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腕輪の名

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「…んっ……」


『ユシルっ!…よかった』



 誰かに頭を抱き締められた。



(…この花のような香りはリーシュかな)



「リーシュ…ゴメン……また心配かけちゃって」



『ううん!いいの!生きていてくれただけでいいの』



 そこで腕に痛みがない事に気付く。



「あれ…腕…」



『腕はツグミちゃんが治してくれたよ。傷も残ってないから大丈夫。タケミカヅチさんが血だらけのユシルを抱えてきたのを見た時は心臓が止まるかと思ったよ』


「そっか、ゴメン…あのリーシュ?そろそろ離してもらってもいい?」


 この会話の間もリーシュは俺の頭を抱き続けていた。


『…嫌』


「え!?…あの」


『いくら油断してたとはいえ、あの羅刹とやり合って生きてるのは奇跡なんだよ?アイツは対峙した相手を全て喰ってきたの』


「羅刹を知ってるのか?」


『ユシルは覚えてない?あたしの神格……あたしは天部十二天の風天……羅刹とは昔の同僚だったの』


(そうだ、だから聞き覚えがあったんだ…というかリーシュと羅刹が同僚? 天部十二天って、どんな組織なんだよ)



「あのさ、天部十二天って何なんだ?」



 疑問を口にしたその時だった。




『それは私たちも聞きたいわ!』



 ロキがツグミとウズメを連れて入ってきた。



『ローちゃん』



『リーシュ…ずっと聞かずにいたけど、天部十二天って何なの?何で戦場に乱入してくるの?』



 今までの神界大戦や大きな戦いには、|必ず天部十二天が乱入してきたそうなのだ。



『答えるから、あたしもローちゃんに聞きたい事があるの』


『…何?』



『ユシルの腕輪、これ…何なの?アンドヴァリナウトって言ってたから、調べてみたんだけど、これは違うよね?外れなくなったり、両腕だったり』




 ロキがそれを聞き、何か諦めたように目を伏せる。




『…ごめんなさい、リーシュの言う通り…それはアンドヴァリナウトじゃないわ』



「じゃあ、この腕輪は本当は何なんだ?」



『それは…』



 ロキがツグミとウズメを見る。




『ツグミ様、私共は席を外しましょう』



 ウズメがツグミを連れて部屋を出ようとする。




『ウズメさんっ!いいの。もうユシルの腕輪が普通の代物じゃないって聞かれちゃったし、天部十二天の話も天照大御神様だけになら、話してもいいとあたしは思ってる。…ローちゃんは隠したい?』



『そうね、ツグミたちに制約の魔法をかけてもいいのなら。ちなみに許可なしにこの話を他人に言ったら死ぬ事になるわ』



 ロキが二人を見る。



(そんな制約かけるなんて言ったら、絶対聞かないんじゃないか?そもそも、そんな制約をかけなきゃいけないような代物なのか?)



 そう思ったのだが



『…私は…聞きたいです。ロキ様たちが何を抱えているのか。私の…あの…初めての友人…なので…』



 ツグミが顔を赤くして俯く。



『私は敵か味方かは聞いた後に考えます。ただ…天照大御神様がマスターとまで仰ぐユシル様の事情は知りたいです。制約は受け入れます』



 ハッキリと本音を言うウズメ



(マスターはマスターでも、ラブマスターだけどな)



『なら、いいよね?ローちゃん?…それにユシルの敵はあたしの敵だから』




 場に緊張感が漂う。





張り詰めた空気を変える為か、ロキが手を叩く。



『リーシュ、ツグミが泣きそうよ。やめてちょうだい。リーシュの話にも制約はかけるから』


 リーシュが俺の頭を布団に下ろした。


『わかった。それでいいよ。じゃあ、あたしの話からだね。天部十二天っていうのは……治安維持組織なの』



『…治安維持?戦場に乱入してくるのに?』



『天部のトップである釈迦はね、神界での絶えない争いにずっと心を痛めていたの。人の身から神になって神界を見て回ったら争いばかりで神の世界でも争いはなくならないのかって。でも、釈迦だけでは争いを止める事は出来なかった。だから釈迦は作ったのよ。争いを武力で止める為の組織。争いの嫌いな釈迦が作った矛盾した組織…それが[天部十二天]という組織なの』



『確かに矛盾ね。でも…確かに十二天が参戦し始めて戦場が減ったのよね。負傷者と死者は増えたけど』




『十二天の目的は戦場に水を差すこと。ゲリラ的に参戦して両軍に被害を与えて争う意欲を奪ったり、争っていたはずの両軍が手を組むように両軍の共通の敵になること。だから、前の神界大戦の時はそれぞれエリアを決めて各戦場に参戦したの』



『私と初めて会った時ね。それ以降大きな争いがないから、監視も含めてリーシュはアルフヘイムに住んでたって事?』



『そうだよ。今はもう十二天として仕事をする気はないけどね』



『リーシュと敵にならなければ何でもいいわ。で、十二天はどうやって集められたの?』



『釈迦が一人ひとり声をかけたんだよ。十二天の中にはあたしみたいに釈迦の考えに賛同して、それで争いがなくなるのならって参加する人もいるし、とにかく戦いたい…殺し合いがしたい…って人もいたの。羅刹もその1人』



『そんな奴を釈迦は十二天に誘ったの?おかしくない?』



『今考えるとおかしかったのかもしれない。だって十二天の参加条件は他の神を圧倒できるくらいの力を持つ事。一人で神界の争いに混ざっても勝ち抜けるくらいの実力がなきゃ意味がないって言ってた』



『リーシュクラスがあと11人もいるってこと?しかも、まだ現役の』



『そうゆう事になるね。十二天同士の喧嘩は御法度だったから、誰が強いとかはわからないんだけどね。羅刹が十二天を辞めたのは初耳』



(そんな組織だったのか。リーシュが強いわけだ)



『名前は知っていましたが、そのような組織だったとは知りもしませんでした』


 ツグミが呟く。ウズメも似たような感想のようだが



『争いを止めるために争いに参加させる。矛盾以外の何物でもありませんね。結果が出ているだけにたちが悪い』



 いくら釈迦という人物が争いが嫌いでも、他にやり方は有りそうな気がした。いろんな事情があるのだろうが。


『十二天については大体わかったわ。それじゃあ、次は私が話すわ…ユシル?』



「ん?何だ、ロキ?」



『あんたの腕輪を使った感想は?』



 俺は天井を眺めながら答える。



「感想…急に手甲になって、その手甲を使ってみた感想なんだけど。この手甲、結界とか障壁を紙みたいに突き抜けるんだよ。今までダメージの通らない相手に手甲を使ったら、使った直後からダメージが入る。障壁無視というか、魔力を纏わない状態で」



 皆が静かに聞いているので、少し恥ずかしい。



「あの…以上です」



 ・・・



『あんた馬鹿なの?それしか感想ないの?しかも、それ感想じゃなくてただの状況説明じゃない!』



「だって、いきなり話振られても」



『あんたに聞いた私が馬鹿だったわ。私が説明するわ。この腕輪はね』



 ロキは皆に俺とロキでユグドラシルの頂上での出来事を説明した。最初は剣であったこと…ユグドラシルに預けていた事、ヴィゾーヴニルを倒したこと、もちろん、俺がユグドラシルから力と意思を受け継いだ事も含めて



『ヴィゾーヴニル…あれは倒せない魔獣だと聞いていましたが?』


 ウズメが聞いてくる。


『倒せないと言うより、倒すのが物凄く難しいって方が合ってるわね。けど、あの剣は倒せるのよ。腕輪になったり、手甲になったりしても本質は変わらないの』



『ローちゃん、そんなものどこで手に入れたの?』



『手に入れた。いえ作ったのよ、私が。正確には出来てしまったでしょうね。ルーン魔法というのは知ってる?』


『ルーン魔法?ルーン文字を使った魔法?』


 リーシュが答える。



『まぁ、その解釈で合ってるわ。正確にはルーン文字を魔法の呪文に変換して使う魔法よ。まぁ、私の研究成果というか、私はそれができるの。そして、そのルーン魔法は威力が絶大だった。恐ろしいくらいに魔力持ってかれるけどね』



「そのルーン魔法とこの腕輪は何か関係あるのか?」



 ロキが呆れた顔で俺を見ながら



『当たり前でしょ?だから、説明してんじゃない。ちょっと黙ってなさいよ。…オホンッ、続けるわ。私はある日いつもの街の住民たちの態度に本当に嫌気がさした時があったの。思い出したくないくらい酷かったわ。だから、ニブルヘイムの門の前でルーン魔法をアースガルドにブチ込んでやろうと思ったの。1日分の魔力つぎ込めば結構な被害は出るはずだし。で、そのままニブルヘイムで生きていこうって、そう思ってルーン魔法を発動しようとしたら私、あの日はうっかりしていたわ。1万年分の魔力を溜めた指輪をその日に限ってつけていたの。ルーン魔法を止めようとしたけど、間に合わなかった。指輪の魔力がすべてルーン魔法発動用として奪われていて、焦ったわ。1万年分よ?アースガルドなんて跡形もなく吹き飛ぶわ。さすがにそこまではしたくなかった。だから、発動が止められないならと思って攻撃魔法からクリエイト魔法に変更したの。ルーン魔法を使ったクリエイト魔法…しかも1万年分の魔力で。それでできたのがこの腕輪。前は剣だったけれど。私は剣を見てガッカリしたわ。だって1万年分の私の魔力の結晶がただの剣なのよ?…だから、ちゃんと調べもせず下界ミドガルドに捨てたの。しばらくして剣の行方を調べたら大変な事になってたわ。あんたも知ってるキリスト…バルドルの顕現してる時の名ね。そのキリストを刺した槍になってたんだから』



「それって確かロンギヌスの槍だっけ?」



『そうよ。まぁ、ロンギヌスは私の捨てた剣を拾った奴の名前だけどね…。あのバルドルが剣1本に、ただの人間にやられたのよ?慌てて回収したわよ。で、知らぬ存ぜぬで隠してたんだけど、いなくなるの。隠し場所を見るといつの間にか無くなってるの。毎回探して見つけ出してたんだけど、さすがにおかしいと思って、封印する事にしたの。誰にも見つからないようにって場所を探したらユグドラシルの頂上が頭をよぎったの。よく一人でユグドラシルに会いに言ってたから…まぁ、会話はできないんだけど、通じる意思があるというか。それでこの剣を預かってくれないかってユグドラシルにお願いしたのよ。そして、守護用にヴィゾーヴニルを置いてきたの。なのに、あんたがユグドラシルから全部もらっちゃうから、あのよくわからないヤバイ剣の封印が解けちゃってると思って取りに行ったの。あんたから外れなくなった時にまた封印したのに、何故か今はその封印もなくなってるし』



 ・・・



『そんなのがユシルに』



『ごめんなさい。あの腕輪は存在自体がヤバイ代物なの。ユシルの話やヴィゾーヴニルの事を考えるとこの腕輪には神殺しと障壁破壊がすでにあるという事になるわ。それも制作者の私の制御できないレベルのね。それが神界中に知れたらどうなると思う?あのバルドルを人間が殺せる神器よ。神界の者が使えば主神すら屠れるかもしれない。ユシルの両腕切り落として持っていくなんて良い方よ。きっと、戦争が起こるわ。だから、言えなかったの』



『この話は私とツグミ様は聞かない方がよかったですね。いつかその腕輪で確実に戦が起こるでしょう』




「だから、俺に強くなれって言ってたのか。でも、外れなくなったのはロキのせいじゃないしな」



『しょうがないね。あたしが守るから、ユシルは何も心配しなくていいよ』




「いや!もう守られ続けるのは嫌なんだ!リーシュもロキもツグミも皆…俺が守ってあげられるようになりたいんだ!」



 そう、もう守られてばかりは嫌だった。心配もかけたくない。この腕輪はある意味チャンスなのだ。




「俺はこの腕輪を使いこなす。羅刹が言っていた、大きな戦の前だと。俺は誰も失いたくない!」




『ユシル?それはあたしたちも同じなんだよ?でも、しょうがないよね。ずっと守ってあげたかったけど…男の子だもんね。あたしは応援するよ。強くなるまでは守られていてね♪』



『わ、私は別にあんたの事なんてどうでもいいんだけどね?まぁ…特別に手伝ってあげるわ』




『…あの…私も協力させてください!』



『もう関わってしまったのでしょうがありませんね。協力しましょう』



 ツグミとウズメも協力してくれるようだ。



「ありがとう、皆!頑張って使いこなしてみせる。ロキ、この腕輪なんて名前なんだ?」



『は?あんたわかってないの?ミドガルドの北欧神話にも出てくるでしょう?』



「いや、北欧神話とかよく知らないし、俺は日本人だし」




『馬鹿がいると説明ばかりで疲れるわね。その腕輪は…』



 ミドガルドの北欧神話でそれは



 かつてロンギヌスの槍と呼ばれ


 かつてミストルティンと呼ばれ


 かつてフレイの勝利の剣と呼ばれ



 唯一ヴィゾーヴニルを倒す事ができると吟われたモノ。





その名は…








『レーヴァテインよ。覚えておきなさい』









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