【R18】転生前の記憶があるせいで、勇者の幼馴染ポジを喜べない

みっきー・るー

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 私ティアナは、山間の小さな村で生まれ育った、十九歳になる平凡な女だ。
 農耕牧畜が主な生活手段で、毎日変わり映えはしないけれど穏やかで平和な日常。
 将来は、年齢の近い村の誰かと、結婚するのだろうと思い過ごしてきた。

「手伝ってくれて、ありがとう」

 そんな誰かの一人である幼馴染の青年は、私の隣で人のいい笑みを浮かべ「どういたしまして」と返す。

 彼はラル。

 私のように金の髪と緑の瞳をもつ村人が多い中、黒に近い茶髪と青い瞳をもつ青年だ。
 人柄もよく、年頃の村の女には人気である。
 
 野菜が詰まった重たい籠を持ち、隣を歩くラル。
 数分前、私は畑で収穫した野菜を、何とか一度で運べないかと横着をしていた。
 大きな籠を背負い、意気揚々と一歩を踏み出してみたが、背にのしかかる重みに耐えられずに転んでしまったのだ。
 そんな阿呆な場面に、ラルはタイミングよく出くわしてしまった。
 無視するわけにもいかず、手伝う羽目になってしまった彼に申し訳なさが募る。

 背の高いラルを横目でちらりと見上げると、視線に気付いた彼は目尻を柔らかく下げた。

「前も同じようなことしてたよね?」
「ええと、そんな気がしないでもないわ」

 誤魔化すように告げると、ラルは息を漏らして笑う。

 私とラルが親しくしているのには理由があった。
 祖父はこの村の村長を務めており、身寄りのないラルの後見人になっている。
 十歳になった年、ラルは突然この村にやって来た。
 過去の記憶を失くし、覚えているのはラルという名と年齢だけ。本名も知らない。
 祖父は、そんな彼を労り、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
 私とラルは年齢が同じこともあり、一緒に過ごす時間も自然と多くなった。

 二人でいると、くすぐったいような、落ち着かない雰囲気になることがある。
 恥ずかしくて、想いを言葉にしたことはないけれど、彼も満更ではない気がした。
 だから私は、将来ラルと結婚するのかもしれないと思っていた。

 あの日、大国を治める王の使者と、隊列を組んだ騎士たちがやってくるまでは、本気でそう思っていたのだ。

「ラルシード=ソアディ様。四大国が一つジンジニア国王の名代により、神託の導きに従い、貴方様をお迎えに参りました」

 彼らは物々しい宣誓と共に、ラルの眼前で跪く。

 平和な村は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
 対応に追われる祖父と父に同情しつつ、私は遠巻きにラルを見つめる。

 経験したことがないのに、既視感のある光景。
 王の使者は訝しげなラルを相手に、説得を試みているようだ。

 数百年も昔、魔王と呼ばれた異形が封印された。
 しかしここ十年余り、魔族や魔物の動きが活発化していたため、ジンジニア国王が調査に乗り出したところ、魔王の封印が解けていることが分かった。

 ジンジニア国王は魔の勢力に対抗するため、各国の王と連携して対策を練り、封印の一躍を担った勇者の血筋に協力を仰ぐことにした。
 それが、ラルだったらしい。

(これ勇者が旅立つ序盤の村ってやつ!? そろそろ勇者覚醒イベントが起きたりする!?)

 唐突に意味の分からないことを思った。
 己の思考に驚きつつも、謎の紋章が発光していないかしらと、ラルを上から下まで眺める。

 また脳内で、私の声がした。

(あ、もしかして私って、勇者の幼馴染ポジション?)

 私は軽い頭痛を覚え、額を抑える。
 頭の中を駆け巡る知らない記憶と思考。
 なんだか、気持ち悪い。

 見たことのない光景が本の挿絵のように脳裏を過っていく。
 
(落ち着いて! 私の頭!)

 私は吐き気をこらえて、その場を逃げ出した。

 自室に戻り、寝台に突っ伏したまま頭を抱える。
 どうやら私は異世界に転生していたらしい。
 この世界は、私の知っている物語の世界ではなさそうだが、前世を思い出してしまうと作り物のように思えてくる。

(もっと早く思い出したかったなぁ……)

 私は涙が溢れて止まらなくなり、嗚咽を吐く。
 見えない力に絡め取られ、ラルを好きになるよう定められていたのだろうか。

 勇者なんて、RPGのゲームやアニメの典型だ。
 結婚イベントを組み込んだ物語は少なくない。数多に存在する勇者の行く末を知っているからこそ、現実に起きた事態に不快感が増す。

 旅をしながら仲間と出会い、苦楽を共にし、その中の一人と恋仲になる?
 もしくは魔王を倒し、村で待つ幼馴染と結婚する?

 それ以外にも、私は沢山の勇者を覚えている。
 ラルは、勇者だろう。
 


 □ □ □  □ □ □


 翌日、私は帽子を目深に被り散歩に出かけた。
 泣き腫らした目を誰にも見られたくなかったからだ。
 家族は忙しそうに外と家を行き来しているし、村中はどこか浮足立っている。
 皆の注意が逸れているお陰で、誰かに声をかけられることもなく、私は村の外れに辿り着いた。
 眼前には川が流れ、その向こう側には切り立った山々と鬱蒼とした森が広がっている。

 明日の朝、ラルは村を出るそうだ。
 記憶を失くし、傷を癒やすように暮らしてきた彼が、早々に村を出る決意をしたのだ。
 きっと思うところがあったのだろう。
 
 勇者の幼馴染の女性たちは、戦いに赴く彼らを応援し、努めて明るく送り出したはずだ。
 たとえ、寂しさに胸が押し潰されそうだったとしても。
 
(私も笑顔で送り出さなきゃ……)

 そうは思うのに、胸奥は複雑だ。

 足元に生える短い草の葉が、そよそよと揺れていく。静謐な空気が川のせせらぎと共に周囲に流れていった。
 寒さを感じて腕をさすると、後方から名を呼ばれた。

「ティアナ! ここにいたんだ……随分捜したよ」
「あ、ラル……」

 私は言葉が続かず、口を閉ざす。
 こういう場面も何かのゲームにあった気がする。
 旅立ちの前、何故か幼馴染だけ村中を捜しても見つからなくて、彼女との別れの場面が妙に長かったりするのだ。

「あのさ、ティアナ」

 耳に膜が張り、遠くから声が聞こえるみたい。不鮮明な音が思考を鈍らせた。

「ティアナ? 話を聞いてる?」
「え、うん。もちろんだよ」
 
 どう見ても聞いていなかったことがバレている。
 ラルは眉根を寄せてしまった。

「明日の朝、この村を出ることになったんだ」
「うん。ラルが勇者だなんて驚いたわ」
「俺も驚いた……」

 夜なべして、お守りでも作っておくべきかな。
 幼馴染みポジションのヒロインは、そういう物をよく渡していた気がする。

(でも、何も思い浮かばない……そもそも裁縫の類は苦手だし)

 どうしようかと悶々としていると、視線を感じて顔を持ち上げる。

「ティアナ。さっきから何を考えてるんだ?」
「えっと、驚いてただけよ」
「それだけ?」
「他に何かある?」
「別に……」

 ラルは不貞腐れたように、そっぽを向く。
 狭い村の中、接した時間が長いだけの同い年の男女。
 彼はこの村の女しか知らないから、仲のいい私を相手に、そういう気になっているだけかもしれない。
 外の世界に旅立ち、私なんかより、ずっと素敵な人と出会ったら目が覚めるかもしれない。

「怪我には気をつけてね」
「うん……」
「そうだ。うちに干してある薬草を、持ち運びやすく小分けにしてあげる。沢山作って明日の朝持たせるわね」
「うん、ありがとう」
 
 この世界には傷口に塗り込むと、アロエもびっくりな回復をみせる薬草が存在する。
 序盤の冒険、回復アイテムは幾つあっても足りないはずだ。

「じゃあ、また明日見送りに行くわね」

 そう告げて、私は胸のざわつきを隠すように、彼に背を向けた。
 
「ねえ、それだけ?」

 ラルの不満げな声が近づき、そのまま背後から抱き締められる。

「ラ、ラル!?」

 突然のことに目を白黒とさせていると、彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
 少々痛い。

「ティアナ。俺、必ず帰って来るから」
「うん……」

 端から眺める立場だったなら「こんな場面ありますよねぇ」と思っただろう。 
 でも、こんなやりとりも、勇者には必要なのかもしれない。
 魔王という力の強大さも知れぬ存在に立ち向かう勇者。
 支えが必要だったはずだ。
 旅立つ背中を力強く押してくれる存在が、必要だったはずだ。

 じゃあ、私は?
 
 ラルの活躍を耳にしながら、時間を共有することも出来ず、彼の言葉だけを信じて待ち続けるの?
 ただの幼馴染みとして?

「無理だわ……」

 思わず口から本音が出てしまう。

「ティアナ?」

 ラルは絡めた腕を離し、私の身体を向かい合うように動かした。

「何が無理?」
「あ、ううん。こっちの話」
「はあ?」
「この村は貴方の実家なんだから、いつでも帰ってきてね!」
「うん……」

 ラルの青い瞳は不安そうに揺れて、曖昧な笑みを返す。
 不意にラルの唇が頬に触れた。

「えっ!?」

 私は驚き身を引こうとしたが、背にラルの腕が回り、その動きを止められる。

「嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど!」

 早鐘を打ち始めた心臓がうるさい。
 ラルの探るような瞳と目が合い、唇に触れるだけの口づけが落ちる。
 ゆっくりと離れていく形のいい唇は、鼻先が触れる距離で止まった。

「村長さ、俺とティアナが将来結婚すると思ってるよ」
「え、ええと、うん。知ってる」
「俺もそう思ってたんだ」
「…………私もそう思ってた」

 私たちは視線を重ね、くすくすと笑い合う。
 勇者となった彼に今更想いを伝えるなんて出来ない。
 余計な負担になりたくない。
 
 ラルが語った未来に期待したくなったけれど、心の中で首を横に振った。
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