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もう隠れない4
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「……咲子は私が柊原君のこと気になるかもって言ったらどうするの?」
それを言うのは、ひどくドキドキすることだった。彼女に反対されるかもしれないからだ。
「あら、やっぱり」
「や、やっぱりって……」
「結局、あたしが何だかんだ言っても、ああいう不良に惹かれちゃうのよねって話」
予想外にあっさりとした咲子に希彩は拍子抜けしていた。本当はもう少し色々と覚悟していたのだ。
「まあ、あの悪名高い柊原だけど、あれは残念なことに本気としか言いようがないわ。全然、接し方が違ったもの」
「そう、かな?」
「自分に向けられてると、わからないものよね」
悪名高いというのは言い過ぎでもないだろう。
だから、希彩も光希のどんな言葉も信じ切れなかった。誰かに裏切られるのが怖かった。
「でも、あれから遊びもやめたみたいだし、反対はしないわよ?」
「だって、咲子は」
口を開いてから、何だろうか、と希彩は考える。
彼女は光希のことをよく思っていなかったはずだ。
「あんなチャラ男が本気になるなんてありえないから近くで見極めてやろうって思ったのもあったけど、改心するなら、それでいいと思うし」
光希の真意もわからないものだったが、希彩にとっては咲子もわからないところがある存在だ。ほんの数日で理解できるものではないだろうが、決して嫌な感じというわけでなく、不思議なのだ。
「別に委員としてクラスの平和を願ってるわけでもないけどね。あたし、そこまでお人好しでもないし」
「十分いい人過ぎると思うけど……」
彼女に親切にしてもらった希彩からすればお人好し以外の何者でもない。
「まあ、誰にでもってわけじゃないし。あんたは特別なの」
「特別……?」
「ずっと、あんたのこと気になってて、でも、壁を作ってるし、触れたら壊しちゃいそうで、私にはできなかった」
希彩は自分がそれほど繊細だと思わない。しかし、以前の自分が手を差し出された手から逃げてしまうことは容易に想像できる。
。
「やっぱり、私ずるいかも」
ふと希彩は自己嫌悪に陥る。卑怯者だと言われたのが脳裏をよぎり、嫌われても仕方がないのだと感じる。
「なんで?」
「前なら咲子が話しかけてくれても逃げちゃったかもしれない。でも、溺れそうだったから藁掴んだっていうか……」
「あたしが縋られたかったんだもの。むしろ、藁があんたに絡み付いて離れないのよ」
希彩は思わず吹き出していた。
溺れる者の方が藁に掴まれるなどとは考えたこともなかった。
「さっきは強引な聞き方したけど、そうでもしないとあんた、絶対に話さないじゃない」
確かに少し脅しが入っていたが、そうでなければ希彩は本当に話さなかっただろう。絶対に誰にも話せないと思っていたことだ。
「で、どうしたい? どうなりたい? あたしは喜んで協力するわよ?」
希彩はハッとする。それを考えなければならないのだった。
「私、可愛くなりたい」
答えよりもそれは純粋な願い事だった。
可愛くなれれば、自分に自信が持てれば、光希の側にいても許されるかもしれない。
「何言ってるの! あんた、十分に可愛いのに」
「そんなことないよ。だって、誰も私が柊原君達と一緒にいるのを認めてくれないから……」
「あのねぇ、ああいう輩はとにかく他人を蹴落として自分が成り代わりたいと思ってるんだから真に受けちゃだめよ」
彼女達は自分よりも可愛いと素直に希彩は思っていた。そうなる努力をしている気がするのだ。けれども、自分は元が良いとは思えない上に努力もしていないのだ。
「咲子みたいに美人だったら良かったのに」
それは、いっそ咲子になれたら良かったと思うほどに希彩の中で咲子は憧れの存在になっていた。
臆することなく、光希達とも対等に喋っているのだ。
しかし、その咲子がひどく深い溜息を吐く。呆れられているのかもしれないと希彩はびくびくしながら咲子の様子を窺う。
「何かもう無自覚すぎて……嫌みじゃないのはわかってるけど、でもね、あんたは可愛いの。少なくともあたしや柊原や円の基準では」
「でも……」
希彩が素直に喜ぶことができないのは美形三人と自分を並べないでほしいからだ。
「強いて言うなら、心が少しおブスね」
「うん……」
「ああいうのは、もっとブスだけど、でも、あんたは卑屈になるのがいけないのよ」
「でも……」
「でもじゃない。人間、心の持ちようで変わるの」
卑屈なのは希彩にも自覚がある。
逃げて隠れて、それでいいはずだった。一日をやり過ごす方法ばかり必死に考えていたのだから。
「咲子、私、変わりたい。もう逃げたり隠れたりしない」
心は変わるとは言っても、そう簡単に変えられないこともある。
しかし、今、希彩は変わりたかった。光希がそうしようとしてくれたから、だから、自分も努力したいと思うのだ。
「そんな風に思えるようになったのは柊原のおかげかしらね」
「うん、柊原君に見つけてもらわなかったら、ずっと隠れてたと思う」
以前は変わろうなどとは考えもしなかった。
遼との恋が終わって、もう誰かを好きになることもないと思っていたほどだ。
「柊原のこと好きなんでしょ?」
「そ、そうなのかな?」
光希のことが好きなのか、まだはっきりとわかることではない。だが、気になっているのは確かだった。
「じゃあ、聞き方を変える。柊原の近くにいるのに相応しい女の子になりたい?」
「な、なりたい……!」
希彩は即答する。それは本心だからだ。
まずは光希のことをもっと知りたかった。遼のことを恐ろしく感じても光希のことは平気だったのだから、まずは光希から克服したかった。
「じゃあ、あたしが魔法をかけてあげる。あんたの場合、まず見た目からの方が意識を改革できると思うし」
咲子がニッコリと笑む。希彩はまるでシンデレラのような気分だった。
「元が良いし、あたしはあんまりメイクするのって好きじゃないけど、リップは必須ね」
両手で希彩の頬に触れ、咲子は何かをチェックしているようだ。
リップクリームはポケットの中に入っていて無事だった。
「前髪はやっぱり留めた方がいいわね」
「あ、これ、お昼に柊原君に貰ったの。自分が持っててもしょうがないからって」
さらりと前髪が払われ、希彩はポケットからピンを取り出す。
「なるほど。あっちも手を打ってきたじゃないの。いけるわね」
咲子は何かを確信したらしい。しかし、希彩はまだわからずにいた。
光希が自分にチャンスをくれたのか、持っていても仕方ないっていうのが本心なのか。
「明日、勝負かけるわよ」
咲子に力強く言われ、不安を抱えながらも希彩は頷く。
当たって砕けるのもきっと悪くない。そうしなければ自分は前に進めないのだ。もう隠れないと決めて希彩はただ明日に希望を持つことにした。
それを言うのは、ひどくドキドキすることだった。彼女に反対されるかもしれないからだ。
「あら、やっぱり」
「や、やっぱりって……」
「結局、あたしが何だかんだ言っても、ああいう不良に惹かれちゃうのよねって話」
予想外にあっさりとした咲子に希彩は拍子抜けしていた。本当はもう少し色々と覚悟していたのだ。
「まあ、あの悪名高い柊原だけど、あれは残念なことに本気としか言いようがないわ。全然、接し方が違ったもの」
「そう、かな?」
「自分に向けられてると、わからないものよね」
悪名高いというのは言い過ぎでもないだろう。
だから、希彩も光希のどんな言葉も信じ切れなかった。誰かに裏切られるのが怖かった。
「でも、あれから遊びもやめたみたいだし、反対はしないわよ?」
「だって、咲子は」
口を開いてから、何だろうか、と希彩は考える。
彼女は光希のことをよく思っていなかったはずだ。
「あんなチャラ男が本気になるなんてありえないから近くで見極めてやろうって思ったのもあったけど、改心するなら、それでいいと思うし」
光希の真意もわからないものだったが、希彩にとっては咲子もわからないところがある存在だ。ほんの数日で理解できるものではないだろうが、決して嫌な感じというわけでなく、不思議なのだ。
「別に委員としてクラスの平和を願ってるわけでもないけどね。あたし、そこまでお人好しでもないし」
「十分いい人過ぎると思うけど……」
彼女に親切にしてもらった希彩からすればお人好し以外の何者でもない。
「まあ、誰にでもってわけじゃないし。あんたは特別なの」
「特別……?」
「ずっと、あんたのこと気になってて、でも、壁を作ってるし、触れたら壊しちゃいそうで、私にはできなかった」
希彩は自分がそれほど繊細だと思わない。しかし、以前の自分が手を差し出された手から逃げてしまうことは容易に想像できる。
。
「やっぱり、私ずるいかも」
ふと希彩は自己嫌悪に陥る。卑怯者だと言われたのが脳裏をよぎり、嫌われても仕方がないのだと感じる。
「なんで?」
「前なら咲子が話しかけてくれても逃げちゃったかもしれない。でも、溺れそうだったから藁掴んだっていうか……」
「あたしが縋られたかったんだもの。むしろ、藁があんたに絡み付いて離れないのよ」
希彩は思わず吹き出していた。
溺れる者の方が藁に掴まれるなどとは考えたこともなかった。
「さっきは強引な聞き方したけど、そうでもしないとあんた、絶対に話さないじゃない」
確かに少し脅しが入っていたが、そうでなければ希彩は本当に話さなかっただろう。絶対に誰にも話せないと思っていたことだ。
「で、どうしたい? どうなりたい? あたしは喜んで協力するわよ?」
希彩はハッとする。それを考えなければならないのだった。
「私、可愛くなりたい」
答えよりもそれは純粋な願い事だった。
可愛くなれれば、自分に自信が持てれば、光希の側にいても許されるかもしれない。
「何言ってるの! あんた、十分に可愛いのに」
「そんなことないよ。だって、誰も私が柊原君達と一緒にいるのを認めてくれないから……」
「あのねぇ、ああいう輩はとにかく他人を蹴落として自分が成り代わりたいと思ってるんだから真に受けちゃだめよ」
彼女達は自分よりも可愛いと素直に希彩は思っていた。そうなる努力をしている気がするのだ。けれども、自分は元が良いとは思えない上に努力もしていないのだ。
「咲子みたいに美人だったら良かったのに」
それは、いっそ咲子になれたら良かったと思うほどに希彩の中で咲子は憧れの存在になっていた。
臆することなく、光希達とも対等に喋っているのだ。
しかし、その咲子がひどく深い溜息を吐く。呆れられているのかもしれないと希彩はびくびくしながら咲子の様子を窺う。
「何かもう無自覚すぎて……嫌みじゃないのはわかってるけど、でもね、あんたは可愛いの。少なくともあたしや柊原や円の基準では」
「でも……」
希彩が素直に喜ぶことができないのは美形三人と自分を並べないでほしいからだ。
「強いて言うなら、心が少しおブスね」
「うん……」
「ああいうのは、もっとブスだけど、でも、あんたは卑屈になるのがいけないのよ」
「でも……」
「でもじゃない。人間、心の持ちようで変わるの」
卑屈なのは希彩にも自覚がある。
逃げて隠れて、それでいいはずだった。一日をやり過ごす方法ばかり必死に考えていたのだから。
「咲子、私、変わりたい。もう逃げたり隠れたりしない」
心は変わるとは言っても、そう簡単に変えられないこともある。
しかし、今、希彩は変わりたかった。光希がそうしようとしてくれたから、だから、自分も努力したいと思うのだ。
「そんな風に思えるようになったのは柊原のおかげかしらね」
「うん、柊原君に見つけてもらわなかったら、ずっと隠れてたと思う」
以前は変わろうなどとは考えもしなかった。
遼との恋が終わって、もう誰かを好きになることもないと思っていたほどだ。
「柊原のこと好きなんでしょ?」
「そ、そうなのかな?」
光希のことが好きなのか、まだはっきりとわかることではない。だが、気になっているのは確かだった。
「じゃあ、聞き方を変える。柊原の近くにいるのに相応しい女の子になりたい?」
「な、なりたい……!」
希彩は即答する。それは本心だからだ。
まずは光希のことをもっと知りたかった。遼のことを恐ろしく感じても光希のことは平気だったのだから、まずは光希から克服したかった。
「じゃあ、あたしが魔法をかけてあげる。あんたの場合、まず見た目からの方が意識を改革できると思うし」
咲子がニッコリと笑む。希彩はまるでシンデレラのような気分だった。
「元が良いし、あたしはあんまりメイクするのって好きじゃないけど、リップは必須ね」
両手で希彩の頬に触れ、咲子は何かをチェックしているようだ。
リップクリームはポケットの中に入っていて無事だった。
「前髪はやっぱり留めた方がいいわね」
「あ、これ、お昼に柊原君に貰ったの。自分が持っててもしょうがないからって」
さらりと前髪が払われ、希彩はポケットからピンを取り出す。
「なるほど。あっちも手を打ってきたじゃないの。いけるわね」
咲子は何かを確信したらしい。しかし、希彩はまだわからずにいた。
光希が自分にチャンスをくれたのか、持っていても仕方ないっていうのが本心なのか。
「明日、勝負かけるわよ」
咲子に力強く言われ、不安を抱えながらも希彩は頷く。
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