花と散る空の果て

真川紅美

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2章

暗に示される。

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 表情を暗くさせた二人に花水木は少しだけ表情を緩め、ちらりと連翹を見てゆっくりと口を開いた。

「まだ撃墜命令は出ていない。……まあ、出したところで山桜桃梅を落とせる奴なんていないだろうと考えているんだろう。だからと言って野放しにするわけにはいかない」
「最低でも弁明を行わせるために……?」
「ああ。自首でもなんでもしてもらわないといけない。まあ、あいつのことだからいろいろ逃げ場所はあるんだろうけどな」
「あいつのことだから? どういう意味だ? 司令」

 聞き捨てならないその言葉に連翹が反応すると、花水木は得意気に笑って肩をそびやかす。

「簡単なことだ。今まであいつはキメラや人間たちの用心棒みたいなことをしてたのさ。離島警備まで私たちの手では回らないからね」
「……だから、今まで山桜桃梅の機体の所持を黙認していたんですか?」
「ああ。そういうところだ。そうしているうちは害がない。あわよくば正義感に目覚めて戻ってきてくれって言う集団が八割。危険すぎると叫ぶ者は一割。どうでもいいって言うのが一割。ってところだな。議会では」
「あー、その一割が今うるせえのな」
「その通り。おかげで私も忙しい」
「口封じに」
「そうそう。って何を言わせているのかな?」
「言ったのはおっさんじゃあないか。花水木司令」

 相変わらずの花水木にほっとしたらしい連翹がケラケラと笑い、うつむいたままの杏の頭をガシガシ撫でた。

「ってことで、俺たちは本体に所属するふりをして山桜桃梅に近づいていろいろ聞きだしてくるってことでいいんですかいね?」
「え? 連翹さん?」
「そんなことは一言も言っていない!」
「言っていないからこそ、ですよねー?」

 立ち上がりかける梅擬を気にせずに笑う連翹に花水木も肩をすくめて何も言わずに笑った。

「それがお前だ」
「ん。じゃあ、今発つってことでいいん?」
「いや、こちらの責任者に少しオイタを与えなければならないからね。まだ待っていてくれ。じゃあ、梅擬」
「はい」

 立ち上がった花水木に梅擬も続き部屋を出ていく。

「支度を済ませておくように」
「は」

 そう見送った連翹は唖然とする杏を振り返るとにっと笑った。

「これで司令のお墨付きは貰ったわけだ。心置きなく山桜桃梅を追えるぞ」
「えっ? ……それが目的だった?」
「嬢ちゃんだって気になるだろうが。あいつがなんで俺たちをぶん殴ってまで上昇剤を奪ったのか。……というか、まあ内部もずいぶんとキナ臭くなっているのは間違いないんだが」
「……?」

 首を傾げた杏に連翹はまあみれてばわかると言って、ブレーカーを落とすとコンセントをこじ開けて中に仕込まれた盗聴器を次々と取り外し始めた。

「っ」

 声を上げそうになった杏に人差し指を一本立てて見せた連翹はニヤッと笑って一所に集められた盗聴器を一つのコンセントにつないでいきそして、銃を手にとるとそこに一発お見舞いしてやるのだった。

「……」

 盗聴する方も悪いが、おそらく爆音を食らっただろう向こう側の人に同情しながら杏は連翹から銃を取り上げた。

「こんなところで撃ったら人きますよ」
「いや、来ねえよ。花水木司令にしっぽ振るのに大忙しだ」

 外を歩く花水木につき従う白衣の群れたち。

「……権力ってそんなに魅力的なんですか?」

 ポツリとした杏のつぶやきに連翹は白衣の群れを見ながらそっとため息をついた。

「人によるな。俺や山桜桃梅は権力なんてめんどくせえだけだって思う。……責任が付きまとうからしがらみが多くなる。奴らも権力自体がほしいわけじゃない。奴らのために権力を振るってくれる親分がほしいんだ」
「……コバンザメ」
「そ。食いカスばかり狙っている卑しい奴らだ。人間もキメラも同じだよ。そう言う思考回路は」

 それなのに奴らと来たら人が上等種だと思い込んでやがる。

 そう吐き捨てるようにつぶやいた連翹に杏はそっと視線を下げてため息をついた。

「山桜桃梅さんも同じこと言ってました」
「……あいつはいうだろうな」
「ええ」
「もともとキメラも人も区別しないようなやつだからな。まあ、そう言う劣等種下等種上等種だのなんだのってうるさい奴らにはかなり突っかかってた」
「昔も?」
「ああ。そう言うのは変わらないだろうな。変わるわけない」
「……」

 梅擬が胡麻をする白衣の一人に蹴りを入れるのを見ながら、連翹の裾を握った。

「どうした嬢ちゃん?」
「……どうして、山桜桃梅さんは私たちの邪魔をしたんでしょうか」
「……」

 根本的なその疑問に連翹は杏を見て窓の外に目を向けた。

「これは俺のただの妄想だ」
「……」
「一つに、ここの組織自体が少しキナくせえ。さっきの盗聴器にしろ、何があるかわからない状態に陥っている」
「というと?」
「躑躅に聞いたんだが、非公開事案として、一つキメラを隔離しておくための島から決起したって言うのが合ったんだな」
「決起?」
「そう。キメラが俺たちの保護を抜け出して奴らの国へ向かう。それだけだったら別に好きにすりゃあいいんだが、わざわざ友好的な人間まで殺して出ていったんだ。喧嘩事案だろう」
「……喧嘩というかそれは……」
「ああ。立派なクーデターだな。外に漏れたらほかのキメラも同じ行動を起こすかもしれないから非公開に鎮圧したみたいだが、不思議なのはキメラの死傷者の数だ」
「……というと?」
「行方不明が多数の、死者が少数。躑躅の見立てでは拿捕という形をとった送還かもしれない。だそうだ」
「……殺さないであちらに放した?」
「ああ。間違いなくクーデターの鎮圧は射殺なのにな。決起キメラに組する連中がいるかもしれない」
「……でも躑躅さんはあんまり信用できません」

 ポツリとつぶやいた杏がそううなるのに連翹が片眉を吊り上げ、ああと苦笑した。

「あいつは秘密主義者だからなあ」
「でも……」
「山桜桃梅とホットラインがあるのを隠していたからか?」

 静かな声に杏はうなずいてうつむいた。その様子に連翹は少しだけ視線を泳がせ、腕を組む。

「例えば、嬢ちゃんについての秘密、もしかしたら山桜桃梅が掴んだのかもしれないなあ」
「秘密?」
「ああ。例えば記憶の鍵とか」
「……っ!」
「その確証には危険が伴うから俺たちにあずけた。とかかなあ、あいつで考えられる置いてけぼりの可能性は」
「そんなの」
「それか、それを知ったことであいつ自身の命が狙われることになった。とか?」
「……」
「案外そういうの多いんだぜ? 石檀の時もそうだ。楡を作ったから結局組織を追われ楡と石檀を仲間と思う人間とキメラを引き抜いてある島に集落を作った。それが俺の一族の言い伝えだ。そのあと、楡と石檀はどこかに消えたらしいが」
「どこかに消えた?」
「組織の追っ手を引き付けるために派手にぶちかまして島から消えたと。とまあ、どこかの島にまだ楡は生きていると聞いているがねえ」

 肩をすくめた連翹がそうつぶやいたのに杏は静かにうつむく。

「あいつは極端に人を頼ろうとはしない。自分でどうにかしてしまおう、一人のほうが何かあったときに自分の命だけで済ますことができると、自分の命を軽んじるやつだからなあ。そう考えたとしてもおかしくない。となると、あいつが狙った上昇剤のピースがかみ合わない」
「……そうですね」
「躑躅が信用ならない、と言っても、現状ではあいつが開示する情報に頼らざるを行けない状態だ。わかるね」
「はい」
「無条件に与えられることに疑問を持つ事は大事だ。でもそれにとらわれてはいけないぞ。嬢ちゃん」

 そういってガシガシと頭を撫でた連翹は切り替えるように大きく息を吸って、さて、それじゃあ飛ぶための支度を始めるとするか、窓際から離れて、打ち抜かれた盗聴器の破片を踏みつぶしながら部屋の奥へ入っていき、杏も何かを考え込むような顔をしながらも、しぶしぶそれに従うのだった。
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