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大神武闘祭
しおりを挟む本戦当日、俺は大神武闘祭…通称トーナメントの受付をするために神殿を出た。見送りはアテナとアラクネと呼ばれる侍女の二人だった。アテナは昨日の採掘で上機嫌だったが、特に長話をすることもなく、ただ『世の中に不満があるなら自分で変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に暮らせ』と下界の名言をもじったであろうひと言を告げて奥へ戻っていった。
応援のつもりなのだろうが、素直に『頑張れ』と言わないのがアテナらしいと思わず苦笑してしまった。
コロッセオと呼ばれる巨大な武闘祭会場の入り口で受付を済ませた俺は参加者控え室へと入った。早く来すぎたのか、他の参加者は疎らでまだリーシュ達も来ていないようだった。
(なんか怪しいのが多いな)
美人だが壁にもたれながらブツブツと何か呟く女性。
椅子に座り脚を組み、面倒そうに口を尖らせる女性。
フードを深く被り、狼?犬?のお面をつけた男。
ざっと見回しただけでまともそうなのがいない。そういえばこの世界でまともな者に会ったことがないような気もするが…。
そんな事を考えていると
「よぉ!お前がビアーを瞬殺した人間だな?」
ふいに後ろから背中を叩かれた。
振り向いてみると背の高い偉丈夫が俺を見下ろしていた。
「え、はい。一応?殺してませんけどね」
確認が取れたとわかるとその偉丈夫は口角を吊り上げた。
「今回はラッキーだな!推薦組に選ばれてよかったぜ!ハッハッハ」
高笑いしているこの偉丈夫はどうやら推薦組の4人の1角らしい。
「アレスだ。よろしくな!さすがに祭りだから殺し合いするつもりはねぇけど、お互い楽しもうぜ!」
(うん…バトルジャンキーだな。この人)
「ユシルです。お手柔らかにお願いします」
「何だよ、気迫が足りねぇなぁ!男ならもっと腹から声を出せよ」
『ちょっと、うるさいんだけど』
アレスという偉丈夫に背中をバンバンと叩かれていると後ろから声が掛かった。口調的にどこかロキを思わせる口振りだったので振り返るとこの国特有のどこか彫りの深い栗色の綺麗な髪が特徴的な美人だった。アレスはその美人を知っているようで気さくに話し掛ける。
「行きなりなんだよ、アルテミス!祭りだぜ!?気合入れろよ!」
『だからうるさいって言ってんでしょ?あんたのその「気合い入れろよ!」って口癖どうにかならないの?あたしはパパがどうしてもって言うからしょうがなく出るだけよ。そんなにやる気満々なのはアンタだけでしょ、ほらネメシスだって面倒くさそうにしてるじゃない』
アルテミスと呼ばれた美人が指差した先を見ると綺麗な黒髪を弄びながら、どこか気だるそうな美女が壁にもたれていた。特徴的なのは背中から翼が生えている事だろうか。思わず凝視してしまう。俺達の視線に気付いたようだが、特に反応はしない…ように見えたのだが。
(なんか睨んでる?俺を?)
明らかに睨まれていた。この視線には少し覚えがある。
(なんか大和のトヨウケさんみたいだ)
その理由はアレスのひと言ですぐ判明した。
「相変わらず人間嫌いだな。まぁ、気にすんなよ!アイツはお前がこの場にいるのが気に食わねぇだけだ。俺は強いヤツは大歓迎だけどな!」
初対面で嫌われるというのはいい気はしないが、この世界ではたまにあるのでもう慣れてしまった。
しかし、この口振りだとアレスの他にアルテミス、ネメシス共に推薦組のようだ。これで3人。あと一人いるはずなのだが。
そんな事を考えていると後ろの方が騒がしい事に気付いた。
「てめぇが兄貴達を殺したのか!今すぐぶっ殺してやるよ!」
『はぁ?あんたなんなのよ。私のリーシュに喧嘩売ってんの?ぶっ殺すわよ?』
物騒な会話だが、この騒ぎがリーシュ達を原因としているのはすぐにわかった。
「俺はエウロス!留学先のアースガルドで当時風魔導やってたボレアス兄とノトス兄の弟だよ!」
それを聞いてハッとした。確か前にロキが言っていた。風魔導ボレアスと次期風魔導のノトスを葬ったと。
『はぁ!?言い掛かりも甚だしいわ!私達はリーシュが乱入した時点で戦いを辞めたのよ?それなのにボレアスとノトスはこっちが制止するのも無視して大して強くもない一般兵を虐殺し続けた。それでリーシュと戦う羽目になってんだから自業自得でしょうが!最後には命乞いまでして許したリーシュを後ろから襲ったりして!殺されて当たり前でしょ!?』
ロキの話を聞くと明らかにリーシュの正当防衛で、フォローの仕様がないと俺は思ったのだが、エウロスはそうは思わなかったらしい。
「風天が殺したのは事実だろうが!絶対許さねぇからな?トーナメントなんて出る必要もねぇ!!ここで死んどけぇ!!」
エウロスは腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。
ガキィンッ!!
『ちょい待ち。お前の気持ちはわかるけどな?祭りはこれから始まんだよ。ここで殺生沙汰んなったら祭りどころじゃねぇだろ?ほら、お前も親父に怒られんのはキツいだろ?』
俺の隣にいたはずの偉丈夫アレスがいつの間にかエウロスの刃を身の丈よりも長い大槍で止めていた。
諭すアレスにエウロスが口の端に泡が出来るほどの勢いで食って掛かる。
「邪ぁ魔すんじゃねぇよぉ!!俺ぁ今すぐ殺すんだよぉ!!」
怒りが収まらず、更に声を荒らげるエウロスに対し、ヘラヘラしていたアレスの表情から感情が消えた。その瞬間、突如悪寒を感じるほどの冷たい魔力が控え室を満たした。
いや、悪寒どころではない。実際に控え室の壁がパキパキと凍りつき始めていた。
「…おい、ドカス。俺の楽しみの邪魔するんじゃねぇよ。そのうるせぇ口から上、体から引き千切られてぇのかよ」
濃密で尖った魔力。それはかつて対峙した羅刹の発した魔力に勝るとも劣らない程で当事者でもないのに俺は背筋が凍りついたように動けなくなった。
その魔力を直近で受けるエウロスは堪ったものではない。
いつの間にかエウロスはアレスに首掴まれ持ち上げられていた。白目を剥いて気絶しているようだ。
誰も動けない中、エウロスを掴み上げるアレスの太い腕に白く細い手が伸びた。その手の主はリーシュだった。
『やめて。あたしがこの人の兄弟を殺したのは事実だし、これはあたしの問題だから。殺生沙汰になんてしないから余計な事しないで』
アレスの目が大きく開かれた。そして表情に感情が戻る。
「…あぁ、悪かったな。お前ならコイツなんて相手にもならなそうだ。…こりゃあ、いい女だ」
アレスは素直に手を放した。
「こりゃ今回は本当に大当たりだぜ」
そう言い、アレスは控え室から出ていった。
リーシュの傍へロキとツグミが駆け寄って行く。俺もその輪へ行きたいところだが、まだ行けない。
まだ何も終わっていないのだから。
結局俺とリーシュは一瞬視線を合わせただけで、控え室で話をする事はなかった。その雰囲気を感じ取ったのかロキとツグミもこちらを気にする素振りは見せていたが、話し掛けてくる事はなかった。
そして組み合わせの発表と参加者の紹介を含めた開会式が始まるので、控え室にいた全員が競技場へ出た。
それはまるで地鳴りのような声援だった。先程控え室を出たアレスはいつの間にか俺の隣に並んでいた。ちなみに気絶したエウロスは控え室で寝かされたままだ。
「どうだ?デカいだろ?本戦となりゃ、かなり暴れるヤツもいるから障壁も十二神が担当すんだよ。今回はヘスティアとアポロンだっけかな。ってことはだ、本気で暴れられるぜ?テンション上がんだろ!?気合い入れろよ!」
かなり暴れるヤツとはこの人の事なんじゃないかと思いながら競技場中央へ進む。
アレスがグイグイ話し掛けてくるが、リーシュ達とは少し距離を取っていた為、正直ありがたかった。
<皆さん、お待たせしました!!オリンポス最大のイベント大神武闘祭!さぁ、まず開会の挨拶をいただきましょう!ゼウス様お願いします!>
やはり司会進行はヘルメスが務めるようだ。誰も違和感を感じていない事から毎回本戦はヘルメスが仕切っているのだろう。
そんな事を考えていると、周囲の観客席とは違い競技場全てを見渡せるよう高さにある特別席から一人の威厳ある男が立ち上がった。
(へぇ、あの人がこの国の主神なのか…)
見た目は初老に近そうだが、力の籠る目に衰えを見せない無駄の削ぎ落とされた体躯、これだけ離れているのに伝わる程の神気とでも言うべき強大濃密で清涼な魔力の残滓。
まさに神々の王と言われて納得する風格だった。
「皆、楽にするがいい。せっかくの娯楽、此度は存分に楽しんでもらいたい。
だが…この前の5柱会議で不可侵条約が破棄されたのは皆も知っているだろう。これにより、いつ我らがオリンポスに他国が攻め入ってくるかわからない状況になってしまった。恐らく神界大戦に発展するだろう。すでに大和にオリンポス以外の混成軍が仕掛けたと情報が入っている。まぁ、これは大和が一掃したようだが、これからはさらに激化するであろうし、序列が上位の者も出てくるだろう。
だがどれだけ他国が攻め入ってこようとも我らは負けん!
今回は他国からの参加者もいるようだが、我がオリンポスの誇る精鋭が優勝という形でこの国の強さを証明してくれるであろう。
ここに大神武闘祭の開会を宣言する!」
ワァァァーー!!!!
ゼウスの演説に観客達は割れんばかりの歓声をあげた。
<さぁ!僕の1番の見せ場!選手紹介をしていきましょう!>
参加者はよくわからない者が多いが、ヘルメスが実況を楽しんでいる事だけはよくわかった。嫌がってたくせに…。
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