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邪竜

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 突然若い男の声が響く。



「見つけたぞ! 俺の御馳走!」



 俺は力の入らない体で声の方を見ると犬歯の鋭く黒い髪に紫のメッシュが特徴的な黒い服を着た男がいた。

 その男を視界に入れた瞬間、頭の中にユグドラシルの声が響く。


『マズイ! 何故ここに!? 逃げろ! 』


(はっ!? 何?)


 魔力察知が高いスサノオが反応する。



「また侵入者か。羅刹といい、コイツといい主神クラスの魔力持ちばっかり来やがって」



『…あなたは何? 何でそんなに殺気を出してるの?』



 いつの間にかリーシュが神器である[劈風刀へきふうとう]を携えて俺達の前に庇うように立つ。



「はっ! 決まってんだろ? 旨そうなお前ら全員殺して食うためだよ。だが、まずは俺の一番の御馳走を食わせてもらうぜ! 探したぜ、ユグドラシルよぉ…」



 俺を見ながら舌舐めずりする黒い男。



「俺!? 何で俺を見てユグドラシルだとわかったんだ!?」



「馬鹿か、お前。主食を間違えるわけねぇだろ? お前は米とパンを間違えんのかよ? 」



(間違えないけど、意味がわからないんだが)



「ていうか、お前誰だよ? 殺すって言われて、すんなりやられると思うなよ? …ユグドラシル、もう一回だ。コード…」


 ロキから離れ、フラフラな体でなんとか立つ。



『ならん。今日はもう使えん。そのコードは1日1度のみ使えるようにしている。だから逃げろと言ったのだ。そいつは我の天敵であり、ミドガルドでお前を殺したニドヘグだ』



 俺は顔を歪める。



「使えないのか……てか、前世の俺を殺したのはお前かぁ!! 」



 あの理不尽さの張本人が判った事によって俺の怒りは沸点を越えた……のだが…




 …ブチッ!




 実際にそんな音など聞こえるはずがないのだが、周囲3名からそんな音がしそうなほどの殺気が溢れた。


 そして後ろから肩を掴まれ、女の子とは思えないようなドスの効いた声でロキが




『どけ』



 聞いたことのない声に俺は怒りを忘れ戸惑ってしまい、すっとんきょうな声を出してしまう。




「…へ?」




『どけって言ってんのよ!』



 思い切りグイッと後ろに放り投げられた。



「えぇ~!?」



 ガシッ!



『大丈夫ですか?』



 後ろに倒れそうになるのをウズメに受け止めてもらい、助かった。


 そして俺の目の前に美少女達が並ぶ。


『ぶっ殺す!』


『ローちゃん?それはあたしがやるよ?』


『私も参加させていただきます』



 ロキ、リーシュ、ツグミだった。



 それを見たスサノオは



「俺が出る幕はないか? それにしても……女って怖ぇわ」



 俺を後ろから抱き止めたままのウズメが言う。



『愛されてますね。本来は私が前に出るべきなのでしょうが、今回はユシル様の保護に回りましょう』



 ウズメは離す気配がない。この状況を喜ぶべきなのか、よくわからない状況に俺は黙って見ている事しか出来なかった。
 最近よくしゃべるユグドラシルまでも



『これは転生させた我に感謝するべきではないか? この女たらしが』



(意味がわからん。皆がキレてる事だけはわかるけど…)



 そんな事を考えているとロキが口を開く。



『コイツは私が……って言いたいとこだけど、正々堂々は私の性に合わないから私達3人でぶっ殺してやるわ』



(普通の人は逆なんだがな。なんか過激だな…)



 俺もさっきまで怒っていたはずなのだが、身近に自分より怒っている人がいるので反って冷静になってしまった。



「んだよ……邪魔すんなよ。俺は好きな物から食う主義なんだよ」


 ニドヘグが目を細める。



『あんたの主義なんて知らないわよ。すぐぶっ殺すんだから知りたくもないわ』



 ロキの挑発を聞いたニドヘグが笑い出す。



「…ハハハ……いいねぇ。今まで俺にそんなこと言う奴は初めてだわ。もちろん俺が邪竜ニーズヘッグ……世界樹の底に住むニドヘグだと判ってて言ってんだよなぁ?」



『『「なっ!?」』』



 全員の顔が驚愕に変わる。ただ一人を除いて



『だから何?あんたが誰だろうがこっちには関係ないの。転生前だとしてもユシルを殺したんなら死んで償いなさい』



 冷たく言い放ったのはリーシュだった。



「俺を知ってもなおその態度かよ。たまにはいいか」



 シャキンッ!



 ニドヘグが軽く腕を振ると紫色の長いかぎ爪のようなものが手の甲から出た。そして姿が消えたと思ったら



 ガキンッ!!



 リーシュの槍とニドヘグの爪がぶつかり合っていた。



「…オラァ!!」



 力任せに槍ごと弾き飛ばすニドヘグ。
 だがリーシュは何でもなさそうに空中で1回転して着地していた。そしてまたぶつかり合う。



 キンッ! キンッ!



 重い一撃同士が打ち合っているので、離れている俺のところにも衝撃が伝わってくる。



 互角に打ち合っているように見えたが、少しずつリーシュの顔が険しくなっていく。



『くっ! 重いっ! 』



「ハハハ…! どうしたよ? 俺が人型だから安心したか? 俺は本来、竜だぜ?この世界で最強のな。 お前らより力が強いに決まってんだろうが……よぉ!」



 ドガッ!と、ニドヘグの力を真正面から受けていて手が離せないリーシュの腹にニドヘグの前蹴りが入る。



『うっ!』



 ザザーーッ!




 15メートルほど後ろに弾かれるが、倒れはしない。
 見ていた俺はホッとしたのだが、実際はそんな場合ではなかった。


 リーシュのキャミソールの腹部の部分が赤く染まっていたのだ。


「え!? リーシュ!?」


 俺はそれを見てリーシュの元を行こうとするがウズメが力を込めて阻止する。


「ウ…ズメさん!! 離…せっ!」


『ユシル様、落ち着いてください! 今、ロキ様が向かったので大丈夫です。あなたが行くと邪竜につけ込まれ兼ねません』


 リーシュの元へ、ロキが走っていた。


『リーシュッ! もう!! 3人でって言ったじゃないっ! これ飲んで!』



 駆け寄ったロキはリーシュにエリクサーを渡した。



『ごめん、ローちゃん。油断しちゃった。力で障壁破られちゃって』



 謝るリーシュにニドヘグが声を掛ける。



「油断? 違うな。実力の差ってやつだぜ?」



 そう言って蹴った足をプラプラとさせた。よく見ると爪と同じ紫の角のような物がニドヘグの足の裏から出ていた。あれがリーシュの腹に突き刺さったのだろう。


『まさかあの邪竜だとは思わなかったわ。リーシュのおかげで冷静になれた。リーシュ、私の指示に従ってくれる?』


 コクコクとエリクサーを飲み、傷の癒えたリーシュが頷く。



『あたしも少し頭が冷えたかも。了解! 従うよ』



 無視して交わされる会話にニドヘグがキレる。



「俺を無視してんじゃねぇ!!」



 ロキとリーシュに紫の爪で襲い掛かるが



『…来て[三日月宗近]』



 キキンッ!



 ツグミが爪を受け流した。ツグミの両手にはタンバリン……ではなく、円刀とでも呼ぶのだろうか?30センチほどの円型の刀でその円の真中に握る部分がある不思議な形の刀だった。



「何だあれ…」



 俺の呟きに答えたのは、未だに後ろから俺を抱き止めているウズメだった。



『あれはツグミ様の神器[三日月宗近]です。天下五剣の中で最も美しいと言われている刀ですね。あなたのいた下界では国宝ですよ?』



(あれがツグミの神器……確かにタンバリンに似てる…のか?)



 高天原で散々タンバリンにやられたのを思い出した。



「このクソアマぁ!!」



 キキンッ! キキキキンッ!



 ニドヘグの重い一撃をツグミは受け止める事なくすべて受け流す。



「はっ! 軽いな!」



 ニドヘグに攻撃は当たっているのだが、ほとんど傷がついていない。


 ウズメが耳元で呟く。


『当たり前でしょう。ツグミ様はまだ魔力を通していないのですから』



 そこにロキの魔法が混ざる。



『…[ダークアロー]』



 ヒュヒュッ!



 打ち合うツグミを援護するように正確にニドヘグだけを狙うロキ。



『あれほどのコントロール……さすがですね』



 ウズメがそんなことを言うくらいだから、すごい事をしているんだろう。スキーズブラズニルで散々打ち込まれた俺にはわからないが。


 しかし、ロキの参戦により状況は好転したが未だにそれらしいダメージを与えられていない。


 このまま押し通す気なのだろうか。



「チマチマ、ウザってぇんだよ!」


 ニドヘグの攻撃が次第に大振りになっていく。あれに当たったらタダでは済まないだろう。当たったらの話だが。



 ツグミは大振りになったおかげで楽になったのか、表情に余裕が伺える。


 そして、何十本目かのダークアローがツグミの目の前を通り過ぎた直後、突然ツグミがバックステップしてニドヘグと距離を取った。



「あぁん?」





『吹き飛べぇ!!』



 上空から姿の見えなかったリーシュが劈風刀をニドヘグ目掛けて投げ放った。



「んなもん、当たるかよ」



 ニドヘグが体をひねり躱し、地面に突き刺さった瞬間




 ガツッ! ドゴーーーン!!




 槍から風魔法の大爆発が起こり、ニドヘグを巻き込んだ。物凄い威力だったが、知っていたかのようにロキのシールドが周囲に被害が及ばないようにすでに張ってあった。



『3人でって言ったじゃない。リーシュの風爆舐めんじゃないわよ、アホ』



 どうやらあの槍に風爆の魔法が掛けられていたようだ。しかし、土埃の中に立ち上がる人影が見える。



「…油断したのは俺か。久々に魔力使ったわ」



 姿を見せたニドヘグは服はボロボロだが、体は無傷だった。



(あの威力で無傷かよ…)



 俺は驚いたが、リーシュたちは予測しているようだった。


『…やっぱり、このままじゃ攻撃通らないかぁ。どうする? ローちゃん』



『本気でやるにも場所が悪すぎるわ。リーシュが本気でやったら私のシールドなんて紙だもの』



(リーシュ達の本気って見たことないよな。まぁ、俺は今のが本気だと思ってたけど……皆、[憑依神装]つかえるんだろうなぁ)



 そこで急にニドヘグが声を荒げる。



「あん!? 何でだよ! 今、いいとこなんだよ!! はぁ!? そんなんお前らの事情だろうが!」



 まるで誰かと話しているかのように空を見つめて叫んでいる。そしてニドヘグはここでは出るはずもない名前を口にする。



「あぁ!? …ちっ! わかったよ!! 行きゃあいいんだろ!行きゃあよぉ!! このクソバルドルが!!」



(…は?)



 その名前にロキが即反応する。



『バルドル? あんた今、バルドルって言った!? ねぇ!!』



 ニドヘグがしまったという顔をして頭を掻きながら言う。



「あぁ……わりっ。用事ができた。ご馳走はまた今度だな。帰るわ」



 そう言ってスタスタと俺達から離れていく。


 はい、そうですかと言うロキではない。


『ちょっと! 待ちなさいよ! 何でここであのクソヤローの名前が出てくんのよ!』



「俺が説明する義理はねぇだろ? じゃあな」



 ヒュッ!



 そう言ってニドヘグは目の前から姿を消した。


 突然訪れた静寂にロキの声だけが響く。





『何なのよ……アイツ何考えてんのよ…』












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