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本編

キノコがピンチです-1

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 月曜、学校に行くのはドキドキだった。紫愛ちゃんが心配してリムジンで迎えに行くとか言うのは丁重にお断りした。
 だって、キノコは消えなかった。今もパンツの中に収まってる。ちなみにチ○コとか言うのはまだ慣れない乙女心。可愛らしくキノコと言っておきたい。
 イボみたいにポロッと取れてくれないかと思ってたりする。どうしてこんなことになったかはわからないけど、元々ついてなかったものだし。
 まさか女の子用のボクサーパンツを愛用してた呪い? いやいや、だって、ほぼほぼ千晶と二人暮らし状態で下着見られるのとか恥ずかしいし……千晶は何とも思ってなかったみたいだけど。

 千晶とは途中まで一緒に登校したけど、それぞれの校舎に別れると心細い。
 途中で顔を合わせたクラスメートが心配そうに声をかけてくれるけど、キノコが生えたなんて言えない。パンツの中に重大な秘密を隠してるって言うか、爆弾を抱えてる気分。
 でも、席に着いて、ほっと息を吐いたのも束の間だった。

「あーっ! 莉緒がもう来てる……!」

 教室の入り口で私の姿を見つけるなり駆け寄ってきたのは紫愛ちゃんだった。今日も美少女、久しぶりで眩しい。
 いつもは私の方が遅かったりするけど、今日は早めに出た方がいいって千晶に言われた。

「紫愛ちゃん、おはよう。もう治ったって言ったじゃん」

 今朝だって『本当に迎えに行かなくて大丈夫?』ってメッセージに『大丈夫』って返信したのに、そんなに心配だったのかな?
 死ぬかと思うくらいの高熱だったし、前世思い出してここが乙女ゲームの世界だって知っちゃうし、キノコ生えちゃったけど。

「パーティー、計画してくれてたのにごめんね? あと、差し入れ、ありがとう」
「今週末は? 空いてる? 空いてるよね?」
「えっと……」

 何が何でもパーティーをしたいのか、紫愛ちゃんは半ば強制的に私の予定を埋める勢いだった。
 そんな紫愛ちゃんにたじろぎながらも答えようとした瞬間、廊下から悲鳴が聞こえた。黄色いやつ。
 あれ? 目の前の美少女の舌打ちが聞こえたのは幻聴だよね?

「紫愛、僕を置いていくなんてひどいじゃないか」

 キャーキャー言われて、薔薇の背景とキラキラのエフェクトが見えるくらいの勢いで現れたのは碧流先輩だった。
 しかし、その美しいお顔は何だか不機嫌。
 どうやら一緒にリムジンで登校した紫愛ちゃんが先に来ちゃったみたいだけど……いや、碧流先輩はいつも朝には教室になんか来ない。学年が違うんだから階が違う。

「おはよう、莉緒ちゃん。もう大丈夫なの?」

 紫愛ちゃんも眩しいけど、碧流先輩はキラキラしすぎ……!
 顔を覗き込まれるけど、碧流先輩、距離感近すぎ! 凄くいい匂いする! これがこの前まで普通だったとか怖い。恐すぎる。

「あっ……おかげさまで元気になりました。差し入れ、とっても美味しかったです」
「それは良かった。僕が選んだ物が莉緒ちゃんの一部になったと思うと嬉しいな。誕生日プレゼントも楽しみにしててね?」

 あれ? 碧流先輩ってこんなキャラだっけ?
 ううん、前から距離感近かったし、優しかったけど、そういうことじゃない。
 感じてた違和感の正体がはっきりしそうになった瞬間だった。

「兄さん、莉緒がまた寝込むから近寄らないで」
「ひどいな、紫愛。今まで随分とお前の我が儘を聞いてきたけど、莉緒ちゃんを独り占めするのだけは許さない」
「恩着せがましく言わないで。独り占めも何も莉緒の親友は私なんだから」

 碧流先輩から引き離すように紫愛ちゃんが後ろから抱きついてくる。
 そして、二人は私を挟んで睨み合ってるみたいだった。

「おはようございます、会長」

 不穏な気配の中、やってきたのは皇月こうづき七星ななせ君だった。碧流先輩にだけ恭しく挨拶するけど、多分、私達を視界から消し去ってると思う。
 乱れのない銀髪に緑の瞳にメタルフレームの眼鏡がクールな美少年。もちろん、攻略対象でメインキャラ的存在でもあり、碧流先輩と並ぶ人気キャラ。ノベライズ、コミカライズは皇月君ルートだったくらい。
 お人形さんみたいなのに紫愛ちゃんと恋愛して人間らしくなるギャップにやられた乙女も多いはずなんだけど、冷たさに拍車がかかってる気もする。《氷の王子様》と称される始末。

「皇月」

 はい、と碧流先輩の呼びかけに応える皇月君は姿勢を正し、まるで忠実なしもべ。皇月君も生徒会役員で副会長を務めてるとは言っても碧流先輩に絶対服従を誓ってるかのよう。

「休み時間の度に莉緒ちゃんの様子を報告してくれるかな?」
「はい、もちろんです」

 千晶を辟易させたお願いをさらっと皇月君にする碧流先輩。それに即答する皇月君。これに慌てたのは私。大慌て。

「も、もう大丈夫ですから……! 皇月君もそんなことしなくていいからね?」
「莉緒ちゃんはどうせ大丈夫だって言うでしょ? 僕の目が届かないところで倒れられたら困るからね」

 ギクリとした。私のところに確認のメッセージが送られてきても困る。
 大丈夫としか返せないし……それを見越して第三者に頼むとか策士だと思う。

「私がいるのに!」

 紫愛ちゃんは怒ってる。でも、紫愛ちゃんは碧流先輩に教えたりしない。それも見透かされてる。多分、そういうこと。

「紫愛は莉緒ちゃんに構い過ぎて無理させて倒れさせる方だろう? だから、皇月に監視を頼むんだ」

 うぐぅ、と唸った紫愛ちゃんはもう言い返せなかった。碧流先輩は紫愛ちゃんを牽制した。

「俺は会長の命令に従うだけだ」

 ですよね……!
 皇月君が私の言うことなんか聞いてくれるはずがなかった。そのクールな瞳で睨まれるだけ。

「いい子だ、皇月。君だけが頼りだよ」

 碧流先輩に褒められて、頭を撫でられたわけでもないのに何だか嬉しそうな皇月君。尻尾がついてたらわかりやすくブンブン振られてる?
 私のことなんか視界に入れたくないくらい嫌ってるのに、碧流先輩のためなら逐一事細かに報告するんだろう。この忠誠心が怖い。

「兄さん、もう教室に行ったら?」

 物凄く棘を感じる紫愛ちゃんの言葉に碧流先輩は肩を竦めて時計を見た。そんな一挙一動さえ美しくてみんなの目を奪ってる。碧流先輩がいると周囲の時間が止まるみたい。それを碧流先輩もわかってるみたいだった。

「じゃあ、また昼休みに来るからね」
「来なくていい!」

 紫愛ちゃんは碧流先輩を追い払うようにしっしっと手を動かす。
 そうして、碧流先輩が『キャーッ!』をBGMに退場していった。
 まるで波のような『キャーッ!』がいよいよ聞こえなくなって、やっと息を吐く。碧流先輩がいると緊張するし、皇月君も苦手。こんなんで紫愛ちゃんのサポートをやっていけるかわからない。超不安。
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