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結局ラルは私を抱きしめる力を弱めただけで、全く離れようとしなかった。
大きな子猿を背負っているような姿のまま、私たちは移動を開始することになる。
先にラル達の宿泊先である宿屋へ辿り着いたけれど、彼は一向に離れようとせず「俺とティアナを引き離したら、絶対に許さない」と言って目を据わらせていた。
勇者の闇落ちなんて、洒落にもならない。
というわけで「一人増えても、二人増えても変わらない」と仰る師匠の寛大なお言葉に甘え、私は宿泊予定だった師匠宅の客室へ彼を通した。
が、ラルは全く私から離れない。
二人掛けのソファはないので、寝台に腰かけ、なるべく優しく語りかけてみる。
「ねえ、逃げたりしないから離れてくれないかな?」
「質問に答えてないから嫌だ」
私の首裏にラルは頭をぐりぐりと擦りつける。
何だこれ。
大型犬でも飼っているのかな。
「ティアナの匂いがする……髪、どうして切ったの?」
村にいた頃は背中まである長さだったが、今の私は肩にかかるくらいの長さに切り揃えてあった。
ラルは首の後ろで、すんすんと鼻を動かしている。
「ひぃっ! くすぐったいから、やめて!」
抱きついたままのラルを押し、部屋の入り口を見ると、師匠は呆れた表情をして立っている。
そうだ。彼女はまだそこにいたんだった。恥ずかしい!
「あんた……事に及ぶ時は音を消す魔法を使いなよ」
「ななな何を言ってるんですか!」
師匠の言葉の意味を察して、かあっと頬が熱くなる。
彼女はからからと笑い、部屋の扉を閉めて去って行った。
絶対に何か誤解されている。
というか、この勇者。
まさかこんな状態で再会することになるとは思わなかった。
「ねえ、きちんと話をするから、少し離れて」
「……逃げない?」
「逃げないわ」
ラルは僅かに身を離したが、手は私の腰に添えたままだ。
なんだか前にもこんなことがあった気がして、つい笑ってしまう。
「どうして笑った?」
ラルの顔が近い。
頬や耳は赤く、鮮やかな青い瞳はとろんと蕩けている。
寝た方がいいのではと思いつつ、何だか、この姿も可愛い気がしてきた。
「お酒を飲んで酔っている姿を初めて見たわ」
「そりゃあそうだろ。村にいた頃は、まだ成人前だったし、戦いが終わるまで酒を飲んでみたいとも思わなかった」
「そうなんだ。あ……でも魔王討伐後に、祝宴とか、そういう機会なかったの?」
「そんな気分じゃなかった……」
「どうして?」
単に疑問を口にしただけなのに、ラルは不愉快そうに眉を寄せる。
「ティアナが村に帰ってこなかったからだろ!」
「……そこ?」
「そこ、じゃない! どれだけ心配したと思ってるんだ!」
「ご、ごめん。そろそろ帰るつもりだったよ?」
「嘘をつけ! 君、この二年間、一度も帰ってないじゃないか!」
「そ、それお父さん達に聞いたの?」
「俺……村には何度か立ち寄ってたんだ。いつ行っても、ティアナはいなかった」
「え」
予想もしていなくて、私は目を瞠る。
「ある土地で、場所を簡単に移動できる魔法を習得したんだ。それからは何度か魔法で村に立ち寄った。だから、ティアナが一度も戻っていないことは知っていた」
「さすが勇者って多才ね……」
場違いな返答をしてしまい、慌てて口を閉じる。
「どうして村を出た? 魔王を倒したって君は村には戻って来なかった。無理だと言っていたし、本当はあの頃には、村を出るつもりだったんだよね?」
ラルの言葉に、ざわりと胸が冷える。
覚えていたんだ。
つい口から出た本音を。
「あの夜、君が来てくれたから……俺のことを待っていてくれるんだと思ったんだ。まさか、すぐに村を出てしまうなんて思わなかった」
頭の中でぐるぐると言い訳を探す自分に嫌気がさす。
素直に言えばいいのに、何を言えばラルを納得させられるか。怒らせないで済むかばかり考えている。
この期に及んで、ラルに嫌われたくないと思っている。
最低だ。
「ティアナ、失恋した相手が忘れられないって話してたね」
「え……ええと」
「君はこの二年で誰に心を移したの? ああ……違う。元々俺を好きではなかったんだよね。それなら、あの夜は何だったのかな。全部俺の勘違い? もしかして、あれは死ぬかもしれない俺への……情け?」
「ちょ、ちょっと待って! 私の話を聞いて!」
ラルは捲し立てるように告げて、言葉を挟む余地がない。
おろおろとしていると、腰に添わせていた彼の手が私の首筋に触れた。
「この二年、俺がどんな気持ちで旅をしていたか想像できる? 今ティアナは何をしているんだろうって、ずっと不安だった」
「ラルに何も言わず村を出たのは軽率だったわ。ごめんなさい。でも違うの……情けとかじゃなくて」
「俺を好きだった?」
ラルにそう問われ、私は首肯を返す。けれど彼の表情はかたい。
「今は違うよね? 誰に心を移して、どこを触られたの?」
ラルは酒の匂いを撒き散らかした顔を近づけ、私の首筋を舐める。
「ひゃう!」
突然のことに変な声が出た。
私の反応を見て、ラルは目尻を下げる。
「でも体の関係はなかったって話してたな……」
「な、なんで知ってるの!?」
「あんな大きな声で話してたら、丸聞こえだよ?」
呆れたように笑われてしまう。
そんな大きな声で話していたつもりはなかった。
恥ずかしくて視線を彷徨わせていると、ラルの顔が鼻先に寄った。
彼の瞳は私を映す。
「口づけは?」
「…………した、わ」
ラルは渋面を作り、深く息を吐く。
「苛々する」
「え……」
ぐいと乱暴に腰を引き寄せられて、すてんと臀部がシーツの上を滑った。そのまま背が寝台に倒れ落ちる。
ラルは私の身体を挟むように膝をついた。
「君のお師匠様? きちんと音を消すように言ってたね。忘れないようにしないと」
「いいいい、ま、待った!」
「面白い声が出た」
ラルは私の唇に口づけを落とし、羽織っていた長いローブを外して床に投げた。
同時に彼は手の平を翻す。
きんと、耳鳴りのような鈍い振動が鼓膜を揺らし、空気の質が変化した。
魔法の外にいる私達だけが異質のようだ。
「俺、魔法を習得するの苦労したんだ。ティアナはどうだった?」
「わ、私は」
世間話をするような口調で、ラルは私のブラウスの釦に手をかける。
「意外だったな。魔法使いを選ぶなんて」
抵抗のつもりでラルの手首を掴むと、彼は小さく笑んだ。
「痛くしないから安心して」
手首を掴んでいても彼の動きを止めることなんて出来なくて、強引に動く手が胸元を露わにさせる。
ラルはふるりと揺れた乳房を見て、こくりと喉を鳴らした。
途端に恥ずかしさが増し、私は身を捩る。
「み、見ないで」
「どうして? 一度、見たよ?」
「そ、そうだけど、そういう問題じゃなくて……!」
ラルは狼狽える私を見ながら笑い、器用にスカートを脱がせ下着を取り払ってしまう。
動きが性急なせいで、ブラウスの袖に守られた腕以外の肌は、彼の前に曝け出されてしまった。
「二年ぶりだけど、ティアナの体は忘れてないよ」
「そんなこと言わないで!」
「一人でする時に思い出したし……それに、あ、あれ?」
何故か自慰の話を聞かされそうになっていたが、彼は私の太腿に視線を縫い付けている。
「……火傷?」
「え、あ、あの、お師匠様の前に師事した先で魔法失敗しちゃって……その、大分前よ?」
ラルは顔を顰めてしまった。
「な、なんか、見たくなかったかな? ごめんね?」
「謝ることじゃない。ただ……悲しくなったんだ」
「え?」
ラルは私を真っ直ぐに見つめたまま、口を噤む。言葉の真意を話す気はないようだ。
彼は優しく私の太腿を撫でた。
「本当に嫌なら抵抗しなよ。そうしないと、また俺は二年前みたいに勘違いするよ?」
あの日は私にとって勇気を振り絞った夜だった。
ラルを待つ勇気も、失う勇気もなく、一夜の幸せな思い出を携えて逃げ出すことで楽になろうとした日。
なんて自分勝手。
ラルにとって、どういう意味を持つ夜だったかなんて、考えたこともなかった。
「察してくれないと困るわ」
そう告げると、ラルは目を瞠る。
あの夜も私はそう言った。
「俺は勘違いしたんだろ?」
「そうじゃないの。私が貴方を待ち続ける勇気がなかっただけ。でも一夜の思い出が欲しくて、あの夜行ったのよ」
「一夜の思い出……」
ラルは掠れた声を閉じ込めるように下唇を噛み締める。そのまま私にもう一度口づけをした。
口内を蹂躙する舌は興奮を隠さず執拗に絡まる。
「はぁ……」
彼は息を吐きながら唇を離し、着ていた上衣を脱ぎ捨てた。
以前よりも筋肉の陰影がはっきりと見て取れて、より逞しくなっている。
しかし、色気を感じさせる体躯とは裏腹に、滑らかだった肌には知らない傷跡が幾つも増えていた。
「ティアナ、気になる?」
痛々しい傷跡から目を逸らせず頷きを返すと、ラルは一番大きい脇腹の傷跡に己の指を這わせた。
「回復の魔法って万能ではないから、跡が残るんだよね」
「それは傷の深さによるわ。私だってそれくらいは知ってる」
「ああ……そっか」
ラルは誤魔化すように笑い、私の脚を左右に割り開かせて、蜜を溢れさせる陰唇を割れ目に沿って撫でた。
「ぁ……んっ」
「気持ちいい?」
「そ、そんなこと……口にしないで」
ラルは悪戯っ子みたいな笑みを見せて、指を蜜口に入れ、ぐちゅりと音を立てながら、うねる膣壁を擦り続ける。
「ぁっ……やぁっ、そこ、だめ……っ」
快感に背が痺れ、私は甘い声を上げて彼の指を締め付けてしまう。
「ふふ……気持ちよさそう」
室内に酒の匂いと卑猥な精の匂いが充満している。
ラルはいつの間にか全裸になり、昂ぶりを露わにしていた。先端から垂れる汁が雄茎を濡らしている。
「その失恋相手にはどこまで許した? これは?」
中を掻き混ぜるように擦られて少々痛いのは、私がラル以外、男を知らないからかもしれない。
「俺以外の男に、ここは触らせた?」
「し、下は触られたことないっ……ひっ、ん、んぁ」
「ふうん。じゃあ、胸は触らせたのかな……」
ラルは私の言葉に反応して、膣を刺激する反対の手で胸を揉みしだき始める。
胸の尖りを指で弾かれ、頭の中で光が瞬く。次第に硬くなるそこを、ラルは口に含み舌先で弄び始めた。
「ぁあ、や、やぁ、あっ」
甘い声が我慢できない。
久しぶりに会った相手に、ここまで許してしまう自分にも驚く。
好きだった。ううん、今も好き。
心の奥に閉じ込めていた思いは、ずっと燻り続けていたのに、忘れたふりをして隠してきた。
ラル以上の人なんていなかった。
初恋は美化されると知っていたけれど、これ程とは思わなかった。
勇者だと褒めそやされているのを知る度に、ラルは周知の人物になったのだと胸が痛んだ。
そういう感情に向き合う勇気がなかったから、早々に諦めて逃げ出したはずなのに、どうして私はラルに抱かれようとしているのだろう。
「ティアナ……挿れるよ」
ラルは私の返事など待たずに、反り返る屹立で膣を一気に貫いた。
「ぁあっ! やぁ、まっ……てぇ」
昂ぶりが肉壁を押しながら強引に侵入し、圧迫感を感じて呼吸が浅くなる。
「ん……きっつ」
ラルは腰を沈めて膣奥に触れ、深く息を吐きながら動きを止めた。
「ティアナ、締め付けないで……」
「し、仕方ないじゃない……あの日以来してないんだから、処女みたいなものよ!」
つい苛立って息も絶え絶えに叫ぶと、ラルはきょとんとした顔で私を見返す。
「そうなの?」
「そうよ! 私を何だと思ってるのよ」
確かに別の男と別れたばかりなのに、こんなふうに股を開く女など尻軽に感じるだろうけど。
「よかった……」
「え?」
「俺以外の男としてたかもって考えたら苦しかった」
「ラル……」
彼は私に覆い被さり、密着する胸板から伝わる鼓動は早い。
肌が触れている箇所全てが熱くて、鼻腔をくすぐる酒の匂いに、少し不安になる。
「ね、ねえ、大丈夫?」
「何が?」
「……ええと」
ラルの蕩けた瞳と目が合う。そして彼は何を思ったのか抽挿を開始した。
「ぁっ、ラ、ラルっ!」
「はぁ……気持ちいい……」
ぐちぐちと粘着質な音が響き、次第に腰を打ち付ける激しさが増していく。
「ん、ぁっ、あんっ……!」
私も……気持ちいい。
熱い先端が腹の中を叩き、息苦しいのに幸せだ。
私の上で腰を振る姿は必死そのもので、愛しさが込み上げてくる。
「ティアナ、帰ろう」
「え?」
「俺と村に帰ろう……お願いだから」
ラルの顎のラインから、ぽたぽたと汗が伝う。
彼の青い瞳と目が合った。濡れた瞳から零れた雫は、汗と共に私の頬に降る。
「帰ろう……」
彼は辛そうな声を発し、淫らな熱で膣奥を強めに叩く。
「ひぁっ、は……はげしっ、ぁっ!」
「……ぐっ」
ラルの雄茎は膣内で大きく痙攣し、そのまま果てた。
下腹部にみるみる広がる温もり。
「は……ぁ、ラ、ラル……」
彼は私の肩に顔を埋め、びくんびくんと腰を震わせて精を出し続けていたが、小さい声で「やばい……」と呻く。
「ど、どうしたの?」
「…………気持ち悪い」
「え」
慣れない酒に酔い、挙句、激しく腰を振って吐精した。
すっきりした彼に込み上げてきた次の現象は吐き気らしい。
「ま、待った! そこは駄目! どいて!」
私はラルを突き飛ばすように押しのける。
繋がったままだった彼のものが、膣からずるりと抜けた。
太腿に垂れる白濁を感じながら、慌てて近くの袋を手にした。
「こ、ここに!」
「ごめ、むり」
「え……だ、駄目ええ!」
私の悲鳴は音を遮断された室内に虚しく響いたのだった。
大きな子猿を背負っているような姿のまま、私たちは移動を開始することになる。
先にラル達の宿泊先である宿屋へ辿り着いたけれど、彼は一向に離れようとせず「俺とティアナを引き離したら、絶対に許さない」と言って目を据わらせていた。
勇者の闇落ちなんて、洒落にもならない。
というわけで「一人増えても、二人増えても変わらない」と仰る師匠の寛大なお言葉に甘え、私は宿泊予定だった師匠宅の客室へ彼を通した。
が、ラルは全く私から離れない。
二人掛けのソファはないので、寝台に腰かけ、なるべく優しく語りかけてみる。
「ねえ、逃げたりしないから離れてくれないかな?」
「質問に答えてないから嫌だ」
私の首裏にラルは頭をぐりぐりと擦りつける。
何だこれ。
大型犬でも飼っているのかな。
「ティアナの匂いがする……髪、どうして切ったの?」
村にいた頃は背中まである長さだったが、今の私は肩にかかるくらいの長さに切り揃えてあった。
ラルは首の後ろで、すんすんと鼻を動かしている。
「ひぃっ! くすぐったいから、やめて!」
抱きついたままのラルを押し、部屋の入り口を見ると、師匠は呆れた表情をして立っている。
そうだ。彼女はまだそこにいたんだった。恥ずかしい!
「あんた……事に及ぶ時は音を消す魔法を使いなよ」
「ななな何を言ってるんですか!」
師匠の言葉の意味を察して、かあっと頬が熱くなる。
彼女はからからと笑い、部屋の扉を閉めて去って行った。
絶対に何か誤解されている。
というか、この勇者。
まさかこんな状態で再会することになるとは思わなかった。
「ねえ、きちんと話をするから、少し離れて」
「……逃げない?」
「逃げないわ」
ラルは僅かに身を離したが、手は私の腰に添えたままだ。
なんだか前にもこんなことがあった気がして、つい笑ってしまう。
「どうして笑った?」
ラルの顔が近い。
頬や耳は赤く、鮮やかな青い瞳はとろんと蕩けている。
寝た方がいいのではと思いつつ、何だか、この姿も可愛い気がしてきた。
「お酒を飲んで酔っている姿を初めて見たわ」
「そりゃあそうだろ。村にいた頃は、まだ成人前だったし、戦いが終わるまで酒を飲んでみたいとも思わなかった」
「そうなんだ。あ……でも魔王討伐後に、祝宴とか、そういう機会なかったの?」
「そんな気分じゃなかった……」
「どうして?」
単に疑問を口にしただけなのに、ラルは不愉快そうに眉を寄せる。
「ティアナが村に帰ってこなかったからだろ!」
「……そこ?」
「そこ、じゃない! どれだけ心配したと思ってるんだ!」
「ご、ごめん。そろそろ帰るつもりだったよ?」
「嘘をつけ! 君、この二年間、一度も帰ってないじゃないか!」
「そ、それお父さん達に聞いたの?」
「俺……村には何度か立ち寄ってたんだ。いつ行っても、ティアナはいなかった」
「え」
予想もしていなくて、私は目を瞠る。
「ある土地で、場所を簡単に移動できる魔法を習得したんだ。それからは何度か魔法で村に立ち寄った。だから、ティアナが一度も戻っていないことは知っていた」
「さすが勇者って多才ね……」
場違いな返答をしてしまい、慌てて口を閉じる。
「どうして村を出た? 魔王を倒したって君は村には戻って来なかった。無理だと言っていたし、本当はあの頃には、村を出るつもりだったんだよね?」
ラルの言葉に、ざわりと胸が冷える。
覚えていたんだ。
つい口から出た本音を。
「あの夜、君が来てくれたから……俺のことを待っていてくれるんだと思ったんだ。まさか、すぐに村を出てしまうなんて思わなかった」
頭の中でぐるぐると言い訳を探す自分に嫌気がさす。
素直に言えばいいのに、何を言えばラルを納得させられるか。怒らせないで済むかばかり考えている。
この期に及んで、ラルに嫌われたくないと思っている。
最低だ。
「ティアナ、失恋した相手が忘れられないって話してたね」
「え……ええと」
「君はこの二年で誰に心を移したの? ああ……違う。元々俺を好きではなかったんだよね。それなら、あの夜は何だったのかな。全部俺の勘違い? もしかして、あれは死ぬかもしれない俺への……情け?」
「ちょ、ちょっと待って! 私の話を聞いて!」
ラルは捲し立てるように告げて、言葉を挟む余地がない。
おろおろとしていると、腰に添わせていた彼の手が私の首筋に触れた。
「この二年、俺がどんな気持ちで旅をしていたか想像できる? 今ティアナは何をしているんだろうって、ずっと不安だった」
「ラルに何も言わず村を出たのは軽率だったわ。ごめんなさい。でも違うの……情けとかじゃなくて」
「俺を好きだった?」
ラルにそう問われ、私は首肯を返す。けれど彼の表情はかたい。
「今は違うよね? 誰に心を移して、どこを触られたの?」
ラルは酒の匂いを撒き散らかした顔を近づけ、私の首筋を舐める。
「ひゃう!」
突然のことに変な声が出た。
私の反応を見て、ラルは目尻を下げる。
「でも体の関係はなかったって話してたな……」
「な、なんで知ってるの!?」
「あんな大きな声で話してたら、丸聞こえだよ?」
呆れたように笑われてしまう。
そんな大きな声で話していたつもりはなかった。
恥ずかしくて視線を彷徨わせていると、ラルの顔が鼻先に寄った。
彼の瞳は私を映す。
「口づけは?」
「…………した、わ」
ラルは渋面を作り、深く息を吐く。
「苛々する」
「え……」
ぐいと乱暴に腰を引き寄せられて、すてんと臀部がシーツの上を滑った。そのまま背が寝台に倒れ落ちる。
ラルは私の身体を挟むように膝をついた。
「君のお師匠様? きちんと音を消すように言ってたね。忘れないようにしないと」
「いいいい、ま、待った!」
「面白い声が出た」
ラルは私の唇に口づけを落とし、羽織っていた長いローブを外して床に投げた。
同時に彼は手の平を翻す。
きんと、耳鳴りのような鈍い振動が鼓膜を揺らし、空気の質が変化した。
魔法の外にいる私達だけが異質のようだ。
「俺、魔法を習得するの苦労したんだ。ティアナはどうだった?」
「わ、私は」
世間話をするような口調で、ラルは私のブラウスの釦に手をかける。
「意外だったな。魔法使いを選ぶなんて」
抵抗のつもりでラルの手首を掴むと、彼は小さく笑んだ。
「痛くしないから安心して」
手首を掴んでいても彼の動きを止めることなんて出来なくて、強引に動く手が胸元を露わにさせる。
ラルはふるりと揺れた乳房を見て、こくりと喉を鳴らした。
途端に恥ずかしさが増し、私は身を捩る。
「み、見ないで」
「どうして? 一度、見たよ?」
「そ、そうだけど、そういう問題じゃなくて……!」
ラルは狼狽える私を見ながら笑い、器用にスカートを脱がせ下着を取り払ってしまう。
動きが性急なせいで、ブラウスの袖に守られた腕以外の肌は、彼の前に曝け出されてしまった。
「二年ぶりだけど、ティアナの体は忘れてないよ」
「そんなこと言わないで!」
「一人でする時に思い出したし……それに、あ、あれ?」
何故か自慰の話を聞かされそうになっていたが、彼は私の太腿に視線を縫い付けている。
「……火傷?」
「え、あ、あの、お師匠様の前に師事した先で魔法失敗しちゃって……その、大分前よ?」
ラルは顔を顰めてしまった。
「な、なんか、見たくなかったかな? ごめんね?」
「謝ることじゃない。ただ……悲しくなったんだ」
「え?」
ラルは私を真っ直ぐに見つめたまま、口を噤む。言葉の真意を話す気はないようだ。
彼は優しく私の太腿を撫でた。
「本当に嫌なら抵抗しなよ。そうしないと、また俺は二年前みたいに勘違いするよ?」
あの日は私にとって勇気を振り絞った夜だった。
ラルを待つ勇気も、失う勇気もなく、一夜の幸せな思い出を携えて逃げ出すことで楽になろうとした日。
なんて自分勝手。
ラルにとって、どういう意味を持つ夜だったかなんて、考えたこともなかった。
「察してくれないと困るわ」
そう告げると、ラルは目を瞠る。
あの夜も私はそう言った。
「俺は勘違いしたんだろ?」
「そうじゃないの。私が貴方を待ち続ける勇気がなかっただけ。でも一夜の思い出が欲しくて、あの夜行ったのよ」
「一夜の思い出……」
ラルは掠れた声を閉じ込めるように下唇を噛み締める。そのまま私にもう一度口づけをした。
口内を蹂躙する舌は興奮を隠さず執拗に絡まる。
「はぁ……」
彼は息を吐きながら唇を離し、着ていた上衣を脱ぎ捨てた。
以前よりも筋肉の陰影がはっきりと見て取れて、より逞しくなっている。
しかし、色気を感じさせる体躯とは裏腹に、滑らかだった肌には知らない傷跡が幾つも増えていた。
「ティアナ、気になる?」
痛々しい傷跡から目を逸らせず頷きを返すと、ラルは一番大きい脇腹の傷跡に己の指を這わせた。
「回復の魔法って万能ではないから、跡が残るんだよね」
「それは傷の深さによるわ。私だってそれくらいは知ってる」
「ああ……そっか」
ラルは誤魔化すように笑い、私の脚を左右に割り開かせて、蜜を溢れさせる陰唇を割れ目に沿って撫でた。
「ぁ……んっ」
「気持ちいい?」
「そ、そんなこと……口にしないで」
ラルは悪戯っ子みたいな笑みを見せて、指を蜜口に入れ、ぐちゅりと音を立てながら、うねる膣壁を擦り続ける。
「ぁっ……やぁっ、そこ、だめ……っ」
快感に背が痺れ、私は甘い声を上げて彼の指を締め付けてしまう。
「ふふ……気持ちよさそう」
室内に酒の匂いと卑猥な精の匂いが充満している。
ラルはいつの間にか全裸になり、昂ぶりを露わにしていた。先端から垂れる汁が雄茎を濡らしている。
「その失恋相手にはどこまで許した? これは?」
中を掻き混ぜるように擦られて少々痛いのは、私がラル以外、男を知らないからかもしれない。
「俺以外の男に、ここは触らせた?」
「し、下は触られたことないっ……ひっ、ん、んぁ」
「ふうん。じゃあ、胸は触らせたのかな……」
ラルは私の言葉に反応して、膣を刺激する反対の手で胸を揉みしだき始める。
胸の尖りを指で弾かれ、頭の中で光が瞬く。次第に硬くなるそこを、ラルは口に含み舌先で弄び始めた。
「ぁあ、や、やぁ、あっ」
甘い声が我慢できない。
久しぶりに会った相手に、ここまで許してしまう自分にも驚く。
好きだった。ううん、今も好き。
心の奥に閉じ込めていた思いは、ずっと燻り続けていたのに、忘れたふりをして隠してきた。
ラル以上の人なんていなかった。
初恋は美化されると知っていたけれど、これ程とは思わなかった。
勇者だと褒めそやされているのを知る度に、ラルは周知の人物になったのだと胸が痛んだ。
そういう感情に向き合う勇気がなかったから、早々に諦めて逃げ出したはずなのに、どうして私はラルに抱かれようとしているのだろう。
「ティアナ……挿れるよ」
ラルは私の返事など待たずに、反り返る屹立で膣を一気に貫いた。
「ぁあっ! やぁ、まっ……てぇ」
昂ぶりが肉壁を押しながら強引に侵入し、圧迫感を感じて呼吸が浅くなる。
「ん……きっつ」
ラルは腰を沈めて膣奥に触れ、深く息を吐きながら動きを止めた。
「ティアナ、締め付けないで……」
「し、仕方ないじゃない……あの日以来してないんだから、処女みたいなものよ!」
つい苛立って息も絶え絶えに叫ぶと、ラルはきょとんとした顔で私を見返す。
「そうなの?」
「そうよ! 私を何だと思ってるのよ」
確かに別の男と別れたばかりなのに、こんなふうに股を開く女など尻軽に感じるだろうけど。
「よかった……」
「え?」
「俺以外の男としてたかもって考えたら苦しかった」
「ラル……」
彼は私に覆い被さり、密着する胸板から伝わる鼓動は早い。
肌が触れている箇所全てが熱くて、鼻腔をくすぐる酒の匂いに、少し不安になる。
「ね、ねえ、大丈夫?」
「何が?」
「……ええと」
ラルの蕩けた瞳と目が合う。そして彼は何を思ったのか抽挿を開始した。
「ぁっ、ラ、ラルっ!」
「はぁ……気持ちいい……」
ぐちぐちと粘着質な音が響き、次第に腰を打ち付ける激しさが増していく。
「ん、ぁっ、あんっ……!」
私も……気持ちいい。
熱い先端が腹の中を叩き、息苦しいのに幸せだ。
私の上で腰を振る姿は必死そのもので、愛しさが込み上げてくる。
「ティアナ、帰ろう」
「え?」
「俺と村に帰ろう……お願いだから」
ラルの顎のラインから、ぽたぽたと汗が伝う。
彼の青い瞳と目が合った。濡れた瞳から零れた雫は、汗と共に私の頬に降る。
「帰ろう……」
彼は辛そうな声を発し、淫らな熱で膣奥を強めに叩く。
「ひぁっ、は……はげしっ、ぁっ!」
「……ぐっ」
ラルの雄茎は膣内で大きく痙攣し、そのまま果てた。
下腹部にみるみる広がる温もり。
「は……ぁ、ラ、ラル……」
彼は私の肩に顔を埋め、びくんびくんと腰を震わせて精を出し続けていたが、小さい声で「やばい……」と呻く。
「ど、どうしたの?」
「…………気持ち悪い」
「え」
慣れない酒に酔い、挙句、激しく腰を振って吐精した。
すっきりした彼に込み上げてきた次の現象は吐き気らしい。
「ま、待った! そこは駄目! どいて!」
私はラルを突き飛ばすように押しのける。
繋がったままだった彼のものが、膣からずるりと抜けた。
太腿に垂れる白濁を感じながら、慌てて近くの袋を手にした。
「こ、ここに!」
「ごめ、むり」
「え……だ、駄目ええ!」
私の悲鳴は音を遮断された室内に虚しく響いたのだった。
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好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
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