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黒猫or小悪魔?

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 こんなにももてなしを受けて良いものか。
 そうは思いながらも高級そうなソファーに座らせられ、目の前に並べられたたくさんの菓子を勧められるがままに寧蘭は口へと運んでは紅茶を飲む。
 おばけやコウモリ、カボチャなど凝った見た目の菓子達はどれも美味しかった。
 ここはドラキュラのダリウスの屋敷であり、狼男のヒョク、ミイラ男のクロムがハロウィンパーティーをしていたらしい。
 薄暗い室内にはジャック・オ・ランタンがぷかぷかと

『ここは狭間の世界、夜が明ける前に来た扉から帰れば元の世界に戻れる。暫し楽しんでいくといい』

 先ほどダリウスに言われた言葉だが、その意味を寧蘭は百パーセント理解できたわけではない。
 ここは廃墟だったはずであるが、異世界だとでも言うのか。夢だと言われた方が納得できるほど現実味がない。
 しかし、漏らしたあの感覚もシャワーの熱さも本物だった。
 ダリウスが用意してくれた衣装は些か恥ずかしかったが、寧蘭はありがたく着ることにした。文句を言える立場ではないのだ。服を洗い、乾かす間の辛抱である。たとえ、それが魔女の仮装だとしても。
 ワンピースの丈が心許なく、蜘蛛の巣柄のオーバーニーストッキングは一生履くことがないと思っていたようなものだ。見せられる谷間もないと言うのに胸元も広く空いて、全体的に露出が多い。何よりも心許ないのはまるで寧蘭が来ることがわかっていたかのように、ピッタリだった下着だ。
 誰の趣味なのか、面積が小さな下着は普段の下着と比べれば刺激的だが、セクシーすぎない絶妙なエロ可愛さである。

「ネラちゃん、どうぞ。お好きな物をお好きなだけ食べてください」

 並んでいる菓子はクロムが用意した物らしい。
 喋らなければ孤独を好むような近寄りがたい雰囲気がある彼だが、菓子達は妙に可愛らしい。
 特にマシュマロでできたおばけが乗ったカップケーキは「食べて食べて」と誘惑してくるような愛らしさがある。

「でも……」
「食った分運動すればいいだろ」
「やっぱりヒョクにはデリカシーというものがないようです。もっと絞めますか?」

 簡単に言うヒョクに寧蘭はカチンとしながらもクロムの問いかけに首を横に振った。きっと彼の脳味噌は筋肉なのだから無視するべきなのだ。今やもうトイレットペーパーに首を絞められてはいないが、彼は部屋の隅で正座をさせられ、十分に罰を受けているようだった。

「気にするな。全て貴方のために用意したものだ」

 隣からダリウスに言われれば、その気になってしまうのも無理はないだろう。
 そんなことがあるはずもないとわかっているのに、彼の美しい顔と声は判断を鈍らせる。そんな彼が妙に近くにいるのだから勘違いしても仕方がないのかもしれない。
 俯けば、魔女の帽子の大きなつばで表情を隠せる気がした。

「じゃあ、もう一個だけ……んっ!」

 最後に何が良いかと改めて見渡せば、どれもこれも食べたくなってしまう。おみやげに持たせてもらえないかなどと図々しいことさえ考え始める。そんな時に何かが口に押し当てられ、寧蘭は目を白黒させた。

「これは私からだ」

 それは真っ赤なマカロンだった。甘酸っぱいベリーの香りと味が広がる。締めには良いのかもしれない。そんな風に心の中で言い訳をしながら、もごもごと咀嚼して寧蘭ははたと視線に気付いた。
 いつの間にか足下にいたヒョクに顔を覗き込まれていた。

「ひっ……!」

 目が合ってしまって寧蘭は思わずじりっと後ずさっていた。
 今度は漏らしはしないが、驚いたことに代わりはない。たとえ、狼のマスクを被っていないとしても。
 いくらマカロンを味わうのに夢中だったからといって二メートル近い大男の接近に気付かないことがあるだろうか。

「トリック・オア・トリート!」
「えっ……あっ……バッグがあれば飴が入ってたのに……」

 ヒョクに言われて寧蘭の手は思わずバッグを探すが、あるはずがないのだ。それを探すためにこの屋敷に入ったのだから。
 用意された菓子に比べればささやかなものだろうが、これだけの施しを受けて何も返さないというわけにもいかない。
 だが、結局何も返せないことに寧蘭が落胆すると同時に隣から深い溜息が聞こえた。

「現実を忘れてくれたと思ったのだが……やはりどうしようもない駄犬だ」

 怒りを滲ませた声はヒョクに向けられていたが、彼は動じていない。
 上品で冷静沈着なダリウスに対してヒョクはどうにも落ち着きがない。まるで正反対で合うようには見えないが、こうして一緒にパーティーをするくらいなのだから喧嘩するほど仲が良いというものなのだろうか。
 しかし、やはりヒョクはまるで聞いていないようだった。

「じゃあ、悪戯な!」
「あっ!」

 パッと帽子が取られて寧蘭は慌てた。
 帽子の陰がなくなれば、熱視線をダイレクトに感じるような気がしたのだ。

「か、返して……」

 自分の物ではないのだから、それもおかしいが、そう言うほかなかった。
 寧蘭が手を伸ばしてもヒョクには届かない。そうして、図体に似合わぬすばしっこさでソファーの後ろに回っていたヒョクに頭に何かを付けられた。カチューシャだろうか。
 頭の両側にふわふわとした毛を有する三角の感触は猫耳のようである。

「首輪も付けてやろうか?」

 ヒョクはニヤニヤと笑っているようだったが、ダリウスが言うように躾のなっていない大型犬のようなものなのかもしれない。
 その飼い主とも言えるダリウスが止めないのだから寧蘭は何も言えずに諦めて無視することにした。彼のことは構うべきではないのかもしれない。
 粗相をしたにも関わらず彼らは寧蘭を客としてもてなしてくれた。タダより高いものはないと言うが、失禁以上に恥ずかしいこともないと寧蘭は思っていたかったのだ。

「それなら、こちらの方がよろしいですよ」

 そうしてクロムが差し出してくるのは小さな角がついたカチューシャだった。つまり、小悪魔になれと言うのか。
 黒いゴシックロリータ的なミニ丈のワンピースでは魔女でも黒猫でも小悪魔でも何でも良いのかもしれない。
 けれども、帽子はどこかにいってしまったようであり、何となく恥ずかしい思いをさせられた元凶であるヒョクに付けられた物よりは良いだろう。そう思って寧蘭は手を伸ばすが、受け取ったのはダリウスであった。

「私が付けてやろう。こちらを向け」
「あ、ありがとうございます」

 彼の言葉には決して逆らえないような何かがある。素直にそちらを向いて直視もできないと言うのに、髪に触れられるだけで妙にドキドキして寧蘭は落ち着けなかった。
 彼はお世辞にも愛想があるとは言えない。しかし、その冷たく見える美貌と態度で損をしてきたのではないかと思うほど根の優しさを感じて胸が高鳴るような気がしていた。ただカチューシャを付け直すだけだと言うのに。
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