2 / 16
カエルよりましだけど呪いが解けません-2
しおりを挟む
(また、だめ……)
唇を離して、変わらぬその顔を見て、今更落胆することもないと思っていたが、気持ちは隠せない。先に溜息を吐いたのはヒューゴの方だった。
彼は何も言わないが、また無駄な時間を過ごしてしまったと思っているだろう。
「何がいけないんでしょうか……」
やはり自分は聖女ではないのか。
頭の中で誰かの『役立たず』という声が聞こえる気がした。
ヒューゴには文句を言えるようにもなったが、それ以外には萎縮してしまう。周囲はアンに聖女の偶像を見ているのだ。
「予言には不確かなことも多い」
それは彼なりの慰めのつもりなのか。
アンが召喚されることになった原因の予言は神託だと言うが、疑問視する声も出始めている。別の解釈があるのではないかと言われている。彼が呪いを受けてからアンが召喚されるまでにも時間がかかった。だから、異能を持つ女を神の祝福を受けた聖女として集めたりもしたのだ。
アンから見ればファンタジーの世界だが、この世界では魔法はほとんど存在しないらしい。稀に精霊に愛された者がいるくらいだと言う。
剣が物を言い、ヒューゴもまた優れた剣の使い手だったと言う。しかし、片目では不自由するだろう。
「今はその時ではないのかもしれない」
本当は彼も焦っているのかもしれない。タイムリミットは刻々と近づいている。第二王子が成人する前に呪いが解けなければ彼は王位を継げなくなる。呪いがある限り彼は死ぬ運命なのだから。
それを聞いて救いたいとは思ったが、ままならないことはあるものだ。想いだけではどうにもならない。
「他の方法を試してみるか?」
「え……?」
思わぬ提案にアンはパチパチと瞬きをする。
そんなものがあるのだろうか。ずっとこれが唯一の方法だと信じてきたというのに。彼もあらゆる手段を講じて、どうにもならなかったというのに。
「お前の世界の話があっただろう? 姫が王子の口づけで目覚めるとかいう」
初めの頃、ヒューゴと対面するとアンはひどく緊張していた。あまりに気まずくて紛らわそうと饒舌になって一方的に色々な話をした。ヒューゴはうるさそうな顔をしていたが、聞いていたのか。
似たような話はこの世界にもあるらしかったが、ヒューゴは興味がないと言い切っていたはずだった。
「えっ……ん……!」
頤が持ち上げられて唇が触れ合うまではあっという間だった。
そうして離れていくのもまた一瞬だったのかもしれない。
「無駄だったか」
そう言い放たれた瞬間アンの中で何かが切れる音がした。
怒りなのか、悲しみなのかわからない感情が爆発して、パンッと乾いた音が響いた。
「ファーストキスだったのに……!」
唇にする必要はないと言われていたのに、こんな風に簡単に奪われるとは思いもしていなかった。
好意を抱かれているわけでもない。自分のことを呪いを解く道具としか思っていないような相手に。
「貴様……」
低く唸るような声にビクリとして、アンは自分がしてしまったことに気付く。
ヒューゴの頬が赤くなっている。とっさにビンタしてしまったのだ。事もあろうに、王子の頬に紅葉マークをつけてしまった。
こうなってしまったら、やることは一つである。アンが知る最上級の謝罪スタイル――土下座である。
「も、申し訳ございません! こ、殺さないでくださいぃぃぃぃっ!」
「おい!」
床に額をすり付け、それだけでは足りないかと打ち付けようとした時、肩が掴まれた。
「何の真似だ」
「我が国に伝わる一番の謝罪方法です。あっ……一番じゃないかも……切腹! ここはもう腹切りしか……!」
処刑されるのかもしれない。結局、行き着くところはもう死だけなのかもしれない。
あまりに短い生涯だった。死を直感した時にこの世界に召喚され、こうも早く二度目の死を迎えるとは思いもしなかった。
「こんなことしなくていい」
「ゆ、許してくださるのですか……?」
これまで王子を王子と思わないような適当な態度をとっていたというのに、下手に出るのは滑稽なものだ。しかし、自分の命がかかっているのだから仕方がない。
「光栄だと思わないのか」
普段から仏頂面をしているのだから怒っているのかどうかはわからないが、言い放たれた言葉にアンはもう一度自分の中で何かが切れる音を聞いた。
「……この、傲慢俺様ナルシストクソ王子!」
今度は手を上げることなく、そう吐き捨てて、アンは部屋を飛び出した。
唇を離して、変わらぬその顔を見て、今更落胆することもないと思っていたが、気持ちは隠せない。先に溜息を吐いたのはヒューゴの方だった。
彼は何も言わないが、また無駄な時間を過ごしてしまったと思っているだろう。
「何がいけないんでしょうか……」
やはり自分は聖女ではないのか。
頭の中で誰かの『役立たず』という声が聞こえる気がした。
ヒューゴには文句を言えるようにもなったが、それ以外には萎縮してしまう。周囲はアンに聖女の偶像を見ているのだ。
「予言には不確かなことも多い」
それは彼なりの慰めのつもりなのか。
アンが召喚されることになった原因の予言は神託だと言うが、疑問視する声も出始めている。別の解釈があるのではないかと言われている。彼が呪いを受けてからアンが召喚されるまでにも時間がかかった。だから、異能を持つ女を神の祝福を受けた聖女として集めたりもしたのだ。
アンから見ればファンタジーの世界だが、この世界では魔法はほとんど存在しないらしい。稀に精霊に愛された者がいるくらいだと言う。
剣が物を言い、ヒューゴもまた優れた剣の使い手だったと言う。しかし、片目では不自由するだろう。
「今はその時ではないのかもしれない」
本当は彼も焦っているのかもしれない。タイムリミットは刻々と近づいている。第二王子が成人する前に呪いが解けなければ彼は王位を継げなくなる。呪いがある限り彼は死ぬ運命なのだから。
それを聞いて救いたいとは思ったが、ままならないことはあるものだ。想いだけではどうにもならない。
「他の方法を試してみるか?」
「え……?」
思わぬ提案にアンはパチパチと瞬きをする。
そんなものがあるのだろうか。ずっとこれが唯一の方法だと信じてきたというのに。彼もあらゆる手段を講じて、どうにもならなかったというのに。
「お前の世界の話があっただろう? 姫が王子の口づけで目覚めるとかいう」
初めの頃、ヒューゴと対面するとアンはひどく緊張していた。あまりに気まずくて紛らわそうと饒舌になって一方的に色々な話をした。ヒューゴはうるさそうな顔をしていたが、聞いていたのか。
似たような話はこの世界にもあるらしかったが、ヒューゴは興味がないと言い切っていたはずだった。
「えっ……ん……!」
頤が持ち上げられて唇が触れ合うまではあっという間だった。
そうして離れていくのもまた一瞬だったのかもしれない。
「無駄だったか」
そう言い放たれた瞬間アンの中で何かが切れる音がした。
怒りなのか、悲しみなのかわからない感情が爆発して、パンッと乾いた音が響いた。
「ファーストキスだったのに……!」
唇にする必要はないと言われていたのに、こんな風に簡単に奪われるとは思いもしていなかった。
好意を抱かれているわけでもない。自分のことを呪いを解く道具としか思っていないような相手に。
「貴様……」
低く唸るような声にビクリとして、アンは自分がしてしまったことに気付く。
ヒューゴの頬が赤くなっている。とっさにビンタしてしまったのだ。事もあろうに、王子の頬に紅葉マークをつけてしまった。
こうなってしまったら、やることは一つである。アンが知る最上級の謝罪スタイル――土下座である。
「も、申し訳ございません! こ、殺さないでくださいぃぃぃぃっ!」
「おい!」
床に額をすり付け、それだけでは足りないかと打ち付けようとした時、肩が掴まれた。
「何の真似だ」
「我が国に伝わる一番の謝罪方法です。あっ……一番じゃないかも……切腹! ここはもう腹切りしか……!」
処刑されるのかもしれない。結局、行き着くところはもう死だけなのかもしれない。
あまりに短い生涯だった。死を直感した時にこの世界に召喚され、こうも早く二度目の死を迎えるとは思いもしなかった。
「こんなことしなくていい」
「ゆ、許してくださるのですか……?」
これまで王子を王子と思わないような適当な態度をとっていたというのに、下手に出るのは滑稽なものだ。しかし、自分の命がかかっているのだから仕方がない。
「光栄だと思わないのか」
普段から仏頂面をしているのだから怒っているのかどうかはわからないが、言い放たれた言葉にアンはもう一度自分の中で何かが切れる音を聞いた。
「……この、傲慢俺様ナルシストクソ王子!」
今度は手を上げることなく、そう吐き捨てて、アンは部屋を飛び出した。
0
お気に入りに追加
281
あなたにおすすめの小説
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました
春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる