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12 リガスケラス

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シエルが振り向いた瞬間、リガスケラスの右足が頬を掠めた。かぁっと燃えるような熱さが走る。迸った血が深く鋭い痛みを感じさせた。


恐る恐る頬に触れると、血が留まることを知らず流れ続け、指を赤く染めた。


鈍い打撃音が頭上で響く。顔を動かすと、サバラン様が呪文を唱えているのが分かった。


「「エピセスィナ!」」


四方から光線が飛ぶ。ジルバと従騎士達も来てくれたようだ。大量の岩がリガスケラを襲う。


リガスケラスは、呻き声をあげ、尻尾を振り回して暴れた。砂埃が巻きあがる中、ジルバ達はばっと後ろに飛び退く。


シエルは、リガスケラスがジルバ達に気を取られているうちに、移動しようとした。


(ち、力が入らないっ!なんで?)


骨抜きにされたみたいに脚が全く動かなかった。実はシエルは、今まで自分は魔獣にも物怖じしないと思っていた。怖くても自分の身くらいは守れると。しかし、それがいかに愚かで甘い目算だったのか、まざまざと痛感する。震える腕を動かしてそろそろとスライムみたいに地面をずり、距離を稼ぐ。


俄に、後ろから真っ赤な光が飛びだして、リガスケラスにぐるぐると巻き、ぎゅうっと縛り上げ始めた。


光を目線で追って振り向くと、サバラン様が握った右手を突き出した格好で、何か呟いていた。目の前には宙に浮か上がった魔法陣があり、そこから紅く光る細い線が生み出されているようだった。


シエルは、ほうっと息を吐き出した。捕縛作業は順調そうだ。もう決着がつくだろうと高を括ったのは、シエルだけではなかった。従騎士二人も武器を置いて薬を呑んでいた。


そんな三人を嘲笑うように爆発音と似た破裂音が響き渡る。何が起きたかよく分からないままシエルは、爆風と衝撃で投げ出された。受け身もままならずに木に激突して止まった。が、不思議と痛みはない。まじまじと身体を検分している内に煌めく光の粉は消え去っていった。


「シエル様、ご無事ですか?!」


ジルバは警戒態勢を解いてなかったようで、約束の言葉通りシエルを守ってくれたようだ。


「はい、ありがとうございます!」


咳き込みながらも、大きな声で返事をし、周囲を見廻す。随分と散り散りに飛ばされたようだ。視認できる範囲でどうにか全員の無事を確認できた。


魔法陣から放たれた赤い光はとうに消え失せている。先程までよりもひと回りは身体を大きくしたリガスケラスが、お尻をふりながら後ろ足の爪を地面にのめり込ませていた。それはまるで見つけた獲物を捕食するための準備運動をしているよう。


目が合った、と思う。じーっとこちらを見つめるリガスケラ。


(なぜ私を狙うのかしら?1番弱いから?)


ゴクリと唾を飲み込む。  慌ててポケットから紙切れを取り出す。



リガスケラスは、俊敏な動きで更に長くなった尻尾を振り回しこちらに突進してくる。光線が次々と飛んでくるのも、効いている気配を見せず真っ直ぐ進んできた。


(どうにかしなければ!)


周囲を見回す。黒い花ばかりが群生している。何か、何かないかーーーーー。



まだ大きくなった尻尾の扱いに慣れていないのか、木々にぶつかってなぎ倒しながら向かってくる。


サバラン様とジルバが並走しながら次々と呪文を浴びせているのが目で捉えられた。リガスケラスは、時々手で薙ぎ払うような仕草を見せるが、2人は、綺麗にそれを避けていく。そこに従騎士2人も合流してきた。


苛立ちを募らせたらしいリガスケラスは、尻尾を無茶苦茶に動かした。木から跳ね返った尻尾が不規則な動きで襲いかかってくる。その動きを止めようとしたのか、尻尾のつけ根に槍で突撃した従騎士の背中に後ろ足が迫る。


「危ないっ!」


避けきれなかった従騎士を庇ったジルバが尻尾に直撃し、10メートル以上吹き飛ばされる。ジルバは、衝撃を回避しようと必死の形相で呪文を唱えている。
 

「風の精霊よシルフよ力を貸し給え、アエリーゾ」


が、何も起きなかった。為す術なく地面に叩きつけられたジルバは動かなくなった。


(どうして?なんで?)






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