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不穏な空気

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 ヘルメスのいる実況席の上部にある巨大なディスプレイにトーナメント表が映し出された。16本に別れたトーナメントの下に15名の名前が並ぶ。


(リーシュと俺は…思いっきり反対側か。当たるとしたら決勝)


「さぁ、今皆さんが見ているのが今回の組み合わせです!アレスの初戦の相手は…あぁっと転生者ユシル選手だぁ!これはいきなり注目のカードだーー!!」


 ヘルメスの声が響いた直後だった。ディスプレイにノイズが走り出す。軽いノイズから徐々に途切れる回数が増えていき、ついにはプツンとディスプレイが真っ暗になってしまった。


「?…故障でしょうか?映像班!復旧をお願いします!皆さんそれまで退屈でしょう?暇潰しにアルテミスに曲芸をお願いしましょうか!…えぇ!?無茶ぶりはよせ?またまたぁ、注目されるの好きなくせに。あ、弓をこちらに向けるのはやめてくれます?そうゆう曲芸は期待してませんよ?おっと、そうこうしているうちに復旧したようですね!」


 明らかに暇潰しにイジられたアルテミスは実況席に向かって『何なのよ!!』と叫んでいる。しかし、ヘルメスの機転により観客たちも盛り下がる事なく済んだのは事実なので、だからこそヘルメスが実況を担当する事になっているのだろう。

 そして真っ暗になっていたディスプレイにもう一度トーナメント表が映し出された。


「はい、では続きを…って、あれ?なんか変わってません?」


 会場がどよめく。今映し出されているトーナメント表が先程と変わっていた。第1試合でアレスと当たる予定だった俺の位置には空白を示す(bye)の文字が、そして第7試合にあった(bye)の位置に俺の名前があった。ちなみにリーシュは16番目で第8試合なので、お互い1度勝てば当たる事になる。


「ユシル選手と元エウロス選手の位置が変わっていますね。はい?どうやっても直らないからこのまま?えー、本部からの通達で、このまま、この組み合わせで行うそうです!ユシル選手は助かったのか?それとも初戦を休めるアレス選手に有利に働いたのか!?始まる前からすでに波乱!今大会は目が離せないですね!」



 隣でアレスが不機嫌そうに口を尖らせる中、口には出さないが俺はうっすらこの組み合わせ変更の原因に気付いていた。


(こうゆうのはロキっぽいな。…ありがとな、ロキ)


 ロキが言い残した手伝ってあげるという言葉を思い出し、心の中で感謝した。

 俺は別に優勝したい訳ではない。まぁ、優勝できれば越したことはないが、それでも優先度は低い。今の俺には1にも2にもリーシュなのだ。ロキのお陰で目の前の一戦にだけ集中できる。


「初戦はアレス選手の不戦勝なので、第2試合からですね!対戦カードは英雄アキレウスvs謎の全身鎧ルーだ!!早速始めたいので、他の選手の皆さんは控え室に下がってください」


 その言葉に従い、全員控え室に戻った。控え室には闘技場にあったディスプレイの小型のものがあり、試合内容を見るには十分だった。次の試合でなければ外出も許可されていて、観客席で直接見る事も可能だという。それを聞いた他の選手たちは控え室を出ていったが、俺はつまらなそうにストローを咥えるロキの側へ向かった。


 一瞬俺に視線だけ向けたロキはまたディスプレイに視線を戻した。


『何よ』


 視線も向けずに言うロキに思わず笑ってしまいそうになる。


「別に。ただ、都合よく行くもんだなってな」


『それは試合に勝ってリーシュをどうにかしてから言いなさいよ』


「そうだな。俺は直接見に行くけどお前は?」


『私はパス。次の試合だもの』


「そうか、サンキューな」


 それだけ告げて俺は控え室を出た。


『舞台は整えてあげたんだから、結果出しなさいよ』


 そんな言葉が聞こえた気もしたが、聞かなかった事にして心の中で感謝を告げた。




 皆に少し遅れて観客席に出たところ、会場は騒然としていた。なんとなくまだリーシュたちの側に行く事に躊躇してしまい、なんとなく先程会話したアレスの横に移動したのだが、そのアレスすらも目を見開いていた。



「なんということでしょう。これは…アキレウスは大丈夫なのか!?試合開始数秒で決着!勝者、全身鎧のルー!!医療班急いで!あ、え!?おい!」



 その時俺が見た光景は、多量の血を流しうつ伏せに倒れたアキレウスの背中から血だらけの槍を引き抜く全身鎧の姿だった。


「これは…」


「一瞬だ。開始直後、アキレウスは姿が見えなくなるくらいの速度で動いたが、アイツが足の腱をかっ捌いてコケたところをひと突きだ」


 アレスが説明してくれたが、俺は理解できなかった。


「これは祭りなのか?ここまでやらなきゃいけないのか?」


「んなわけねぇ。参ったと言わせるなり、気絶させたら勝ちだ。なのにアイツは明らかに心臓を狙いやがった。アキレウスが気付いてギリギリで外したみたいだが、それでも重症だ」


 怒りに染まっていたアレスの表情が次第に獰猛な笑みへと変わっていく。


「お前と戦れなくて消化不良かと思ったが、こりゃいいわ。あっちがその気なら俺も殺す気でやらねぇと失礼だよなぁ」


 肌を刺すようなプレッシャーを発するアレスを横目に無事にトーナメントを終えられるのか不安を拭えなかった。

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