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戻りたいのか戻りたくないのか3
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「光希のことは?」
今正に思い浮かべた人の名前が出されて希彩は動揺を隠せなかった。先日のことがあるだけに遼には言い辛いことである。
「光希のことが気になるのか? 惚れたのか?」
更に遼が問いかけてくる。その言葉は強く、見抜こうとする眼差しにまるで尋問されているようで、希彩は思わずじりっと後退る。あの時のように少し怖いと感じてしまったのだ。
それに気付いて遼が「しまった」というような顔をして、ガシガシと頭を掻く。
「……わりぃ。嫉妬してる。俺も余裕がねぇんだ」
自分が何も言わないと誤解させてしまう。そうわかっていながら、希彩は言葉にできず、首を横に振るしかなかった。
遼は何も悪くない。悪いのは全部自分でいいと思うのに、言えないことがもどかしかった。
「希彩」
そう呼びかける声は優しく、彼と交際していた時のことが思い出される。
彼はいつだって希彩をまるで壊れ物みたいに扱っていた。言葉一つかける時でさえ、どこか慎重だった。
「……わからないよ」
それは逃げの言葉なのかもしれない。
けれど、本当に何もわからないのだ。色々なことがあって、ぐちゃぐちゃになってしまった。
「お前が自分の意思で光希を選ぶなら、それでもいいんだ」
「私が柊原君を……?」
意外な言葉に希彩は目を瞬かせる。
他に自分よりも綺麗な女子達が彼を狙っているのだ。彼は本気だと言っていたが、最初はただの興味からの戯れだっただろうし、既に突き放してしまった後だ。
「俺はお前のことはよくわかってるつもりだ」
遼の言葉は含みを感じたが、一体何のことを言っているのか。
何もわからないし、考えたくもなくて、希彩は話題を変えたいと逃げ道を探していた。
「それでも、俺はまた昔みたいにお前に触れたいと思ってる」
「円君?」
遼が話を進め、それはまるで洪水のように希彩を飲み込もうとしていた。
希彩自身は昔に戻れるのかも戻りたいのかもわからないが、見上げた遼はひどく切ない表情をしているように見えた。
希彩も彼には笑っていてほしいと思うからこそ、そんな表情をさせてしまっていることに申し訳なさを覚える。
「遼って呼んでくれよ。頼むから」
懇願は希彩の胸をキシキシと痛ませる。口にする前に、心の中で呟いて、喉が締め付けられるかのようだ。
昔も二人きりの時しか呼べず、気安く呼んでいたわけではない。恥ずかしさでいっぱいだった。
だが、今は事情が異なる。
「……ごめん。えっと……遼君、じゃダメかな?」
「まあ、焦ってもしょうがねぇし、他人行儀なのよりはいいか……いや、嫌われてるわけじゃねぇなら、いいんだ」
嫌いではない。恨んではいない。憎んでもいない。
それははっきりとわかるのに、好きかどうかだけはわからない。
嫌いではないが、もうあの頃のような好きな感情は失ってしまったのだ。いつなくしてしまったのかは定かではないが、もう溢れ出してはこない。
「もう一度、お前に好きになってもらえるように俺は地道に努力すればいいだけのことだ。まだチャンスはあるって思ってるから」
彼がニッと笑う顔が希彩は好きだった。だが、昔のことだ。今もドキドキしてはいるのだが、何かが違う。
「ライバルがやったことをあんまり褒めたくはねぇが、良い仕事してたと思うぜ?」
「え?」
急に言われて何のことかわからずに希彩が遼を見れば、彼はトントンと指先で自分の額を叩いて見せる。
「前髪、留めてた方が可愛かった」
光希からもらったピンを今日はしていない。いつの間にか六個になってしまったが、いつも光希が勝手にやっていたことだ。自分からはやろうとは思えない。
あれも勝手に取ってはいけないという脅しがあって渋々つけていたのだ。
「唇もなんつーか……」
リップクリームも返せずに開き直って使っていたが、今はなぜか躊躇って、捨てることもできず、ただ持っている。
「キスしたい感じ?」
「なっ……」
ニヤッと遼が笑い、希彩の顔は一気に熱くなる。
キスをされたことが脳裏を過ぎる。しかし、それは遼とのキスではない。
「冗談だ」
肩を震わせる遼は面白がっているのだろうが、そうして話していると少しずつ昔に戻れるような希望が沸く。また彼のことを好きになるかもしれない。
けれど、それでいいのか。自問して、希彩はまたわからなくなった。
ダメな理由があるだろうか。昔、本当に好きだった人にやり直そうって言われているのに断る理由があるだろうか。
そこで思考を中断させるように予鈴が鳴った。
「戻ろうぜ」
教室に戻りたくない気持ちが希彩の中にあったが、それはいつまでも遼と一緒にいたいというわけでもない。
戻らなければならず、遼の後を静かについて行く。真相を知ったせいか恐怖は和らいだが、隣を歩く勇気はまだなかった。
「希彩、またメールしたりしてもいいか?」
「アドレスも番号も前のままだよ」
連絡を取るのが面倒で、携帯電話のメールアドレスは変えていない。番号も昔のままだ。
最近は咲子達を登録して少し増えたが、大して連絡を取る相手もいなかった。
「消されちまったんだ。覚えておけば良かったんだが……」
「私も消したよ。間違ってかけちゃったりしたら悪いと思って」
「じゃあ、また友達として始めようぜ」
携帯電話を見せる遼に希彩は迷わず頷いていた。
また彼と繋がりが持てることは素直に嬉しく思えた。元々、話が合って交際に発展したのだから友人として話せたら、と思ったのだ。
「なぁ、希彩。隠れてねぇで飛び出せば必ず受け止めてやるからな」
教室が近付いたところで遼が言う。
希彩はまた隠れたいと思っている。それを見透かしているかのようだ
前髪をおろして下を向いて、けれど、咲子や遼との繋がりを断ちたくない自分が我が儘に思えてならなかった。
「あいつもそうだと思うけどな」
ぽつりと遼が口にしたあいつとは誰なのか。
光希なのだろうか。他に思い当たる人物もいないのに希彩はわからないフリをしていたかった。
彼とは終わった関係なのだから。
そして、遼の表情は少し寂しげで何を意味しているかわからないが、それを問うことは拒まれている気がした。
今正に思い浮かべた人の名前が出されて希彩は動揺を隠せなかった。先日のことがあるだけに遼には言い辛いことである。
「光希のことが気になるのか? 惚れたのか?」
更に遼が問いかけてくる。その言葉は強く、見抜こうとする眼差しにまるで尋問されているようで、希彩は思わずじりっと後退る。あの時のように少し怖いと感じてしまったのだ。
それに気付いて遼が「しまった」というような顔をして、ガシガシと頭を掻く。
「……わりぃ。嫉妬してる。俺も余裕がねぇんだ」
自分が何も言わないと誤解させてしまう。そうわかっていながら、希彩は言葉にできず、首を横に振るしかなかった。
遼は何も悪くない。悪いのは全部自分でいいと思うのに、言えないことがもどかしかった。
「希彩」
そう呼びかける声は優しく、彼と交際していた時のことが思い出される。
彼はいつだって希彩をまるで壊れ物みたいに扱っていた。言葉一つかける時でさえ、どこか慎重だった。
「……わからないよ」
それは逃げの言葉なのかもしれない。
けれど、本当に何もわからないのだ。色々なことがあって、ぐちゃぐちゃになってしまった。
「お前が自分の意思で光希を選ぶなら、それでもいいんだ」
「私が柊原君を……?」
意外な言葉に希彩は目を瞬かせる。
他に自分よりも綺麗な女子達が彼を狙っているのだ。彼は本気だと言っていたが、最初はただの興味からの戯れだっただろうし、既に突き放してしまった後だ。
「俺はお前のことはよくわかってるつもりだ」
遼の言葉は含みを感じたが、一体何のことを言っているのか。
何もわからないし、考えたくもなくて、希彩は話題を変えたいと逃げ道を探していた。
「それでも、俺はまた昔みたいにお前に触れたいと思ってる」
「円君?」
遼が話を進め、それはまるで洪水のように希彩を飲み込もうとしていた。
希彩自身は昔に戻れるのかも戻りたいのかもわからないが、見上げた遼はひどく切ない表情をしているように見えた。
希彩も彼には笑っていてほしいと思うからこそ、そんな表情をさせてしまっていることに申し訳なさを覚える。
「遼って呼んでくれよ。頼むから」
懇願は希彩の胸をキシキシと痛ませる。口にする前に、心の中で呟いて、喉が締め付けられるかのようだ。
昔も二人きりの時しか呼べず、気安く呼んでいたわけではない。恥ずかしさでいっぱいだった。
だが、今は事情が異なる。
「……ごめん。えっと……遼君、じゃダメかな?」
「まあ、焦ってもしょうがねぇし、他人行儀なのよりはいいか……いや、嫌われてるわけじゃねぇなら、いいんだ」
嫌いではない。恨んではいない。憎んでもいない。
それははっきりとわかるのに、好きかどうかだけはわからない。
嫌いではないが、もうあの頃のような好きな感情は失ってしまったのだ。いつなくしてしまったのかは定かではないが、もう溢れ出してはこない。
「もう一度、お前に好きになってもらえるように俺は地道に努力すればいいだけのことだ。まだチャンスはあるって思ってるから」
彼がニッと笑う顔が希彩は好きだった。だが、昔のことだ。今もドキドキしてはいるのだが、何かが違う。
「ライバルがやったことをあんまり褒めたくはねぇが、良い仕事してたと思うぜ?」
「え?」
急に言われて何のことかわからずに希彩が遼を見れば、彼はトントンと指先で自分の額を叩いて見せる。
「前髪、留めてた方が可愛かった」
光希からもらったピンを今日はしていない。いつの間にか六個になってしまったが、いつも光希が勝手にやっていたことだ。自分からはやろうとは思えない。
あれも勝手に取ってはいけないという脅しがあって渋々つけていたのだ。
「唇もなんつーか……」
リップクリームも返せずに開き直って使っていたが、今はなぜか躊躇って、捨てることもできず、ただ持っている。
「キスしたい感じ?」
「なっ……」
ニヤッと遼が笑い、希彩の顔は一気に熱くなる。
キスをされたことが脳裏を過ぎる。しかし、それは遼とのキスではない。
「冗談だ」
肩を震わせる遼は面白がっているのだろうが、そうして話していると少しずつ昔に戻れるような希望が沸く。また彼のことを好きになるかもしれない。
けれど、それでいいのか。自問して、希彩はまたわからなくなった。
ダメな理由があるだろうか。昔、本当に好きだった人にやり直そうって言われているのに断る理由があるだろうか。
そこで思考を中断させるように予鈴が鳴った。
「戻ろうぜ」
教室に戻りたくない気持ちが希彩の中にあったが、それはいつまでも遼と一緒にいたいというわけでもない。
戻らなければならず、遼の後を静かについて行く。真相を知ったせいか恐怖は和らいだが、隣を歩く勇気はまだなかった。
「希彩、またメールしたりしてもいいか?」
「アドレスも番号も前のままだよ」
連絡を取るのが面倒で、携帯電話のメールアドレスは変えていない。番号も昔のままだ。
最近は咲子達を登録して少し増えたが、大して連絡を取る相手もいなかった。
「消されちまったんだ。覚えておけば良かったんだが……」
「私も消したよ。間違ってかけちゃったりしたら悪いと思って」
「じゃあ、また友達として始めようぜ」
携帯電話を見せる遼に希彩は迷わず頷いていた。
また彼と繋がりが持てることは素直に嬉しく思えた。元々、話が合って交際に発展したのだから友人として話せたら、と思ったのだ。
「なぁ、希彩。隠れてねぇで飛び出せば必ず受け止めてやるからな」
教室が近付いたところで遼が言う。
希彩はまた隠れたいと思っている。それを見透かしているかのようだ
前髪をおろして下を向いて、けれど、咲子や遼との繋がりを断ちたくない自分が我が儘に思えてならなかった。
「あいつもそうだと思うけどな」
ぽつりと遼が口にしたあいつとは誰なのか。
光希なのだろうか。他に思い当たる人物もいないのに希彩はわからないフリをしていたかった。
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