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ツグミの実力

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「疲れた…」


『午後も皆から標的にされてたもんね!』


 そう、午後もまたバトルロイヤルに発展していたのだ。


 昼休みにリーシュと手作り弁当を食べているところを誰かに見られたらしい。


 なんとか全員気絶させたものの、魔力の大半を使ってしまった。


「まぁ、いい練習にはなったかな。対集団戦の」


『あの程度は軽くひねってもらわないとね?だけど、ちょいちょい[疾風迅雷]使ってたでしょ?』


「バレてた?だって、あいつら目が本気でさ、マジで頭とか顔とか狙ってくんだぞ?木刀だって言ってもさすがにね」



『でもダメ![疾風迅雷]は同等以上に使ってもらわないと困る。本来、あのスキルは七魔導クラスを相手にできるものなの。今日のは確実に過剰戦力!スキルは便利だけど、戦闘勘とかは体術だけの方が鍛えられるんだから』


「すいません」



 俺はリーシュに今日の講義での反省点を指摘されながら家路についた。



「『ただいま~』」



『あの…おかえりなさい』



 出てきたのはツグミだった。今日はロキと[甘味ツアー]に行ってたはずだ。



『ただいま!ツグミちゃん、一人?ローちゃんは?』



『あの…食べ過ぎて動けないから行ってこいって、居間で横になってます』



 どこの世界に家主をアゴで使う居候がいるのか。神界には一人いたようだ。
 というか、[甘味ツアー]でどうしたら動けないくらい食べられるのだろうか。


(きっと今日も食い意地張ってたんだろうな。ロキの奴、食べてばっかだな)


『もう!しょうがないなぁ。ローちゃん!食べてすぐ横になったら牛になるって言ったでしょ!!』



 怒るポイントはそこではないと思うのだが、リーシュはロキに説教しにパタパタと居間へ向かって行った。



「ツグミ、ごめんな?嫌だったら嫌って言った方がいいぞ?」



『…大丈夫です。むしろ嬉しいくらいなんです。皆さんがこの家に「ただいま」って帰ってきてくれることがとっても。今までは私が帰ってきても誰もいませんでしたし、ウズメさんが帰ってくる時間は寝ていましたから』



 そう言ってはにかむツグミ。ウズメとは一緒に住んではいるが、ウズメは天照の付き人なので、週の大半はツグミより遅く帰ってくる。なので、友達もロクにいなかったツグミにとってはこれだけでも幸せなのだそうだ。



「ツグミも可愛いのにな。友達とか彼氏とかすぐ出来そうだけど」



『…か、可愛い……ひぅっ…』



 顔を真っ赤にしたツグミは俺に背を向けパタパタと逃げて行ってしまった。



(あらら…なんか変な事言ったかな)



 俺も居間に行くとお腹を苦しそうに擦るロキがリーシュの前で正座させられていた。



『ローちゃん?美味しいものは適量食べるから美味しいの。今、食べ過ぎて苦しいって気持ちしかないでしょ?普通は美味しいものを食べた後は幸せな気持ちになるんだよ?それにこれからご飯作るのに、何でお腹いっぱいにしてくるの?あたしの料理は食べたくないの?』



『違うの、リーシュ。あの甘味達がいけないのよ?アースガルドでは見た事もない見た目と味なの。全てが初体験で私の食欲ストッパーが反応しなかったの!これはもう私が悪いんじゃなく、甘味達が悪いとしか言いようがないわ!』



(食欲ストッパーってなんだよ)



『屁理屈を言わないの!』



『ひっ…ごめんなさい。次から気を付けます。ご飯も食べます。あっ…』



 リーシュに怒られ、逃げ道もないロキが俺を見つけて目を輝かせる。



『リーシュ?ユシルがお腹空いてると思うから、早くご飯作りに行った方がいいんじゃない?』


『あっ、忘れてた!そうだね、急がなきゃ!』



 リーシュはパタパタと台所へ小走りに向かっていった。



(リーシュも忙しいな。美味しいご飯に感謝しかない)



『…ふぅ…やっと解放された。ユシル、ナイスよ!』



 俺に親指を立ててサムズアップするロキ。




「お前な、少しは反省しろよ」




『フン…あんたに説教されたら私も終わりね。さて、軽く運動してお腹減らさなきゃ!行くわよっ!』



 出ているお腹を抱え、俺に言う。



「どこに?走るのか?」



『バカじゃないの!?庭に決まってんでしょ!?あんたが言い出したんでしょうが!家でも特訓したいって』



「あぁ!レーヴァテインの練習に付き合ってくれるのか?」


『嫌よ!私は庭を散歩するの!』


「じゃあ、何で声かけたんだよ!」


『ツグミよ。今日はツグミがあんたの相手してくれるわ』



 俺以外の4人で決めたらしく、今日の家での特訓はツグミらしい。



『ツグミ!ツグミ~!!』


『あの…ここにいますけど…』


『っ!!…ビックリした。あんた気配消して私の後ろに隠れないでよ。ツグミ、今日からユシルの近接戦闘訓練を開始するわ。今日はツグミのローテーションよ。庭に行きましょう』



 そして俺たち3人は庭に出た。



『帰ってきてから家の境界面に結界を張っておいたから、存分にやりなさい。あ、でも、家の方はかけてないから、そこだけ注意して』



 ロキの注意を聞きつつ、対面しているツグミを見る。
 ツグミは動きやすくする為なのか、背中でクロスするように赤い紐でたすきがけし、意味があるのかわからないが額に白いハチマキをしていた。
 たすきがけしているとその大きい胸が余計強調され、俺は目のやり場に困る。



 だが、それよりも目を引くものがあった。



 全く意味がわからない。



「…何で両手にタンバリン持ってんの?…笑かしに来てる?」


 ツグミの両手には普通のタンバリンが握られていたのだ。



『あの…私の神器に一番近い形の物を探したら、家にこれしかなくて…』



『あんたとウズメしか住んでなかった家に何でタンバリンがあるのかは聞かないでおいてあげるわ。さて、始めましょうか。魔力は自由、放出系は禁止よ。はいスタート!』



 適当なタイミングでロキが手を叩く。



 そして俺とツグミは見つめあう。
 ツグミは性格的に先手を打つタイプではない。本来なら俺から行くべきなのだが、俺は未だにツグミが強いと言うのが信じきれなかった。

 俺にはスキル[暗夜之礫]がある。もしもツグミが俺より弱かった場合、魔力を纏った俺の拳がツグミにクリティカルで入ってしまうのだ。
 羅刹のように二重障壁や、きちんとした障壁を持っていればいいが、もし無ければこの美少女に怪我をさせてしまう。


 そう考えているのがロキには筒抜けだったようだ。


『ツグミ!あんたから攻めなさい!ユシルがあんたの事、舐めてるわよ!』



『では…参ります』



 タンッ…シャンシャン…



 音がしたかと思ったら、ツグミは俺に接近して下からタンバリンを振り上げていた。



(くっ…)



 俺は魔力を纏わせた肘でタンバリンを弾き、カウンター気味に拳を突き出した。魔力を纏わせた拳を



(ヤバッ!癖で!)



 止めようして止まる程度の攻撃はしておらず、俺の拳はツグミの顔辺りに吸い込まれていった。


(避けろっ)


 俺は心の中で祈った。


 ガシャンという音がして拳に手応えがあり、俺は内心焦ったのだが




『…ユシル様、舐めすぎです。もっと真面目にやってください』




 目を開いて見ると、ツグミがタンバリンを交差させて俺の拳を受け止めていた。しかも、タンバリンは周囲に付けられている鈴1枚を破損しただけでほぼ無傷と言えた。



(マジかよ、今のは条件反射で出たから手加減とかしてなかったはずなのに。これは…)



「すまない、ツグミ…俺は戦った事もないのにお前を舐めてた。だけど、今わかった。これから俺はお前の胸を借りる気で行く!!」  



『…はい!』




 ダンッ…ガシャシャン!…ガシャ!



 それからの俺はさっきまでとは違い本気で動いた。ツグミが手加減してくれているのかもしれないが、物凄く噛み合う。

 お互い剣や槍を使わないので、リーチが似ていたのも理由だろう。初めは均衡していたのだが、次第に俺が崩れだす。


(…ぐっ、何だ!?何で俺の方が手数で負けてるんだ!?)


 ツグミがタンバリンを持っている分、戦い方が同じであれば俺の方が手数が多いはずだった。なのに俺はツグミの流れるような手数に押し負けていた。


 俺の攻撃を点とするなら、ツグミは線。


 タンバリンの鈴の金具で俺は次第に切り傷を増やしていった。


「くっ…このっ!」



 俺は悔しさについ大振りの右拳を放ってしまった。



 その瞬間…



「うわっ!!」



 ツグミは両手のタンバリンは離し、俺の魔力を纏った拳を両手で受け流し、合気道のように俺を投げ飛ばした。



 ドンと地面に叩きつけられ、一瞬息が止まる。だが、おかげで少しだけ冷静さを取り戻せた。



「…まいった」



『…お疲れ様でございます。大丈夫ですか?』



 差し伸べられたツグミの手を握り、起き上がる。握った感じはマメやタコなどない、普通の女の子の手だった。



「ツグミは強かったんだな…完敗だ」



『いえ、ユシル様も私が想像していたより遥かに戦い慣れている感じがしました。ですが…』



「…まだまだ?」



『…ですね。お互い神器を使っていなかったとはいえ…神器を使っていたらおそらく話にもならなかったかと』


 今のを見せられた後では何も反論のしようがなかった。


「だろうな……何で俺は手数で負けたんだ?」



『…ユシル様は恐れているのではないでしょうか?』



「恐れる?ツグミにか?」



『いえ、相手が視界から外れる事に…です。ユシル様は常に相手を自分の視界に入れながら戦っています。なので、攻撃は速いだけで単調、私達はリーチがない分、手数や相手の予想外の攻撃をしなければいけないと思うんです。私も多少スキルに頼っている分、あまり人の事を言えないのですが…』



 言われてみれば思い当たる事がある。俺はあまり流れるような攻撃ができない。いや、正確にはできるけどしない。

 理由はツグミが言う通り、無意識のうちに相手から目を離せなくなっているのだろう。死が恐いから。

 相手が格下であればそんな事にはならない。蹴りやその勢いを使った攻撃、下から上への攻撃など本来はいろいろできる。



「言う通りだな。同等以上だとどうしても相手の攻撃が恐くて目が離せなくなっているかもしれない」


 これはどうしようもない…そう思った。気持ちの問題なのかもしれないが、そのちょっとの勇気で死にたくはない。


『ユシル様…』


 ツグミが俺を励まそうと腕に触れた瞬間だった。





{ポーン!月讀命との友情値が30%を越えました。スキル[周囲感知∥(短)]が借用可能です。借用登録しますか?}



(へ?…周囲感知?…とりあえず、はい)



「…周囲感知?」



 ボソッと呟いた言葉にツグミが目を見開く。



『何故それを!?』



「え?…あぁ、今…」


 ツグミにスキル[世界樹]が発動し、ツグミから周囲感知∥(短)を借用した事を告げた。



『それです!それがあれば今の欠点を克服できるかもしれません!』


「本当か!?」


『はい!私も使っているスキルなので。ただ…(短)気になりますね。試してみましょう!』




 そして何度か試した結果…周囲感知は人や攻撃、武器などが感知範囲に入ると目で確認しなくても感じ取れるという、まさに今の俺にピッタリなスキルだった。スキルの効果は約3メートルほどと判明した。たかが3メートル、されど3メートルだ。

 3メートルもあれば近接戦闘では充分である。体術しかできない俺は特に



『やりましたね!手数が圧倒的に増えましたよ、ユシル様!』


「ありがとう、ツグミ!まだツグミには勝てなそうだけど、自分でも恐いと感じなくなった!」


『まだ完全には使いこなせていませんからね。これからどんどん使って熟練度を上げていったら、私もわかりませんよ!』

 お互いの手を取り、ツグミと喜びあった。



『あんた達…いつの間にそんなに仲良くなったの?ラブラブじゃない』



 散歩から戻ってきたロキが茶化す。



『…ラブ…ラブ……ひぅ…』



「あっ!ツグミ!」



 また顔を真っ赤にしたツグミが俺の手を払いのけ、物凄い速さで走って逃げてしまった。



「せっかく仲良くなれたと思ったのに」



『まぁまぁ、壁を乗り越えた時に愛は深まるのよ……くく…』



「笑ってんじゃねぇ!!」



 俺とツグミが仲良くなれるのはまだ先のようだ。
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