花と散る空の果て

真川紅美

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2章

話は肉野菜炒めとともに

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「楡。彼女は、始祖のキメラだと伝えられている」
「始祖? じゃあ」
「その始祖じゃない。……俺たちが呼んでいるお前ら鱗持ちより魔力が多くて力に振り回されがちな始祖キメラじゃない。本当の意味・・・・・のキメラだ」
「?」

 首を傾げた杏に連翹はどう説明したものかな、とご飯をぱくつきながら、一呼吸置いて視線を彷徨わせる。

「まず、キメラって本来どういう意味を持っているかは、知っているか?」
「本来ってどういうことですか? 私たちみたいなのを……?」
「いや、キメラ、というのは、もともと幻獣、キマイラが語源になっていてその幻獣が獅子の頭を持ち蛇の尾を持ち云々かんぬんっていうやつでな。ほかの生物をごた混ぜにしたような幻獣だから、生物工学的に、複数の生物の遺伝子が混ざりこんだものをキメラと呼ぶようになった」
「……複数の生物の遺伝子?」
「ああ。真人間でも起こりうる。女の中の腹の中にいた双子がいつの間に消えて一つになるってことがあるんだが、それだって一人になった双子の片割れに腹の中に一緒にいた片割れの遺伝子が混じりこんで、一人で二つの遺伝情報を持っている。ってこともキメラだという」
「……じゃあ、鱗持ちだけがキメラってわけじゃない、ってことですか?」
「大きな意味ではな。今じゃ、著名なキメラがお前たちだからお前たちの代名詞みたいになっているが、迫害している人間もキメラの可能性があるなんて皮肉な話じゃないか」
「……。それで、その楡、というのは?」
「生物工学的に合成された最初のキメラ。女と男から生まれてこなかった、実験動物。ドラゴンの細胞と、真祖、後天的なキメラ化をした男の細胞を掛け合わせた一番最初のキメラだ」
「……ドラゴンの細胞? 真祖?」
「もう数百年前のことだ。まだ、ドラゴンがそこら辺を飛び回って資源になっていたころだな。何のためにそれが合成されたのかはわからない。だけれども、捕獲したドラゴンの細胞をとって、人の細胞を合わせて、人型のキメラを作ろうという研究がされていたらしい」
「……らしい」
「正史じゃないからな。……あくまで俺の出身の集落に伝わっている話だ。他言もするなよ」
「はい」

 そこから始まった話は連翹の物にしては長い話で、それでいたとてもかいつまんだものだった。

「……今では真祖と呼ばれる3;とねりこ。それが自分の細胞とドラゴンの細胞を合わせて少しだけ誘導をしてやったら、うまく胚ができたみたいだ。そのあと、人の胎の中に植え付けて十月十日はぐくんだら、一人の赤子が出来た」
「それが楡?」
「ああ。最も生まれる直前に胎の中から出して、育成ポットにぶっこんで半年で体を成長させたから、生まれた時はもう肉体年齢的には十四ぐらいだったらしい」
「そんなことが?」
「ああ。それが、あいつが引っ張り出してきたキメラの能力上昇剤だろう。楡ぐらいにしか使えなかったと伝えられているからあいつが少し弱化させることに成功したんだろう。でもまだ始祖にしか使えないなんてな……」
「……ねえ」
「なんだ?」
「真祖、ってなに?」

 先ほどからたまに出てきたその言葉に杏が首を傾げると連翹はああ、とうめいた。

「真祖って言うのは、後天的なキメラ化をして」
「して……?」
「ドラゴンがぶっ殺せるぐらいまで変貌してしまった人間のことだ。……ドラゴンの魔力の汚染に勝ち切った細胞的に見てかなり順応力の高い人間だな」
「魔力の汚染?」
「ああ。ふつう、魔力でも人の細胞でも、違う固体のものが入ってきて混じってきたら拒絶反応が起こる」
「……?」
「仲間は仲間といたいだろ? でも敵が入ってくるとはじき出したくなる」
「……うん」
「それと同じだ。で、自分の魔力が循環している中にドラゴンって言うかなり強い魔力、を、いや、多分これはやって見せたほうがわかるか」

 手、出してみな。といわれた杏が手を差し出すと連翹がその手に手を重ねてぐっと力を込めて見せた。

「きゃっ」

 ばちん、と何かがはじき合う感触に思わず手を引っ込めた杏に連翹はふっと笑った。

「この反発を耐えきった個体を真祖と呼んでいる。まあ、石檀しか確認できていないが」
「……それじゃあ」
「ほとんど伝説の人間だな。彼は。楡はいた証がお前たちだから、あまり伝説ではないんだが」
「いた証って?」
「楡の細胞を使ってさらにキメラが合成された。一説には楡の子孫の一族があると聞いたことがあるんだが眉唾だな。キメラは生殖能力を持たないものもいるから。強い個体だと特にそうだ」
「じゃあ?」
「ああ」

 うなずいて見せた連翹に杏はみそ炒めを突いた。

「にしても山桜桃梅はそういうことは言わなかったのか?」
「関係ねえ。って言ってました。キメラと始祖と、軍について知ってればいける。それ以上の知識は持っていても考えすぎるだけだって。そういっていました」
「……まあ、うーん……」

 うめいた連翹に杏は肩をすくめてとりあえず残りの物をおなかに片づけていく。

「そういっていろいろ説明を省いたんだろうな。あいつ、極端にキメラとかの関係だとか真祖とかの話を避けたがるやつだったからな」
「どうして?」
「嫌な思い出があるんだろう。キメラのやつらが集まった国について……」
「すごい言い方してました」
「だろ? 何かあったんだろう。あいつ、たぶんこっちの国の生まれじゃないからな」
「……こっちの国の生まれじゃない?」
「ああ。……花水木司令から聞いた話なんだが、海棠が飛んでいて拾ってきたガキだって」
「……海棠?」

 また知らない名前だ。と首を傾げると連翹は額を抑えた。

「山桜桃梅の師匠で花水木司令の弟子。山桜桃梅の前のエースパイロットだった」
「じゃあ」
「凄腕の飛空士だったらしい。肩を並べて飛ぶことはかなわなかったが」
「死んでしまった?」
「ああ。山桜桃梅を守るために無理な飛行をしてな。そのおかげで山桜桃梅は生きているんだが、その直後ぐらいからあいつの性格は変わっちまったな」

 食後のお茶を出しながら杏は首を傾げてまた席につく。

「どう変わったんですか?」
「もともとあそこまでニヒルなやつじゃなかった。どっちかっつったら頭でっかちのガキで単独で突っ込んで戦場をひっかきまわして遊ぶようなところがあるやつだった」
「……今は?」
「今は、というか、あの後から、あいつは、ひっかきまわすのはそうなんだが、降伏を告げる連中も落として殲滅、撃滅を目指すようになった」
「……」
「恨んでいるのかはわからない。ただの八つ当たりなのかもわからない。でも、……あいつの殺しの腕は上がった」

 愉快なやつだったんだけどなあ。と寂しそうにつぶやく連翹に杏は目を閉じてため息をついた。

「まあ、詳しい話が聞きたければ、司令に聞いてみるといい。明後日あたり顔を出すって言っていた」
「本当ですか?」
「ああ。ちょっと遊んでもらえ。俺だけじゃ退屈だろ」

 そういって連翹は残りを掻きこんで、お茶を飲みほすと、買い出し行ってくるわ。と杏を置いて外へ行ってしまった。
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