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天津甕星<アマツミカボシ>

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 俺達7人は大和の軍に正面から突っ込んだ。実戦はジークフリートとの一件以来で緊張していたが、いざやってみるとそんなものはすぐに気にならなくなった。大和軍は初めは狼狽えていたものの、指揮官がいいのか結局俺達の出国を阻むように陣形を整えて迎え撃つ構えを見せた。

 突き出される無数の槍。前の俺ならその中に突っ込むなどあり得ないと思っていたが、今は違う。

「へぇ」

 思わず感嘆の声が漏れる。体が思った通りに…いや、それ以上の反応で動く。正直、突き出される槍などスローモーションに見える。

 疾風迅雷を使ってはいるが、以前より比べものにならないくらい早くなっているのがわかる。これだけで師匠の凄さを再認識できた。なにせ俺が師匠の服以外に触れる事は出来なかったのだから。疾風迅雷を使ってもだ。そんな師匠に比べたらたかが数が多いだけのトロい槍で俺を止められるわけがない。
 俺は数本の槍の切先を逸らし、徐々に広がっていく隙間に体を滑り込ませて柄を肘と膝でへし折ったと同時に風の魔力を体の前面に張り急停止をかけた。



 ズガガシャーン!



 疾風迅雷の超スピードを急停止した事による衝撃波は風魔法の代名詞である拡散によって兵士数人を吹き飛ばし、俺の周囲にスペースを作った。

 そしてそのスペースをおっさんとリーシュが左右から割り込む。




 ここからは乱戦…になるはずがない。




 リーシュは劈風刀で凪ぎ払い、時には風魔法を周囲にバラ撒いてどんどんスペースを拡げていく。

 おっさんが神々しく輝く螺旋状の大きな槍を振り回す度に兵士が5人、6人と弾き飛ばされていく。特有の魔力を感じない事からおそらく神器そのものの性能とおっさんの槍術のみでやっているのだろう。


 前面は俺が手数と少量の魔力で抉じ開け、左右をおっさんとリーシュが拡げ、撃ち漏らしをツグミが合気道の達人のように投げ飛ばす。さらに後ろからの追撃を防ぐ為にロキとフレイが派手な攻撃魔法を乱発し兵士達の戦意を削ぐ。


 物凄い勢いで俺達は大和軍を蹴散らし前進していた。


「やるなぁ、坊主!驚いたぞ!」


 おっさんが兵士を軽く弾きながら話し掛けてきた。


「そうか? これでも久々の実戦だから緊張してるつもりだけど。でも、久々過ぎて…ふっ!…楽しくなってきたなっと!」


 俺の風魔法の蹴りが兵士を吹き飛ばす。
 リーシュはそんな俺の様子を横目で見ながら


『ここまで成長してるとは思わなかったよ!ユシルを見てるとあたし、なんかウズウズしちゃう。ていうか、このメンバーで集団戦ってワクワクするよね!』


 そう言いながら兵士を吹き飛ばすリーシュは本当に楽しそうな顔をしていた。


『後ろから見る旦那様も格好いいです!』


 ツグミは投げ飛ばしながらも俺の背中を見るのに夢中なようだ。

 そんな前線4人の後ろではロキとフレイとスクルドが少しつまらなそうな顔をしていた。


『張り切りすぎて後ろは暇ね。スクルド、お菓子』


『私も前に行けば良かったぁ。スッちん、お菓子ちょーだいっ!』


『確かにこの中だと私が一番戦闘力が低いかもしれませんが…この扱いはあんまりではないですか?はい、ロキさんはイチゴのチョコで、フレイさんはドライフルーツでいいんですね』


 前の4人が兵士をほぼ蹴散らしてしまい、最初は派手に撃ちまくっていた後ろのロキ達はやることがなくなったのでスクルドからお菓子をもらっていた。

 スクルドに与えられた役割はこのグループの中央でのサポートだ。お菓子と飲み物を渡すというおやつサポーター。戦力的にはスクルド以外の6人で充分な為に与えられた役割なのだが、本人は納得していない。
 納得していないのだが、根が真面目なためきっちりと役割を果たしているのだ。

 端から見れば前衛は派手に、後衛はのほほんとおやつタイムをしている不思議なグループだろう。
 そんな事を考えながら繰り出した俺の蹴りが初めて止められた。


「っんな!?」


 驚きの声をあげた俺に、蹴りを止めた相手が声をかけた。


「ちょっと調子に乗りすぎなんじゃないの?もうこれ以上、俺の軍に好き勝手させないよ?」


 俺はとっさに距離を取った。リーシュとおっさんも攻め込むのを止めて俺の横に並んだ。


「ありゃ、結構な大物が来たな。坊主、どうするよ?俺がやろうか?」


「おっさん、誰か知ってんのか?」


「そりゃあ、知識の神でもあるからな。あれは天津甕星あまつみかぼしだ。高天原第3軍、通称[星神軍]の長でな、中々動かねぇはずなんだが」


(長って、この軍のトップかよ!?)


「ん?俺の事知ってんの?まぁ、俺だってこんな仕事したくないけど、お前らが戦渦を拡げるって聞いたからにはさすがに動かざるを得ないんだ。黙って捕まってくれると楽なんだけど?」

 天津甕星と呼ばれたサラサラな茶髪の間から目だけが浮き出たようにこちらを見る少し暗そうでとても軍団長には見えない青年に俺はビリビリと皮膚を焼くようなプレッシャーを掛けられていた。だが、このプレッシャーすらも師匠に比べたらなんて事はない。

「…それは出来ない。俺達は戦渦を拡げるんじゃなく戦争を止める為に行くんだ。誰にそんな嘘を言われたか知らないが、こっちは道さえ開けてくれれば攻撃する気はない。道を開けてくれ」


 俺は甕星の目を真っ直ぐ見て言った。甕星は小首を傾げながらブツブツと独り言のように呟く。


「…嘘はついてなさそうなんだけどなぁ。でも、可能性がないわけでもないし。なら別の角度から?結構良さげか?ん~、お前さぁ?ランカー?」


 顎に手を当てながらどこか中空を見ていたが、最後のは俺への質問なのか、視線だけを俺に向けた。


「ランカー? 俺はユシルだけど」


『ランカーって言うのは神界序列100位以内の事だよ』

 すかさずリーシュが助け船を出す。


「へ?そうなの?名前聞かれたかと思った。…俺はランカーじゃない」


 少し目を泳がせながら言ったのが仇となったようで、甕星は少し興味を持ち始めたようだ。


「絶対嘘でしょ?だって素手とかあり得ないし。隠さないといけない事情とかあるわけ?実はめっちゃ強いとか?」


 甕星の目が輝き始めたのを見て、俺は自分の失敗を悟った。


(こいつ、まさかバトルジャンキーじゃないだろうな?ヤベ、変に興味持たれた。軍団長とやり合うなんて絶対嫌だぞ。なんとかはぐらかして…)


「ユシル、俺とバトろうぜ!お前らが何を企んでるとか考えてもわかんないし、だったらバトりたいかバトりたくないかで決めるべきだよな!よし、決めた!」


 すでに手遅れだったようだ。


「あ~ぁ、決まっちまったな。こりゃやるしかねぇぞ?天津甕星は死ぬほど頑固だからな。もうアウトだ」


 おっさんが少しニヤニヤしながら言うが、俺はできるなら戦いは回避したい。俺は何とかしてくれという視線をおっさんに向けたのだが。


「いや、無理だって。昔、大和で国譲りって名目の天津神…まぁここにいる連中と国津神…葦原中国の連中の戦があったんだがな、天津甕星は天津神側なのに何が気に入らなかったのか国津神側に付いちまってな。結局天津神側が勝ったんだが、一番最後まで抵抗したのがそこの天津甕星なんだよ。頑固さだけなら大和で一番だろうよ」


「褒めんなよ。タケちゃんとフッちゃんとやった時は本当に死んだと思ったわ」


「タケちゃんフッちゃん?」


 誰の事かと思ったがおっさんが補足してくれた。


建御雷神たけみかづち経津主神ふつぬしのかみだな。分かりやすく言えば大和のNo.1とNo.2だ」


(それで生きてるとかどんだけ強いんだよ。てか、そんな奴と絶対やりたくないわ)


 俺は断る事を即決した。あの羅刹を退かせた建御雷神を相手に生き残れるかと聞かれたら、俺はハイと言い切る自信がない。


「俺はお前と戦う気は…」


 ないと言うつもりだった。ほぼないと言ったようなものだ。だが周囲の反応はそれを許さなかった。


『ユシルの本気見るの久々だねっ!ワクワクする!』

『前より弱くなってたら蹴り飛ばしてやるわ』

『私の為に軍団長と戦うなんて、旦那様は王子様だったんですね』

『スキーズブラズニル以来かにゃ?ユー君のカッコいいとこ見せて~』

『頑張ってくださーい(棒読み)』


「まさに黄色い声援だな!俺がこんな状況だったら本気だすわ。もうな、世界壊すくらいのやつな!」



 ・・・



「甕星、お喋りは止めてさっさと始めようぜ」

 キャーという黄色い歓声と少量の笑い声が聞こえたが気にしない事にした。
 男ならばこの状況で嫌とは言えない。美少女が応援しているのだ。それに俺の本音は強そうだからやりたくないのが半分、今の自分の力を試してみたいが半分だった。

「いいねぇ、そうこなくっちゃな!お前らぁ!俺の邪魔したら切るからな?」


 甕星は少し嬉しそうに体のほぐし始め、周囲の兵士達を下がらせ戦うのに充分なくらいのスペースを作った、


「…レヴァ、頼む」


『はーいっ!ゆーちゃんも少しは良くなってきたからサービスするねっ!』

『…がんば』


 頭の中でレヴァの元気な声とレヴの小さな声援が響いた。俺は腕輪に魔力を込める。



 キーーン…シャコンッ!


 甲高い金属音の後、俺は装着されたレーヴァテインを見て驚いた。



「あれ!?なんか色々変わってる!?」


 俺の両腕を銀色の手甲が肩まで覆っていた。前は肘までだったはずだ。更に脚。前回は腕だけだったはずなのに、今回は俺の膝まで手甲と同じように銀色の金属鎧に包まれていた。


『サービスって言ったじゃん!ゆーちゃん、脚率高いんだもん!』


 レヴァの声が響く。


「そっか。俺に合わせてくれたのか。ありがとな」


 そう呟きながら俺は静かに構えた。


「何ソレ!?見たことないんだけど。お前、本当に面白いな。そんな神器もあるのか…まぁ、俺の神器も綺麗だぞ?…鬼丸」


 甕星が何もない左腰に右手を携え引き抜くと美しい日本刀が姿を現した。見ただけで切れ味が分かるほどのの刀身の薄さ、反り具合、日本刀は前世の美術館で見たことがあるが、それを自分に向けられる恐怖は槍の比ではなかった。


「天下五剣が一つ。鬼丸国綱おにまるくにつなだ。抜くのは久しぶりだけど、お前相手に手加減は必要無いよな?」



 甕星は鬼丸と呼んだ日本刀を肩に担ぎ、上体を低くした。おそらくこれが甕星の構えなのだろう。


 向かい合う俺と甕星の張り詰めた空気は俺の踏込みによって呆気なく割れた。
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