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世界樹
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暗く、水の中にいるような感覚がした。
この感覚は記憶に残っている。
俺が現世で死んだすぐ後だ。
そう……ユグドラシルの中に取り込まれた時だ。
耳を澄ますと声が聞こえてきた。
『不甲斐ない。あの程度に遅れを取るなど』
内容は先程と変わらず、俺に対しての愚痴のようだ。
「急に何だよ! 今、ヤバい状況なんだ! 文句は終わったら聞くから意識を戻してくれ!」
次の一撃を何とかしなければ死んでしまうかもしれない。
『安心しろ。外の時間はほとんど進んでいない。…それに今戻したところで、勝てる見込みはあるのか?』
「それは…」
図星だった。
戻されたところで何か勝算がある訳ではない。魔力切れなのだから、手の打ちようがない。
「…でも! 奴の弱点はわかったんだ! それを何とかすれば…」
『何とかできるのか? 生身の体で神器を破壊できると? 神器というのは実体が有って無いような物。壊してもしばらくすれば元に戻る。だが、神器の破壊は容易ではない。魔力が足りなければレーヴァテインも腕輪に戻るだろう。それでも何とかできると? 見物だな』
苦し紛れで言っただけで、俺自身何とかできるとは思っていない。だが、何とかしなければいけないのだ。
ジークフリートはどう見てもリーシュ達より格下だ。このまま負けていては、リーシュ達を守るだなんて絵空事になってしまう。
何よりこれ以上リーシュ達に心配を掛けたくはない。少しでも成長している姿を見せなければと焦っていた。
「じゃあ…どうすればいいんだよ。俺の魔力量じゃ、あれが限界なんだ」
『覚えているか?我はお前に意思と力を譲渡したはずだ』
もちろん覚えている。スキル[世界樹]のおかげで、ここまで強くなれた。
「覚えてるよ。スキル[世界樹]には本当に今まで助けられた」
『お前は勘違いしている。我は力と言ったはずだ。スキルもその一部だが、他にもお前には譲渡しているぞ? お前は自分が世界樹と同格になった事を全く理解していない。我と同格たる者が[憑依神装]すらまともに扱えぬ未熟者に負ける事は許さん』
姿は見えないがどこか怒っているような感じがした。
だが、疑問が沸いてくる。
「俺がユグドラシルと同格? それにジークフリートの[憑依神装]が未熟? [憑依神装]ってああゆうもんじゃないのか?」
『[憑依神装]は神器の最高峰だ。あの程度な訳がない。本来なら神器に意識を持っていかれる事などない』
(マジか、あれで未熟なのかよ…)
「もしかして、憑依神装は俺にも…」
『使えるかもしれん。だが、まだお前も未熟。やめておけ。そんな未熟な技を使わずとも、あの者は倒せる』
ユグドラシルは倒せると言い切った。だが、俺は納得していない。
「倒せるって魔力も無しにか?」
『魔力が無ければ始まらん。言っただろう。お前は我と同格だと。お前の体の中に我が存在しているのだ。だから、お前の見てきたもの、お前の考えてきた事も全て知っているし、我が友[ロキ]の事も感謝している。よって…お前にスキル以外の力の使い方も教えてやろう』
(スキル以外の力!? ユグドラシルの!?)
『我は世界を支える者。我はこの世界に源泉から魔力を供給するルートの1つ。…つまりお前は源泉から直接魔力を無限に汲み取る事ができるのだ。これで魔力の問題は解決だ』
「はぁ!? そりゃ、そんなこと出来れば魔力に関して問題なくなるけど、今までそんなこと出来なかったぞ?」
『当たり前だろう。それをできるのはルートを持つ我だけ。そして使用可能にするには我の許可…認証コードが必要なのだから。お前は我が魔力で構築されている。条件はもう揃っているのだ。お前は我が一部であり、我はお前の一部なのだ。何のために我の意思も譲渡したと思っている。…さぁ、現実に戻ってあの未熟者を蹴散らしてこい。認証コードは…』
そこで意識が現実に引き戻された。ハッとして顔を上げると嬉々とした表情のジークフリートがこちらへゆっくりと向かってきていた。
『マルチシールド解くわよ! リーシュ!』
もうこれ以上はダメだと判断したロキはリーシュへ叫ぶ。リーシュも声を上げようとした所、思わぬ人物からストップがかかった。
「待て! 逆だ! 障壁を強化しろ!!」
ユシル達の戦いをジッと視ていたスサノオだ。
『はぁ!? 何でよ!! あんたの私情なんか知らないし、邪魔するなら後で相手になってあげるから!今はそれどころじゃないのよ!』
ロキが焦る。
「いいから早く強化しろ!!巻き込まれるぞ!」
『だから! ユシルが危ないのよ! そんなことしてる場合じゃ…』
ロキとスサノオの言い合いを更に意外な人物が制した。
『ロキさん!! お願いします! スサを信じてあげてください!』
ツグミだった。
『…はぁ~……わかったわよ! 責任はツグミが取りなさいね! もう思いっきり強化してやるわよ!…[マルチシールド(堅)]!』
ついに折れたロキが張った障壁は先程のマルチシールドより更に厚く、何重にも張られていた。
スサノオが障壁の強化を促した理由…それは直感である。
だが、ただの直感だと侮ってはいけない。
彼は主神クラスであり、魔力量で人を判断してきたこの男は最強に近いこの面子の中で、最も魔力察知に優れていた。
そんな男が誰にも聞こえないような声で呟く。
「まいったな……見誤った。俺ももう年か?引退するかな」
見誤ったとは、強化しろという発言を訂正する言葉ではない。むしろもっと前……ユシルたちが初めてスサノオを訪ねた時の事だった。ユシルを軟弱で話す価値もないと一瞬見ただけで判断してしまった。彼はそれを「見誤った」と思ったのだ。
リーシュたちはユシルが何かしようとしているのに気付き、心配そうに見守る。
迫り来るジークフリート。俺は口から伝う血を拭い、ユグドラシルが最後に言った言葉を復唱する。
「…コード[エクストラリミット]!」
ドクンッ!…ゴォォォ!
それは激流に飲まれるような感覚だった。
俺を先程ジークフリートが憑依神装した時のように深緑色の魔力が包む。
周囲の強者たちが息を飲んだ。
『…何?何なのよ、アレ!!』
『すごい魔力……旦那様、お願い。ご無事でいてください』
『もう驚かされないと思っていたのに。ユシル様はいつも私の予想を越えてくるのですね…』
ロキ、ツグミ、ウズメが驚きや不安を隠せない中、一人だけ……リーシュの表情は違った。
リーシュは微笑みながら
『全く……ゆっくり成長して欲しかったのになぁ。そんなに生き急いでどうするの? 見守るこっちの気持ちも考えてよ』
それはリーシュ本人にしか理解できない気持ちなのだろう。ユシルと1番長く過ごしたのはリーシュなのだから。
魔力の渦が段々小さくなり、ユシルの体に吸収されていった。
魔力が沸き上がってくる感覚。魔力の激流に制御を怠ると飲み込まれてしまいそうな危うさ。
いつの間にか傷が塞がり、痛みも無くなっていた。
「マジかよ……底が見えねぇぞ!?」
スサノオの声が聞こえる。
立ちあがり体を確認するが、俺に変わった様子はない。
この溢れ出る魔力と高揚する程の全能感以外は
(凄いな……いくらでも魔力を使えそうな気がするぞ。ていうか、パンパンになった風船くらい危ういんだけど。ちょっと抜いときたいな)
そんな事を考えているとジークフリートが急に目の前に現れた。それは本能的なものなのか、俺の様子を感じ取り焦っているようだ。
{ガゥ!!}
剣を降り下ろしてきた。一瞬ヤバいと思ったが、魔力が溢れているので俺の全てのスキルが使用可能だった。つまり、先程の有利な状況に戻れる。いや、それ以上の事が出来そうな気がした。
俺は破裂しそうな魔力をとりあえず抜こうと思い、膨大な魔力の一部をただジークフリートにぶつけた。
ズガーーーン!!…ガシャーン!!
ジークフリートが物凄い勢いで吹き飛び、マルチシールドを数枚破壊して止まる。ただ魔力をぶつけただけなのだが、シールド全体が軋む。
「えっ!?」
自分でもあり得ない威力に驚いてしまう。周囲も同様の反応のようだ。
『ちっ! 何なのよ! 少しは加減しなさいよ! [マルチシールド(堅)!]』
ロキが更に外側に障壁を張り直す。
(俺だって加減わかんねぇんだよ。そんな事よりバルムンクは?)
ジークフリートが吹き飛んだ衝撃でバルムンクは俺の側に落ちていた。ジークフリートはまだ起き上がってくる途中だった。
(チャンスは今しかない! バルムンクを叩き折る!)
俺は[疾風迅雷]で一瞬でバルムンクの元へ移動し、拳を振り上げた。神器を破壊するのは容易ではないとユグドラシルが言っていた。
魔力は無尽蔵に溢れてくるが、俺が一撃に込められる魔力は無尽蔵ではない。まだ慣れていないのもあるし、どのくらい込めていいのかわからないのだ。油断すればすぐにでも暴発しそうな魔力を制御しているのだから。
(今込められる限界でいこう。それでダメなら……無理するしかないけど。何か属性を混ぜた方がいいかな?火魔法はマルチシールド内じゃヤバそうだし、風魔法は拡散で一点突破には向かない気がするし……たまには…。あっ、その前に)
俺は小さい声で呪文を呟く。
「…[■■]」
そして今込められる限界量の魔力と滅多に使わない土魔法を拳に込めた。
キーーーン…
レーヴァテインが激しく発光した後
ガキンッ!
(え?)
俺の右拳の手甲の上に金色の外装が現れ拳だけを包む。驚いたが、それどころではない。
今は膨大な魔力を拳一点に込める制御で必死なのだ。
ジークフリートが決死の形相で向かってきている。
だが、俺はそれは無視してバルムンクに拳を振り下ろした。
ジークフリートが、俺が最後に小さく呟いて張った[風壁]に弾かれ後ろに吹き飛ぶ。魔力を纏う以外は苦手なのだが、溢れ出る魔力を込めたので想像以上の効果を発揮していた。
「砕け散れぇぇ!!」
バキンッ!! ドゴーーーン! ガシャシャシャーーン!
バルムンクを叩き割った直後、マルチシールドの範囲まで地面が爆ぜ、耐えきれなくなったマルチシールドまでが砕け散った。
(やっべぇ……やり過ぎた。皆大丈夫かな…)
不安になったが、マルチシールドを5メートルくらい越えた辺りで緑の障壁に地面の爆発は抑えられていた。おかげで街にもそれほど被害がない。
リーシュ、ツグミ、ウズメ、ロキはその内側に居たのだが、各々障壁を張ったようで無事のようだ。
爆風で飛ばされた俺は少し離れたところに着地し、皆に声を掛ける。
ロキが確実に怒っているのを察しながら
「皆…大丈夫だった?」
『大丈夫だった?……じゃないわよ!!バカじゃないの!? 少しは加減しなさいよ!』
「ぐぇっ!」
グボッと俺の脇腹に突き刺さるロキの拳。
「お前……いきなり何して…」
『もう十分だろう。コードは解除させてもらう』
突然俺の頭の中にユグドラシルの声が響く。
途端にフッと体から溢れていた魔力が消えた。
「あっ…」
急に体に力が入らなくなり、俺は前のめりに倒れそうになるが…倒れなかった。
今さっき俺の脇腹にボディーブローを入れたロキが抱き止めたのだ。
『あんた本当に意味不明っ! いつもいつも……ホンットバカ! 』
そう言いながらも俺を離さないロキ。
『実はこの中で一番ユシルを心配してたの、ローちゃんなんだよ?』
(ロキ…)
俺の胸に顔を埋め、上げようとしないロキの頭を撫でようとしたその時だった。
「やっと見つけたぞ! 俺の御馳走!」
まだ戦いは終わらない。
この感覚は記憶に残っている。
俺が現世で死んだすぐ後だ。
そう……ユグドラシルの中に取り込まれた時だ。
耳を澄ますと声が聞こえてきた。
『不甲斐ない。あの程度に遅れを取るなど』
内容は先程と変わらず、俺に対しての愚痴のようだ。
「急に何だよ! 今、ヤバい状況なんだ! 文句は終わったら聞くから意識を戻してくれ!」
次の一撃を何とかしなければ死んでしまうかもしれない。
『安心しろ。外の時間はほとんど進んでいない。…それに今戻したところで、勝てる見込みはあるのか?』
「それは…」
図星だった。
戻されたところで何か勝算がある訳ではない。魔力切れなのだから、手の打ちようがない。
「…でも! 奴の弱点はわかったんだ! それを何とかすれば…」
『何とかできるのか? 生身の体で神器を破壊できると? 神器というのは実体が有って無いような物。壊してもしばらくすれば元に戻る。だが、神器の破壊は容易ではない。魔力が足りなければレーヴァテインも腕輪に戻るだろう。それでも何とかできると? 見物だな』
苦し紛れで言っただけで、俺自身何とかできるとは思っていない。だが、何とかしなければいけないのだ。
ジークフリートはどう見てもリーシュ達より格下だ。このまま負けていては、リーシュ達を守るだなんて絵空事になってしまう。
何よりこれ以上リーシュ達に心配を掛けたくはない。少しでも成長している姿を見せなければと焦っていた。
「じゃあ…どうすればいいんだよ。俺の魔力量じゃ、あれが限界なんだ」
『覚えているか?我はお前に意思と力を譲渡したはずだ』
もちろん覚えている。スキル[世界樹]のおかげで、ここまで強くなれた。
「覚えてるよ。スキル[世界樹]には本当に今まで助けられた」
『お前は勘違いしている。我は力と言ったはずだ。スキルもその一部だが、他にもお前には譲渡しているぞ? お前は自分が世界樹と同格になった事を全く理解していない。我と同格たる者が[憑依神装]すらまともに扱えぬ未熟者に負ける事は許さん』
姿は見えないがどこか怒っているような感じがした。
だが、疑問が沸いてくる。
「俺がユグドラシルと同格? それにジークフリートの[憑依神装]が未熟? [憑依神装]ってああゆうもんじゃないのか?」
『[憑依神装]は神器の最高峰だ。あの程度な訳がない。本来なら神器に意識を持っていかれる事などない』
(マジか、あれで未熟なのかよ…)
「もしかして、憑依神装は俺にも…」
『使えるかもしれん。だが、まだお前も未熟。やめておけ。そんな未熟な技を使わずとも、あの者は倒せる』
ユグドラシルは倒せると言い切った。だが、俺は納得していない。
「倒せるって魔力も無しにか?」
『魔力が無ければ始まらん。言っただろう。お前は我と同格だと。お前の体の中に我が存在しているのだ。だから、お前の見てきたもの、お前の考えてきた事も全て知っているし、我が友[ロキ]の事も感謝している。よって…お前にスキル以外の力の使い方も教えてやろう』
(スキル以外の力!? ユグドラシルの!?)
『我は世界を支える者。我はこの世界に源泉から魔力を供給するルートの1つ。…つまりお前は源泉から直接魔力を無限に汲み取る事ができるのだ。これで魔力の問題は解決だ』
「はぁ!? そりゃ、そんなこと出来れば魔力に関して問題なくなるけど、今までそんなこと出来なかったぞ?」
『当たり前だろう。それをできるのはルートを持つ我だけ。そして使用可能にするには我の許可…認証コードが必要なのだから。お前は我が魔力で構築されている。条件はもう揃っているのだ。お前は我が一部であり、我はお前の一部なのだ。何のために我の意思も譲渡したと思っている。…さぁ、現実に戻ってあの未熟者を蹴散らしてこい。認証コードは…』
そこで意識が現実に引き戻された。ハッとして顔を上げると嬉々とした表情のジークフリートがこちらへゆっくりと向かってきていた。
『マルチシールド解くわよ! リーシュ!』
もうこれ以上はダメだと判断したロキはリーシュへ叫ぶ。リーシュも声を上げようとした所、思わぬ人物からストップがかかった。
「待て! 逆だ! 障壁を強化しろ!!」
ユシル達の戦いをジッと視ていたスサノオだ。
『はぁ!? 何でよ!! あんたの私情なんか知らないし、邪魔するなら後で相手になってあげるから!今はそれどころじゃないのよ!』
ロキが焦る。
「いいから早く強化しろ!!巻き込まれるぞ!」
『だから! ユシルが危ないのよ! そんなことしてる場合じゃ…』
ロキとスサノオの言い合いを更に意外な人物が制した。
『ロキさん!! お願いします! スサを信じてあげてください!』
ツグミだった。
『…はぁ~……わかったわよ! 責任はツグミが取りなさいね! もう思いっきり強化してやるわよ!…[マルチシールド(堅)]!』
ついに折れたロキが張った障壁は先程のマルチシールドより更に厚く、何重にも張られていた。
スサノオが障壁の強化を促した理由…それは直感である。
だが、ただの直感だと侮ってはいけない。
彼は主神クラスであり、魔力量で人を判断してきたこの男は最強に近いこの面子の中で、最も魔力察知に優れていた。
そんな男が誰にも聞こえないような声で呟く。
「まいったな……見誤った。俺ももう年か?引退するかな」
見誤ったとは、強化しろという発言を訂正する言葉ではない。むしろもっと前……ユシルたちが初めてスサノオを訪ねた時の事だった。ユシルを軟弱で話す価値もないと一瞬見ただけで判断してしまった。彼はそれを「見誤った」と思ったのだ。
リーシュたちはユシルが何かしようとしているのに気付き、心配そうに見守る。
迫り来るジークフリート。俺は口から伝う血を拭い、ユグドラシルが最後に言った言葉を復唱する。
「…コード[エクストラリミット]!」
ドクンッ!…ゴォォォ!
それは激流に飲まれるような感覚だった。
俺を先程ジークフリートが憑依神装した時のように深緑色の魔力が包む。
周囲の強者たちが息を飲んだ。
『…何?何なのよ、アレ!!』
『すごい魔力……旦那様、お願い。ご無事でいてください』
『もう驚かされないと思っていたのに。ユシル様はいつも私の予想を越えてくるのですね…』
ロキ、ツグミ、ウズメが驚きや不安を隠せない中、一人だけ……リーシュの表情は違った。
リーシュは微笑みながら
『全く……ゆっくり成長して欲しかったのになぁ。そんなに生き急いでどうするの? 見守るこっちの気持ちも考えてよ』
それはリーシュ本人にしか理解できない気持ちなのだろう。ユシルと1番長く過ごしたのはリーシュなのだから。
魔力の渦が段々小さくなり、ユシルの体に吸収されていった。
魔力が沸き上がってくる感覚。魔力の激流に制御を怠ると飲み込まれてしまいそうな危うさ。
いつの間にか傷が塞がり、痛みも無くなっていた。
「マジかよ……底が見えねぇぞ!?」
スサノオの声が聞こえる。
立ちあがり体を確認するが、俺に変わった様子はない。
この溢れ出る魔力と高揚する程の全能感以外は
(凄いな……いくらでも魔力を使えそうな気がするぞ。ていうか、パンパンになった風船くらい危ういんだけど。ちょっと抜いときたいな)
そんな事を考えているとジークフリートが急に目の前に現れた。それは本能的なものなのか、俺の様子を感じ取り焦っているようだ。
{ガゥ!!}
剣を降り下ろしてきた。一瞬ヤバいと思ったが、魔力が溢れているので俺の全てのスキルが使用可能だった。つまり、先程の有利な状況に戻れる。いや、それ以上の事が出来そうな気がした。
俺は破裂しそうな魔力をとりあえず抜こうと思い、膨大な魔力の一部をただジークフリートにぶつけた。
ズガーーーン!!…ガシャーン!!
ジークフリートが物凄い勢いで吹き飛び、マルチシールドを数枚破壊して止まる。ただ魔力をぶつけただけなのだが、シールド全体が軋む。
「えっ!?」
自分でもあり得ない威力に驚いてしまう。周囲も同様の反応のようだ。
『ちっ! 何なのよ! 少しは加減しなさいよ! [マルチシールド(堅)!]』
ロキが更に外側に障壁を張り直す。
(俺だって加減わかんねぇんだよ。そんな事よりバルムンクは?)
ジークフリートが吹き飛んだ衝撃でバルムンクは俺の側に落ちていた。ジークフリートはまだ起き上がってくる途中だった。
(チャンスは今しかない! バルムンクを叩き折る!)
俺は[疾風迅雷]で一瞬でバルムンクの元へ移動し、拳を振り上げた。神器を破壊するのは容易ではないとユグドラシルが言っていた。
魔力は無尽蔵に溢れてくるが、俺が一撃に込められる魔力は無尽蔵ではない。まだ慣れていないのもあるし、どのくらい込めていいのかわからないのだ。油断すればすぐにでも暴発しそうな魔力を制御しているのだから。
(今込められる限界でいこう。それでダメなら……無理するしかないけど。何か属性を混ぜた方がいいかな?火魔法はマルチシールド内じゃヤバそうだし、風魔法は拡散で一点突破には向かない気がするし……たまには…。あっ、その前に)
俺は小さい声で呪文を呟く。
「…[■■]」
そして今込められる限界量の魔力と滅多に使わない土魔法を拳に込めた。
キーーーン…
レーヴァテインが激しく発光した後
ガキンッ!
(え?)
俺の右拳の手甲の上に金色の外装が現れ拳だけを包む。驚いたが、それどころではない。
今は膨大な魔力を拳一点に込める制御で必死なのだ。
ジークフリートが決死の形相で向かってきている。
だが、俺はそれは無視してバルムンクに拳を振り下ろした。
ジークフリートが、俺が最後に小さく呟いて張った[風壁]に弾かれ後ろに吹き飛ぶ。魔力を纏う以外は苦手なのだが、溢れ出る魔力を込めたので想像以上の効果を発揮していた。
「砕け散れぇぇ!!」
バキンッ!! ドゴーーーン! ガシャシャシャーーン!
バルムンクを叩き割った直後、マルチシールドの範囲まで地面が爆ぜ、耐えきれなくなったマルチシールドまでが砕け散った。
(やっべぇ……やり過ぎた。皆大丈夫かな…)
不安になったが、マルチシールドを5メートルくらい越えた辺りで緑の障壁に地面の爆発は抑えられていた。おかげで街にもそれほど被害がない。
リーシュ、ツグミ、ウズメ、ロキはその内側に居たのだが、各々障壁を張ったようで無事のようだ。
爆風で飛ばされた俺は少し離れたところに着地し、皆に声を掛ける。
ロキが確実に怒っているのを察しながら
「皆…大丈夫だった?」
『大丈夫だった?……じゃないわよ!!バカじゃないの!? 少しは加減しなさいよ!』
「ぐぇっ!」
グボッと俺の脇腹に突き刺さるロキの拳。
「お前……いきなり何して…」
『もう十分だろう。コードは解除させてもらう』
突然俺の頭の中にユグドラシルの声が響く。
途端にフッと体から溢れていた魔力が消えた。
「あっ…」
急に体に力が入らなくなり、俺は前のめりに倒れそうになるが…倒れなかった。
今さっき俺の脇腹にボディーブローを入れたロキが抱き止めたのだ。
『あんた本当に意味不明っ! いつもいつも……ホンットバカ! 』
そう言いながらも俺を離さないロキ。
『実はこの中で一番ユシルを心配してたの、ローちゃんなんだよ?』
(ロキ…)
俺の胸に顔を埋め、上げようとしないロキの頭を撫でようとしたその時だった。
「やっと見つけたぞ! 俺の御馳走!」
まだ戦いは終わらない。
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