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高天原に残った俺はツグミに付いて来るように言われ街中を歩いていた。どこに行くのか聞いて見たが『会わせたい人がいる』と言ったきり深く話す事はなかった。
そして、街を抜け建物のほとんどない田舎道を30分くらいあるいたところで不意に現れた大きな建物の前で立ち止まる。
「ここは…道場?」
その大きな建物は武道場に見えた。前世の実家が古武術の道場を開いていたのでなんとなくわかったが、規模が違う。実家の小さい道場に比べてこちらは体育館4つ分はあるだろうか。前世での武道館によく似ている。看板が掲げてあり、そこには[明王館]と書いてあった。ツグミは一度こちらを見た後、中に入っていった。俺もツグミに付いていき中に入ると中央部に一人の男が座禅を組んでいた。俺達が目の前まで行くとその男はスッと目を開け、こちらへ問いかけた。
「どうした、月読。もうここへは来るなと言っただろう?」
『ナータ様、御無沙汰しております。言いつけを破ってしまい、本当に申し訳ありません。今日はどうしてもお願いしたいことがあって参りました』
ツグミは床に膝をつき、深く頭を下げた。俺はどうしていいかわからず、とりあえずツグミと同じように頭を下げる事にした。それはツグミを月讀命と知っているにも関わらず、月読と呼び捨てに出来るほど偉い人なのだと思ったからだ。ツグミの真名は高天原では一部しか知らないはずである。これでもツグミは高天原では天照に次ぐ権力があるのだから。本人はそんなものを欲してはいないようだが…
「言うだけ言ってみろ。返答は恐らく期待に添えないと思うが」
『はい。…今隣にいる者はユシルと申す者でございます。私の将来の旦那様です。今、私の旦那様は力を求めています。どうか稽古をつけてはもらえないでしょうか?』
「…」
ナータと呼ばれた男はツグミの言葉を聴いて眼を閉じる。そして数秒後
「そこの男、お前は迷える者か?」
そう言い俺を見つめ問うが、俺は目の前の男の出す空気に飲まれていた。その眼は鋭くすべてを見透かされているかのような感覚を与え、オーラというものだろうか。男の体の回りの空気が歪んで見えた。俺は理解した。目の前の男はかつて俺が目指した道の頂点に座す存在だと。
…ポツリと言葉が漏れた。
「…武神……」
「ほう。何も言っておらぬのにわかるか、迷える者よ」
「俺は、迷っているんでしょうか?」
「迷っているかわからない時点でもう迷っているのだ。お前が力を求めるのも、今何をすればいいかわからないからであろう? わからないというのは迷っているのと同じなのだ 」
「確かに何をすればいいのか、何がみんなの為にできるのかわかりません。だから俺は何かあった時にみんなを守れる力がほしいんです。改めて自分の口で言わせてください! 俺に稽古をつけてもらえないでしょうか!」
ナータはジッと俺の目を見ていたが、ふいに目を見開いた。
「断る……つもりだったのだが、お前の中にいる者と話してから判断する事にしよう」
まるで俺の中にユグドラシルがいるのをわかったような口ぶりに俺は驚いた。
「なっ!? 分かるんですか? え、でもどうやって…」
「私の目を見ろ」
そう言われもう一度ナータの目を見た瞬間に俺は意識を失った。
「月読、席をはずせ」
『…はい。どうか旦那様をよろしくお願いいたします』
「考えておこう」
ツグミは明王館の外に出た。それを確認したナータは気絶しているユシルの体に声をかける。
「もう私達以外誰もおらぬ。少し話をしないか?」
すると気絶しているはずのユシルの口が動く。
「…大和にも環外の者がいるとはな。やはり我だけではなかったか。挨拶が遅れたな、我は世界樹ユグドラシルという。魔力供給源の1本を担う者だ」
「私も驚いたぞ。まさか人間の中に私に似た魂があるのだからな。私はアチャラ・ナータ、こちらでは不動明王と呼ばれている。大和を見守り、守護する者だ。ところでお主は何故この男の中にいる? 本体はどうした?」
「大した理由はない、ただの気まぐれよ。押してもダメなら引いてみろと言うであろう?」
「気まぐれか、だがさすがに引きすぎではないか? 人間だぞ」
「何故だか解らぬがこの男は我と魔力の波長が合うのだ。今までになかったのでな、今回はこの男につく事にした。人間だが潜在的な物は計り知れんぞ? 何も力のない生身の魂で我の結界を破壊したのだからな」
「ほぅ。それは興味深いな。だが、今回は前回に引き続き相手が悪いぞ? そろそろ始まる頃だしな」
「わかっている。だが、今回はこの男に世界の鍵も預けている」
「…世界の鍵だと?」
「我しか所持が許されなかった鍵だ。これで今回は2つも想定外があるのだ。期待はせずとも興味は涌くであろう?」
「ふふっ、確かに期待はしないが興味は涌く。ならば私も今回はお主と同じ道に賭けよう」
「ほほう? これはまた更に想定外か。だが、これでも五分に届きはしないだろうがな」
「だが、今回もバルドルに勝たれては前回と同じく世界が終わってしまう」
「見守るこちらの気持ちも考えて欲しいものだな。嫌な役を押し付けられたものだ」
「お互い苦労するな。今回は話し合いに応じてもらい感謝する」
「気にするな。我も環外の者と話せてよかったぞ。我はこの男の中にいるが…構わん。殺す気で鍛えてやってくれ」
「そのつもりだ。ではまた」
パンッ!
ナータが1つ手を叩いた。
『失礼します』
ツグミが明王館に入ってきた。そしてナータの目の前来るとナータは口を開く。
「この男の稽古、引き受けよう。離れが空いている。そこで寝かせてやれ」
それを聴いたツグミの表情が明るくなり、ナータに何度も礼を言った。
「ところで月読、お前は何故そこまでその男が好きなのだ? お前より弱い存在であろう?」
『ナータ様、意地悪な質問です。確かに今は私の方が実力だけなら上でしょう。ですが、旦那様は私を越え将来必ず大物になります。女の勘です!』
そう言って微笑んだ。それを見たナータはツグミに聴こえないくらいの声で
「…女の勘は私達の領域まで届くようだぞ、世界樹よ」
独り言を呟いた。
そして、街を抜け建物のほとんどない田舎道を30分くらいあるいたところで不意に現れた大きな建物の前で立ち止まる。
「ここは…道場?」
その大きな建物は武道場に見えた。前世の実家が古武術の道場を開いていたのでなんとなくわかったが、規模が違う。実家の小さい道場に比べてこちらは体育館4つ分はあるだろうか。前世での武道館によく似ている。看板が掲げてあり、そこには[明王館]と書いてあった。ツグミは一度こちらを見た後、中に入っていった。俺もツグミに付いていき中に入ると中央部に一人の男が座禅を組んでいた。俺達が目の前まで行くとその男はスッと目を開け、こちらへ問いかけた。
「どうした、月読。もうここへは来るなと言っただろう?」
『ナータ様、御無沙汰しております。言いつけを破ってしまい、本当に申し訳ありません。今日はどうしてもお願いしたいことがあって参りました』
ツグミは床に膝をつき、深く頭を下げた。俺はどうしていいかわからず、とりあえずツグミと同じように頭を下げる事にした。それはツグミを月讀命と知っているにも関わらず、月読と呼び捨てに出来るほど偉い人なのだと思ったからだ。ツグミの真名は高天原では一部しか知らないはずである。これでもツグミは高天原では天照に次ぐ権力があるのだから。本人はそんなものを欲してはいないようだが…
「言うだけ言ってみろ。返答は恐らく期待に添えないと思うが」
『はい。…今隣にいる者はユシルと申す者でございます。私の将来の旦那様です。今、私の旦那様は力を求めています。どうか稽古をつけてはもらえないでしょうか?』
「…」
ナータと呼ばれた男はツグミの言葉を聴いて眼を閉じる。そして数秒後
「そこの男、お前は迷える者か?」
そう言い俺を見つめ問うが、俺は目の前の男の出す空気に飲まれていた。その眼は鋭くすべてを見透かされているかのような感覚を与え、オーラというものだろうか。男の体の回りの空気が歪んで見えた。俺は理解した。目の前の男はかつて俺が目指した道の頂点に座す存在だと。
…ポツリと言葉が漏れた。
「…武神……」
「ほう。何も言っておらぬのにわかるか、迷える者よ」
「俺は、迷っているんでしょうか?」
「迷っているかわからない時点でもう迷っているのだ。お前が力を求めるのも、今何をすればいいかわからないからであろう? わからないというのは迷っているのと同じなのだ 」
「確かに何をすればいいのか、何がみんなの為にできるのかわかりません。だから俺は何かあった時にみんなを守れる力がほしいんです。改めて自分の口で言わせてください! 俺に稽古をつけてもらえないでしょうか!」
ナータはジッと俺の目を見ていたが、ふいに目を見開いた。
「断る……つもりだったのだが、お前の中にいる者と話してから判断する事にしよう」
まるで俺の中にユグドラシルがいるのをわかったような口ぶりに俺は驚いた。
「なっ!? 分かるんですか? え、でもどうやって…」
「私の目を見ろ」
そう言われもう一度ナータの目を見た瞬間に俺は意識を失った。
「月読、席をはずせ」
『…はい。どうか旦那様をよろしくお願いいたします』
「考えておこう」
ツグミは明王館の外に出た。それを確認したナータは気絶しているユシルの体に声をかける。
「もう私達以外誰もおらぬ。少し話をしないか?」
すると気絶しているはずのユシルの口が動く。
「…大和にも環外の者がいるとはな。やはり我だけではなかったか。挨拶が遅れたな、我は世界樹ユグドラシルという。魔力供給源の1本を担う者だ」
「私も驚いたぞ。まさか人間の中に私に似た魂があるのだからな。私はアチャラ・ナータ、こちらでは不動明王と呼ばれている。大和を見守り、守護する者だ。ところでお主は何故この男の中にいる? 本体はどうした?」
「大した理由はない、ただの気まぐれよ。押してもダメなら引いてみろと言うであろう?」
「気まぐれか、だがさすがに引きすぎではないか? 人間だぞ」
「何故だか解らぬがこの男は我と魔力の波長が合うのだ。今までになかったのでな、今回はこの男につく事にした。人間だが潜在的な物は計り知れんぞ? 何も力のない生身の魂で我の結界を破壊したのだからな」
「ほぅ。それは興味深いな。だが、今回は前回に引き続き相手が悪いぞ? そろそろ始まる頃だしな」
「わかっている。だが、今回はこの男に世界の鍵も預けている」
「…世界の鍵だと?」
「我しか所持が許されなかった鍵だ。これで今回は2つも想定外があるのだ。期待はせずとも興味は涌くであろう?」
「ふふっ、確かに期待はしないが興味は涌く。ならば私も今回はお主と同じ道に賭けよう」
「ほほう? これはまた更に想定外か。だが、これでも五分に届きはしないだろうがな」
「だが、今回もバルドルに勝たれては前回と同じく世界が終わってしまう」
「見守るこちらの気持ちも考えて欲しいものだな。嫌な役を押し付けられたものだ」
「お互い苦労するな。今回は話し合いに応じてもらい感謝する」
「気にするな。我も環外の者と話せてよかったぞ。我はこの男の中にいるが…構わん。殺す気で鍛えてやってくれ」
「そのつもりだ。ではまた」
パンッ!
ナータが1つ手を叩いた。
『失礼します』
ツグミが明王館に入ってきた。そしてナータの目の前来るとナータは口を開く。
「この男の稽古、引き受けよう。離れが空いている。そこで寝かせてやれ」
それを聴いたツグミの表情が明るくなり、ナータに何度も礼を言った。
「ところで月読、お前は何故そこまでその男が好きなのだ? お前より弱い存在であろう?」
『ナータ様、意地悪な質問です。確かに今は私の方が実力だけなら上でしょう。ですが、旦那様は私を越え将来必ず大物になります。女の勘です!』
そう言って微笑んだ。それを見たナータはツグミに聴こえないくらいの声で
「…女の勘は私達の領域まで届くようだぞ、世界樹よ」
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