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最高のパフォーマンス

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 スポーツ選手が一番力を出せる瞬間はいつか知っているだろうか?

 たくさん練習し誰よりも上達した時?体を休め万全な状態の時?     


 否、モチベーションと緊張感のバランスが取れた時である。

 気負いすぎても気負わなすぎてもパフォーマンスに影響を及ぼす。それほどメンタルは勝負事の大事な要因である。

 それはもちろんユシルにも当てはまる。更に言えば[精神一到]があるユシルが集中した場合、相手の行動すらある程度制限できるほどのパフォーマンスを発揮する。





(体は軋むけど、大丈夫だ、やれる。まず目の前の相手をよく見ろ)


 拳を上げて構える。俺は元々自分から攻めるタイプではない。先程までは頭に血が昇っていたのかがむしゃらに突っ込んだが、もうそんな事はしない。体の力も抜け、周りもよく見える。

 アイオロスと牽制し合う。いつの間にかアイオロスの手には鈍色の杖が握られており遠距離主体なのかと思ったが、先程の身のこなしは近接戦闘に慣れている動きだった。もうひとつ近距離用の神器を持っているのか、それともあの杖を使うのか、まだはっきりとしない。


(さて、じゃあ行くか)


 俺はアイオロスへ接近する隙を伺う。
 がむしゃらに突っ込むのは無謀だが、きちんと考えて距離を縮めるのは戦略だ。

 それにアイオロスは風神。放出系魔法が苦手とは思えない。ならば放出系の苦手な俺がアイオロスと距離を取るのは不利以外の何者でもない。風爆など強力なものは[風縛]とかいう先程体が動かなくなったスキルか魔法でアイオロスは止めてくる。

 アイオロスと牽制し合う中、情報解析をそっと使用して[風縛]を調べた。


「ユシル選手が先程のように攻めない!さぁ、今度はどちらから手を出すのか!アイオロスもついに構えました!おっと!やはり先に動いたのは転生者ユシルだー!!」


 足に魔力を集中させ踏み込む。疾風迅雷はまだ使わない。いくら速くとも速度が変わらなければ慣れる。大事なのは緩急だ。ツグミの使っていた[舞道術]という特殊なステップもおそらく緩急をうまく使って実際よりも速く見せているのではないだろうか。あの舞うようなステップは俺にはできないが。
 魔力操作(終)がついているからか、魔力を使った踏み込みもトップスピードは疾風迅雷に敵わないものの、初速の速さは疾風迅雷を凌駕する。そういえば最近は疾風迅雷ばかり使っていた気がする。もっと自分のスキルと向き合わなければ…。


 アイオロスの真正面に躍り出た俺は右拳を振りかぶる。対するアイオロスは持った杖の先を俺の喉元目掛けて突き出す。


(なるほど、杖自体を使った近接戦闘か。杖術だったか?)


 真正面へ出たのはわざとだ。アイオロスが近距離でどうゆう動きをしてくるのか、杖を使うのか他の神器を隠しているのかも含めて、情報が欲しかった。先程までは常に仁王立ちしていたからな。

 このままだとリーチ差で俺の喉に杖が突き刺さるが、ちゃんと保険は掛けている。

 拳を振りかぶった直後からツグミのスキル[迅速果断]を発動させている。なので突き出される杖先はスローに見えるし、始めからアイオロス自体を狙うために拳を振りかぶったわけではない。まず振りかぶる自体が今の俺には必要がない。そんなテレフォンパンチが当たるほど甘くはないはずだ。振りかぶったのはアイオロスに殴るぞとアピールする事でその反応を見たかったからだ。
 俺は杖の横っ腹に右拳を叩き込み軌道を逸らし、更にアイオロスの懐へと入っていく。右拳には特に属性魔力は込めていないが、レーヴァテインは破格である。ただの魔力ですら威力は魔纏を遥かに上回る。杖を弾かれたアイオロスは手離しはしなかったものの、手離さなかった事で体が泳ぐ。
 そこへ改めて疾風迅雷を交ぜながらラッシュを叩き込む。初めはなんとか引き戻した杖で数発は受けていたアイオロスだが、次第に間に合わなくなっていく。

「ぐっ!この距離、マズいか!」

 自分で言うのもアレだが、手数に関しては負けるつもりはない。俺はこの手足を覆う神器以外の武器を持たない。リーチは期待できない分、誰よりも手数を出せるのが俺の強みでもあるし、この超近距離は俺の距離だ。更に言えば、レーヴァテインはこれでもかというほど俺と相性が良い。
 障壁無視で威力倍増、手数の多い俺としては本当に頼りになる。

 だからこそ、簡単に逃がすつもりはない。

 アイオロスの杖が遅れ始め拳に手応えを感じ始める。すでに全てを防ぐのは諦めたのか、アイオロスは腕を上げて急所を守るようにガードを固める。

「ユシル選手のラッシュだー!!皆さん追えてますか?凄い手数ですよ!これはさすがにアイオロスも防戦一方か!?距離を取らないとマズイですね。完全にユシル選手が主導権を取っている!…ん?あれは、急所を守りながらも何か詠唱してますか?」


「調子に乗るなよ、エアインパクト!!」


 瞬間、俺とアイオロスの間に濃密な風魔法が破裂する。その勢いに乗って俺との距離を空けるつもりだったのだろう。


 済まない。何故だかわからないが、今の俺は絶好調のようでそんなあからさまな作戦には引っ掛からない。


 魔力操作の得意な俺にはツグミの周囲感知がある。


 杖に魔力が移動するのが見えてたぞ。


 風魔法が破裂した瞬間、魔力の膜で包み込み衝撃を殺し、アイオロスのバックステップを背後へ作り出した風魔法を込めた魔丸で弾き、また先程と同距離を維持する。


「行かせないっ!!」


 戻ってくるアイオロスのこめかみへ、フック気味の左拳が刺さる。


「がふっ!」


(手応え、アリだ!)


 吹き飛びそうになるアイオロスの背後へまた魔丸を作り、こちらへ戻す。

 驚愕の表情のアイオロスへ、先程のフックがフラッシュバックするように左拳でフェイントを入れ、こめかみを守るように左右に開いたガードの隙間を死角からの膝蹴りで顔をカチ上げる。


「っ!!!」


 声も出ない程の衝撃だったようだ。さすがに顎に完全に入ったからな。
 それにしても体が、魔丸が、思い描いた通りに動く。いくら迅速果断と疾風迅雷を併用してるからといってもあまりに完璧過ぎる。この頭の中が真っ白になっていく感覚、大和を出る時に天津甕星とやり合った時以来だ。


「ユシル選手の意識を刈り取りそうな一撃がアイオロスに襲い掛かる!ユシル選手の神器はどうゆう訳か障壁を物ともしません!アイオロス、逃げられるのか!?このままではサンドバッグだぞ!?」

 観客席から悲鳴が上がる。その悲鳴に思わず一瞬気を取られてしまった。その一瞬をアイオロスは見逃さなかった。


「風縛!」


(しまった!)


 ガチリと体が固まる感覚に顔を顰めたが、どうやら先程の膝のダメージが抜けないようで追撃はなく、距離を取るのを優先したようだ。その隙に目の前に少なめの風魔法を包んだ魔丸を作り破裂させる。
 軽い衝撃とともに固められた空間から転がるように脱出した。
 俺の顔に脱出できた安堵はない。どちらかと言えば反省する気持ちとせっかくのチャンスをふいにしたという残念さだ。


(くそっ、観客に気を取られるなんて…。まだ集中しきれてない証拠だ。ダメだ、もっと、もっと目の前の勝負にのめり込め)


「…貴様、その目は!?」


 俺の顔を見たアイオロスが驚く。


「アイオロスの風縛からなんとか逃れたユシル選手ですが、これはどうした事でしょうか!目の色がおかしいぞ!?何かの能力でしょうか!?」




 この時、ユシルは自分の目に何があったかはまだ知らない。試合後にロキに言われて知るのだが、この時のユシルの目は



 金色に染まっていた。


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