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精神一到

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 何故こんなことになったのか…



 俺たち4人はスキーズブラズニルの最下層にある一番広い部屋にいる。いや、土や草があるのでいっそ平原と呼んだ方がしっくりくる。船に平原って何だと思うがそのくらい広い。さすが神界、スケールがデカい。



 目の前にはフレイと呼ばれた金髪美少女がいて、ロキとリーシュは俺の腕を抱き締めるように掴んでいる。
 ロキのらしくない行動は、この最下層に移動する時、またもやリーシュとフレイの胸談義が始まってしまい、1番小さいであろうロキがヤケを起こしたのだ。


(まぁ、美少女に両手を取られて嬉しくない奴はいないと思うけど…カオスだな)


『ユシル!私の胸だって悪くないでしょ!?大きさじゃないのよ!形なのよ!』


『ユシル~、やっぱり胸はバランスだよね?大き過ぎも小さ過ぎも良くないと思うんだよね!』


『ユー君、大きさの前にはすべては無意味だよん♪それが真理というものなの』


 同時に喋りだす七魔導3人娘…そう、フレイも七魔導なのだ。地の魔導、豊穣のフレイ。おっさんに俺を鍛えろと言われて来たらしい。

(…七魔導の基準は美少女なのか?)



「同時に話すのはやめてくれ。ところでフレイさん、鍛えるって俺は何をすればいいんですか?」 


『フレイでいいし、敬語もいらんよ♪私もユー君って呼ぶし!』

「わかった、フレイ」

『順応早っ!』


「そりゃ、そうだろ…さっきからの行動を見れば」


『そうよ!あんたなんて適当な扱いで十分よ!』


 ロキかと思ったら、発言主はリーシュであった。 


「リーシュがこんなに敵視するなんて珍しいな…」


『それがわからないあんたも珍しい部類よ』


「…何が?まぁ、いいや。それでフレイ、鍛えるって何をするんだ?」


『ん?とりあえず、バトる?実践…実戦あるのみだと思うんだよね~』


「…なんか計画とかないの?」


『計画?ん~、じゃあ、私、ロキ、リーシュの順番って事で』


『あんた、それ、計画って言わないから』



『でもさ~、3日しかないなら七魔導との実戦が1番効率的だよね?もちろん、二人とも本気出しちゃダメだよ?船、壊れちゃうから』


「船の前に俺が先に壊れそうだぞ」


 本気でやられたら、こちらが持たない。鍛える前に生涯の幕を閉じる事になる恐怖を俺はこのあと実感することになる。



 そして



『さぁ、始めるよ?ユー君♪』



 俺とフレイは対峙していた。


「お手柔らかに頼むよ」


『それじゃ、特訓にならないじゃない?…おいで[グリンブルスティ]』


 フレイの目の前に魔方陣が現れ光りだす。


『ち、ちょっとっ!あんたそれっ!』


 魔方陣から現れたのは体長4メートルほどのフレイと似た金色の毛が生え、1メートルはあろうかという牙の生えた猪だった。


『この子は私の神器みたいなもの。だから、一緒にやるね♪グリちゃん、懲らしめておやりなさい!』


 まるで水戸黄門が助さん角さんに言うようなセリフを言い始めたフレイ。


{ブオォォ~!}


 グリちゃんと呼ばれた金猪は、物凄いスピードで迫ってきた。


 前までならきっと、焦りながらも体に魔力を通して避けていただけだろう。


 …だが前回のトールとの戦いにもなっていない一方的な一戦で実感した事がある。


 俺は戦いを舐めていたのだ。


 前世ではできないような事が簡単に出来てしまったから。


 ここはもう日本ではない。


 道場でやる組手のように1本取られたから終わる…そんな甘い世界ではないのだ。


 こちらの世界での1本には命がかかっている。


 それを今まで実感できていなかった。だから、戦いが始まるまで体に魔力を通すことがなかった。だが、それが甘かった。


 そのせいでせっかくユグドラシルにもらった命を溢しそうになった。


 大事な人を危険な目に遇わせてしまった。


 大事な人を悲しませてしまった。



(もう甘い考えは捨てる。いや…変える!)



 迫る金猪相手にあえて前に出て、ギリギリで擦れ違うように右に避ける。
 その瞬間、左足に多目に魔力を纏い金猪の短い前足を蹴り飛ばした。


{ブオ!?}…ザザーーッ! 


 バランスを崩し、進行方向に転がる金猪。

 俺はすぐに金猪に接近し、右拳に火の魔力を込めて放つ。


『二人でって言ったよね?…[アースシールド]』


 俺と金猪の間に土の壁が出来上がる。



「…あぁ、ちゃんと聞いてたよ」


 振り下ろす拳をわざと土壁の少し前で空振り、その勢いで空中で1回転しながら飛び回し蹴りを土壁に振り下ろした。


『フフ…そんなありきたりな蹴りじゃ…へ!?』


「[風刃脚]!」 



 ズパンッ!!


 切り裂かれる土壁…土壁が崩壊し金猪の姿が見えた。


「[爆炎撃]」


 ドガーーーンッ!!


{ブギューーッ!}


 目の前に炎の柱が騰がり、焦げながら吹き飛ぶ金猪。


「…ふぅ…案外うまくいったな」


 俺はずっと冷静だった。何せ相手はトールと同じ七魔導なのである。しかも、その七魔導がまだ様子見の状態なのだ。
 もし、一撃入れられるとすれば最初、そう…初撃が入りやすい。
 俺のやったことはそれほど難しくはない。いつも拳全体に纏わせる風の魔力を脚に…爪先に集中させ、[風刃]を作っただけだ。
 俺の風刃は今まで威力が低かった。それは何故か?魔力を放って飛ばすからだ。ならば簡単な話…飛ばさなければいい。魔力を放たず、纏ったまま魔力の形を変えて風刃を作ればいいのだ。
 飛ばない分、距離は普通の風刃より無いが威力は抜群である。更に土属性の弱点は風属性。その風魔法のスキルすら、この前ロキにマイリストを見せた時には[途]になっていたのだ。様子見程度の土壁など破壊可能だと思った。



 しかし、実はユシル本人も知らないスキルがその時発動していた。



 スキル[精神一到]



 オーディンから借用したスキルなのだが、ユシル本人は使い方も意味も知らない。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 精神一到《せいしんいっとう》



 正式には「精神一到、何事か成らざらん」
 精神や意識を集中すれば、どんな難しい事も可能である。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 このスキル…縛りが全くない。属性があるわけでもない。集中していれば発動するし、していなければ発動しない。発動条件は願い。

 だが、発動していれば…集中して行動を起こせば、それは大概思ったとおりにする事ができる。グリンブルスティにダメージが入ったのもこのおかげである。

 何故、[大概]と付くのかというと…まだ50%だからなのもあるが、ここは神の世界[神界]である。人が神相手に絶対はない。
 主神オーディンは戦神と呼ばれているが、全知全能とも呼ばれている。この全知全能…実はこのスキルがその能力の大半を担っている。人が使う50%とはいえ、やはり主神の力は想像を絶していた。ユシル本人は発動してる事すら知らないが…





『グリちゃん!?』


 ピクリともしない金猪。


『ダメそうね。戻って休んでね、グリちゃん♪』


 また魔方陣が現れ、グリンブルスティはその魔方陣に吸い込まれていった。


『いや~、予想外だったぁ~。ユー君、強いじゃん!トールにボッコボコにされたって聞いてたけど、リーちゃんに保護されてるだけじゃなかったんだぁ?てか、人間なのに風と火、両方使えるんだねぇ…どうゆう原理?リーちゃんとローちゃんは知ってるの?』





「それは言えない…かな?リーシュとロキは知ってる」


『ヒド~いっ!私だけ仲間外れ!?こんな美少女なのに!?…こんなに美少女なのに?』


「2回も言わなくていい。俺もよくわからんが、言わない方が良いみたいだからな」


『こんな巨乳美少女が頼んでるのに!?じゃあ、私が勝ったら教えてくれりゅ?』


「可愛いけど、可愛く言っても約束はできない」


 フレイが小首を傾げ可愛く『教えてくれりゅ?』なんて言うものだから、俺の集中力は途端に切れてしまった。


『じゃあ、いいもん!ストレス溜まったからユー君で発散してやるんだからっ!』


 ピト…



 そう言ってフレイは足元の地面に掌を付けた瞬間だった



 俺は嫌な予感がしたので、上にジャンプした。


 ドゴーーーンッ!!


 俺の今さっきいた地面が爆せた。



 そして…


『[アースニードル]』


 下から尖った土の柱のようなものが俺に向かって立ち上がってきた。


「くっ…」


 俺は足場のない空中で無理矢理体勢を変え、何本か避けたがまだまだ土の柱は上がってくる。


 しびれを切らし、土の柱の1本を空中で蹴り、フレイのいる場所へ蹴りで突っ込もうとしたが、フレイが数歩下がり避けられてしまう。俺は落下の衝撃を覚悟した。


 ドプンッ!


 俺の突っ込んだ地面がいつの間にか泥沼のようになっており、その泥沼に下半身が埋まってしまった。身動きが取れず、懸命に泥沼から出ようとしたが



「[ロックフォール]、[サンドストーム]」



 突然、砂嵐が現れ、空中に大岩が何個も出現する。そして、その大岩は砂嵐に巻き込まれ周囲を回り始め、遠心力が十分についた大岩が身動きのできない俺を襲ってきた。



『はい、イーチ!』


 ガァンッ!


 大岩が俺に向かってきたが、魔力を纏った拳で破壊した。


「そんなただの岩っ!…クソッ!…くっ、出れ…な…」



『はい、二~!』


 ガァンッ!


「だから、無駄だっ…」


『はい、サ~ン!』


 ガァンッ!


『ヨ~ン、ゴ~、ロ~ク!』


(…!?)


 ガァン、ガァン、ガァンッ!



『いくつまで耐えられるかなぁ?ナナ~、ハ~チ、キュ~!』


 ガァン、ガァン、ガァンッ!







 ・・・・・






『はい、95~!』



「…」


 俺の覚えている最後の数字だった。
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