7 / 14
本編
実験の内容
しおりを挟む
「そうだ、これを身につけてほしいんだ」
思い出したようにポケットを漁り、差し出された手のひらには指輪が乗っている。彼の瞳と同じ色の宝石が煌めき、ひどく高価なものに見えた。
「危険な実験じゃないとは言ったけど、何が起こるかわからない。念には念を入れておかないとと思って、いざという時に君を守るために僕が魔力を込めた。心臓に近い指にはめるのが一般的なんだけど」
「心臓……?」
この世界では当たり前のことなのかもしれないが、茉莉愛はまだこの世界の常識を理解しきれていない。どの指だろうかと自分の手を開いて見詰めているとアルベールが左手に触れる。
「僕がはめてもいい?」
頷けば薬指に指輪がはめられ、茉莉愛は驚きを隠せなかった。これでは結婚指輪であるが、この国の常識では違うのか。
「愛する人への誓いであり、お守りでもある」
動揺を見抜いたように言われて茉莉愛は理解する。彼は後者の意味でくれたのだろう。
「僕にとっては簡単な実験で、君がすることも難しいことじゃない。でも、君は魔力を使えないから万が一僕の魔力が暴走した時にこれが君を守ってくれるようにね」
保険ということなのだろう。茉莉愛がこの世界の理から外れた存在であるから万全を期さなければならないのだろう。
結局のところ、自分は彼にとって荷物にしかなり得ないかもしれないと茉莉愛が考えたところでアルベールが指輪に口づけ、一瞬宝石が光ったように見えた。
「これで完璧。僕は絶対に君を守るよ」
その所作に茉莉愛は見惚れた。虚弱体質のアルベールがとても頼もしい騎士のように見えたからだ。丸め込まれているような気がしなくもなかったが。
「君は疑っているかもしれない。僕が本当のことを言ってないって」
「そんなことは……」
ぼんやりしてきた頭でも、ないとは言えなかった。疑いほど強くはないが、気にかかっていることならばあるのだ。
「でも、何があっても、僕がこれまで君に告げてきたことは全て本心だと信じてくれる?」
嘘は吐いていないということだろうか。
しかし、茉莉愛を味方してくれる人間はアルベール以外にはいないということを彼もわかっているはずだ。彼しか信じられないということを。
それでも頷けばアルベールは嬉しそうに微笑むのだ。
「実験の内容を説明するね」
そう言われて茉莉愛は何となく背筋を正す。簡単だと言われようと大事なことだ。しっかり聞いて理解しておかなければならないと気持ちを引き締める。
「ある生き物の成長実験なんだ」
「成長……?」
生物実験なのか、そうなると言うほど簡単でないのではないか。命を奪うことはないのか、妙な緊張感を覚えて茉莉愛はぐるぐると考える。
立ち上がり、手招きするアルベールについて行くと窓辺で止まる。一瞬ぐらりと頭が揺れたのは気のせいだと茉莉愛は思おうとした。自然に腰を抱かれて、それどころではなくなってしまったのだ。
「満月の夜に変化するんだよ」
アルベールにつられて茉莉愛も窓の外を見上げる。まるで狼男のようだ。やはりここがファンタジーの世界なのだと思い知らされた気がした。
「もう兆しは出てる」
「えっ……?」
それならば早く始めた方が良いのではないか、茉莉愛は部屋の中にその生き物の姿を探してしまう。そうして頭を揺らしたせいか、今度ははっきりと視界がぐらつき、アルベールに支えられる。
「ごめ……」
「僕だよ」
茉莉愛が言い切らない内にアルベールが言う。しかし、それは頭がぼんやりしてきて聞き間違えたのかと不安になるほどだった。
「その生き物は僕なんだよ」
もう一度、視線を合わせてはっきりと言われて茉莉愛はそれが冗談ではないのだと認識した。アルベールの目はあまりに真剣でからかう様子など微塵もない。
けれども、そうしてアルベールの顔をしっかりと見たからこそ、茉莉愛は違和感に襲われ、すぐその正体に気付く。アルベールの髪の色だ。光源のせいだろうか、青みがかった黒髪が灰色のように見える。否、つい先ほどまでは黒かったはずなのに、色が抜けているかのようだ。
「今夜、僕が変われるかどうか、それが実験。騙すみたいな言い方でごめんね」
髪を撫でられ、茉莉愛はうっとりと目を閉じそうになる。理解が追いつかないまま微睡みの世界に落ちたくなっている。茉莉愛を圧倒する雰囲気が、靄がかかったような頭が思考を阻害していたのかもしれない。
「これから起きることを受け入れてほしい。僕の全てを愛してほしい」
懇願に頷いたのかはわからない。胸の奥に秘めた気持ちを見透かされていたのかもわからない。
「ん……ぁ……」
気付けば茉莉愛はアルベールから口づけを受けていた。何度も唇を重ねられ、嫌だとは思わなかった。このまま夢に溺れてしまいたかったが、立っているのが辛くなり、ぎゅっとアルベールの服を掴む。
「ベッドに行こうね」
男としては小柄なアルベールに軽々と抱き上げられて茉莉愛が驚いたのも束の間だった。所謂お姫様抱っこでふかふかの巨大ベッドの上に下ろされる。
ぼんやりと映る視界の隅に水差しとグラスと共にたくさんの瓶が並んでいるのを茉莉愛は単純に綺麗だと思っていた。
治験のアルバイトのようなものだと言われた方がずっと楽だったのかもしれない。これから自分が何をされるかわからないのだ。
眼鏡を外して覆い被さってくるアルベールに妙な雰囲気を感じ取っているからこそ、それが実験だとは思えずにいる。
思い出したようにポケットを漁り、差し出された手のひらには指輪が乗っている。彼の瞳と同じ色の宝石が煌めき、ひどく高価なものに見えた。
「危険な実験じゃないとは言ったけど、何が起こるかわからない。念には念を入れておかないとと思って、いざという時に君を守るために僕が魔力を込めた。心臓に近い指にはめるのが一般的なんだけど」
「心臓……?」
この世界では当たり前のことなのかもしれないが、茉莉愛はまだこの世界の常識を理解しきれていない。どの指だろうかと自分の手を開いて見詰めているとアルベールが左手に触れる。
「僕がはめてもいい?」
頷けば薬指に指輪がはめられ、茉莉愛は驚きを隠せなかった。これでは結婚指輪であるが、この国の常識では違うのか。
「愛する人への誓いであり、お守りでもある」
動揺を見抜いたように言われて茉莉愛は理解する。彼は後者の意味でくれたのだろう。
「僕にとっては簡単な実験で、君がすることも難しいことじゃない。でも、君は魔力を使えないから万が一僕の魔力が暴走した時にこれが君を守ってくれるようにね」
保険ということなのだろう。茉莉愛がこの世界の理から外れた存在であるから万全を期さなければならないのだろう。
結局のところ、自分は彼にとって荷物にしかなり得ないかもしれないと茉莉愛が考えたところでアルベールが指輪に口づけ、一瞬宝石が光ったように見えた。
「これで完璧。僕は絶対に君を守るよ」
その所作に茉莉愛は見惚れた。虚弱体質のアルベールがとても頼もしい騎士のように見えたからだ。丸め込まれているような気がしなくもなかったが。
「君は疑っているかもしれない。僕が本当のことを言ってないって」
「そんなことは……」
ぼんやりしてきた頭でも、ないとは言えなかった。疑いほど強くはないが、気にかかっていることならばあるのだ。
「でも、何があっても、僕がこれまで君に告げてきたことは全て本心だと信じてくれる?」
嘘は吐いていないということだろうか。
しかし、茉莉愛を味方してくれる人間はアルベール以外にはいないということを彼もわかっているはずだ。彼しか信じられないということを。
それでも頷けばアルベールは嬉しそうに微笑むのだ。
「実験の内容を説明するね」
そう言われて茉莉愛は何となく背筋を正す。簡単だと言われようと大事なことだ。しっかり聞いて理解しておかなければならないと気持ちを引き締める。
「ある生き物の成長実験なんだ」
「成長……?」
生物実験なのか、そうなると言うほど簡単でないのではないか。命を奪うことはないのか、妙な緊張感を覚えて茉莉愛はぐるぐると考える。
立ち上がり、手招きするアルベールについて行くと窓辺で止まる。一瞬ぐらりと頭が揺れたのは気のせいだと茉莉愛は思おうとした。自然に腰を抱かれて、それどころではなくなってしまったのだ。
「満月の夜に変化するんだよ」
アルベールにつられて茉莉愛も窓の外を見上げる。まるで狼男のようだ。やはりここがファンタジーの世界なのだと思い知らされた気がした。
「もう兆しは出てる」
「えっ……?」
それならば早く始めた方が良いのではないか、茉莉愛は部屋の中にその生き物の姿を探してしまう。そうして頭を揺らしたせいか、今度ははっきりと視界がぐらつき、アルベールに支えられる。
「ごめ……」
「僕だよ」
茉莉愛が言い切らない内にアルベールが言う。しかし、それは頭がぼんやりしてきて聞き間違えたのかと不安になるほどだった。
「その生き物は僕なんだよ」
もう一度、視線を合わせてはっきりと言われて茉莉愛はそれが冗談ではないのだと認識した。アルベールの目はあまりに真剣でからかう様子など微塵もない。
けれども、そうしてアルベールの顔をしっかりと見たからこそ、茉莉愛は違和感に襲われ、すぐその正体に気付く。アルベールの髪の色だ。光源のせいだろうか、青みがかった黒髪が灰色のように見える。否、つい先ほどまでは黒かったはずなのに、色が抜けているかのようだ。
「今夜、僕が変われるかどうか、それが実験。騙すみたいな言い方でごめんね」
髪を撫でられ、茉莉愛はうっとりと目を閉じそうになる。理解が追いつかないまま微睡みの世界に落ちたくなっている。茉莉愛を圧倒する雰囲気が、靄がかかったような頭が思考を阻害していたのかもしれない。
「これから起きることを受け入れてほしい。僕の全てを愛してほしい」
懇願に頷いたのかはわからない。胸の奥に秘めた気持ちを見透かされていたのかもわからない。
「ん……ぁ……」
気付けば茉莉愛はアルベールから口づけを受けていた。何度も唇を重ねられ、嫌だとは思わなかった。このまま夢に溺れてしまいたかったが、立っているのが辛くなり、ぎゅっとアルベールの服を掴む。
「ベッドに行こうね」
男としては小柄なアルベールに軽々と抱き上げられて茉莉愛が驚いたのも束の間だった。所謂お姫様抱っこでふかふかの巨大ベッドの上に下ろされる。
ぼんやりと映る視界の隅に水差しとグラスと共にたくさんの瓶が並んでいるのを茉莉愛は単純に綺麗だと思っていた。
治験のアルバイトのようなものだと言われた方がずっと楽だったのかもしれない。これから自分が何をされるかわからないのだ。
眼鏡を外して覆い被さってくるアルベールに妙な雰囲気を感じ取っているからこそ、それが実験だとは思えずにいる。
0
お気に入りに追加
1,518
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ヤンデレ義父に執着されている娘の話
アオ
恋愛
美少女に転生した主人公が義父に執着、溺愛されつつ執着させていることに気が付かない話。
色々拗らせてます。
前世の2人という話はメリバ。
バッドエンド苦手な方は閲覧注意です。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる