じ紋章が光り輝いていた。土の中に魔法具が埋まっていたようだが、魔法の発動と同時に表面に出てきたようだ。
呆然と立ち尽くし、辺りを見渡す。
そよそよと穏やかな風が頬を撫でる。
頭上の月が明るい。
集落に似た風景だけれど、こちらの方が山が低い。
足元に伸びる短い草の草原。遠くには家屋らしき屋根が見える。
と、ばたばたと走る音がして、身が跳ねた。
「き、君は……?」
老齢の男は目を見開き、血まみれの俺を見つめている。
走ってきたのだろう。息を切らし、ぜいぜいと胸が上下し苦しそうだ。
そして気が付く。
金色の髪。緑の瞳。
祖母と似た容姿をしている。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなる。彼は狼狽えたように、おそるおそる俺に近付いた。
「大丈夫か? 怪我をしているのか?」
彼は俺の手に握られている魔法具を見て、息を呑んだ。
「ここは安全だ。わたしの村がある。さあ、一緒に行こう」
自分だけ逃げてしまった。
皆、血筋を残すために倒れた。
こんなの残す必要ないのに。
一緒に、助かって欲しかった。
あふれる想いは喉をひりつかせ、言葉にならない。
しゃくりあげながら、泣き続けた。
どうして、この人は何も聞かないんだろう。
どうして祖母はこの地に魔法具を埋めたのだろう。
疑問は溢れて止まらない。
後にも先にも、泣いたのはあの時だけだった。
頬を何かが撫でた。
湿り気を感じて瞼を持ち上げると、心配そうなティアナと目が合う。
「ティアナ、どうした……?」
そう訊ねると彼女はあからさまに眉を寄せた。
どうしてそんな顔をされるのか分からない。
寝台から身体を起こすと、頭が重たくて額を押さえる。
「ラル、これを飲んで。二日酔いに効果抜群なのよ」
ずいっと差し出された摩訶不思議な匂いを漂わせる液体。
躊躇すると、彼女はまた少しそれを俺に寄せた。
二日酔いに効くという薬水を飲み干すと、気怠さが少しずつ落ち着いてきた。
そうなると思い出される、昨晩の醜態。
散々謝り通すと、ティアナは苦笑しつつも何も責めたりしなかった。
彼女はいつもそうだ。
怒ったり、笑ったり、泣いたり。感情表現は豊かで、情に脆い性格。
こうやって弱いところを見せると、仕方がないと笑う。
出会った頃は、がさつで煩くて、なんて女の子だろうと思ったけれど、次第に目が離せなくなった。
君は、俺がいないと危なっかしい。
そう思うようになってからは、いつも君を目で追っていた。
誰かに守られていた俺が、誰かを守る側になる。
勇者として進むことを決めたのも、君がいたからだ。
だって君は、いざという時、絶対に生き残れない。
別に一緒に死んでも構わないけれど、君はあの村の生活が気に入っているし、ありとあらゆる好きなことがある。
仕方がないから、それらを守ってあげる。そうしないと君とは楽しく生活出来ないだろうし。
それなのに、すぐに村を出てしまったから本当に驚いた。
君は何処にいても、絶対に転んでる。
君が俺をどういう対象として見ているのか分からなかった。
縛り付けたくなくて、死ぬかもしれない男に想いを寄せられたら可哀想だとも思った。
だから何も言わなかった。
俺の行動は卑怯だったけれど、まさか、誰かと一緒にいたりする?
俺に抱かれたのは、俺を好きだと思ったからじゃないの?
お人好しなティアナ。
君のそういうところ、悪い男に騙されてしまうよ。
旅を続ける中で故郷に戻った。
朽ちた建物と、魔の炎に焼かれた大地は草も生えず悲惨な有り様だった。
所々、人のものと思しき骨が落ちていて、その中に両親や友人もいたのかもしれない。
仲間は俺に気を遣っていたけれど、不思議と心は凪いでいた。
そんな中、崩壊した実家の跡地で祖母の日記を見つけた。
ボロボロで所々読めなくなっていたけれど、そこには、祖母とティアナの祖父が過去に恋仲だったことが書かれていた。
魔力の高い祖母は、魔法使いとして修行中この地にやってきた。
そして祖父に見初められて結婚したようだ。
ティアナの祖父と喧嘩別れしたことを後悔している文面も記されていた。
血にこだわる祖父に、日に日に心が離れていく様が読み取れた。
そして転移の魔法具についても詳細が知れた。
あれは、たった一人しか運べない魔法だった。
あんなにソアディの血を嫌っていたのに、祖母は俺を逃がすために、大切な魔法具を俺に使った。
ねぇ、ティアナ。
君は俺の脇腹に出来た傷跡を気にしていたけれど、俺は一度死にかけたんだ。
でもね。
そんな俺を助けるために、たくさんの人が死んだんだ。
俺が勇者の血を引いていて、勇者になり得るから。
俺のために、たくさんの人が、また死んだ。
ああ、もう、うんざりだ。
ティアナ。
俺は勇者になんか、なりたくなかった。
こんな旅にも出たくなかった。
あの村で変化のない毎日に満足していた。
だから、そこに帰りたい。
帰る場所を守らないといけないなら、俺が世界を守るから、君はそこにいなくてはいけない。
ティアナ。
魔王を屠った時に気付いたんだ。
どうして、勇者の血が必要だったのか。
魔王には勇者と同じ血が流れているんだ。
理由は分からないけれど、血筋が同じだから封印することが出来て、その魔力に対抗できた。
魔王に比類する力を有しているのも、全部、根っこが同じだからなんだ。
あんなに皆が必死に守ってくれたものが、元凶にも備わってるなんて、皆、浮かばれないよね。
ティアナ。
俺は血筋に、こだわりはない。
君が妊娠してもしなくても、君しか抱きたくない。
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