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猛獣は我慢できない3
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「み、光希君は私でいいの?」
「前なら、私なんか、って言ってたところだよね」
「そう、かも……」
いきなり、絶対に崩れない自信がつくはずもない。それでも、今は出来るだけ自分を卑下しないようにしようと希彩も心がけていた。咲子の前でそういうことを言うと怒られるというのもあるが、意識は変えていかなければならない。
「俺は希彩ちゃんがいいのに?」
「だって、私、重いかもしれないよ?」
「いやいや、俺の方が重いでしょ。俺みたいな遊び人が本気になっちゃうと質悪いってもう身をもって知ったと思うけど?」
「光希君のこと独占したいって思っちゃう」
何の遠慮もなく、誰にも邪魔されずに付き合って、他の女の子なんて見てほしくないのだ。
もし、前のようなことがあれば、今度こそ立ち直れなくなるのではないかと希彩は自分でも大袈裟だと思いながらも恐れていた。
折角、ここまで出てこられたのだ。
「普通のことだと思うけど……そっか、嫌な思いしたんだよね」
ぽつりと光希は呟く。
遼が悪かったわけではないが、否定できないほど不満がなかったとは言えない。
隠れて、遠慮して、わけのわからない内に終わって、すぐに他の女子とオープンに付き合っているのを見せつけられた。どうして、自分はあんな風になれないのだろうか。やはり市川みたいな子が良いのか。
思い知らされて、打ちのめされて、自分にはなれるはずがないとその時の希彩は努力しようとは考えなかった。諦めて、隠れる道を選んだのだ。遼とのことは、ほんの一時の夢に過ぎなかったのだと忘れようとした。
「望むところだよ。可愛い嫉妬ならいくらでもされたいし、甘えてほしい。それに俺がベッタベタに甘やかしたいし?」
「私……光希君の妹?」
「なんで、そんなことに……妹にあんなことしたら、俺、完全に悪いお兄ちゃんじゃん」
「だって、咲子みたいなこと言うから……」
「それだけ、みんな、希彩ちゃんが可愛いから甘やかしたいってことだって」
皆に可愛いと言われて希彩は嬉しさを覚えながらも、まだ信じきれずに上手に受け止めることができない。
「不安なら、毎日、俺のスマホ、チェックする? もうちゃんと遊んでた女の子切って、消したよ?」
「し、しない!」
そこまでするのは何か違う気がして希彩は首を横に振る。
「俺は君だけのモノ。こんなに君に心を奪われてるのに、まだ疑う?」
光希は希彩の手を取り、自分の胸へと導いていく。そこからは確かな彼の心音が伝わってきて、希彩もまたドキドキしながら首を横に振る。
疑うわけではないのだ。希彩自身の問題なのだ。まだ少し自分が変わることが怖いのかもしれない。
「俺だって不安なんだよ? 希彩ちゃんが本当に俺なんかでいいのか」
「光希君でも?」
光希の口からそんな意外な言葉が出てくると思わず、希彩は驚く。
「俺でも、って?」
「最初から強引だったし、自信たっぷりだったし」
「だって、女の子に情けないところなんか見せられないし?」
光希は冗談めかして言うが、情けない光希など想像できるだろうか。否、咲子に追い払われている時だろうか。駄犬だと言われる光希のことを思い浮かべた瞬間希彩は吹き出し、顔を見られまいと背けて距離を取ろうとした。
「ちょっと待って、今、何で笑ったの? 何、考えたの?」
「み、光希君に情けないところなんてあるのかな、って」
「正直に」
「咲子の前ではちょっとそうなのかなって……」
「俺のこと、駄犬とか言うの藤村くらいだしね。本当に藤村、自分の可愛い可愛い希彩ちゃんの周りに盛った駄犬が群がってるくらいに考えてるんじゃない? 遼のことも含めてさ」
例えがよくわからずに希彩は首を傾げる。
「今までは大して欲しくもないのに、女の子が入れ食いで、本当に欲しい獲物が来たと思っても全然釣れないし?」
「でも、光希君が強引に引っ張ってくれなかったら、私、今も出られなかったよ。だから、光希君には感謝してる」
魚に例えられるのは複雑ではあったが、光希は事実を言っているのだろう。しかし、かなり強引に捕獲されそうになったような気もするのだ。希彩からすれば光希は網や銛を構えているようだった。
「最初は怖かったし、最低だと思ったし、やっぱり強引だし……でも、優しいところあるし、格好いいし……今、可愛くなりたいのは光希君のためだよ?」
声は消え入りそうになるが、光希が聞こうとしてくれているのはわかった。
彼の隣にいて相応しいとまでは言えないが、並んでも恥ずかしくない女の子になりたいというのが今の希彩の願いだ。
「元々、可愛いのに、君を狙う猛獣さん達が増えて、俺、牽制するの大変だけどね。藤村がいるのは安心だけど、俺まで追い払おうとするし」
「光希君を狙う女の子がいっぱいいるのに?」
「いや、それ以上かも」
「そんなわけないよ」
そう希彩が言えば光希は何も言わずに頬を摘んで引っ張ってくる。
「どうして、引っ張るの!」
些か痛む頬を抑えて希彩は恨めしげに光希を見るが、射抜くような目にドキリとする。
「ねぇ、希彩ちゃん。君の心を手に入れたと思ってもいいんだよね?」
希彩の手に光希の手が重なって、顔を逸らすことができなくなる。
「さっきの質問に答えて」
光希が目線を合わせてくる。
「俺のこと好きになってくれた?」
頷けば更に見詰められ、希彩は穴に入りたい気持ちだった。
「本当に?」
「本当、だよ……光希君が好き」
いつの間にか心を奪われていたのは事実だ。
自分でもわからない内に心に光希が入り込んでいたのだ。
頭を撫でられ、優しく抱き締められることが嬉しくて希彩はそっと体を預ける。
「ずっと我慢してた」
「さっき、あんなことしたのに?」
我慢とは程遠い気がして、咲子が駄犬などというのも間違いでないようだ。
光希が耳元で笑うせいでくすぐったく、希彩は身を捩るが、離す気はないようだ。希彩も離れたいわけではないのだが。
「その前の話、俺の方が負けるんじゃないかと思ったよ。やっぱり、無理矢理にでも自分のモノにしちゃいたくなったりもしたし。でも、大事にしたいと思ってさ」
光希の腕は優しく、温かく、希彩は安心できる場所を見付けた気がしていたが、急にふわりと体が浮き上がる。
「みっ、光希君……!」
またベッドの上に乗せられ、光希はそういうことしか考えていないのではないかと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
頭を撫でられるが、今度は子供扱いされているようだった。
「そんな不安そうな顔しないでよ。本当に嫌なら、今日は最後まではしないから」
それを信用して良いのか。嫌かと言えば違うが、心の準備ができているとも言えない。
ステップを飛び越えすぎているようだ。もう少し前の段階で十分だとも言える。
純粋に周りが気にならない場所で光希と話をしたかっただけなのだ。
「優しくされたい?」
見下ろされて、問いかけられて希彩は躊躇いなく頷く。
優しくされたい、甘やかされたいと思うのだ。まだ彼が持つ激しさには慣れられず、ついて行けそうにない。
「それは俺じゃなくても?」
「光希君だからだよ」
良かった、とふわりと笑う光希に目を奪われ、キスが降ってくる。
「大好きだよ」
何度も唇や手が触れてその熱に全てを委ねてしまいたくなる。
「だから、今まで我慢したご褒美、頂戴?」
光希が駄犬ならば自分もまた駄目な飼い主なのかもしれない。そう思いながらも希彩は頷いていた。
「前なら、私なんか、って言ってたところだよね」
「そう、かも……」
いきなり、絶対に崩れない自信がつくはずもない。それでも、今は出来るだけ自分を卑下しないようにしようと希彩も心がけていた。咲子の前でそういうことを言うと怒られるというのもあるが、意識は変えていかなければならない。
「俺は希彩ちゃんがいいのに?」
「だって、私、重いかもしれないよ?」
「いやいや、俺の方が重いでしょ。俺みたいな遊び人が本気になっちゃうと質悪いってもう身をもって知ったと思うけど?」
「光希君のこと独占したいって思っちゃう」
何の遠慮もなく、誰にも邪魔されずに付き合って、他の女の子なんて見てほしくないのだ。
もし、前のようなことがあれば、今度こそ立ち直れなくなるのではないかと希彩は自分でも大袈裟だと思いながらも恐れていた。
折角、ここまで出てこられたのだ。
「普通のことだと思うけど……そっか、嫌な思いしたんだよね」
ぽつりと光希は呟く。
遼が悪かったわけではないが、否定できないほど不満がなかったとは言えない。
隠れて、遠慮して、わけのわからない内に終わって、すぐに他の女子とオープンに付き合っているのを見せつけられた。どうして、自分はあんな風になれないのだろうか。やはり市川みたいな子が良いのか。
思い知らされて、打ちのめされて、自分にはなれるはずがないとその時の希彩は努力しようとは考えなかった。諦めて、隠れる道を選んだのだ。遼とのことは、ほんの一時の夢に過ぎなかったのだと忘れようとした。
「望むところだよ。可愛い嫉妬ならいくらでもされたいし、甘えてほしい。それに俺がベッタベタに甘やかしたいし?」
「私……光希君の妹?」
「なんで、そんなことに……妹にあんなことしたら、俺、完全に悪いお兄ちゃんじゃん」
「だって、咲子みたいなこと言うから……」
「それだけ、みんな、希彩ちゃんが可愛いから甘やかしたいってことだって」
皆に可愛いと言われて希彩は嬉しさを覚えながらも、まだ信じきれずに上手に受け止めることができない。
「不安なら、毎日、俺のスマホ、チェックする? もうちゃんと遊んでた女の子切って、消したよ?」
「し、しない!」
そこまでするのは何か違う気がして希彩は首を横に振る。
「俺は君だけのモノ。こんなに君に心を奪われてるのに、まだ疑う?」
光希は希彩の手を取り、自分の胸へと導いていく。そこからは確かな彼の心音が伝わってきて、希彩もまたドキドキしながら首を横に振る。
疑うわけではないのだ。希彩自身の問題なのだ。まだ少し自分が変わることが怖いのかもしれない。
「俺だって不安なんだよ? 希彩ちゃんが本当に俺なんかでいいのか」
「光希君でも?」
光希の口からそんな意外な言葉が出てくると思わず、希彩は驚く。
「俺でも、って?」
「最初から強引だったし、自信たっぷりだったし」
「だって、女の子に情けないところなんか見せられないし?」
光希は冗談めかして言うが、情けない光希など想像できるだろうか。否、咲子に追い払われている時だろうか。駄犬だと言われる光希のことを思い浮かべた瞬間希彩は吹き出し、顔を見られまいと背けて距離を取ろうとした。
「ちょっと待って、今、何で笑ったの? 何、考えたの?」
「み、光希君に情けないところなんてあるのかな、って」
「正直に」
「咲子の前ではちょっとそうなのかなって……」
「俺のこと、駄犬とか言うの藤村くらいだしね。本当に藤村、自分の可愛い可愛い希彩ちゃんの周りに盛った駄犬が群がってるくらいに考えてるんじゃない? 遼のことも含めてさ」
例えがよくわからずに希彩は首を傾げる。
「今までは大して欲しくもないのに、女の子が入れ食いで、本当に欲しい獲物が来たと思っても全然釣れないし?」
「でも、光希君が強引に引っ張ってくれなかったら、私、今も出られなかったよ。だから、光希君には感謝してる」
魚に例えられるのは複雑ではあったが、光希は事実を言っているのだろう。しかし、かなり強引に捕獲されそうになったような気もするのだ。希彩からすれば光希は網や銛を構えているようだった。
「最初は怖かったし、最低だと思ったし、やっぱり強引だし……でも、優しいところあるし、格好いいし……今、可愛くなりたいのは光希君のためだよ?」
声は消え入りそうになるが、光希が聞こうとしてくれているのはわかった。
彼の隣にいて相応しいとまでは言えないが、並んでも恥ずかしくない女の子になりたいというのが今の希彩の願いだ。
「元々、可愛いのに、君を狙う猛獣さん達が増えて、俺、牽制するの大変だけどね。藤村がいるのは安心だけど、俺まで追い払おうとするし」
「光希君を狙う女の子がいっぱいいるのに?」
「いや、それ以上かも」
「そんなわけないよ」
そう希彩が言えば光希は何も言わずに頬を摘んで引っ張ってくる。
「どうして、引っ張るの!」
些か痛む頬を抑えて希彩は恨めしげに光希を見るが、射抜くような目にドキリとする。
「ねぇ、希彩ちゃん。君の心を手に入れたと思ってもいいんだよね?」
希彩の手に光希の手が重なって、顔を逸らすことができなくなる。
「さっきの質問に答えて」
光希が目線を合わせてくる。
「俺のこと好きになってくれた?」
頷けば更に見詰められ、希彩は穴に入りたい気持ちだった。
「本当に?」
「本当、だよ……光希君が好き」
いつの間にか心を奪われていたのは事実だ。
自分でもわからない内に心に光希が入り込んでいたのだ。
頭を撫でられ、優しく抱き締められることが嬉しくて希彩はそっと体を預ける。
「ずっと我慢してた」
「さっき、あんなことしたのに?」
我慢とは程遠い気がして、咲子が駄犬などというのも間違いでないようだ。
光希が耳元で笑うせいでくすぐったく、希彩は身を捩るが、離す気はないようだ。希彩も離れたいわけではないのだが。
「その前の話、俺の方が負けるんじゃないかと思ったよ。やっぱり、無理矢理にでも自分のモノにしちゃいたくなったりもしたし。でも、大事にしたいと思ってさ」
光希の腕は優しく、温かく、希彩は安心できる場所を見付けた気がしていたが、急にふわりと体が浮き上がる。
「みっ、光希君……!」
またベッドの上に乗せられ、光希はそういうことしか考えていないのではないかと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
頭を撫でられるが、今度は子供扱いされているようだった。
「そんな不安そうな顔しないでよ。本当に嫌なら、今日は最後まではしないから」
それを信用して良いのか。嫌かと言えば違うが、心の準備ができているとも言えない。
ステップを飛び越えすぎているようだ。もう少し前の段階で十分だとも言える。
純粋に周りが気にならない場所で光希と話をしたかっただけなのだ。
「優しくされたい?」
見下ろされて、問いかけられて希彩は躊躇いなく頷く。
優しくされたい、甘やかされたいと思うのだ。まだ彼が持つ激しさには慣れられず、ついて行けそうにない。
「それは俺じゃなくても?」
「光希君だからだよ」
良かった、とふわりと笑う光希に目を奪われ、キスが降ってくる。
「大好きだよ」
何度も唇や手が触れてその熱に全てを委ねてしまいたくなる。
「だから、今まで我慢したご褒美、頂戴?」
光希が駄犬ならば自分もまた駄目な飼い主なのかもしれない。そう思いながらも希彩は頷いていた。
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