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食魔導

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「じゃあ、俺らはちょっとやることあるから行くわ」


 ヘルメスと別れ、どこへ行くか話し始めた直後におっさんはそう言った。


『はぁ?ちょっとジジィ!何言ってんのよ。これからテーバイグルメツアーに行くって話してたじゃないっ!スポンサーがいなくなってどうすんのよ!別行動するなら金出しなさいよ、金!』


 全くそんな話にはなっていないのだが、ロキの中ではすでに決まっていたようで物凄い剣幕でおっさんに食って掛かった。あまりの剣幕にリーシュもアタフタしながら


『ちょ、ちょっとローちゃん!こんな大通りでお金、お金って大声で言わないで!最近食いしん坊が過ぎるよ?この前、服キツくなったって言ってたじゃないっ!』


 さすがにリーシュ相手には強く出られないのか、一瞬口ごもったロキだが、やはり引き下がれないようでリーシュに縋る。


『でもね?私お腹ペコペコなの!こんなペコペコな状態で自腹でご飯食べたら破産すると思うの!それにこんなにペコペコの今なら何を食べても太らないと思うの!』


(いや、破産しねぇよ。それにさっきスクルドからお菓子もらって食べてただろ…)


 もちろん俺がこの言葉を口にする事はない。空腹のロキほど怖いものはないのだから。おっさんはそのやり取りを楽しそうに眺めて顎をさする。


「こりゃあ、全部終わったら人事異動だな。ロキ、お前は闇魔導から魔導にしてやろう。ガッハッハ」


 俺は一瞬冷や汗が出た。空腹のロキに冗談など通じるわけもなく、手痛い反撃が来る可能性が高いからだ。


 しかし、この時のロキはその言葉を聞き黙りこむ。


『…ふむ、アリね。アースガルドには店が少な過ぎるのよね。もっと大和料理店も増やして、私は権力の限りを尽くしてタダで色々ご飯が食べられるわけよね。あら?もしかして権力の限りを尽くして私の好きな料理しかない私だけのレストランとか作れちゃうのかしら?毎日リーシュとパーティー出来そうね。余興も食魔導の権力で呼んだら…』



「おいおい、マジで受け取るなよ。その権力の限りを尽くす金は俺から取る気じゃねぇだろうなぁ?おい、おーーい」


 ブツブツと独り言を言いながら考え込むロキの耳にはおっさんの言葉など入らない。 おっさんの声に関しては普段すら5割も入らないようだが。

 おっさんはついに観念したようで、深い溜息をついて言う。


「また俺の仕事が増えて俺の金がなくなるわけだな。
 で、食魔導なんて変な役職作ったって国民から非難されて、他国からは馬鹿にされるわけだ。まいった…。まぁ、とりあえず4人ならこれだけあれば足りんだろ?」


 おっさんから渡された小さい布袋の中を見たリーシュは一瞬ギョッとした。


『えっ!?こんなに?…やっぱり主神ってセレブなんですね。まさか4人の1食にこんなにヒヒイロ金貨を渡されるなんて。驚きました!』


 それを聞いたおっさんもかなり驚いた顔で返す。


「あぁ、俺も驚きだぜ。まさかそんだけの金を1食分にされるとは思わねぇよ。あのな…それで1週間くらい頼むわ。1週間後にオリンポス宮殿の前で落ち合おう。くれぐれも間違えるなよ?それは1週間分の生活費だからな?まぁ、それまではその金で観光でも何でもしていいからよ」


(たまにリーシュって天然っぽいとこ出るよな。まぁ、そうゆうとこも可愛いんだけど)


 リーシュはおっさんの指摘に顔を真っ赤にして頷いていた。そして行きたくなさそうな顔のフレイとスクルドを連れて人混みの奥へと消えて行ったのだった。


 これからの俺達はというと


『とりあえずローちゃんに何か食べさせないと移動しづらいからご飯行こうか』


 そんなリーシュの声を聞いたロキは急に顔を上げ目をキラキラさせて言った。


『私、ピザ食べたいっ!あるでしょ!?こっちなら!』


 うちの食魔導がピザを御所望のようなのですんなり店は決まった。食べ物に関してロキに逆らえる者等いないのだ。


「なぁ、この後どうする?」


 俺はリーシュとツグミに聞いてみた。ロキはピザに夢中で話にならない。ロキ曰く、普通のピザとスイーツピザを交互に食べると無限に食べれる食魔法が掛かるらしい。さすがは食魔導だ。とても就任したばかりとは思えない。



『ハイっ!』


 リーシュが勢いよく手を挙げた。隣のツグミはその勢いに軽くビクついていたが見なかったことにしよう。



『ユシルの服を買いに行こう!ほつれたくらいなら縫ってたんだけど、黄泉に行った時に結構在庫がなくなっちゃって』


(あれ?そういえば、俺…自分の服持ってた事ない…な)


 実は今まで服を持ち歩いた事がなかった。何故なら風呂に入る前脱いだ服が風呂から出ると洗濯され綺麗に畳まれた状態の物と交換されていたからだ。最初の頃はリーシュに悪いから自分で洗濯すると言ってたのだが、一緒に洗濯した方が早いからと毎回回収されていると慣れてしまい、気にしなくなってしまっていた。


「リーシュ…今までごめん。俺の服を持ってもらってるの忘れてた。オリンポスに入った事だし、これからは自分の服は自分で洗濯するし、持ち歩くよ」


 少し申し訳なさそうに言うとリーシュのいつもの優しい瞳がスッと細められ、俺に手の平を向けた。


『ユシル、これは私達の問題なの』


「…私達?」


『ユシルの服の世話は一人でいい。…そうよね?ツグミちゃん』


 リーシュの視線がツグミに向くと同時に俺もツグミの方を見ると、綺麗に畳まれた俺の服を抱き締めたツグミが今にも泣きそうな顔をしていた。だがしっかりとリーシュを視線を受け止めて言った。


『う…今まではリーシュさんが旦那様のお世話をしていたと思いますけど、これからは…うぅ…私がします。明王館では私の仕事でしたし』


 リーシュのいなかった時期の明王館において、俺は全く違和感を覚えなかった。リーシュの代わりにツグミが俺の服を管理していたのだ。それもリーシュと交代したのも察する事ができないくらい完璧に。

 宣言されたリーシュは悔しそうな顔をして独り言を呟く。


『五柱会議に行くからって世話好きそうなツグミちゃんに頼んだのがそもそも間違ってたのね。ユシルにちゃんと自分でやりなさいって言っていけば良かったかな…』


 目をウルウルさせながらも泣くのを必死に抑えて目を逸らさないツグミと堂々としつつも如何に説き伏せようかと考え込むリーシュとの間に挟まれる俺はどうしようもなく正座するだけだった。そもそも始めから自分で洗濯をしていたらこうゆう事にはならなかったのだから。


『全く、自分の服くらい自分でやりなさいよ。お子ちゃまじゃないんだから。まぁ、とりあえず買い物って目的はできたからどうでもいいけど』


 そう言いながらお腹をさすったロキが立ち上がった。


『ローちゃんもあたしに服預けてるよね?洗濯だけじゃなく着替えも手伝ってるよね?』


 リーシュに言われたロキは視線を斜め上に上げて少し口を尖らせた。


『私はリーシュに甘えてるだけよ。自分で洗濯するくらい本当はできるのよ?』


(カケラも言い訳になってねぇよ。てか、お子ちゃまはそっちじゃねぇか…)


 いつもなら言っているところだが今日は言わない。このままさっさと買い物に行ってしまいたいくらいなのだ。リーシュとツグミの空気が緊迫し過ぎて、縋れる物ならロキであろうと今は縋る。


「よしっ、俺の服買いに行こう!」


『あんた、お金持ってんの?』


 ロキに言われ気付く。


 俺は洗濯どころかお金も持っていない、端から見たら…いや、どこからどう見てもヒモにしか見えないのではないかと。
 固まる俺を見て全てを悟ったロキも早くこの空気をどうにかしたいのか


『まぁ、服ぐらい買ってあげるわよ』


「ロキ…お前…」


『ジジィからもらったお金で』


 おっさんからもらった金で食べまくっていたウチの食魔導に自腹を切る気など1㎜もないらしい。


「ありがとう、おっさん」


 俺にはこれしか言える言葉はなかった。
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