94 / 96
どちらにしても後悔なら
しおりを挟むリーシュの試合も終わり、全ての1回戦が終わった事になる。残るはベスト8。休憩などは特になく、そのまま準々決勝が始まるようだ。ロキ達はリーシュを労いに行ったが、俺は次の試合でリーシュと当たるのでやめておいた。まだ少し話しづらいというのもあるのだが。
「続きまして準々決勝を始めたいと思います。先程まで実況を担当していたヘルメスはしばし休憩に入るため、実況は今大会の障壁担当でもある私[ヘスティア]がやらせていただきます!」
同じ十二神でもヘスティアはかなり人気があるのか観客の大歓声が響く。
実況は十二神でなければダメなのだろうか?しかし、アテナが実況ができるようには思えない。そんな事を考えているとふいに後ろから呼び掛けられ振り向いた。
「…?アラクネさん?どうしたんですか?」
声を掛けてきたのはアテナの侍女であるアラクネだった。
『1回戦突破、おめでとうございます。…実はアテナ様のお姿が見られないので、アテナ様がどちらにいらっしゃるかご存知ないかと思い、声を掛けさせていただきました。会場へ足を運ぶと仰っていたのですが、どうにもまだ来ていないようでございまして。一応採掘場も見ては来たのですが誰もおらず、ヘパイストス様の製錬所にも伺ったのですが今日はまだ来てないと。アテナ様ですので、心配など滅相もないのですが、ここまでどこにいるのかわからない状況も初めてですので…』
滅相もないと言いながらもかなり心配そうな表情のアラクネを見つつ、昨日のアテナの言葉を思い出す。
「俺にも製錬所に寄ってから行くとしか言ってませんでしたね。でも、アテナさんですし」
そう、アテナは強い。ゴーレムのコアを一瞬で抜き取るほどだし、俺の一撃を無傷で受けきる。とても心配が及ぶような人物ではないのだ。
『そう…ですか』
アラクネはやっぱりという顔をして、違う場所を探そうと歩き出したのだが、その場に思わぬ人物が現れた事でその歩みを止める。
『…ヘルメス様?』
いつの現れたのかヘルメスはアラクネの目の前に立っていた。
「やぁ、話は聞かせてもらったよ。アテナがいなくなったんだって?アテナは強いからね。心配はいらないのかもしれないけど、彼女も女の子だからなぁ」
まるで何かを知っているように含みを持たせた言葉に少し不安になった。ヘルメスの何気ない言葉には何かしらの意味がある。ヘルメスと話す機会が多かった俺はそう感じている。
なら、今の言葉も?
「何か知ってるのか?」
少し目を細めたヘルメスはアラクネの横を通り過ぎ俺の耳元で囁いた。
「下界にはね、こうゆう話があるんだ。処女神であるアテナが唯一子を成したのはヘパイストスに襲われたからだ、とね」
自分でもわかるほどに血の気がひく。ヘパイストスの口ぶり、明らかにアテナを性的対象として見ていたし、アテナは製錬所へ寄ると言っていなくなった。そして今の話。
前にロキが言っていた。下界の神話はこちらの世界の予言のような側面を持っているのだと。
辻褄が合いすぎている。今ここにヘルメスがいるという事に俺は最も危機感を抱いた。ヘルメスは本当にここぞという時に現れる。
テーバイへ入る時、俺がどうしたらいいか分からなかった時、よく考えればこのトーナメントに出る切っ掛けもヘルメスだ。そしてアテナに引き合わせたのも、パルテノンで再会させたのも。
それが偶然なのか、何か理由があってわざとなのかわからないが、ヘルメスの出現はそれだけで意味がある。
さらにアラクネはなんと言った?製錬所へ行ったら「まだ来てない」と言われたと。
何故今日アテナが製錬へ来るとわかった?
俺と一緒に行った時も今日行くなどとは言っていなかったはずだ。
もういい。理由が欲しければ後で考えろ。今俺がやるべきは考える事ではない。
「ヘルメス…リーシュ達にちょっと用事ができたと伝えておいてくれないか?」
いつも通りの微笑みをヘルメスは浮かべる。
「いいとも。でも、いいのかい?もし試合に間に合わなかったら後悔するんじゃないかな?」
俺がどうやっても行くとわかっているくせにわざわざ聞いてくるヘルメスは本当に意地が悪いと思う。
「…するさ。だけど、世話になったアテナさんに何かあれば同じくらい後悔しそうだから」
「そうか。なら説明は僕に任せてすぐに行きたまえ」
「頼んだっ!」
俺は疾風迅雷と迅速果断を発動させ、魔丸を足場に観客席からコロッセオ上空へと一息で飛び出し、製錬所へ急いだ。
急に飛び去って行ったユシルを見上げたアラクネがヘルメスへ詰め寄る。
『ヘルメス様!ユシル様はどちらへ!?まさかアテナ様にっん!!』
唇に人差し指を押し付けアラクネの言葉を止めたヘルメスは微笑を崩す事なくユシルが去った空を見上げ続ける。
「大丈夫だよ。ユシル君が何とかしてくれる。そうゆう運命だからね」
ーリーシュー
1回戦が終わり、ローちゃん達が迎えに来てくれた。だけど、どこを見てもユシルの姿が見えない。そんなあたしの様子にローちゃんは気付いたようで
『多分あいつなら来ないわよ?次当たるでしょ?さすがに気まずいって』
『だよね…』
少しがっかりした。でも、まぁしょうがない。お互い次が本番なんだから。そこでふと見覚えのある魔力を感じ空を見た。それはローちゃんも同じだったみたいで
『ん?何であいつあんな焦ってんの?大事な試合が控えてるってのに。…しかも飛んでるし』
物凄い速度で空を駆け上がっていくユシルはあっという間に見えなくなった。
『心配ないよ。ユシルはユシルだもの』
ユシルが後先考えずに突っ走る時は大体他人の為だ。さっきローちゃんからユシルにあった出来事を聞いた限り、ヘルメスさんが何か知ってそうだけど。
ほら、やっぱり。
遠くからこちらへ向かってくるヘルメスが見える。でも、そんな事よりあたしは嬉しかった。ユシルが空を飛べるようになっていることに。あたしと本気で戦うなら最低条件だもの。
良かった。これで制限なく戦える。
行っておいで。あたしはちゃんと待ってるから。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~
空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。
どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。
そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。
ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。
スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。
※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる