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トイレットペーパーの尻尾は恥ずかしい

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「可愛いですよ、ネラちゃん」

 クロムもダリウスに負けず劣らず表情豊かとは言えない。それでもうっすらと微笑まれれば寧蘭の胸はまたドキドキと脈打つようだった。
 アイドルに現を抜かすような惚れっぽい質ではなかったはずだが、彼らは心臓に悪い。ヒョクも顔は悪くないが、第一印象が最悪だっただけに、彼だけ別の意味である。

「尻尾が足りないな」

 ぽつりとダリウスが呟き、その手が腰に回されていることに気付いても嫌悪感はなかった。ダリウスは紳士である。邪な気持ちでしているわけではない――そんな気がしたのだ。そう思いこみたかっただけなのかもしれないが。

「これをどうぞ」

 クロムは自らの腕に巻かれたトイレットパーパーを解き、寧蘭は思わず目を逸らしていた。

(トイレットペーパーの尻尾なんて……!)

 あまりに恥ずかしい。うっかりトイレから出てきて笑われる姿が脳裏に浮かぶが、逃げることを許さないようにダリウスに抱き寄せられて彼の足を跨ぐように座らされる。
 細く見える彼だが、その力強い腕は寧蘭の体をしっかりと抱き締めて離さない。美男と密着してドキドキしないはずがない。ずっとこうしていてほしいと思ってしまうほどに。

「ひゃっ! 何して……」

 ペロンと短いスカート部分をめくられて寧蘭はパニックになるが、ダリウスの体はビクともしない。
 背後に感じる気配はクロムだろうか。きっと彼からは下着が丸見えになっているのだろう。あのフリルこそ可愛らしいが自分では絶対に選ばないTバックが。

「見ないで……やめ……っ!」

 異性に見られているだけで恥ずかしくてたまらないというのに、くいっとゴムが伸ばされた。何かが肌を這う気配に寧蘭の体は強張る。
 その感触はトイレットペーパーではありえないが、体温も感じない。ヒョクの首を絞めていたのだから、ただのトイレットペーパーではないのかもしれないが、寧蘭にはまるで理解できなかった。

「やっ! そこは……!」

 生き物のように動く先端が後孔に触れ、寧蘭はいよいよ恐怖を感じた。なぜ、こんなにも恥ずかしいことをされ、見られているのか。

「大丈夫だ」

 頭を撫でながら優しく囁かれれば力が抜けていくようだった。それどころか体が熱くなっていくようだ。頭の中に霧がかかるようだ。初めて異性にこんな風に抱き締められて、恥ずかしい場所まで晒して興奮しているのか。

「あ、あの……さっきのマカロン……お酒、入ってました?」

 恐る恐る寧蘭は問いかけてみる。
 先日飲めるようにはなったが、アルコールは得意ではなかった。マカロンでなければ他の菓子かと考えたところで、ダリウスがフッと笑った気がした。

「もっと良いものだ」

 まさかドラッグではあるまい。そう懸念した瞬間、隙を見逃さないように何かが寧蘭の中に入り込んできた。

「ぃぁっ! ぅうっ! ぃゃあっ!」

 痛みはないが、うねうねとそれは寧蘭の中を進む。宥めるようにダリウスに背中を撫でられても決して消えない違和感があった。

「はい、できました。可愛いですよ、ネラちゃん」

 中に入り込む動きが止まったところでクロムが言った。心なしかうっとりとしているように聞こえるのは気のせいか。
 確認を促すようにダリウスの腕の力が緩み、寧蘭は怖々と振り返る。

「あっ……」

 いかにも悪魔の尻尾だとわかるものが後ろでゆらゆらと揺れている。真っ赤なハート型の先端は可愛らしいが、体内に入っているのだと思うと恐ろしくなる。
 だが、ぶるりと体が震えるのは恐怖のせいではないのかもしれなかった。
 気持ち悪いはずなのに、妙に体が疼いてしまう。そんなことがあるはずもないのに、意識すればするほどにおかしな気持ちになるようだった。

「それなら猫でも良かったじゃねぇかよ!」

 不満げな声に寧蘭はヒョクの存在を思い出す。すっかり忘れてしまうくらいに信じられないことをされていたのだ。

「ヒョク、君はお黙りなさい。お座りだと言ったでしょう? 先ほどは見逃してやりましたが、また絞められたいのですか?」
「まだ続いてんのかよ!」

 正座をさせられていたヒョクは『お仕置き中』であった。彼はもう我慢できなくなったようだが、誰も許可は出していない。

「当然だ。お前は彼女を傷つける」
「くっそ……」

 ダリウスに言われてヒョクはすごすごと引き下がるように正座に戻る。だが、部屋の隅ではなくソファーの後ろであったが、今度は咎められるわけでもなかった。
 どうやらこの三人の中ではダリウスが一番上でヒョクが一番下の扱いであるらしい。口答えはするが、逆らえないラインがあるようだ。
 つまり、何かを頼むならダリウスにするべきなのだろう。

「あ、あの……んっ!」

 ヒョクのことよりも気持ち悪い尻尾をとってほしい。そう懇願するはずだった唇は柔らかなものに塞がれた。少しひんやりとした濡れた感触がダリウスの唇だと理解するのには時間を要した。
 それどころか舌が口内に入り込んできて、かき乱される。
 どうすれば良いのかわからないまま唇が離れて、糸のように繋がる唾液が生々しく感じさせる。

「ネラちゃん、僕ともしてください」
「んんっ!」

 名残惜しさを感じる間もなく、振り向かされて再び唇が奪われる。
 先ほどがファーストキスだったと言うのに、二回目が違う相手だとは――貞淑に生きてきた寧蘭には考えられないことだった。
 何度も唇を食まれ、やがてにゅるりと入り込んできた舌がねっとりと口内を舐め回す。頭に回された手が逃げることを許さない。

「っ、はぁっ……なんで……?」

 切れ切れの息のまま、どうにか問うことはできてもダリウスの腕から抜け出すことはできなかった。

「僕達流のおもてなしですよ。お客様には満足していただかなければ」
「帰るかどうかは自由だが」

 帰らなければ、逃げなければ、そう思いながらも体は熱を帯び、動こうと気力が奪われている。このままずっとこうしていたいとさえ思うのだ。
 魔法にかけられたように、あるいは毒に侵されたように。

「もっと良いことをしてやる」

 ダリウスに頤を持ち上げられると妖しく輝く瞳と視線がぶつかる。血のような瞳はカラーコンタクトではないようだ。
 見入られそうになりながら、その誘惑にあらがおうとしても彼の指は首筋を撫でる。それだけで感じたことのない疼きが強くなり、苛まれた。

「程々にしてくださいよ」
「誰に向かって物を言っているんだ?」

 クロムはダリウスを止めるわけでもない。何度も位置を確かめるように首筋から肩口までを辿り、その度に寧蘭はビクビクと体を震わせた。そうして、警戒がゆるんだ瞬間をダリウスは見逃してはくれなかった。

「……ぃっ!」

 ダリウスが顔を近づけてきて身構える余裕もなかった。首筋に痛みが走り、まるで痺れていくようだった。
 吸血鬼ごっこにしては度が過ぎるが、血を啜るダリウスを突き放すこともできない。
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