上 下
6 / 69

6 新たな出会い

しおりを挟む
カレーム先生から、布職人の住所を聞くと、急いで支度をして図書館を出た。


(ナハルの馬車に乗せて貰わないと帰れなくなってしまう!)


半分駆け足になりながら、中庭を通っていく。暗くなった外からは明かりに灯された室内がよく見える。


左手にある礼拝堂のステンドグラスに赤銅の月光が吸い込まれているようだ。


シエルは近づいていくにつれ、礼拝堂の中に人が大勢いることに気がついた。


(あれ?今日は集会の日ではないのに・・・・・・)


「おい、お前、こっちに来い」


張りのある面白がるような響きの声に振り向くと、礼拝堂の窓から男が覗いていた。
 

紫がかった黒髪に、引き締まった身体をした男の佇まいからは気品が感じられる。
女性のように整った顔立ちをしているが、海のように澄んだ青い目は強く光を宿していた。


「わ、わたくしでしょうか?」


服装も質素でとても令嬢には見えない自分に何の用か訝しむ。


周囲に人影が見当たらないので、ひとまず大人しく指示に従う。


先程声をかけてきた男は窓にもたれて気だるげにこちらを見ていた。男は、金や銀糸を用いて華やかな織り柄が施された翡翠ひすいのコートを身に着けていた。


(まぁ、ヒスイ!初めて見たわ)
 

青と黄色で二重の染色工程が必要な上に、透き通った深い緑色を出すのは熟練の職人でも難しいのだ。高貴でお金持ちの方しか購入出来ない代物であることから宝石の名前から翡翠色と呼ばれている。


中の様子に気を取られていて、思いっきり脚を挫いてしまった。痛みに悶えながらも叫び声をあげなかった自分を褒めてあげたい。


痛みに耐えていたシエルは、男が笑っていたことに気付く由もなかった。


礼拝堂の扉を開けると、波が引くようにざわめきが止み、自然と左右に人が割れていく。
 

真正面の内陣には先程の男が、従者を伴って立っている。


シエルは、ドレスの裾を掴み、左右に膝を広げ姿勢を低くして挨拶をする。


「格式ばったことはいい。ここに来い。お前、これが何か分かるか?」


優雅な所作を心がけながら祭壇に向かう。一挙手一投足にまで注目されているようで緊張する。


周囲からひそひそと声が聞こえる。
「サバラン様は何をされたいのでしょう。あんなみすぼらしい庶子にまで声をかけて」
「変わり者という噂は本当のようだ。あんなよく分からない問いかけをして何を測りたいのでしょう」
「私達のことを無視するなんて非常なお方ですわ。土いじりなど庶民の成すことで、興味を持たなくて当然のことでしょう」


(ひどい言われようね。それにしてもサバランってどこかで聞いた覚えがあるのだけれど・・・・・・ダメだ、思い出せないわ)


主祭壇の前で立ち止まり、机の上を見る。そこには、茎まで黒い一輪の花が置かれていた。黒い蕾は何かを守るように閉じられている。


シエルは、ギザギザとした大ぶりの葉に見覚えがあった。葉脈がくっきりとしているから間違いがないだろう。


「確証は持てませんが、ドゥッシェではないでしょうか。魔木であるドゥッシェの葉は、ギザギザとしていて大ぶりなことに加え、二重楕円の葉脈が光る特徴があります。この花は一見普通の木に見えますし、葉脈は光りもしていませんが、二重楕円の葉脈が明瞭に見てとれます」


サバランという男は、鷹揚に頷いた。


「ドゥッシェは、花を咲かせないし、黒くもないが、それについては?」 

「ドゥッシェが花を咲かせないかどうか は存じません。が、黒いことには理由がいくつか考えられます。ひとつは、魔術の影響を受けて傷ついたか呪われてしまったから。魔術の影響で枯れた植物が黒くなることは一般的な事象でしょう?他には何らかの理由でドゥッシェの魔力量が減り防衛反応で色が変化したから・・・・・・」


ただ、どれもこれも憶測でしかない。なにせ魔木の情報はひと握りしか得られていないのだ。 
 

しかし、確実に言えることがただ一つある。口に出すべきか迷う。


「この修道院から王都へ向かう途中にある森で見つかったものだ。古くから精霊が棲む、あの森だ。他でも国境に隣接した3つの森で見つかったと聞いている。同じ植物かは定かではないが・・・・・・。今後も起きると思うか?君なら森を見れば何か分かるか?」


シエルの目を覗き込むように見つめるサバランからはピリッとした空気を感じる。


危険で気軽には入れない森の奥深くまで入れる機会は滅多にない。自信満々に出来ると答えたいが、鋭く光る青い目がそれを許さない。


「確約は出来ません。ただ、森で良くないことが起きていることは間違いないでしょう。私の知る限り、魔木について詳しい者はこの街にはいません。王都へ専門家の派遣を依頼した方が良いと思います」
「そうか。」


シエルは、カレーム先生が魔木の話題を避けていたから名前を敢えて出さなかった。サバランを注意深く見るも、表情に変化は無い。それが逆に怪しく見えて仕方がなかった。


暫しの沈黙の後、サバランは声を張り上げた。


「ドレーン伯爵家の令嬢はいるか?」


驚きで固まったシエルは誰かに強く押された。それは、どこからともなく、するりと現れたナハルだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...