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第一章
「いつもお世話になってます」 1
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「あっ、いつもお世話になってます」
金曜日の放課後、図書室に寄った帰りの渡り廊下で向かいからやってきた男子生徒を避けようとしたはずだった。
しかし、見知らぬ彼が発した言葉に笹井紗菜は足を止める。
キョロキョロと見回してみても周囲に他に人はいない。何より彼は明らかに紗菜を見ている。見下ろされているというべきか。
「人違いじゃ……」
まるで心当たりがなく、紗菜は困惑を隠せない。
改めてじっくりと相手を見てみるものの、蘇る記憶はなかった。サンダルの色から後輩であることだけがわかる。
背丈が百五十センチもない紗菜からすれば大抵の男子は大きく見えるものだが、おそらく彼の背丈は百八十センチ近いのだろう。紗菜とは頭一つ分ほど違うために見上げなければならないものの、細身でスタイルが良い彼に威圧的な雰囲気はない。
美しい人はどこか冷たく見えて紗菜は緊張してしまう。そんな苦手意識を持っていたが、彼はとても優しそうに見えた。特段美形というわけでもなければ醜いというわけでもない、平均よりは多少上の方にいるかもしれない程度ではあるが、清潔感があるのは好感が持てる。広い意味ではイケメンと言われる雰囲気なのかもしれなかった。
「確かにあなたですよ、紗菜先輩」
名前で呼ばれるほど親しかったのだろうか。紗菜は首を傾げながら必死に記憶の糸を辿る。
学年が違えば接点も限られるものだ。紗菜は部活には所属していないが、委員会の関係でも彼を見た記憶がない。社交的な性格でもないのだから接点があるとすれば考えられるのはその程度だ。紗菜からすれば完全に初対面に思えた。
だとすれば、彼は誰なのか。なぜ、自分を知っていて、こんなにも親しげに話しかけてくるのか。
「あー、すみません。紗菜先輩からしたら初めましてでしたね。俺、一年の菅野晃って言います」
「菅野君……?」
自分が彼を忘れてしまっていたわけではないということに紗菜は安堵するが、疑問は消えない。
なぜ、彼が自分を知っているのか全く説明がつかないのだ。彼はまるで会ったことがあるような口振りなのだかっら。
「晃でいいですよ」
混乱する紗菜を余所に晃はにこやかに笑いかけてくるが、その通りにできるほど紗菜はコミュニケーション能力に長けていない。後輩とは言っても初対面の異性を親しげに呼ぶには時間を要する。
そもそも、この状況を全く理解できていないのだ。
「本当にいつもお世話になってます」
軽く頭を下げられて紗菜は益々困って、思わず助けを求めるように周りを見てしまった。だが、誰が助けてくれるわけでもない。
晃が言っていることは完全に矛盾しているように思える。彼を知らなければ世話のしようがないが、一体、彼と自分との間にどのような繋がりがあると言うのか。
「じゃあ、人違いじゃない証拠を見せますね」
紗菜が何を言えば良いのかわからずにいると晃はスマートフォンを取り出し、操作してから画面を紗菜に見せてきた。
「え……?」
画面を見ても紗菜は何が映っているのかすぐに理解することができなかった。
制服を着た少女の写真だと気付いた時、見てはいけないものを見た気がして思わず目を背けてしまう。
「よく見てくださいよ、証拠なんですから」
咎めるような晃の声に渋々従って、改めて画像を見る。
全身を写しているために少し離れているが、この学校の制服を着た女子生徒であり、ベッドで眠っているようだった。
まさか――行き着いた考えを紗菜は否定したかった。そんなことはあってほしくなかった。
「こんなのもあるんですよ」
「こ、これ……!」
晃が画像をスライドさせ、続けて表示された画像に紗菜は言葉を失った。
ブラウスのボタンが外され、スカートも捲られ、下着が露わになっている扇情的な物だったからだ。紗菜にとっては目を背けたいほどに卑猥な物に見えた。
「こんなのとか」
「私……!」
また別の画像が表示されれば、最早否定しようがなかった。晃が『人違いじゃない証拠』と言った通りだ。間違いなく紗菜の寝顔である。恥ずかしがっている場合ではない。それ以上に恥ずかしい写真を彼は持っているのだから。
「だから言ったじゃないですか。確かにあなたですって」
心当たりがないわけでもない。おそらくは先日体調が悪く、保健室で休んでいた時に撮られたものなのだろう。眠っている間にそんな写真を撮られていたとは思いもしなかった。
なぜ、そこまでされて自分は起きなかったのか。なぜ、今になって彼が接触してきたのか。知らない方が幸せだっただろうか。紗菜はぐるぐると考えるが答えは出ずに頭が痛くなる。
「いつもオカズにさせてもらってます」
「おかず……?」
おかずとは副食物のことではないのか。どういう意味だろうかと首を傾げた紗菜は耳元に唇を寄せられて体を強張らせる。
「これを見ながら、チンポをしごくんですよ」
「なっ……!」
紗菜は絶句して晃を見る。
小声ではあったが、紗菜の耳にははっきりと吹き込まれた。聞き間違いでなければ公共の場で口にするのは憚られるようなことのはずだ。相変わらず周囲に人気はないが、誰も来ない保証はない。誰かが来てしまったら、もしも聞かれてしまったらと紗菜は落ち着かなくなる。
「今、紗菜先輩と初めてお話できて興奮して勃っちゃいそうです。俺のチンポ」
尚も続ける晃がちらりと下に目を向けるのにつられて紗菜もそちらを見てしまってからその意味に気付いて慌てて顔を背ける。
そんな反応を楽しむようにクスクスと笑い声が頭上から降ってくる。
金曜日の放課後、図書室に寄った帰りの渡り廊下で向かいからやってきた男子生徒を避けようとしたはずだった。
しかし、見知らぬ彼が発した言葉に笹井紗菜は足を止める。
キョロキョロと見回してみても周囲に他に人はいない。何より彼は明らかに紗菜を見ている。見下ろされているというべきか。
「人違いじゃ……」
まるで心当たりがなく、紗菜は困惑を隠せない。
改めてじっくりと相手を見てみるものの、蘇る記憶はなかった。サンダルの色から後輩であることだけがわかる。
背丈が百五十センチもない紗菜からすれば大抵の男子は大きく見えるものだが、おそらく彼の背丈は百八十センチ近いのだろう。紗菜とは頭一つ分ほど違うために見上げなければならないものの、細身でスタイルが良い彼に威圧的な雰囲気はない。
美しい人はどこか冷たく見えて紗菜は緊張してしまう。そんな苦手意識を持っていたが、彼はとても優しそうに見えた。特段美形というわけでもなければ醜いというわけでもない、平均よりは多少上の方にいるかもしれない程度ではあるが、清潔感があるのは好感が持てる。広い意味ではイケメンと言われる雰囲気なのかもしれなかった。
「確かにあなたですよ、紗菜先輩」
名前で呼ばれるほど親しかったのだろうか。紗菜は首を傾げながら必死に記憶の糸を辿る。
学年が違えば接点も限られるものだ。紗菜は部活には所属していないが、委員会の関係でも彼を見た記憶がない。社交的な性格でもないのだから接点があるとすれば考えられるのはその程度だ。紗菜からすれば完全に初対面に思えた。
だとすれば、彼は誰なのか。なぜ、自分を知っていて、こんなにも親しげに話しかけてくるのか。
「あー、すみません。紗菜先輩からしたら初めましてでしたね。俺、一年の菅野晃って言います」
「菅野君……?」
自分が彼を忘れてしまっていたわけではないということに紗菜は安堵するが、疑問は消えない。
なぜ、彼が自分を知っているのか全く説明がつかないのだ。彼はまるで会ったことがあるような口振りなのだかっら。
「晃でいいですよ」
混乱する紗菜を余所に晃はにこやかに笑いかけてくるが、その通りにできるほど紗菜はコミュニケーション能力に長けていない。後輩とは言っても初対面の異性を親しげに呼ぶには時間を要する。
そもそも、この状況を全く理解できていないのだ。
「本当にいつもお世話になってます」
軽く頭を下げられて紗菜は益々困って、思わず助けを求めるように周りを見てしまった。だが、誰が助けてくれるわけでもない。
晃が言っていることは完全に矛盾しているように思える。彼を知らなければ世話のしようがないが、一体、彼と自分との間にどのような繋がりがあると言うのか。
「じゃあ、人違いじゃない証拠を見せますね」
紗菜が何を言えば良いのかわからずにいると晃はスマートフォンを取り出し、操作してから画面を紗菜に見せてきた。
「え……?」
画面を見ても紗菜は何が映っているのかすぐに理解することができなかった。
制服を着た少女の写真だと気付いた時、見てはいけないものを見た気がして思わず目を背けてしまう。
「よく見てくださいよ、証拠なんですから」
咎めるような晃の声に渋々従って、改めて画像を見る。
全身を写しているために少し離れているが、この学校の制服を着た女子生徒であり、ベッドで眠っているようだった。
まさか――行き着いた考えを紗菜は否定したかった。そんなことはあってほしくなかった。
「こんなのもあるんですよ」
「こ、これ……!」
晃が画像をスライドさせ、続けて表示された画像に紗菜は言葉を失った。
ブラウスのボタンが外され、スカートも捲られ、下着が露わになっている扇情的な物だったからだ。紗菜にとっては目を背けたいほどに卑猥な物に見えた。
「こんなのとか」
「私……!」
また別の画像が表示されれば、最早否定しようがなかった。晃が『人違いじゃない証拠』と言った通りだ。間違いなく紗菜の寝顔である。恥ずかしがっている場合ではない。それ以上に恥ずかしい写真を彼は持っているのだから。
「だから言ったじゃないですか。確かにあなたですって」
心当たりがないわけでもない。おそらくは先日体調が悪く、保健室で休んでいた時に撮られたものなのだろう。眠っている間にそんな写真を撮られていたとは思いもしなかった。
なぜ、そこまでされて自分は起きなかったのか。なぜ、今になって彼が接触してきたのか。知らない方が幸せだっただろうか。紗菜はぐるぐると考えるが答えは出ずに頭が痛くなる。
「いつもオカズにさせてもらってます」
「おかず……?」
おかずとは副食物のことではないのか。どういう意味だろうかと首を傾げた紗菜は耳元に唇を寄せられて体を強張らせる。
「これを見ながら、チンポをしごくんですよ」
「なっ……!」
紗菜は絶句して晃を見る。
小声ではあったが、紗菜の耳にははっきりと吹き込まれた。聞き間違いでなければ公共の場で口にするのは憚られるようなことのはずだ。相変わらず周囲に人気はないが、誰も来ない保証はない。誰かが来てしまったら、もしも聞かれてしまったらと紗菜は落ち着かなくなる。
「今、紗菜先輩と初めてお話できて興奮して勃っちゃいそうです。俺のチンポ」
尚も続ける晃がちらりと下に目を向けるのにつられて紗菜もそちらを見てしまってからその意味に気付いて慌てて顔を背ける。
そんな反応を楽しむようにクスクスと笑い声が頭上から降ってくる。
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