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行き止まりかもしれない4
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「希彩ちゃん!」
その声と足音に希彩は助けがきたと理解していた。
そうして、遼が離れた気配がしても希彩は顔を上げられなかった。
けれど、またすぐに自分の側に立つ気配を感じる。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
優しい声と共に安心させるように髪が撫でられる。
震えは治まり、振り払うことなど希彩は考えなかった。
それが光希であるとしても、今はまだその手に触れていて欲しかった。
「そいつはいいのかよ?」
遼の声は突き刺さるかのようだ。彼が何に怒りを感じているかもわからないが、今は怖いとは感じなかった。
「お前が付けた傷だろ。希彩ちゃんの心に大きな傷を残した」
「知ってんのかよ」
二人の表情は見えないが、火花を散らしているかのようだ。
遼はひどく不機嫌な様子で、希彩が知らない彼がそこにいる。
あのことを知っているのは希彩と遼だけだ。希彩が話さなければ光希が知るはずもない。二人だけの秘密というほど良いものではないが、話したくて話したわけではないのだ。
「あの時とは違う。だから、もう一度俺のモノにする」
確かな強さのこもる宣言に希彩は困惑する。
遼がわからない。
かつて、わからなくなって、もう諦めたことがまたぶり返す。それは確実に希彩の心を蝕んでいた。
「希彩ちゃんがそれを望むなら、俺は身を引くことだって考えると思う。でも、今のお前には絶対に渡せない」
「俺と勝負する気か?」
「勝負だなんて言い方したくないけど、そっちがその気なら受けて立つよ」
頭上で交わされる挑発的な会話に希彩は取り残されていた。
自分を巡って二人の男が争っている。少女漫画のような話だが、ときめくわけでもなく、希彩はそっとしておいてほしい気持ちが強かった。
「俺は必ず取り戻す」
そう吐き捨てて去っていく遼の気配を感じながら希彩の意識は遠のいていた。
*
目が覚めて、周囲を見回し、保健室だと希彩は気付く。どうやら光希が運んできてくれたらしかった。
思い返せば、この保健室のベッドから始まったことだった。それから今までが夢だったなら良かったのに、現実である。まさか、こんなことになってしまうとは思いもしなかった。
そのまま養護教諭の薦めで放課後まで休んでいると、光希が鞄を持ってやってきた。
「調子はどう?」
体を起こしても気分が悪いわけではない。もう大丈夫だと希彩は思っていた。
「ごめんなさい。迷惑かけて……」
ひどく申し訳なくなって希彩は頭を下げる。意識を失う瞬間に彼に抱き留められた気がした。
「迷惑だなんて思ってないし、ありがとうでいいんだって」
ぽんぽんと頭を叩く光希に恐怖はなかった。あれほど遼が恐ろしかったのに不思議だが、安心するのだ。
かつて自分が好きだった優しい男を恐れ、自分を脅かしているはずの男の手に安らぎを覚えるなど滑稽にも思える。
こうなった原因が遼にあるからか。否、それでも希彩は彼が悪いわけではないと思うのだ。
「お腹空いてない? お昼食べ損なったでしょ?」
「大丈夫……柊原君は?」
昼食を食べていない事実を思い出しても食欲はなかった。
それよりも、あれから光希がちゃんと食べられたのかということの方が希彩は心配だった。
「俺のことは気にしなくていいんだよ」
そう言われても、気になるものだ。自分が皆に迷惑をかけているという事実が希彩を押し潰す。
「じゃあ、この後、放課後デートでもする? お茶したりさ」
いつも通り軽い調子の光希に希彩はよく考えもせずに頷いていた。
「マジで?」
少し驚いたように光希の声が低くなる。じっと見つめられ、希彩は恥ずかしくて俯く。
「柊原君に迷惑かけちゃったから……だから、柊原君がそうしたいならいいよ」
「お詫びで仕方なく俺に付き合うってこと?」
「そういうわけでもないような……」
よくわからない感情に希彩も戸惑っていた。
「俺、弱ってるところにつけ込んだりたりしたくないから」
そうやってまた頭を軽く叩かれ、その優しさに希彩の胸は痛む。
最初は強引だったのに、今はそういう素振りを見せない。
「でも、今だけでも希彩ちゃんが俺を頼ってくれるなら嬉しい」
光希の笑顔に偽りなどないのかもしれない。それは自然で裏表がないように見えた。
今は弱っているのかもしれない。だから、彼がひどく優しく感じるし、その優しさをもっと享受したいと思ってしまうのだ。
「今日は早く帰って休んだ方がいいよ」
先程の誘いは希彩が乗らないとわかっていての冗談だったのか、光希の言葉に希彩は少なからず落胆していた。
本当に彼とどこかのカフェにでも行っても良いと希彩は思っていたのだが、それを伝えることはできなかった。
自分から何かをしたいと他人に言うことができない性分だ。その上、冗談を本気にして笑われるのも怖い。そんな性格もきっと変えられないのだと希彩は打ちのめされた気がしていた。
遼のことで動揺しているのかもしれない。自分の心の揺らぎに希彩は困惑するばかりだった。
その声と足音に希彩は助けがきたと理解していた。
そうして、遼が離れた気配がしても希彩は顔を上げられなかった。
けれど、またすぐに自分の側に立つ気配を感じる。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
優しい声と共に安心させるように髪が撫でられる。
震えは治まり、振り払うことなど希彩は考えなかった。
それが光希であるとしても、今はまだその手に触れていて欲しかった。
「そいつはいいのかよ?」
遼の声は突き刺さるかのようだ。彼が何に怒りを感じているかもわからないが、今は怖いとは感じなかった。
「お前が付けた傷だろ。希彩ちゃんの心に大きな傷を残した」
「知ってんのかよ」
二人の表情は見えないが、火花を散らしているかのようだ。
遼はひどく不機嫌な様子で、希彩が知らない彼がそこにいる。
あのことを知っているのは希彩と遼だけだ。希彩が話さなければ光希が知るはずもない。二人だけの秘密というほど良いものではないが、話したくて話したわけではないのだ。
「あの時とは違う。だから、もう一度俺のモノにする」
確かな強さのこもる宣言に希彩は困惑する。
遼がわからない。
かつて、わからなくなって、もう諦めたことがまたぶり返す。それは確実に希彩の心を蝕んでいた。
「希彩ちゃんがそれを望むなら、俺は身を引くことだって考えると思う。でも、今のお前には絶対に渡せない」
「俺と勝負する気か?」
「勝負だなんて言い方したくないけど、そっちがその気なら受けて立つよ」
頭上で交わされる挑発的な会話に希彩は取り残されていた。
自分を巡って二人の男が争っている。少女漫画のような話だが、ときめくわけでもなく、希彩はそっとしておいてほしい気持ちが強かった。
「俺は必ず取り戻す」
そう吐き捨てて去っていく遼の気配を感じながら希彩の意識は遠のいていた。
*
目が覚めて、周囲を見回し、保健室だと希彩は気付く。どうやら光希が運んできてくれたらしかった。
思い返せば、この保健室のベッドから始まったことだった。それから今までが夢だったなら良かったのに、現実である。まさか、こんなことになってしまうとは思いもしなかった。
そのまま養護教諭の薦めで放課後まで休んでいると、光希が鞄を持ってやってきた。
「調子はどう?」
体を起こしても気分が悪いわけではない。もう大丈夫だと希彩は思っていた。
「ごめんなさい。迷惑かけて……」
ひどく申し訳なくなって希彩は頭を下げる。意識を失う瞬間に彼に抱き留められた気がした。
「迷惑だなんて思ってないし、ありがとうでいいんだって」
ぽんぽんと頭を叩く光希に恐怖はなかった。あれほど遼が恐ろしかったのに不思議だが、安心するのだ。
かつて自分が好きだった優しい男を恐れ、自分を脅かしているはずの男の手に安らぎを覚えるなど滑稽にも思える。
こうなった原因が遼にあるからか。否、それでも希彩は彼が悪いわけではないと思うのだ。
「お腹空いてない? お昼食べ損なったでしょ?」
「大丈夫……柊原君は?」
昼食を食べていない事実を思い出しても食欲はなかった。
それよりも、あれから光希がちゃんと食べられたのかということの方が希彩は心配だった。
「俺のことは気にしなくていいんだよ」
そう言われても、気になるものだ。自分が皆に迷惑をかけているという事実が希彩を押し潰す。
「じゃあ、この後、放課後デートでもする? お茶したりさ」
いつも通り軽い調子の光希に希彩はよく考えもせずに頷いていた。
「マジで?」
少し驚いたように光希の声が低くなる。じっと見つめられ、希彩は恥ずかしくて俯く。
「柊原君に迷惑かけちゃったから……だから、柊原君がそうしたいならいいよ」
「お詫びで仕方なく俺に付き合うってこと?」
「そういうわけでもないような……」
よくわからない感情に希彩も戸惑っていた。
「俺、弱ってるところにつけ込んだりたりしたくないから」
そうやってまた頭を軽く叩かれ、その優しさに希彩の胸は痛む。
最初は強引だったのに、今はそういう素振りを見せない。
「でも、今だけでも希彩ちゃんが俺を頼ってくれるなら嬉しい」
光希の笑顔に偽りなどないのかもしれない。それは自然で裏表がないように見えた。
今は弱っているのかもしれない。だから、彼がひどく優しく感じるし、その優しさをもっと享受したいと思ってしまうのだ。
「今日は早く帰って休んだ方がいいよ」
先程の誘いは希彩が乗らないとわかっていての冗談だったのか、光希の言葉に希彩は少なからず落胆していた。
本当に彼とどこかのカフェにでも行っても良いと希彩は思っていたのだが、それを伝えることはできなかった。
自分から何かをしたいと他人に言うことができない性分だ。その上、冗談を本気にして笑われるのも怖い。そんな性格もきっと変えられないのだと希彩は打ちのめされた気がしていた。
遼のことで動揺しているのかもしれない。自分の心の揺らぎに希彩は困惑するばかりだった。
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