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第二章
小悪魔
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結局、直人は結衣とテーブルの端を占拠し、そこから少しも移動することなく、合コンの中締めの時間が来るまで二人だけで話していた。
店を出た時も、他のメンバーらがこのあとの二次会はどこにしようかと話し合っているのにもかかわらず、結衣を促すようにゆっくりと歩きだし、グループから徐々に離れて行った。
結衣も、そんな直人と同じペースで、他のメンバーのことなど一切気にしていないかのように直人と話していた。
しばらくすると、二人は歌舞伎町から新宿通りを四谷方面へと歩いていた。
「直人くん、みんなと離れちゃったね。どうするの? これから」
結衣は、悪戯っぽく微笑んでそう言った。
「ん-、そうだなー。まだ飲める?」
直人は時計を見てそう言った。時刻は、まだ22時を回ったくらいだった。
「私は全然、大丈夫。直人君は?」
「あ、俺も全然へーき。今朝二日酔いだったけど、もうすっかり絶好調だし。んー、じゃぁ、どっか入ろうか⁉」
(ってか、どこだここ? ここまで来たことないな……。足の向くまま来たけど、ここら辺の店知らないな……)
「どこか、行きたいとこあるのかな? もしなかったら、あたし、この前友達と言ったカラオケルームがこの近くだから、そこ行こうよ。結構、いい雰囲気の部屋だったんだぁ……」
「お、カラオケねぇ……、いいじゃん。結衣ちゃんは、結構、歌っちゃうほう?」
「んー、どっちかっていうとー、聞く方が多いかなぁ……。歌っている人の隣で、聞きながらお酒飲んでるのが好きぃ……」
ここでもまた、結衣は悪戯っぽく微笑んで直人を見つめた。
(いいねいいねー、こりゃ、カラオケボックスの中で、キスは確定コース……、へっへっへっ……、ついちゃってるついちゃってる……。)
直人は、横を向いて小さくガッツポーズをした。
結衣は、相変わらず悪戯っぽく微笑みながら、直人を見ていた。
しばらくすると、思い出したように結衣が声を上げた。
「ほらっ! あそこっ!」
直人は、結衣が指さした方を見た。レンガっぽいタイルを貼り詰めた5階建ての雑居ビルが、そこにはあった。
周辺は雑居ビルばかりだが、そのビル以外はどう見てもオフィスビルといった感じだ。それとは正反対に、飲食店、雀荘、ダーツ等、けばけばしく明るい看板がビルを飾っているのは、レンガっぽいタイルを貼ってあるそのビルだけだった。
「へー、なんか色々入っているな……。でも、カラオケなんて看板は……、なさそうだけど……」
ビルの角の2階から5階くらいまで、小さな電飾の看板がまるで小さな鯉のぼりのように縦に連なっていた。だが、その中に、カラオケの文字はなかった。
「あの上から3番目の看板のお店よ。フフフフフッ、そう、カラオケって書いてないから、初めていく人はなんのお店だか分からないわよね。でも、なんか、よくある感じのいかにもカラオケボックスってお店じゃなくて、落ち着いた雰囲気の部屋で、調度品もお洒落なのよね」
結衣が相当気に入っているように見えたため、直人は素直に受け入れた。もともと、この辺りで行ったことのある店なんかなかったし、周囲を見回しても、チェーン店の牛丼屋や天丼屋しか知っている店もなかった。
「そうなんだ……。楽しみだな……。俺、カラオケボックスって、でかいチェーン店しか行ったことないんだよね。va……can……? なんて読むんだ?」
目を擦っている直人を横目に、
「vacancyよ。空室って意味ね」
と、結衣が店の名前を言った。
だが、直人は、英語で書かれた店の名前が読めなかったのではなかった。
(なんだろう、さっきもビラ配りがボヤけて見えたけど……。目がおかしいのかな……)
「へ、へー、vacancyねぇ……。空室……かぁ……。なんか、ネーミング、面白いね」
直人は、目を閉じたり開いたりしながらそう答え、結衣の顔に目を向けた。
すると、今度は、結衣の顔が黒く曇るようにボヤけた。
(あれれ……、やっぱり目が……)
今度は、寝起きの時にするように目を擦った。
「どうしたの? 直人くん?」
結衣の声を聞いて目を擦るのをやめ、直人は目をパチクリさせてもう一度結衣に目をやった。結衣が小首を傾げ、大きな瞳で直人の顔を覗き込んでいるのがハッキリと見えた。
(あ、治った。なんだろう? やっぱり疲れか……。それにしても、やっぱり、結衣ちゃん、俺のどストライクだわ! 今日は超超ラッキーデーなんじゃないか……。あの九字の真言とやらのおかげかぁ……? あれ? でも、あれは呪い返しって……)
直人は、寝ながら唱えた九字を思い返した。だが、すぐに我に返り、
「ん? あ、いやいや、なんか目に入ったみたい。でも、大丈夫」
満面の笑顔で、そう答えた。
その時、直人はジーンズの右ポケットに入れた携帯のバイブに気がついた。取り出して画面を見ると、電話とメールの着信が数件あった。
「あ、やべっ、勝からだ……。何件もきてる……」
直人は、メッセージを流し読みした。
『どこ行った?』『これから二次会。どこいんだ?』「連絡くれ』「遠野さんとしけ込んだか?』と、短いメッセージが数分おきに来ていた。
「あいつ……。どうすっかな……。一応、連絡入れておこうかな……」
直人は、そう呟いた。しかし、呟きながらも、携帯をポケットにしまい込んでいた。
「いいじゃない。もう、だいぶ経っちゃってるし、これからだと時間かかるよぉ……。それとも、直人くん、私と二人じゃ、イヤ……?」
結衣が、髪をかき上げながらまたも悪戯っぽく微笑み、そう言った。
(クー、いい女……。俺殺《おれごろ》しっ、俺殺しの微笑みっ! あー、今日は、もう行くところまで行くのみっ)
「そんなことないさ、二人きり、いいじゃないっ!」
直人は親指を立てて結衣に見せた。
「ンフフフフフッ……」
結衣の遅い腕が、直人の腕に絡んできた。『小悪魔』的な香りとはこのことかと思わせるような結衣の香水の匂いが、直人の鼻をくすぐった。と同時に、直人は、ふくよかな乳房を彷彿させるような張りと弾力を肘に感じた。
店を出た時も、他のメンバーらがこのあとの二次会はどこにしようかと話し合っているのにもかかわらず、結衣を促すようにゆっくりと歩きだし、グループから徐々に離れて行った。
結衣も、そんな直人と同じペースで、他のメンバーのことなど一切気にしていないかのように直人と話していた。
しばらくすると、二人は歌舞伎町から新宿通りを四谷方面へと歩いていた。
「直人くん、みんなと離れちゃったね。どうするの? これから」
結衣は、悪戯っぽく微笑んでそう言った。
「ん-、そうだなー。まだ飲める?」
直人は時計を見てそう言った。時刻は、まだ22時を回ったくらいだった。
「私は全然、大丈夫。直人君は?」
「あ、俺も全然へーき。今朝二日酔いだったけど、もうすっかり絶好調だし。んー、じゃぁ、どっか入ろうか⁉」
(ってか、どこだここ? ここまで来たことないな……。足の向くまま来たけど、ここら辺の店知らないな……)
「どこか、行きたいとこあるのかな? もしなかったら、あたし、この前友達と言ったカラオケルームがこの近くだから、そこ行こうよ。結構、いい雰囲気の部屋だったんだぁ……」
「お、カラオケねぇ……、いいじゃん。結衣ちゃんは、結構、歌っちゃうほう?」
「んー、どっちかっていうとー、聞く方が多いかなぁ……。歌っている人の隣で、聞きながらお酒飲んでるのが好きぃ……」
ここでもまた、結衣は悪戯っぽく微笑んで直人を見つめた。
(いいねいいねー、こりゃ、カラオケボックスの中で、キスは確定コース……、へっへっへっ……、ついちゃってるついちゃってる……。)
直人は、横を向いて小さくガッツポーズをした。
結衣は、相変わらず悪戯っぽく微笑みながら、直人を見ていた。
しばらくすると、思い出したように結衣が声を上げた。
「ほらっ! あそこっ!」
直人は、結衣が指さした方を見た。レンガっぽいタイルを貼り詰めた5階建ての雑居ビルが、そこにはあった。
周辺は雑居ビルばかりだが、そのビル以外はどう見てもオフィスビルといった感じだ。それとは正反対に、飲食店、雀荘、ダーツ等、けばけばしく明るい看板がビルを飾っているのは、レンガっぽいタイルを貼ってあるそのビルだけだった。
「へー、なんか色々入っているな……。でも、カラオケなんて看板は……、なさそうだけど……」
ビルの角の2階から5階くらいまで、小さな電飾の看板がまるで小さな鯉のぼりのように縦に連なっていた。だが、その中に、カラオケの文字はなかった。
「あの上から3番目の看板のお店よ。フフフフフッ、そう、カラオケって書いてないから、初めていく人はなんのお店だか分からないわよね。でも、なんか、よくある感じのいかにもカラオケボックスってお店じゃなくて、落ち着いた雰囲気の部屋で、調度品もお洒落なのよね」
結衣が相当気に入っているように見えたため、直人は素直に受け入れた。もともと、この辺りで行ったことのある店なんかなかったし、周囲を見回しても、チェーン店の牛丼屋や天丼屋しか知っている店もなかった。
「そうなんだ……。楽しみだな……。俺、カラオケボックスって、でかいチェーン店しか行ったことないんだよね。va……can……? なんて読むんだ?」
目を擦っている直人を横目に、
「vacancyよ。空室って意味ね」
と、結衣が店の名前を言った。
だが、直人は、英語で書かれた店の名前が読めなかったのではなかった。
(なんだろう、さっきもビラ配りがボヤけて見えたけど……。目がおかしいのかな……)
「へ、へー、vacancyねぇ……。空室……かぁ……。なんか、ネーミング、面白いね」
直人は、目を閉じたり開いたりしながらそう答え、結衣の顔に目を向けた。
すると、今度は、結衣の顔が黒く曇るようにボヤけた。
(あれれ……、やっぱり目が……)
今度は、寝起きの時にするように目を擦った。
「どうしたの? 直人くん?」
結衣の声を聞いて目を擦るのをやめ、直人は目をパチクリさせてもう一度結衣に目をやった。結衣が小首を傾げ、大きな瞳で直人の顔を覗き込んでいるのがハッキリと見えた。
(あ、治った。なんだろう? やっぱり疲れか……。それにしても、やっぱり、結衣ちゃん、俺のどストライクだわ! 今日は超超ラッキーデーなんじゃないか……。あの九字の真言とやらのおかげかぁ……? あれ? でも、あれは呪い返しって……)
直人は、寝ながら唱えた九字を思い返した。だが、すぐに我に返り、
「ん? あ、いやいや、なんか目に入ったみたい。でも、大丈夫」
満面の笑顔で、そう答えた。
その時、直人はジーンズの右ポケットに入れた携帯のバイブに気がついた。取り出して画面を見ると、電話とメールの着信が数件あった。
「あ、やべっ、勝からだ……。何件もきてる……」
直人は、メッセージを流し読みした。
『どこ行った?』『これから二次会。どこいんだ?』「連絡くれ』「遠野さんとしけ込んだか?』と、短いメッセージが数分おきに来ていた。
「あいつ……。どうすっかな……。一応、連絡入れておこうかな……」
直人は、そう呟いた。しかし、呟きながらも、携帯をポケットにしまい込んでいた。
「いいじゃない。もう、だいぶ経っちゃってるし、これからだと時間かかるよぉ……。それとも、直人くん、私と二人じゃ、イヤ……?」
結衣が、髪をかき上げながらまたも悪戯っぽく微笑み、そう言った。
(クー、いい女……。俺殺《おれごろ》しっ、俺殺しの微笑みっ! あー、今日は、もう行くところまで行くのみっ)
「そんなことないさ、二人きり、いいじゃないっ!」
直人は親指を立てて結衣に見せた。
「ンフフフフフッ……」
結衣の遅い腕が、直人の腕に絡んできた。『小悪魔』的な香りとはこのことかと思わせるような結衣の香水の匂いが、直人の鼻をくすぐった。と同時に、直人は、ふくよかな乳房を彷彿させるような張りと弾力を肘に感じた。
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