小雪が行く!

ユウヤ

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第二章 小雪、食べる

食べ物の恨み、果たします。

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 何度目かわからない、VRフォンにての残高照会。その度に、見てはいけないものを見てしまったと、気分が落ち込んでしまう。

 そうなってしまった原因は、これにつきる。

「た、食べ過ぎたわ……」

 それはつい一時間ほど前にさかのぼる。集会場を出ようとした矢先に、美味しそうなアイスクリーム屋さんがあったので、お金を取り出し、一つ購入しようとした時の事。

「お、珍しいな。婆さんアバターでする人が居るなんてな。いらっしゃい、なんにする?」

 年齢が年齢なので、孫以外にも婆さんと言われるのはわかるけど、心はまだまだレディなのだ。少しは配慮してもらいたい。

「むむ、レディにそんな年齢に関することをズバッと言うのはダメよ、お兄さん。魔牛ソフト一つね」

「はははっ、こりゃ面目ねえ!サービスすっから許してくれや!一つ100ゴルドな!」

 白いTシャツでは隠しきれない筋肉隆々な体を持つスキンヘッドなお兄さんは、タオルを捻じって巻いている自分の頭をぺしりと叩いてそう言う。ちなみに、魔牛ソフトは一つ300ゴルドだから、三分の一の値段までサービスしてくれている。


 私は麻布袋から銀貨を一枚取り出し、それを渡そうとする。すると、

「ありゃ、ばぁ……お姉さんよ。初心者?」

「ん?そうだけど、何故?」

 いわゆる初期装備?と言うものを装備していると思う私だけど、その辺にちらほら似たような格好をしている人が多いように感じたので、見た目ではわからないだろう。

 それよりも、また婆さんと呼ぼうとしたのかな?まあ、寸前で直したようなので、聞かなかったことにしよう。

「お金だけどなぁ、そんな袋で持ち歩くなんて面倒だろ?その為の持ち歩き機能がコレ・・についてるんだぜ?」


 そう言って、自分のVRフォンをトントンと叩くお兄さん。

「それに、2年前ならともかく、今は支払いも今はお金を出さなくても良くなったんだよ。ほら、そのお金を袋ごとフォンにあててみな?」

 言われるがままに袋ごとフォンにあてると、お金をしまいますか?とホログラムされた文字が現れたので、はいと私は言う。すると、袋は光りの粒となって消え、ホログラムされた文字がお金をしまいました。残金は3000ゴルドです。と表示する。

「そんで、ほら。フォンをこの機械にあててくれ。それで支払い完了だ」

「わ、わかったわ」

 目の前にあるレジのような、昔見たタイプレコーダーのような機械の一部にある、コンビニで電子マネー支払いをする読み取り機のようなものに当てると、ピッと音がなって、支払いをしたことを伝えるホログラムが私のVRフォンから現れた。残金2900ゴルドと表示もある。

 こんな便利な方法があるなんて聞いていないと思ったが、隆ちゃんもアルコール実装のお手伝いとやらをプレイヤー時代からしていたとか話しをしていたし、うっかりこの機能については忘れていたんだろうと1人で納得。

「これで一つ賢くなったなお姉さん。はい、これが当店自慢の魔牛ソフトだ!」

「え、こ、こんな大きいの!?」

 普段から見慣れてるようで最新の支払いをしたことに感慨深いものを感じてる時に、お兄さんの手から三十センチほどの高さをもつ、白い巻角のようなソフトクリームを手渡された私は驚いていると、お兄さんはサービスサービス!と、キラリ光るような良い笑顔。

 私は崩さないようバランスをとっていると、お兄さんから食べ過ぎないようになー!と声をかけられる。こんな大きなもの、食べるだけでお腹いっぱいだよと思いながら、色々教えてくれてありがとう!と言って、その場を去った。

 気付いたのは振り返った時だけど、人が数人並んでいた。なのに文句一つ言わないお客さんに、嫌な顔一つしないお店。

 このゲームは、存外心良い人が多いのだと、私はそう思いながら、角のてっぺんに口を寄せた。


 そして、後々後悔した。お兄さんの言葉の意味を深く掘り下げるべきだったと。


「お腹いっぱいにこの世界ゲームはならないなんて、聞いてないわよぉ……」

 そして、今に至る。

 お腹いっぱいにならない、それに、支払いは、支払いの実感の少ない電子マネー式。

 あれこれと購入しているうちに、残金が520ゴルドと表示されていた。これはもしかしなくてもマズイはず。


 かなり広く造られている十字路、その中心にある噴水の前に設置された木製ベンチに腰掛け項垂れていると、

「さー!あと一人限定!ドラゴンテールステーキがなんと!なんと500ゴルド!早い者勝ちだよー!!」


 悪魔の囁きともとれる声が、こんなにもざわざわとしている広場を抜け私の耳に入る。

「はーい!私買います!下さいなー!」

 骨髄反射的に声をだす私。言った後にしまったと思ったけど、三十メートルほど先にある屋台のお兄さんにはしっかり聞こえてたようで、あいよー!と声を返された。こちらを見ながら、だ。

 周りの人には、余程私の声が大きかったのか、くすくすと笑われていた。ちらほら可愛らしいお婆ちゃんだね、などと言われている。

 私は顔に熱を帯びながら項垂れつつ早足で屋台に行くと、さっきの者ですと言い、支払いを済ます。若い現場系のような金髪のお兄さんから漫画肉の王道、骨付き肉を手渡され、先程の恥ずかしさなどは全て吹き飛んでしまった。


「こ、こ、これ、これは!」

「じっくり味わってねー!」

 何かお兄さんから言われたけど、もう何も聞こえない。周りの音すら聞こえない。それ程の感動を覚えていた。

 夢にまで見た漫画肉。それも、両手でお肉から突き出た骨を持って囓るタイプの漫画肉だ。

 ほんのり暖かい骨についているお肉は、塩コショウベースで、香菜を巻いて焼いているようで、ほんのり香るハーブと、肉と塩コショウの焼けた匂い。そして何より、手にまで滴る肉汁。

 ちらりと屋台の看板を見ると、この商品を食べると、必ず手が汚れます。噴水では洗わないで下さいと書かれている。良い。良いのよ、汚れたって!

 多分周りからは、一歩後ずさりをされる程の恍惚とした表情を浮かべているかもしれない。それに、よだれも垂れているかもしれない。

 しかし、そんなもの、今の私には見えない。聞こえない。故に、気づかなかった。


「お、おい!婆さん!あぶねぇ!」

「……ん?へっ?」

 フルプレートメイルを着込んだ人が、私に向かって吹き飛ばされて来るなんて。だから、さっきステーキを買ったお店のお兄さんからの声を理解するのに時間がかかってしまった。


「え、ちょっと、ちょっと!!」

「あぶない!」

「うひゃぁ!」

 飛来してくる人物、それから誰かが私をつまづかない程度に押して、助けてくれた。

 私は変な声を出しつつ飛来した人物の方を見ると、吹き飛ばされた人物も上手くキャッチし、助けていた。何という筋力だ。

「おばあちゃん、大丈夫!?」

「ええ、大丈……あ、たかしちゃん!」

 なんと助けてくれたのは、見慣れない格好をした、たかしちゃんだった。

 先程お仕事でどこかに行ってしまったと思ったけど、ここでまさか出会うとは思いもしなかった。

「よかったよ、さっきちょっと用事で本部に出てたんだけど、非戦闘エリアでの決闘が行われそうになったから、注意する為にここに来たんだけど……来てよかったよ。何してたの?」

「あら、まだお仕事なのね、助かったわ。おばあちゃんは……あ」

「ん?どうし……あちゃー、泥だらけだね、ステーキ。……おばあちゃん?」


 泥まみれになったドラゴンテールステーキを見て、固まる私。それと同時に、

「おーい、おばあちゃん?」


 高ぶる心臓、

「おばあちゃん、本当に大事ない?おーい」

 冷えゆく感情、

「ねえ、おばあちゃんったら……っ!?」

 歪む笑顔、

「ねえ、たかしちゃん」

「っ……ぁ……だめ、落ち着いて!」

 明確な"意思"、それらが私を包んだ。

 私とたかしちゃんの様子を見ていた人が、何かの異変を察知したのか、決闘現場に向けていた目線をこちらに向けてくる。

「ここで戦うのってダメなのよね?」

「そ、そうだよ!だから、後のことは俺たちがやるから、喧嘩はダメだよ!」

「喧嘩?」

 すくっとその場から立ち上がり、人だかりの中心を見る。

 そう、別に喧嘩をしたいわけじゃないのよ、たかしちゃん。

注意をするオシオキ……だけよ?ねえ?」

 更に歪む口角。視線を送るその道中の人々が何故か、私が通りやすいように道を開けてくれる。声なんて聞こえていないだろうに。

「さてと、じゃあ」

 ゴクリと喉を鳴らすたかしちゃんを背に、

オセッキョウ・・・・・・、はじめるかしら?」


 私は、中心に向かって歩き出した。その身に叩き込んでやるから覚えておきなさい。

 食べ物の恨みだけは、絶対に買ってはいけないということを、思い知らせてやる。


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