【R18】Hide and Seek

Nuit Blanche

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もう隠れられない1

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 翌朝、希彩の具合は良いとは言えなかった。
 しかし、熱があるわけでもなく、学校に行きたくないという気持ちの問題なのかもしれない。
 眼鏡がないことが本当に心許なく、希彩は必死に前髪で隠そうと俯いて歩いていた。予備を買っておけば良かったと後悔しながら。
 光希に返してもらわなければならないのに、彼に会いたくなかった。同じクラスである彼と顔を合わさなければならないのは、あまりに憂鬱だ。
 そうして廊下をとぼとぼ歩いていた希彩の背中がポンと叩かれた。

「おはよう、希彩ちゃん。昨日はよく眠れた? 具合はどう?」

 憂鬱の原因が横で笑うのを見て希彩の気分はさらに下がっていく。あんなことをされて眠れるわけがなかった。

「今日はメガネしてないんだ」
「予備がないの。だから、返して」

 したくてもできなかった原因は光希だ。何個も持っているとでも思っていたのか。

「あんなダサメガネ、希彩ちゃんには必要ないでしょ?」
「私には必要なの」

 何と言われようと、似合わなかろうと構わなかった。あれがなければ希彩は顔を上げて歩くこともできないのだ。きっと光希にはわからないことだろう。

「今、俺の家にあるけど、放課後取りに来る?」

 希彩は首を横に振る。光希の家に行って眼鏡を回収するだけで済むとは限らない。それなら、新しい物を買いに行った方が賢明に思える。

「残念」

 光希の笑い声は頭上で聞こえたと希彩は思っていた。それが気付けば目の前にいる。目線を合わせて、笑っている。
 廊下で立ち止まり、動けないまま光希の手が希彩の前髪に触れ、カーテンを開くように分ける。

「こうした方が可愛いって」

 慌てて戻そうとする希彩の手は掴まれ、パチンと何かが止められた。

「うん、やっぱり可愛い」

 ピンなのだろう。光希は満足そうに笑っているが、希彩は外したくて仕方がなかった。

「勝手に外したら、何をしようかな?」

 楽しげな声が希彩の耳元で囁く。脳裏に過ぎるのは昨日のことだ。あんなことをされるのは嫌だった。その思いが希彩にピンを外すことを諦めさせた。
 からかわれているのはわかっているが、怖いのだ。

「私に、構わないでよ……」

 声が震える。泣きたくなるのを希彩は堪えた。こんなところで泣くわけにはいかないのだ。

「無理」
「お願いだから、そっとしておいて」

 希彩は懇願するしかなかった。周りの視線が怖い。見られたくないのに、全て光希のせいだった。

「放っておきたくない」
「柊原君にとっては遊びなんだろうけど、私は……」
「ごめん、遊びじゃないから」

 真剣な表情で光希は言うが、遊びでなければ良いというものではないのだ。

「俺はあいつが君に付けた傷を消すから」

 また耳元で光希が囁く。
 消えない傷でいい。希彩は消えることを望んでいるわけではないのに、光希は笑って先に行ってしまった。
 そして、立ち止まったままではいけないと思いながらも希彩はどうしたら良いのかわからないのだ。この場で泣き出したいほどに。
 時が止まっていたようだったのが急に音が入ってくる。バタバタと音がして、気付けば希彩は女子達に囲まれていた。香水の匂いが鼻を突く。

「ちょっと、ちょっと水嶋さん!」
「今のどういうことなのよ?」
「なんでいきなりあんなことになってるの?」
「柊原君とどういう関係なのよ?」

 詰め寄って問いかけてくる女子達の顔こそ希彩もクラスメートだとわかるが、名前は全く出てこない。派手な彼女達とは普段は関わることがないのだ。だからこそ、怖くて、今すぐに逃げ出したいのに対処法がわからない。

「あの……」

 口を開いても、続く言葉は出ない。何か言わなければと焦るほどに答えを求める視線が怖くて何も言えなくなってしまう。どんな言葉を継げれば彼女達は納得してくれるのか。本当のことは言えないこともあるのに。

「ほら、どいたどいた!」

 そんな声が聞こえたかと思えば、希彩の肩を叩く人物がいた。

「廊下で止まってちゃ迷惑でしょ?」

 希彩を見てニッコリと笑うのは綺麗と表現するのが相応しいような女子だ。いかにも真面目そうな彼女の名前は希彩にもわかる。クラス委員の藤村ふじむら咲子さきこだ。

「ほら、教室行こう。ね?」

 咲子は希彩の手を引き、教室へと入る。
 ひどく視線を感じて希彩は困惑した。近付いてこようとする者は咲子が追い払ってくれるのは安心だったが。
 また囲まれるのは嫌で、これからどうなるのかも考えたくなかった。


「それ、可愛いと思うけど」

 咲子は希彩を席に座らせ、クルリと振り返る。彼女の席は希彩の前だ。
 そして、彼女は鏡を見せてくれた。前髪が可愛いらしいピンで留められている。

「あたしも前々から、なんで似合わないメガネしてるんだろうとは思ってたけど」

 はっきり似合わないと言われて希彩は少なからずショックを受けていた。彼女にまで言われるとは思っていなかった。時々話しかけてくれてはいたが、そんなこと言われたことはなかったのだ。

「こんなに可愛いなら、顔隠す必要ないじゃない」
「可愛くないから……」

 咲子は笑っているが、希彩は気後れするばかりだ。彼女は文句なしの美人だというのに

「もしかして、水嶋さんって男嫌い?」
「怖くて、苦手、なの」

 嫌いというほどではないと希彩は思いたかった。できることならば、あまり関わりたくない気持ちがあるだけだ。それは自分を守るためなのかもしれない。

「それが、まさか柊原なんかに目ぇ付けられるなんてね」

 同情するわ、と咲子が言いながら周りを見る。希彩は怖くて見ることができなかった。

「それどころか男どもの顔…………あたしが守ってあげるわ!」
「え?」

 何を言われたかわからずに希彩は拳を握り締める咲子を見る。一体何から守ると言うのか。

「あたしが友達になって、ケダモノ達の魔の手から守ってあげる」

 そうして咲子がひしっと希彩の手を握ってくる。その手は温かく、決して不快ではなかった。

「と、友達……?」
「あたしと友達になるの嫌? ダメ?」

 じっと見返されて希彩は焦って首を横に振る。

「ダメ、じゃない。でも……」
「でも?」
「私と友達になってもいいことない、から」
「あたしは水嶋さんと友達になりたいの」

 咲子のように美人で完璧に見える人間が、どうして自分なんかと友達になろうとするのかと希彩は考えてしまうのだ。
 クラス委員だから、これも仕事の内なのか。そうだとすれば大変だとも感じる。

「えっと、水嶋さん……名前、希彩だよね?」

 自分の名前が覚えられていることに希彩は驚きと嬉しい気持ちもあった。

「希彩って呼ぶけど、いい?」

 希彩は頷く。嫌と言うことはないのだ。

「あたしは咲子」

 咲子はニコニコしているが、希彩は戸惑う。

「咲子、ほら、呼んでみて」
「咲子、さん……?」
「さん、はなし」
「咲子、ちゃん」
「ちゃん、って感じじゃないでしょ」

 咲子は笑っているが、不満げだ。
 友達も少なく、ましてや呼び捨てをすることもない希彩にはハードルが高かった。

「ほら、リピート・アフター・ミー、咲子」
「さ、咲子」
「はい、よくできました」

 極上の笑顔で頭を撫でられて希彩は単純に嬉しかった。友達というよりも姉ができた気分だった。
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