【R18】転生前の記憶があるせいで、勇者の幼馴染ポジを喜べない

みっきー・るー

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 翌日の朝、私は朝食と飲み物を用意してラルの眠る部屋に向かった。
 ノックをして静かに扉を開けると、彼は音に反応したのか寝返りを打つ。

(よく眠れたかな?)

 小さなテーブルの上に朝食を置き、眠るラルの顔を覗き込む。
 不意にラルの長い睫毛に滲んでいた雫が目尻を伝った。
 見てはいけないものを見た気がして、ぎくりと身が強張ってしまう。
 心が落ち着かなくて、私は指の背でラルの目元を拭った。

「ん…………」

 ラルは触れられたことに反応したのか、気怠そうに瞼を持ち上げる。
 私は慌てて手を自らに引き寄せ、動揺を悟られないように無言で彼を見つめた。
 ラルは微睡んだ眼差しを私に向けて口を開く。

「ティアナ、どうした……?」 

 彼は心配そうに私を見ている。
 どうして、この人はすぐに私を案じるのだろう。
 今、心配されているのはラルの方なのに。
 私は泣きたくなる気持ちを押し殺して、彼から離れ、用意した飲み物を手に取る。

「ラル、これを飲んで。二日酔いに効果抜群なのよ」

 いくつかの薬草を混ぜて作った特製の薬水。味は最悪だけれど、酒に疲れた身体を癒してくれる。
 ラルはのそりと上体を起こし、カップを受け取った。
 匂いを嗅いで顔を顰めたが、意を決したように、ぐいっと飲み干していく。
 続けて口直しの水を渡すと、それもぐびぐびと飲んでいった。

「ラル、体調はどう? 頭が痛かったり、気持ち悪かったりしない?」

「え? ああ、と……平気」

 ラルは手の甲で口元を拭い、私の質問に答える。
 そして自らの状態を確認するように身体を見下ろしていたが、突然彼は寝台の上で土下座をした。

「ティアナ! ごめん!」

 その唐突な動きに、私の肩は大きく跳ねる。

「び、びっくりした……」
「酒に酔っていたとはいえ、強引に、あ、あの……」

 なるほど。
 ラルは泥酔時の記憶を失くさないタイプの人らしい。
 師匠は記憶を失くすので、どれだけ迷惑をかけられても『心当たりないね』と開き直ることが多いのだ。

 額を寝台にこすりつけ、昨夜の痴態を思い出しながら謝っているかと思うと、愛しさが増す。

「ねぇ、ラル。吐いてからすぐに寝ちゃったから、身体が気持ち悪いでしょ? とりあえず顔はこれで拭いてね」

 濡れた手布を差し出すと、ラルは赤面してしまう。

「水回りは部屋を出て左の階段を降りた先にあるわ。まだ師匠が寝ているから、静かに使ってね。あと朝食は野菜スープにしたわ」

 てきぱきと用件を伝えて、ふと室内の匂いに気付く。
 何とも言えない匂いがする。
 私は換気をすべく、橙色の光を内包した窓布を横に引いた。
 陽光が差し込み眩しい。
 がたんと出窓を開くと風が室内に吹き込んだ。髪が後ろに翻る。
 気持ちのいい、ひんやりとした朝の風に、思わず目尻が下がった。

「今日もいい天気」

 窓から離れ振り返ると、寝台の上のラルと目が合った。
 彼は大きな瞳を丸くして、驚いたように身を固くしている。

「どうしたの?」
「えっ、ああ……」

 我に返ったラルはおたおたと動き、そしてはにかむ。

「ティアナと結婚したら、こんなふうに朝を迎えるのかなって思ったんだ」

「…………っ!」

 臆することもなく、さらりと告げられた言葉が、胸の中で熱を帯びていく。

(そんな嬉しそうに言わないでよ……)

 言葉を失う私を見つめ、ラルは表情を引き締めた。

「ティアナ、ごめん。強引に関係をもったこと……失恋したと話していたのに嫌だったよね」

「強引だったことは否定しないけど、私もしたいと思ったからしたの。謝らなくていいのよ?」

「う、うん……」

 ラルは恥ずかしそうに顔を背ける。
 そうやって初心うぶな反応をするくせに、することはしているのだから、可愛い人だと思う。

「あのね、私が話していた失恋の相手は、貴方のことなのよ」

 ラルは目を瞠り、私を見つめ返す。

「心当たりが……ないけど?」

「うん。私も振られた記憶はないわ」 

「だよね。でも失恋相手って」

「周りに失恋したって言いながら過ごして、過去のいい思い出だと思い込もうとしてたの」

「どうして、そんなこと……」

「ラルが役目を終えて帰ってきた時、私を選ぶ保証は無いと思った。旅をしている間、良い出会いが絶対にあったはずだし、ラルをずっと好きでいて、待ち続けて、それなのに貴方の隣に誰かいたら耐えられない」

「だから村を出た?」
「うん……私にも良い出会いがあるかなって」

 私の言葉を聞いて、ラルは眉根を寄せてしまった。

「私に突出した魅力がないことは分かっていたし、不安だったの」
「それならそう言って欲しかった」

「あはは……だって、ただでさえ勇者だと言われて困惑していたのに、これ以上どうでもいい話をして煩わせたくなかったのよ」

「どうでもいい話じゃないだろ!」

 ふざけたように答えた私に鋭い眼差しが突き刺さる。
 雰囲気を軽くしたかっただけなのに、逆効果だったようだ。
 私は肩を竦め、ラルの隣に腰かけた。
 寝台がぎしりと軋む。

「ラルも私に対して何も言葉にしなかったでしょう? だから私も言わなかった……確かめるのが怖かったのよ」

 ラルは額を押さえて溜息する。
 まるで責められているような心地になり、僅かに苛立ちが湧いた。

「貴方を健気に待ち続ける私がいればよかった?」

 彼は私の言葉に傷ついた表情を見せる。
 そんな顔をさせてしまったことに胸が痛むが、何故だか言わずにはいられなかった。

「ティアナに対して、きちんと言葉にしなかったのは卑怯だったと思う……ごめん」
 
 違う。
 お互い、謝る必要なんてない。
 本当は分かってる。
 察しろと先に口にしたのは私で、察することが出来なかったのはお互い様だ。

「でも、ティアナとの未来を守れるのは俺しかいないと思ったから、だから村を出たんだ。そうでなければ、こんなこと……続けてこれなかった」

 窓から心地いい風が入り、頬を撫でる。
 ラルは押し黙ってしまった。

(あぁ……そうか)

 ずっと引っかかっていたのは、これだ。
 ラルが執着しているのは私ではなく、旅立った理由なんだ。

「ねぇ、ラル」

 名を呼ぶと、彼は戸惑いながらも私を見やる。

「私、帰省するタイミングをずっと逃してたの。今帰ったらすっごい怒られるだろうなって考えたら、気が重くて足が止まって二年経ってた」

「ものぐさすぎる……」

「だから、一緒に帰ってくれない?」
「え」

「ラルと一緒だったら両親の怒りを逸らせるかも。そうしないと、また私は帰る気が失せて何年も帰らず過ごしてしまうわ」

 ラルは絶句している。

「私と村に帰ろう」

「…………いいの?」

「今、理由を話したじゃない。怒られるのが怖くて帰らなかったって。私と両親の間で宥める役を担って」

「その役目は嫌だなぁ」

 ラルは失笑し、私を抱き寄せた。汗の匂いと何とも表現し難い匂いが鼻をつく。
 彼のそんな匂いも好きだと思うのだから重症だ。

「ふふ……格好いい勇者様も形無しだわ」
「ティアナ?」
「昨日吐いたやつが乾いてるし、なんか野生の匂いがする」
「や、野生?」

 ラルの上半身に、ぱりぱりした汚れが付いていて、私は爪でかりかりと擦った。
 彼は気まずそうに身を離す。

「このまま口づけしたかったんだけどな」

 ラルは不貞腐れた表情で私の頬を撫で、少しずつ距離を縮めて唇を寄せてくる。
 私の反応を確認するような動きが面白くて、私は自分からラルに口づけた。

「んっ⁉」

 私からされるとは思わなかったのか、ラルは小さく呻いたが、そのまま唇の角度を変えて何度も口づけた。
 
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