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2. 図書館のお茶会
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扉をノックし、返事を待たずして中に入った。
石造りの広い部屋は、灯りが控えめで小窓しかなく薄暗いが、シエルにとっては最も温かみを感じる場所だ。
入ってすぐ右側の執務室に通じる扉がある。その前には、広い机と三脚の椅子が置かれ、受付の役割を果たしていた。カレーム先生は右手奥のモンクスベンチで書類の整理をしていたらしく、大量の羊皮紙を腕に抱えている。
「おや、遅かったわね、シエル。今日もまた来られないのかと思っていた頃よ。
さぁ、ダリオルが冷めないうちに食べましょう!
すぐに、温かい紅茶を入れてくるから、先に本を選んでてくださる?」
きびきびと動きながら、歳の割に張りのある声をかけてきたのはカレーム先生だ。
針のように細く頑丈な身体に、鋭い洞察力からは白髪の老女とはとても思えない。まさに、魔女である。
「まぁ、ダリオルを。ありがとうございます、先生!」
ダリオルも好きだが、それよりも調べたいことが山ほどあるので、先に本を見られるなんて喜ばしい限りである。
そこで、シエルは、はたと気づいた。
いつもなら私の言葉を真似した生意気な声が聞こえてくるのだが・・・・・・。
「サミュエルは、冬支度の手伝いで市場に出かけていて今日はいないわ。」
寂しいのね、と言わんばかりの口調に、思わず噛み付いてしまう。
「いいえ、蜂のようにブンブンと耳障りな音を立てて邪魔する子供がいなくて、ほっとしましたの。今日は、落ち着いて本が読めるわ!」
クスクスと笑う声に、恥じらいを覚えて俯いた。
(また、子供っぽい行いをしてしまったわ・・・・・・。これではサミュエルと同じね)
サミュエルは、クシャクシャの赤毛に焦茶色の目をしていて、顔は可愛らしい。が、悪戯好きで、すばしっこく生意気な男の子で修道院でも持て余していた。
ところが、何故かカレーム先生の言う事はある程度聞く為、図書館で雑用をこなすことが多い。そうは言っても、数ヶ月後の聖顕式を終えたら、サミュエルは下男として畑や醸造所で働かなければならない。
赤ん坊の時に修道院に置き去りにされていたという境遇には同情を覚えるので、シエルはサミュエルをあまり邪険に出来なくもなかった。
同年代と比べても頭の回転が良いだけに、尚更人生の選択肢が無いことが悔やまれる。
(私にはどうすることも出来ないけれど・・・)
シエルは、顔の火照りが引いたのを確認してから顔を上げた。
カレーム先生は、サッとテーブルクロスを敷いていた。大量にあった羊皮紙はいつの間にか片付いている。
「お茶が冷めないようにほどほどにね。
えぇ、今日はどんなことを聞かれるのかしら?」
にこりと笑うカレーム先生だが、
目は「素早く戻ってこい」と睨んでいた。
機敏な動作で本棚の間を通り、お目当ての本を探していく。
部屋の壁には、天井まで本棚が備え付けられ、入口近くの本棚には、チェーンで繋がれた比較的安価な本が所狭しと陳列されてある。中央寄りの小窓の下にはちょうど明かりが差し込む位置に机があり、本が読みやすいように工夫されていた。
金色の装飾が施された本棚には、貴重な本が置かれ、盗難防止の魔術がかけられている。また、管理者以外は、魔法による本への鑑賞は一切禁じられている。登録または許可制により閲覧が可能だ。
シエルは勿論お金を払って登録して貰っている。半年近くかけてやっと金貨5枚を貯められて登録出来た。
(はぁ、ここで暮らしたい。生活が困窮したらここに来ようと思っていたけれど、最初からここで働くのも良いな)
・・・・・・先生は反対するんだろうけれど。
薬草の本をパラパラさせて確認していく。
目的のものはなかなか見当たらない。
そもそも魔木を取り扱った本はほとんど無く、内容も、どんな特徴で、生息地はどこか、被害はどうかという事実を書き連ねた歴史本的な立ち位置の本しかないのだ。
薬草の本に記述はないかと思って探すが、どうも空振りに終わりそうだ。
(あっ。もしかしたら)
急いで、自叙伝の棚に行く。サ行の札で立ち止まり、中に入る。
「さ、さ、さっ、さーし」
「サー・シュロップ・ノーザン!」
古ぼけた焦げ茶色の表紙に金色の文字。これだ!開いて中を確認する。
(どこだ、どこにある。あるはずっ。これはっ!よし)
ガッツポーズをして、じっくりと読み解こうと脇に抱えていた本を置く。
「シエル!お茶が冷めしまうわ!」
鋭い声にぎくりとする。
魔石に関する書物と薬草の本を数冊拾い上げ、急いで戻ると、ダージリンの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
カレーム先生は、執務室の前にあるいつもの机にお茶の準備をしている所だった。
一枚板で作られた机は傷だらけだが、黒光りしていて、代々大切に使われてきたのがよく分かる。
「あ、この香りは秋摘み?なんて素敵な香りなのかしら」
「ふふふっ。さぁ、お茶にしましょう」
とろりとしたクリームのダリオルと紅茶の爽快感と渋味が絶妙なバランスであっという間に食べてしまった。
1杯目のお茶を終えると、シエルは早速本題に入った。
石造りの広い部屋は、灯りが控えめで小窓しかなく薄暗いが、シエルにとっては最も温かみを感じる場所だ。
入ってすぐ右側の執務室に通じる扉がある。その前には、広い机と三脚の椅子が置かれ、受付の役割を果たしていた。カレーム先生は右手奥のモンクスベンチで書類の整理をしていたらしく、大量の羊皮紙を腕に抱えている。
「おや、遅かったわね、シエル。今日もまた来られないのかと思っていた頃よ。
さぁ、ダリオルが冷めないうちに食べましょう!
すぐに、温かい紅茶を入れてくるから、先に本を選んでてくださる?」
きびきびと動きながら、歳の割に張りのある声をかけてきたのはカレーム先生だ。
針のように細く頑丈な身体に、鋭い洞察力からは白髪の老女とはとても思えない。まさに、魔女である。
「まぁ、ダリオルを。ありがとうございます、先生!」
ダリオルも好きだが、それよりも調べたいことが山ほどあるので、先に本を見られるなんて喜ばしい限りである。
そこで、シエルは、はたと気づいた。
いつもなら私の言葉を真似した生意気な声が聞こえてくるのだが・・・・・・。
「サミュエルは、冬支度の手伝いで市場に出かけていて今日はいないわ。」
寂しいのね、と言わんばかりの口調に、思わず噛み付いてしまう。
「いいえ、蜂のようにブンブンと耳障りな音を立てて邪魔する子供がいなくて、ほっとしましたの。今日は、落ち着いて本が読めるわ!」
クスクスと笑う声に、恥じらいを覚えて俯いた。
(また、子供っぽい行いをしてしまったわ・・・・・・。これではサミュエルと同じね)
サミュエルは、クシャクシャの赤毛に焦茶色の目をしていて、顔は可愛らしい。が、悪戯好きで、すばしっこく生意気な男の子で修道院でも持て余していた。
ところが、何故かカレーム先生の言う事はある程度聞く為、図書館で雑用をこなすことが多い。そうは言っても、数ヶ月後の聖顕式を終えたら、サミュエルは下男として畑や醸造所で働かなければならない。
赤ん坊の時に修道院に置き去りにされていたという境遇には同情を覚えるので、シエルはサミュエルをあまり邪険に出来なくもなかった。
同年代と比べても頭の回転が良いだけに、尚更人生の選択肢が無いことが悔やまれる。
(私にはどうすることも出来ないけれど・・・)
シエルは、顔の火照りが引いたのを確認してから顔を上げた。
カレーム先生は、サッとテーブルクロスを敷いていた。大量にあった羊皮紙はいつの間にか片付いている。
「お茶が冷めないようにほどほどにね。
えぇ、今日はどんなことを聞かれるのかしら?」
にこりと笑うカレーム先生だが、
目は「素早く戻ってこい」と睨んでいた。
機敏な動作で本棚の間を通り、お目当ての本を探していく。
部屋の壁には、天井まで本棚が備え付けられ、入口近くの本棚には、チェーンで繋がれた比較的安価な本が所狭しと陳列されてある。中央寄りの小窓の下にはちょうど明かりが差し込む位置に机があり、本が読みやすいように工夫されていた。
金色の装飾が施された本棚には、貴重な本が置かれ、盗難防止の魔術がかけられている。また、管理者以外は、魔法による本への鑑賞は一切禁じられている。登録または許可制により閲覧が可能だ。
シエルは勿論お金を払って登録して貰っている。半年近くかけてやっと金貨5枚を貯められて登録出来た。
(はぁ、ここで暮らしたい。生活が困窮したらここに来ようと思っていたけれど、最初からここで働くのも良いな)
・・・・・・先生は反対するんだろうけれど。
薬草の本をパラパラさせて確認していく。
目的のものはなかなか見当たらない。
そもそも魔木を取り扱った本はほとんど無く、内容も、どんな特徴で、生息地はどこか、被害はどうかという事実を書き連ねた歴史本的な立ち位置の本しかないのだ。
薬草の本に記述はないかと思って探すが、どうも空振りに終わりそうだ。
(あっ。もしかしたら)
急いで、自叙伝の棚に行く。サ行の札で立ち止まり、中に入る。
「さ、さ、さっ、さーし」
「サー・シュロップ・ノーザン!」
古ぼけた焦げ茶色の表紙に金色の文字。これだ!開いて中を確認する。
(どこだ、どこにある。あるはずっ。これはっ!よし)
ガッツポーズをして、じっくりと読み解こうと脇に抱えていた本を置く。
「シエル!お茶が冷めしまうわ!」
鋭い声にぎくりとする。
魔石に関する書物と薬草の本を数冊拾い上げ、急いで戻ると、ダージリンの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
カレーム先生は、執務室の前にあるいつもの机にお茶の準備をしている所だった。
一枚板で作られた机は傷だらけだが、黒光りしていて、代々大切に使われてきたのがよく分かる。
「あ、この香りは秋摘み?なんて素敵な香りなのかしら」
「ふふふっ。さぁ、お茶にしましょう」
とろりとしたクリームのダリオルと紅茶の爽快感と渋味が絶妙なバランスであっという間に食べてしまった。
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