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私ティアナは、山間の小さな村で生まれ育った、十九歳になる平凡な女だ。
農耕牧畜が主な生活手段で、毎日変わり映えはしないけれど穏やかで平和な日常。
将来は、年齢の近い村の誰かと、結婚するのだろうと思い過ごしてきた。
「手伝ってくれて、ありがとう」
そんな誰かの一人である幼馴染の青年は、私の隣で人のいい笑みを浮かべ「どういたしまして」と返す。
彼はラル。
私のように金の髪と緑の瞳をもつ村人が多い中、黒に近い茶髪と青い瞳をもつ青年だ。
人柄もよく、年頃の村の女には人気である。
野菜が詰まった重たい籠を持ち、隣を歩くラル。
数分前、私は畑で収穫した野菜を、何とか一度で運べないかと横着をしていた。
大きな籠を背負い、意気揚々と一歩を踏み出してみたが、背にのしかかる重みに耐えられずに転んでしまったのだ。
そんな阿呆な場面に、ラルはタイミングよく出くわしてしまった。
無視するわけにもいかず、手伝う羽目になってしまった彼に申し訳なさが募る。
背の高いラルを横目でちらりと見上げると、視線に気付いた彼は目尻を柔らかく下げた。
「前も同じようなことしてたよね?」
「ええと、そんな気がしないでもないわ」
誤魔化すように告げると、ラルは息を漏らして笑う。
私とラルが親しくしているのには理由があった。
祖父はこの村の村長を務めており、身寄りのないラルの後見人になっている。
十歳になった年、ラルは突然この村にやって来た。
過去の記憶を失くし、覚えているのはラルという名と年齢だけ。本名も知らない。
祖父は、そんな彼を労り、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
私とラルは年齢が同じこともあり、一緒に過ごす時間も自然と多くなった。
二人でいると、くすぐったいような、落ち着かない雰囲気になることがある。
恥ずかしくて、想いを言葉にしたことはないけれど、彼も満更ではない気がした。
だから私は、将来ラルと結婚するのかもしれないと思っていた。
あの日、大国を治める王の使者と、隊列を組んだ騎士たちがやってくるまでは、本気でそう思っていたのだ。
「ラルシード=ソアディ様。四大国が一つジンジニア国王の名代により、神託の導きに従い、貴方様をお迎えに参りました」
彼らは物々しい宣誓と共に、ラルの眼前で跪く。
平和な村は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
対応に追われる祖父と父に同情しつつ、私は遠巻きにラルを見つめる。
経験したことがないのに、既視感のある光景。
王の使者は訝しげなラルを相手に、説得を試みているようだ。
数百年も昔、魔王と呼ばれた異形が封印された。
しかしここ十年余り、魔族や魔物の動きが活発化していたため、ジンジニア国王が調査に乗り出したところ、魔王の封印が解けていることが分かった。
ジンジニア国王は魔の勢力に対抗するため、各国の王と連携して対策を練り、封印の一躍を担った勇者の血筋に協力を仰ぐことにした。
それが、ラルだったらしい。
(これ勇者が旅立つ序盤の村ってやつ!? そろそろ勇者覚醒イベントが起きたりする!?)
唐突に意味の分からないことを思った。
己の思考に驚きつつも、謎の紋章が発光していないかしらと、ラルを上から下まで眺める。
また脳内で、私の声がした。
(あ、もしかして私って、勇者の幼馴染ポジション?)
私は軽い頭痛を覚え、額を抑える。
頭の中を駆け巡る知らない記憶と思考。
なんだか、気持ち悪い。
見たことのない光景が本の挿絵のように脳裏を過っていく。
(落ち着いて! 私の頭!)
私は吐き気をこらえて、その場を逃げ出した。
自室に戻り、寝台に突っ伏したまま頭を抱える。
どうやら私は異世界に転生していたらしい。
この世界は、私の知っている物語の世界ではなさそうだが、前世を思い出してしまうと作り物のように思えてくる。
(もっと早く思い出したかったなぁ……)
私は涙が溢れて止まらなくなり、嗚咽を吐く。
見えない力に絡め取られ、ラルを好きになるよう定められていたのだろうか。
勇者なんて、RPGのゲームやアニメの典型だ。
結婚イベントを組み込んだ物語は少なくない。数多に存在する勇者の行く末を知っているからこそ、現実に起きた事態に不快感が増す。
旅をしながら仲間と出会い、苦楽を共にし、その中の一人と恋仲になる?
もしくは魔王を倒し、村で待つ幼馴染と結婚する?
それ以外にも、私は沢山の勇者を覚えている。
ラルは、どの勇者だろう。
□ □ □ □ □ □
翌日、私は帽子を目深に被り散歩に出かけた。
泣き腫らした目を誰にも見られたくなかったからだ。
家族は忙しそうに外と家を行き来しているし、村中はどこか浮足立っている。
皆の注意が逸れているお陰で、誰かに声をかけられることもなく、私は村の外れに辿り着いた。
眼前には川が流れ、その向こう側には切り立った山々と鬱蒼とした森が広がっている。
明日の朝、ラルは村を出るそうだ。
記憶を失くし、傷を癒やすように暮らしてきた彼が、早々に村を出る決意をしたのだ。
きっと思うところがあったのだろう。
勇者の幼馴染の女性たちは、戦いに赴く彼らを応援し、努めて明るく送り出したはずだ。
たとえ、寂しさに胸が押し潰されそうだったとしても。
(私も笑顔で送り出さなきゃ……)
そうは思うのに、胸奥は複雑だ。
足元に生える短い草の葉が、そよそよと揺れていく。静謐な空気が川のせせらぎと共に周囲に流れていった。
寒さを感じて腕をさすると、後方から名を呼ばれた。
「ティアナ! ここにいたんだ……随分捜したよ」
「あ、ラル……」
私は言葉が続かず、口を閉ざす。
こういう場面も何かのゲームにあった気がする。
旅立ちの前、何故か幼馴染だけ村中を捜しても見つからなくて、彼女との別れの場面が妙に長かったりするのだ。
「あのさ、ティアナ」
耳に膜が張り、遠くから声が聞こえるみたい。不鮮明な音が思考を鈍らせた。
「ティアナ? 話を聞いてる?」
「え、うん。もちろんだよ」
どう見ても聞いていなかったことがバレている。
ラルは眉根を寄せてしまった。
「明日の朝、この村を出ることになったんだ」
「うん。ラルが勇者だなんて驚いたわ」
「俺も驚いた……」
夜なべして、お守りでも作っておくべきかな。
幼馴染みポジションのヒロインは、そういう物をよく渡していた気がする。
(でも、何も思い浮かばない……そもそも裁縫の類は苦手だし)
どうしようかと悶々としていると、視線を感じて顔を持ち上げる。
「ティアナ。さっきから何を考えてるんだ?」
「えっと、驚いてただけよ」
「それだけ?」
「他に何かある?」
「別に……」
ラルは不貞腐れたように、そっぽを向く。
狭い村の中、接した時間が長いだけの同い年の男女。
彼はこの村の女しか知らないから、仲のいい私を相手に、そういう気になっているだけかもしれない。
外の世界に旅立ち、私なんかより、ずっと素敵な人と出会ったら目が覚めるかもしれない。
「怪我には気をつけてね」
「うん……」
「そうだ。うちに干してある薬草を、持ち運びやすく小分けにしてあげる。沢山作って明日の朝持たせるわね」
「うん、ありがとう」
この世界には傷口に塗り込むと、アロエもびっくりな回復をみせる薬草が存在する。
序盤の冒険、回復アイテムは幾つあっても足りないはずだ。
「じゃあ、また明日見送りに行くわね」
そう告げて、私は胸のざわつきを隠すように、彼に背を向けた。
「ねえ、それだけ?」
ラルの不満げな声が近づき、そのまま背後から抱き締められる。
「ラ、ラル!?」
突然のことに目を白黒とさせていると、彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
少々痛い。
「ティアナ。俺、必ず帰って来るから」
「うん……」
端から眺める立場だったなら「こんな場面ありますよねぇ」と思っただろう。
でも、こんなやりとりも、勇者には必要なのかもしれない。
魔王という力の強大さも知れぬ存在に立ち向かう勇者。
支えが必要だったはずだ。
旅立つ背中を力強く押してくれる存在が、必要だったはずだ。
じゃあ、私は?
ラルの活躍を耳にしながら、時間を共有することも出来ず、彼の言葉だけを信じて待ち続けるの?
ただの幼馴染みとして?
「無理だわ……」
思わず口から本音が出てしまう。
「ティアナ?」
ラルは絡めた腕を離し、私の身体を向かい合うように動かした。
「何が無理?」
「あ、ううん。こっちの話」
「はあ?」
「この村は貴方の実家なんだから、いつでも帰ってきてね!」
「うん……」
ラルの青い瞳は不安そうに揺れて、曖昧な笑みを返す。
不意にラルの唇が頬に触れた。
「えっ!?」
私は驚き身を引こうとしたが、背にラルの腕が回り、その動きを止められる。
「嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど!」
早鐘を打ち始めた心臓がうるさい。
ラルの探るような瞳と目が合い、唇に触れるだけの口づけが落ちる。
ゆっくりと離れていく形のいい唇は、鼻先が触れる距離で止まった。
「村長さ、俺とティアナが将来結婚すると思ってるよ」
「え、ええと、うん。知ってる」
「俺もそう思ってたんだ」
「…………私もそう思ってた」
私たちは視線を重ね、くすくすと笑い合う。
勇者となった彼に今更想いを伝えるなんて出来ない。
余計な負担になりたくない。
ラルが語った未来に期待したくなったけれど、心の中で首を横に振った。
農耕牧畜が主な生活手段で、毎日変わり映えはしないけれど穏やかで平和な日常。
将来は、年齢の近い村の誰かと、結婚するのだろうと思い過ごしてきた。
「手伝ってくれて、ありがとう」
そんな誰かの一人である幼馴染の青年は、私の隣で人のいい笑みを浮かべ「どういたしまして」と返す。
彼はラル。
私のように金の髪と緑の瞳をもつ村人が多い中、黒に近い茶髪と青い瞳をもつ青年だ。
人柄もよく、年頃の村の女には人気である。
野菜が詰まった重たい籠を持ち、隣を歩くラル。
数分前、私は畑で収穫した野菜を、何とか一度で運べないかと横着をしていた。
大きな籠を背負い、意気揚々と一歩を踏み出してみたが、背にのしかかる重みに耐えられずに転んでしまったのだ。
そんな阿呆な場面に、ラルはタイミングよく出くわしてしまった。
無視するわけにもいかず、手伝う羽目になってしまった彼に申し訳なさが募る。
背の高いラルを横目でちらりと見上げると、視線に気付いた彼は目尻を柔らかく下げた。
「前も同じようなことしてたよね?」
「ええと、そんな気がしないでもないわ」
誤魔化すように告げると、ラルは息を漏らして笑う。
私とラルが親しくしているのには理由があった。
祖父はこの村の村長を務めており、身寄りのないラルの後見人になっている。
十歳になった年、ラルは突然この村にやって来た。
過去の記憶を失くし、覚えているのはラルという名と年齢だけ。本名も知らない。
祖父は、そんな彼を労り、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
私とラルは年齢が同じこともあり、一緒に過ごす時間も自然と多くなった。
二人でいると、くすぐったいような、落ち着かない雰囲気になることがある。
恥ずかしくて、想いを言葉にしたことはないけれど、彼も満更ではない気がした。
だから私は、将来ラルと結婚するのかもしれないと思っていた。
あの日、大国を治める王の使者と、隊列を組んだ騎士たちがやってくるまでは、本気でそう思っていたのだ。
「ラルシード=ソアディ様。四大国が一つジンジニア国王の名代により、神託の導きに従い、貴方様をお迎えに参りました」
彼らは物々しい宣誓と共に、ラルの眼前で跪く。
平和な村は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
対応に追われる祖父と父に同情しつつ、私は遠巻きにラルを見つめる。
経験したことがないのに、既視感のある光景。
王の使者は訝しげなラルを相手に、説得を試みているようだ。
数百年も昔、魔王と呼ばれた異形が封印された。
しかしここ十年余り、魔族や魔物の動きが活発化していたため、ジンジニア国王が調査に乗り出したところ、魔王の封印が解けていることが分かった。
ジンジニア国王は魔の勢力に対抗するため、各国の王と連携して対策を練り、封印の一躍を担った勇者の血筋に協力を仰ぐことにした。
それが、ラルだったらしい。
(これ勇者が旅立つ序盤の村ってやつ!? そろそろ勇者覚醒イベントが起きたりする!?)
唐突に意味の分からないことを思った。
己の思考に驚きつつも、謎の紋章が発光していないかしらと、ラルを上から下まで眺める。
また脳内で、私の声がした。
(あ、もしかして私って、勇者の幼馴染ポジション?)
私は軽い頭痛を覚え、額を抑える。
頭の中を駆け巡る知らない記憶と思考。
なんだか、気持ち悪い。
見たことのない光景が本の挿絵のように脳裏を過っていく。
(落ち着いて! 私の頭!)
私は吐き気をこらえて、その場を逃げ出した。
自室に戻り、寝台に突っ伏したまま頭を抱える。
どうやら私は異世界に転生していたらしい。
この世界は、私の知っている物語の世界ではなさそうだが、前世を思い出してしまうと作り物のように思えてくる。
(もっと早く思い出したかったなぁ……)
私は涙が溢れて止まらなくなり、嗚咽を吐く。
見えない力に絡め取られ、ラルを好きになるよう定められていたのだろうか。
勇者なんて、RPGのゲームやアニメの典型だ。
結婚イベントを組み込んだ物語は少なくない。数多に存在する勇者の行く末を知っているからこそ、現実に起きた事態に不快感が増す。
旅をしながら仲間と出会い、苦楽を共にし、その中の一人と恋仲になる?
もしくは魔王を倒し、村で待つ幼馴染と結婚する?
それ以外にも、私は沢山の勇者を覚えている。
ラルは、どの勇者だろう。
□ □ □ □ □ □
翌日、私は帽子を目深に被り散歩に出かけた。
泣き腫らした目を誰にも見られたくなかったからだ。
家族は忙しそうに外と家を行き来しているし、村中はどこか浮足立っている。
皆の注意が逸れているお陰で、誰かに声をかけられることもなく、私は村の外れに辿り着いた。
眼前には川が流れ、その向こう側には切り立った山々と鬱蒼とした森が広がっている。
明日の朝、ラルは村を出るそうだ。
記憶を失くし、傷を癒やすように暮らしてきた彼が、早々に村を出る決意をしたのだ。
きっと思うところがあったのだろう。
勇者の幼馴染の女性たちは、戦いに赴く彼らを応援し、努めて明るく送り出したはずだ。
たとえ、寂しさに胸が押し潰されそうだったとしても。
(私も笑顔で送り出さなきゃ……)
そうは思うのに、胸奥は複雑だ。
足元に生える短い草の葉が、そよそよと揺れていく。静謐な空気が川のせせらぎと共に周囲に流れていった。
寒さを感じて腕をさすると、後方から名を呼ばれた。
「ティアナ! ここにいたんだ……随分捜したよ」
「あ、ラル……」
私は言葉が続かず、口を閉ざす。
こういう場面も何かのゲームにあった気がする。
旅立ちの前、何故か幼馴染だけ村中を捜しても見つからなくて、彼女との別れの場面が妙に長かったりするのだ。
「あのさ、ティアナ」
耳に膜が張り、遠くから声が聞こえるみたい。不鮮明な音が思考を鈍らせた。
「ティアナ? 話を聞いてる?」
「え、うん。もちろんだよ」
どう見ても聞いていなかったことがバレている。
ラルは眉根を寄せてしまった。
「明日の朝、この村を出ることになったんだ」
「うん。ラルが勇者だなんて驚いたわ」
「俺も驚いた……」
夜なべして、お守りでも作っておくべきかな。
幼馴染みポジションのヒロインは、そういう物をよく渡していた気がする。
(でも、何も思い浮かばない……そもそも裁縫の類は苦手だし)
どうしようかと悶々としていると、視線を感じて顔を持ち上げる。
「ティアナ。さっきから何を考えてるんだ?」
「えっと、驚いてただけよ」
「それだけ?」
「他に何かある?」
「別に……」
ラルは不貞腐れたように、そっぽを向く。
狭い村の中、接した時間が長いだけの同い年の男女。
彼はこの村の女しか知らないから、仲のいい私を相手に、そういう気になっているだけかもしれない。
外の世界に旅立ち、私なんかより、ずっと素敵な人と出会ったら目が覚めるかもしれない。
「怪我には気をつけてね」
「うん……」
「そうだ。うちに干してある薬草を、持ち運びやすく小分けにしてあげる。沢山作って明日の朝持たせるわね」
「うん、ありがとう」
この世界には傷口に塗り込むと、アロエもびっくりな回復をみせる薬草が存在する。
序盤の冒険、回復アイテムは幾つあっても足りないはずだ。
「じゃあ、また明日見送りに行くわね」
そう告げて、私は胸のざわつきを隠すように、彼に背を向けた。
「ねえ、それだけ?」
ラルの不満げな声が近づき、そのまま背後から抱き締められる。
「ラ、ラル!?」
突然のことに目を白黒とさせていると、彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
少々痛い。
「ティアナ。俺、必ず帰って来るから」
「うん……」
端から眺める立場だったなら「こんな場面ありますよねぇ」と思っただろう。
でも、こんなやりとりも、勇者には必要なのかもしれない。
魔王という力の強大さも知れぬ存在に立ち向かう勇者。
支えが必要だったはずだ。
旅立つ背中を力強く押してくれる存在が、必要だったはずだ。
じゃあ、私は?
ラルの活躍を耳にしながら、時間を共有することも出来ず、彼の言葉だけを信じて待ち続けるの?
ただの幼馴染みとして?
「無理だわ……」
思わず口から本音が出てしまう。
「ティアナ?」
ラルは絡めた腕を離し、私の身体を向かい合うように動かした。
「何が無理?」
「あ、ううん。こっちの話」
「はあ?」
「この村は貴方の実家なんだから、いつでも帰ってきてね!」
「うん……」
ラルの青い瞳は不安そうに揺れて、曖昧な笑みを返す。
不意にラルの唇が頬に触れた。
「えっ!?」
私は驚き身を引こうとしたが、背にラルの腕が回り、その動きを止められる。
「嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど!」
早鐘を打ち始めた心臓がうるさい。
ラルの探るような瞳と目が合い、唇に触れるだけの口づけが落ちる。
ゆっくりと離れていく形のいい唇は、鼻先が触れる距離で止まった。
「村長さ、俺とティアナが将来結婚すると思ってるよ」
「え、ええと、うん。知ってる」
「俺もそう思ってたんだ」
「…………私もそう思ってた」
私たちは視線を重ね、くすくすと笑い合う。
勇者となった彼に今更想いを伝えるなんて出来ない。
余計な負担になりたくない。
ラルが語った未来に期待したくなったけれど、心の中で首を横に振った。
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