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第一章

「いつもお世話になってます」 14

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「ねぇ、紗菜先輩、俺の名前呼んでください」

 ふと視線を合わされ、紗菜は戸惑いを隠せずに目を瞬かせて彼を見る。最初から彼は勝手に名前を呼んできたが、紗菜は彼の名前を呼ぶことができずにいた。
 だが、今、期待に満ちた目を向けてくる彼に対して拒否することもできなかった。

「菅野、くん……?」
「下の名前、覚えてくれなかったんですか? 晃ですよ。ほら、呼んでみてください」

 恐る恐る名字で呼んだ紗菜に晃は怒るわけでもなく、もう一度教え込むように言う。

「彼氏彼女なんだから名前で呼び合わないとでしょう?」

 今、彼の彼女になったからと言って明確な変化が生まれるわけでもない。
 一方的に知られていても、ほんの数十分前までの彼は紗菜にとって見知らぬ人間でしかなかった。それが急に彼氏になったのだから、やはり現実味がない。

「嫌なんですか?」

 紗菜にとって異性の名前を呼ぶことは簡単なことではないが、その抵抗感を上手く伝えられるはずもない。しかし、拗ねたような晃の機嫌を損ねてはいけないと紗菜は慌てて口を開く。

「あ、あきら、くん……?」

 性格上、呼び捨てにすることもできない。許してもらえるのか、紗菜は不安でいっぱいだったが、晃の顔はまたパッと明るくなる。

「はい! もう一回呼んでください」
「晃君……」
「ありがとうございます」

 弾んだ声に紗菜は安堵する。まるで大型、機嫌よく振られた尻尾が見えるかのようだった。

「じゃあ、紗菜先輩を楽にしてあげないとですね」
「もう終わりじゃ……?」

 体が離れ、ようやく解放されるのだと思っていた紗菜は不安になって晃を見上げる。どうにも彼の動きは不穏だった。

「中途半端は良くないですから。焦らしちゃった分、気持ちよくなれますよ」

 紗菜の悪い予感は的中してしまったらしい。再び紗菜の足の間に顔を近づけた晃はどこか妖艶に笑んだ。
 ここで終わって欲しいと思う反面、快楽の火がくすぶっているのも確かであり、紗菜は強く拒むことなどできなかった。

「あっ、ひ、あぁっ、ゃっ、あんっ……!」

 指で中の弱い場所を擦りながら舌で秘芽を刺激され、あっと言う間に全身を快感に支配されていく。
 強すぎる快感は恐怖でもあった。しかし、今度こそ終わるのだと思えば、やがて来るだろう絶頂も歓迎できることだった。

「イッちゃいそうですか? じゃあ、イクって言わないと」
「ぁ、ふっ、あぁん……ぃくっ……イッちゃ、あぁぁっ!」

 上り詰めていき、弾けるまではあっという間だった。
 今日だけで何度目かもわからないほど味わった絶頂の感覚は何度でも紗菜の頭の中を真っ白に染め上げていく。
 体が別の生き物のように跳ね、ベッドに沈む。初めて知った感覚を何度も教え込まれて体は限界を感じていた。

「はっ……ぁ……」

 余韻は凄まじく、紗菜は無理に体を動かそうとすることを諦めた。今度こそ本当に終わったのだから少し落ち着くまで休んでもいいだろうと考えたのだ。
 だから、晃が何やら動いていてるのも気にしていなかった。視線を動かす気力さえも残っていなかった。

「んっ……な、に……?」

 異変を感じたのは晃が再び覆い被さってきた時だった。膝を曲げて広げられ、ひたりと秘部に押し当てられた感触が何なのか、紗菜はすぐに答えに行き着くことができなかった。指でもなく舌でもない。終わったものだと思い込んでいたからこそ、陰茎であるとは考えもしなかったのだ。
 きっと彼が側で服を脱いでいた時に気付くべきだったのだ。そうすれば危険を察知できたはずなのに、全て脱ぐまで許してしまった。

「最後は俺のでイッてください」
「えっ……?」
「彼女なんだし、挿れていいですよね? 俺のチンポで気持ち良くしてあげたいです」
「やっ、いやっ! それだけは……!」

 晃が挿入しようとしていると理解して紗菜は血の気が引いていくのを感じた。必死に抵抗しようとするが、満足に力も入らない。
 同意なしには絶対にしないと彼は何度も言った。それを信じて、挿入を避けたい一心で彼女になることも受け入れたのだ。まさか同意と見なされるとは思いもせずに。
 否、恋人だからと言って入れて良い理由にはならないのだが、紗菜には反論する余裕もない。

「ちゃんとゴムは付けましたし、乱暴にはしません。いつもよりおっきくなってるんで、ちょっと痛いかもしれないですけど、この感じならきっと気持ちよくなれますよ」
「やぁっ!」
「そんなに拒否されると俺も傷つきますよ? 可愛い彼女の初めては優しくしてあげたいのに、今すぐゴム外して突っ込んで中に出したくなっちゃいます」
「ひっ……」

 怒気は含まれていないが、恐ろしい発言に紗菜は抵抗しようとするのをやめた。
 どれほど危険なことかはわかるのだ。避妊をすればいいという問題ではない。
 子供っぽい体をしていても、そういう意味ではもう大人になっている。望まぬ行為で妊娠するわけにはいかないのだ。

「私、そんなつもりじゃ……」
「俺は最初からそんなつもりでしたよ」
「ひどい……」

 信じたというのに、裏切られたことが紗菜には堪えた。
 自分を盗撮した初対面の男を信じる方が間違っていただろう。

『先輩の同意がなければ挿入は絶対にしません。それだけは嘘じゃないですから安心してください』

 そう言った時の真っ直ぐな眼差しは確かに嘘を吐いていないと思ってしまった。信じなければ、どうすることもできなかった。それだけが紗菜の救いだった。
 けれども、救いなど最初からどこにもありはしなかったのだ。彼はずっとこの時のために優しい言葉で巧みに紗菜を追い込んでいたのだ。

「そのひどい男に目を付けられちゃった自分の可愛さを恨むんですね」
「ぐすっ……」

 泣けばやめてもらえるなどと思ったわけではないが、嗚咽はもう堪えきれなくなっていた。
 紗菜は自分を可愛いなどと思ったことなどないのだ。自らの意思で彼に何かをしたわけではない。全てが理不尽だった。
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