小雪が行く!

ユウヤ

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第一章 小雪、ログイン

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「お届けものです、狩屋小雪かりやこゆきさんのご自宅でお間違いありませんか?」

「あ、はい。間違いありません。代引きですか?」

「いえ、こちらにサインをいただけたら」

 閑静な、と言えど、夏の風物詩である蝉のライブ会場となった住宅街の一画に、年季の入った木造二階建ての自宅を改装し、一階部分は剣道場となった我が家に、少し大きめのダンボールに入った荷物が届く。孫のたかしちゃんからだ。

 配達員のお兄さんに言われた箇所へ私はサインをすると、配達員のお兄さんは好青年とはこういうものだと言わんばかりの爽やかな笑顔で、ありがとうございました!と大きな声を私に投げかけると、某猫のロゴが入ったトラックに走り寄っては乗り込み、ものの数秒後に走り去っていった。

 受け取った荷物を抱え一階の剣道場に入り、中央で座ってダンボールを開けると、中には黒塗りの仰々しい機械と、文庫本ほどの厚みのあるそれ・・の取扱説明書と思われるものが一冊と、隅の方にたかしちゃんが書いたであろう字体で、『おばあちゃんへ』と題した封筒が入っていた。

 先に封筒を手に取り、膝の上に一度置くと、異様に目立つ機械を持ち上げ、それをまじまじと見る。その機械は、近頃よくテレビに取り上げられる話題の機械で、確かヘッドギアといったものだ。

 持ち上げたヘッドギアをまた箱の中に降ろすと、膝の上に置いた封筒を手に取り開封し、中の手紙を読む。

ーーおばあちゃんへ。

 お身体の調子はよろしいでしょうか?なんて堅苦しいのは無しで。だっておばあちゃんが元気じゃないところなんて想像も出来ないし(笑い)ーー

……おばあちゃんはいつもバカ元気だとでも言いたいのかな?たかしちゃん。ちょーっとだけショックだなぁ。とりあえず今は気にしないようにして、続きを読もう。

ーーあんなに剣道一筋の(といっても、弓道もやってたんだっけ?とりあえず今は置いておいてね)おばあちゃんが、去年いきなり道場をたたむ!って電話をしてきたのには凄く驚きました。それと同時に、継がなくて申し訳ないという気持ちもありました。

 おばあちゃんも色々言いたかった筈なのに、そんな僕に一言もそういった話しをせず、それどころか「たかしちゃんはたかしちゃんの道を極めなさい」と、強く背中を押してくれて、凄く感謝しています。ーー

……たかしちゃん。

 確かに、娘は剣道に興味を持たず、娘の旦那は剣道なんてやったことも無い。

そんな中産まれてきたたかしちゃんがとても剣道を好きになってくれて、小さな頃からウチで弟子と共に練習して、中学生の頃には全国大会出場、高校では全国3位という輝かしい結果をもたらしてくれた事に喜びを感じ、ウチの道場の繁栄も大きく期待した。が、ふと55歳という若さでってしまった旦那の桂吾けいごが生前、まだ私達が高校生だった頃、ストイックに剣道に生きていた私について来れない後輩達に厳しく指導していたところを見兼ね、桂吾が私に言った一言を思い出した。

ーー小雪。君は剣道を楽しんでるか?ーー
 

 なんて、そんな言葉を。その時、結果を出すことしか頭に無かった私にとって、少なからずとも響いた、心に。追い詰める事で強くなることしか考えていなかった私の肩の力が抜けたとも言えるか。

 ましてや大切な大切な、孫なんだ。この子にとっての幸せを願うことの方がずっと大切な事なんだ。そう頭を切り替え、たかしちゃんが剣道大会の会場から帰ってきたその日に、私が言った言葉が、"道"は"剣道"だけではないんだよ。
たったその一言。

 それから、大学を出て真面目に働いて一月経ち、初給料でこの機械をおばあちゃんの為に買いました。という文章を読んで、涙がこぼれそうになった。ああ、やっぱり間違ってなんていなかったんだ。そう心から思えた。

 少しの間、目を閉じてゆっくりと口から肺に空気を溜め込むように息を吸い、ゆっくりと鼻から息を吐く。

 うん、落ち着いた。さて、続きを読もう。

ーーおばあちゃんが若い頃にはまだかなり高いものだったと思うけど、今となっては廉価版れんかばんが出るくらい安くなってるから、気にしないでね。ーー

 ほーう、廉価版なんて出たのかぁ、私が若い頃、大体2016年頃だったかな?最初のVRマシンが出来たとかWebニュースで取り上げられ始めて、2035年頃に本格的な機能、"ヴァーチャルダイブ機構"とやらが搭載され、それが発売され始めたのは覚えているけど、確か40万とかしたかなぁ。

 あの頃は今の自分の年頃になった時、そろそろ車は空を飛ぶんだと思っていたけど、今だに陸路を走っている事を考えたら、やはりあの頃で科学力は頭打ちだったんかね。まあ、それだけ平和的に世界が回っている証拠でもあるんだろうけども。

 ちょっと手紙を膝に置いて、最新型のスマートフォンでカメラ検索をする。……この機能は本当に便利だ。今となっては、読めない文字やわからない物は勿論、その辺のネジを拾って写真検索機能を使えば0.1秒以下の速さで答えが返って来る。どこ産のどこの企業のどこに使うなんのネジで、成分含有率から締める際の必要トルク量まで。

 と、また話が逸れた。値段を調べると、19,500円とのこと。調べた後で思ったが、貰い物の値段を調べるとか不躾極まりないなぁ。たかしちゃん、ごめんなさい。さあ、続き続き。

ーーおばあちゃんの事だから、面倒臭いって言いながら、説明書なんて読まずにいきなりプレイするだろうから、詳しくはログインしてから教えるよ。習うより、見て覚えるより、慣れろ。だよね(笑い)

 まずは、無料会員登録をして、キャラメイクをしたら、ログインできるようになるから、そのあとのチュートリアルを終えた後、集会場で待っててね。ーー


 へえ、集会場かぁ。いよいよオンラインゲームって感じがしてきたなぁ。

ーー使い方は、かぶった時に右のこめかみあたりにある小さいスイッチを押すだけ!おばあちゃんのヘッドギアに半永久電池を入れてるから、直ぐに電池切れとか起こすことは無いよ!充電は必要なし!

 あ、このゲームをやる時は、必ず戸締り、火の元を確認して、トイレなど済ませた後、身体を楽に出来る状態でやること。じゃないと悲惨なことになるよ。ーー

 経験者は語る、なのかな?あんまり想像はしないでおこう。

ーーそれじゃあ、VRMMO、剣と魔法とドラゴンの物語オールフィクションで、おばあちゃんを待ってます!

 孫の隆より。ーー

 そこまで読んで、私は手紙を道場にある神棚の中からたかしちゃんアルバムver.3を取り出し、封筒と一緒に大事に入れると、またたかしちゃんアルバムver.3を神棚にしまう。そして足早に道場の鍵を閉め、階段を上がってから火の元を確認。ガス、オッケー。水道、オッケー。あ、苦瓜に水を……まあ、今日はもういいか。それよりもゲームをしたい。

 今年で76になる私だが、若い頃はオンラインゲームをやったものだ。まあ、プレッシャーから解放されて、道場を継ぐまでの1年間だけだが。

 楽しみな心に流されるまま、部屋のクーラーを28度、風力はおやすみモードにして、たかしちゃんから貰ったヘッドギアを……あ、道場に置いてきちゃった。

 急いで道場に戻ると、日差しに熱された道場がもわっとした空気になっている中、中央に置いたダンボールからヘッドギアを取り出し、頭に被りながら部屋へ戻ると、涼しさを感じながら枕元に置いたアイマスクを目にあてる。

 そして、私はヘッドギアのボタンを押した。
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