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行き止まりかもしれない1
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朝から放課後まで光希は希彩を放っておかないつもりらしかった。登校すればすぐにやってくる。
「あ、リップは使ってくれてるんだ。うんうん、いいねいいね」
潤った唇をチェックし、光希は頷いている。
あのリップクリームは荒れることもなく、使い心地が良かった。ありがたく使っておけばいいじゃない、と咲子に言われて使うことにしたのだ。
「じゃあ、今日はこれね」
「また……?」
おろしていた前髪には今日もピンが止められてしまった。
「ふふっ、七つ集まったら願い事が叶うかも」
光希に押しつけられたピンは既に三つ目になってしまった。あと四つもあるとは考えたくもなかった。あと四つだけと考えればまた違うのだが。
「柊原君が諦めてくれるとか……?」
「ひどい……! ひどいよ、希彩ちゃん!」
ぐすっ、と光希が泣き真似を始め、希彩は助けを求めるように周囲を見てしまう。やはり、こんな時はどうすれば良いのかわからないのだ。
「うざい」
正にヒロインのピンチに駆け付けるヒーローのように颯爽と現れて、そう言い放ったのは咲子だ。
登校して来るなり彼女は光希に厳しく対処する。周囲は既にその状況に慣れ始め、男子などは笑っている。
慣れていないのは、その渦の中心にいるはずの希彩だけなのかもしれなかった。
席に着くなり咲子は大きな溜息を吐く。
希彩の方を向いているが、何か思い悩んでいるような表情をしている。
「どうしたの? 咲子」
まさか自分のことが負担になっているのではないか。希彩はそんな不安さえ抱いた。
「ああ、何で、私、クラス委員なんだろう……?」
遠い目で咲子は呟く。
彼女の責任感の強さと面倒見の良さはこの数日でよくわかった。なるべくしてなったように思えるのだが。
「希彩、ごめんね。あたし、明日いない」
「えっ?」
「リーダー研修で合宿所に監禁される」
「えぇっ!」
監禁とは穏やかな言い方ではない。そして、寝耳に水である。咲子がいなくなる状況を希彩は全く想定していなかった。彼女がいてくれることが当たり前になってしまっていたのだ。
「希彩のこと、守ってあげられないのよぉっ!」
彼女が間に入ってくれるから、どうにか乗り切れているのに、一気に目の前が真っ暗になるようだ。
守られることを当然のように思っている自分に気付けば嫌悪もするが、一人でどうにかできるとも思えない。結局、自分に言い訳をして甘えてしまいたい気持ちが大きいのかもしれなかった。
「ああ、もう、どうしよう!」
頭を抱え出してしまった咲子に希彩はここまで自分を心配してくれることに嬉しくなりながらも申し訳ないとも感じていた。
「私は大丈夫だよ……?」
本当は大丈夫ではないのだが、希彩は彼女を安心させて送り出したかった。
いつまでも彼女にくっついているわけにもいかない。彼女なしでどうにかなると自信を持てるほど状況は易しくないが。
「私達もいるから!」
「そうだよ。ちゃんと希彩ちゃんのこと守るよ!」
「厄介なのは柊原だけじゃないのにー! うわぁぁぁん!」
友人達も宥めるが、遂に咲子は机に突っ伏してしまった。
その言葉の意味は希彩にはよくわからなかった。
*
放課後、咲子にじっと見詰められ、希彩は困惑していた。
明日は金曜日、次に会うのは月曜日になる。寂しさや不安はあるが、今生の別れではない。
「希彩、大好きだからね!」
急にぎゅっと抱き着かれて、希彩は益々混乱する。
「うわっ、女同士とは言っても妬けるな」
光希がもう側にいたかと思えば、より咲子の力が強くなる。
「あたし、義務とかであんたのこと守ってるんじゃないからね。本当に友達になりたいんだからね?」
そう言ってくれるのは希彩にとって嬉しいことではあったが、苦しかった。しかしながら、それを伝える術がない。
「藤村、希彩ちゃんを殺す気?」
「ご、ごめん!」
光希の言葉で希彩は解放される。危うく花畑が見えるところだった。
嬉しかった。確かに嬉しかったのだが、死ぬかと思ったというのが正直なところだ。
「よし、俺ともぎゅってしよう」
「柊原、あたしがいない間に何かあったら絶対に許さないわよ」
光希が両手を広げたが、希彩はさっと咲子の背中に隠される。彼女は彼を睨んでいるのだろう。
「大丈夫。俺が守ろう」
「それ、信じていいの?」
「そろそろ信じてよ。紳士だから嫌がることはしないよ?」
光希は咲子を天敵だと言ったが、実際はわからないものだ。彼女がいないのを好機と思っているかもしれない。
彼が紳士だと言う度に疑わしくなる。口では何とも言えるのだから。
「ってことは、本当に本気で嫌がったら本当にやめるわけだ」
「まあ、本気で拒否されたらどうしようもないよね。嫌われたら大人しく身を引くしかないよ。立ち直れないかもだけど」
本当だろうか。
希彩はそっと咲子の後ろから光希を窺い見る。
「だってさ。本気で嫌だったら全力で拒否するのよ? わかった?」
咲子がくるりと振り返り、肩を掴まれると希彩は頷くしかなかった。
これまでも拒否しているつもりだった。けれども、あまり他人に強く言えるような性格ではないのだ。
「藤村、くれぐれも他の人達に迷惑をかけないように」
「あんたにだけは言われたくない!」
光希が余計なことを言って咲子を怒らせたが、わざとなのだろう。
しかし、それを笑えるほど希彩の心には余裕がなかった。
「あ、リップは使ってくれてるんだ。うんうん、いいねいいね」
潤った唇をチェックし、光希は頷いている。
あのリップクリームは荒れることもなく、使い心地が良かった。ありがたく使っておけばいいじゃない、と咲子に言われて使うことにしたのだ。
「じゃあ、今日はこれね」
「また……?」
おろしていた前髪には今日もピンが止められてしまった。
「ふふっ、七つ集まったら願い事が叶うかも」
光希に押しつけられたピンは既に三つ目になってしまった。あと四つもあるとは考えたくもなかった。あと四つだけと考えればまた違うのだが。
「柊原君が諦めてくれるとか……?」
「ひどい……! ひどいよ、希彩ちゃん!」
ぐすっ、と光希が泣き真似を始め、希彩は助けを求めるように周囲を見てしまう。やはり、こんな時はどうすれば良いのかわからないのだ。
「うざい」
正にヒロインのピンチに駆け付けるヒーローのように颯爽と現れて、そう言い放ったのは咲子だ。
登校して来るなり彼女は光希に厳しく対処する。周囲は既にその状況に慣れ始め、男子などは笑っている。
慣れていないのは、その渦の中心にいるはずの希彩だけなのかもしれなかった。
席に着くなり咲子は大きな溜息を吐く。
希彩の方を向いているが、何か思い悩んでいるような表情をしている。
「どうしたの? 咲子」
まさか自分のことが負担になっているのではないか。希彩はそんな不安さえ抱いた。
「ああ、何で、私、クラス委員なんだろう……?」
遠い目で咲子は呟く。
彼女の責任感の強さと面倒見の良さはこの数日でよくわかった。なるべくしてなったように思えるのだが。
「希彩、ごめんね。あたし、明日いない」
「えっ?」
「リーダー研修で合宿所に監禁される」
「えぇっ!」
監禁とは穏やかな言い方ではない。そして、寝耳に水である。咲子がいなくなる状況を希彩は全く想定していなかった。彼女がいてくれることが当たり前になってしまっていたのだ。
「希彩のこと、守ってあげられないのよぉっ!」
彼女が間に入ってくれるから、どうにか乗り切れているのに、一気に目の前が真っ暗になるようだ。
守られることを当然のように思っている自分に気付けば嫌悪もするが、一人でどうにかできるとも思えない。結局、自分に言い訳をして甘えてしまいたい気持ちが大きいのかもしれなかった。
「ああ、もう、どうしよう!」
頭を抱え出してしまった咲子に希彩はここまで自分を心配してくれることに嬉しくなりながらも申し訳ないとも感じていた。
「私は大丈夫だよ……?」
本当は大丈夫ではないのだが、希彩は彼女を安心させて送り出したかった。
いつまでも彼女にくっついているわけにもいかない。彼女なしでどうにかなると自信を持てるほど状況は易しくないが。
「私達もいるから!」
「そうだよ。ちゃんと希彩ちゃんのこと守るよ!」
「厄介なのは柊原だけじゃないのにー! うわぁぁぁん!」
友人達も宥めるが、遂に咲子は机に突っ伏してしまった。
その言葉の意味は希彩にはよくわからなかった。
*
放課後、咲子にじっと見詰められ、希彩は困惑していた。
明日は金曜日、次に会うのは月曜日になる。寂しさや不安はあるが、今生の別れではない。
「希彩、大好きだからね!」
急にぎゅっと抱き着かれて、希彩は益々混乱する。
「うわっ、女同士とは言っても妬けるな」
光希がもう側にいたかと思えば、より咲子の力が強くなる。
「あたし、義務とかであんたのこと守ってるんじゃないからね。本当に友達になりたいんだからね?」
そう言ってくれるのは希彩にとって嬉しいことではあったが、苦しかった。しかしながら、それを伝える術がない。
「藤村、希彩ちゃんを殺す気?」
「ご、ごめん!」
光希の言葉で希彩は解放される。危うく花畑が見えるところだった。
嬉しかった。確かに嬉しかったのだが、死ぬかと思ったというのが正直なところだ。
「よし、俺ともぎゅってしよう」
「柊原、あたしがいない間に何かあったら絶対に許さないわよ」
光希が両手を広げたが、希彩はさっと咲子の背中に隠される。彼女は彼を睨んでいるのだろう。
「大丈夫。俺が守ろう」
「それ、信じていいの?」
「そろそろ信じてよ。紳士だから嫌がることはしないよ?」
光希は咲子を天敵だと言ったが、実際はわからないものだ。彼女がいないのを好機と思っているかもしれない。
彼が紳士だと言う度に疑わしくなる。口では何とも言えるのだから。
「ってことは、本当に本気で嫌がったら本当にやめるわけだ」
「まあ、本気で拒否されたらどうしようもないよね。嫌われたら大人しく身を引くしかないよ。立ち直れないかもだけど」
本当だろうか。
希彩はそっと咲子の後ろから光希を窺い見る。
「だってさ。本気で嫌だったら全力で拒否するのよ? わかった?」
咲子がくるりと振り返り、肩を掴まれると希彩は頷くしかなかった。
これまでも拒否しているつもりだった。けれども、あまり他人に強く言えるような性格ではないのだ。
「藤村、くれぐれも他の人達に迷惑をかけないように」
「あんたにだけは言われたくない!」
光希が余計なことを言って咲子を怒らせたが、わざとなのだろう。
しかし、それを笑えるほど希彩の心には余裕がなかった。
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