【R18】転生前の記憶があるせいで、勇者の幼馴染ポジを喜べない

みっきー・るー

文字の大きさ
上 下
1 / 9

しおりを挟む
 私ティアナは、山間の小さな村で生まれ育った、十九歳になる平凡な女だ。
 農耕牧畜が主な生活手段で、毎日変わり映えはしないけれど穏やかで平和な日常。
 将来は、年齢の近い村の誰かと、結婚するのだろうと思い過ごしてきた。

「手伝ってくれて、ありがとう」

 そんな誰かの一人である幼馴染の青年は、私の隣で人のいい笑みを浮かべ「どういたしまして」と返す。

 彼はラル。

 私のように金の髪と緑の瞳をもつ村人が多い中、黒に近い茶髪と青い瞳をもつ青年だ。
 人柄もよく、年頃の村の女には人気である。
 
 野菜が詰まった重たい籠を持ち、隣を歩くラル。
 数分前、私は畑で収穫した野菜を、何とか一度で運べないかと横着をしていた。
 大きな籠を背負い、意気揚々と一歩を踏み出してみたが、背にのしかかる重みに耐えられずに転んでしまったのだ。
 そんな阿呆な場面に、ラルはタイミングよく出くわしてしまった。
 無視するわけにもいかず、手伝う羽目になってしまった彼に申し訳なさが募る。

 背の高いラルを横目でちらりと見上げると、視線に気付いた彼は目尻を柔らかく下げた。

「前も同じようなことしてたよね?」
「ええと、そんな気がしないでもないわ」

 誤魔化すように告げると、ラルは息を漏らして笑う。

 私とラルが親しくしているのには理由があった。
 祖父はこの村の村長を務めており、身寄りのないラルの後見人になっている。
 十歳になった年、ラルは突然この村にやって来た。
 過去の記憶を失くし、覚えているのはラルという名と年齢だけ。本名も知らない。
 祖父は、そんな彼を労り、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
 私とラルは年齢が同じこともあり、一緒に過ごす時間も自然と多くなった。

 二人でいると、くすぐったいような、落ち着かない雰囲気になることがある。
 恥ずかしくて、想いを言葉にしたことはないけれど、彼も満更ではない気がした。
 だから私は、将来ラルと結婚するのかもしれないと思っていた。

 あの日、大国を治める王の使者と、隊列を組んだ騎士たちがやってくるまでは、本気でそう思っていたのだ。

「ラルシード=ソアディ様。四大国が一つジンジニア国王の名代により、神託の導きに従い、貴方様をお迎えに参りました」

 彼らは物々しい宣誓と共に、ラルの眼前で跪く。

 平和な村は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
 対応に追われる祖父と父に同情しつつ、私は遠巻きにラルを見つめる。

 経験したことがないのに、既視感のある光景。
 王の使者は訝しげなラルを相手に、説得を試みているようだ。

 数百年も昔、魔王と呼ばれた異形が封印された。
 しかしここ十年余り、魔族や魔物の動きが活発化していたため、ジンジニア国王が調査に乗り出したところ、魔王の封印が解けていることが分かった。

 ジンジニア国王は魔の勢力に対抗するため、各国の王と連携して対策を練り、封印の一躍を担った勇者の血筋に協力を仰ぐことにした。
 それが、ラルだったらしい。

(これ勇者が旅立つ序盤の村ってやつ!? そろそろ勇者覚醒イベントが起きたりする!?)

 唐突に意味の分からないことを思った。
 己の思考に驚きつつも、謎の紋章が発光していないかしらと、ラルを上から下まで眺める。

 また脳内で、私の声がした。

(あ、もしかして私って、勇者の幼馴染ポジション?)

 私は軽い頭痛を覚え、額を抑える。
 頭の中を駆け巡る知らない記憶と思考。
 なんだか、気持ち悪い。

 見たことのない光景が本の挿絵のように脳裏を過っていく。
 
(落ち着いて! 私の頭!)

 私は吐き気をこらえて、その場を逃げ出した。

 自室に戻り、寝台に突っ伏したまま頭を抱える。
 どうやら私は異世界に転生していたらしい。
 この世界は、私の知っている物語の世界ではなさそうだが、前世を思い出してしまうと作り物のように思えてくる。

(もっと早く思い出したかったなぁ……)

 私は涙が溢れて止まらなくなり、嗚咽を吐く。
 見えない力に絡め取られ、ラルを好きになるよう定められていたのだろうか。

 勇者なんて、RPGのゲームやアニメの典型だ。
 結婚イベントを組み込んだ物語は少なくない。数多に存在する勇者の行く末を知っているからこそ、現実に起きた事態に不快感が増す。

 旅をしながら仲間と出会い、苦楽を共にし、その中の一人と恋仲になる?
 もしくは魔王を倒し、村で待つ幼馴染と結婚する?

 それ以外にも、私は沢山の勇者を覚えている。
 ラルは、勇者だろう。
 


 □ □ □  □ □ □


 翌日、私は帽子を目深に被り散歩に出かけた。
 泣き腫らした目を誰にも見られたくなかったからだ。
 家族は忙しそうに外と家を行き来しているし、村中はどこか浮足立っている。
 皆の注意が逸れているお陰で、誰かに声をかけられることもなく、私は村の外れに辿り着いた。
 眼前には川が流れ、その向こう側には切り立った山々と鬱蒼とした森が広がっている。

 明日の朝、ラルは村を出るそうだ。
 記憶を失くし、傷を癒やすように暮らしてきた彼が、早々に村を出る決意をしたのだ。
 きっと思うところがあったのだろう。
 
 勇者の幼馴染の女性たちは、戦いに赴く彼らを応援し、努めて明るく送り出したはずだ。
 たとえ、寂しさに胸が押し潰されそうだったとしても。
 
(私も笑顔で送り出さなきゃ……)

 そうは思うのに、胸奥は複雑だ。

 足元に生える短い草の葉が、そよそよと揺れていく。静謐な空気が川のせせらぎと共に周囲に流れていった。
 寒さを感じて腕をさすると、後方から名を呼ばれた。

「ティアナ! ここにいたんだ……随分捜したよ」
「あ、ラル……」

 私は言葉が続かず、口を閉ざす。
 こういう場面も何かのゲームにあった気がする。
 旅立ちの前、何故か幼馴染だけ村中を捜しても見つからなくて、彼女との別れの場面が妙に長かったりするのだ。

「あのさ、ティアナ」

 耳に膜が張り、遠くから声が聞こえるみたい。不鮮明な音が思考を鈍らせた。

「ティアナ? 話を聞いてる?」
「え、うん。もちろんだよ」
 
 どう見ても聞いていなかったことがバレている。
 ラルは眉根を寄せてしまった。

「明日の朝、この村を出ることになったんだ」
「うん。ラルが勇者だなんて驚いたわ」
「俺も驚いた……」

 夜なべして、お守りでも作っておくべきかな。
 幼馴染みポジションのヒロインは、そういう物をよく渡していた気がする。

(でも、何も思い浮かばない……そもそも裁縫の類は苦手だし)

 どうしようかと悶々としていると、視線を感じて顔を持ち上げる。

「ティアナ。さっきから何を考えてるんだ?」
「えっと、驚いてただけよ」
「それだけ?」
「他に何かある?」
「別に……」

 ラルは不貞腐れたように、そっぽを向く。
 狭い村の中、接した時間が長いだけの同い年の男女。
 彼はこの村の女しか知らないから、仲のいい私を相手に、そういう気になっているだけかもしれない。
 外の世界に旅立ち、私なんかより、ずっと素敵な人と出会ったら目が覚めるかもしれない。

「怪我には気をつけてね」
「うん……」
「そうだ。うちに干してある薬草を、持ち運びやすく小分けにしてあげる。沢山作って明日の朝持たせるわね」
「うん、ありがとう」
 
 この世界には傷口に塗り込むと、アロエもびっくりな回復をみせる薬草が存在する。
 序盤の冒険、回復アイテムは幾つあっても足りないはずだ。

「じゃあ、また明日見送りに行くわね」

 そう告げて、私は胸のざわつきを隠すように、彼に背を向けた。
 
「ねえ、それだけ?」

 ラルの不満げな声が近づき、そのまま背後から抱き締められる。

「ラ、ラル!?」

 突然のことに目を白黒とさせていると、彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
 少々痛い。

「ティアナ。俺、必ず帰って来るから」
「うん……」

 端から眺める立場だったなら「こんな場面ありますよねぇ」と思っただろう。 
 でも、こんなやりとりも、勇者には必要なのかもしれない。
 魔王という力の強大さも知れぬ存在に立ち向かう勇者。
 支えが必要だったはずだ。
 旅立つ背中を力強く押してくれる存在が、必要だったはずだ。

 じゃあ、私は?
 
 ラルの活躍を耳にしながら、時間を共有することも出来ず、彼の言葉だけを信じて待ち続けるの?
 ただの幼馴染みとして?

「無理だわ……」

 思わず口から本音が出てしまう。

「ティアナ?」

 ラルは絡めた腕を離し、私の身体を向かい合うように動かした。

「何が無理?」
「あ、ううん。こっちの話」
「はあ?」
「この村は貴方の実家なんだから、いつでも帰ってきてね!」
「うん……」

 ラルの青い瞳は不安そうに揺れて、曖昧な笑みを返す。
 不意にラルの唇が頬に触れた。

「えっ!?」

 私は驚き身を引こうとしたが、背にラルの腕が回り、その動きを止められる。

「嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど!」

 早鐘を打ち始めた心臓がうるさい。
 ラルの探るような瞳と目が合い、唇に触れるだけの口づけが落ちる。
 ゆっくりと離れていく形のいい唇は、鼻先が触れる距離で止まった。

「村長さ、俺とティアナが将来結婚すると思ってるよ」
「え、ええと、うん。知ってる」
「俺もそう思ってたんだ」
「…………私もそう思ってた」

 私たちは視線を重ね、くすくすと笑い合う。
 勇者となった彼に今更想いを伝えるなんて出来ない。
 余計な負担になりたくない。
 
 ラルが語った未来に期待したくなったけれど、心の中で首を横に振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...