2 / 96
生きる意思
しおりを挟む何も見えない。真っ暗だ。頭がぼやける。まるで水に浮いているような感覚だ。
さっきの痛みは何だったのか。
『……るか?』
何か遠くの方から声が聞こえた。
『我の声が聞こえるか?』
「え?」
老人まで行かなくてもそれなりに年を重ねたような重みのある声だ。森の中には誰もいなかったはずなのに何故…そう思っていると
『聞こえるな?』
俺に話し掛けているようだ。意識がはっきりしてきた途端不安になった。森の中からいきなり真っ暗なところへ連れてこられたのだから当たり前だ。
「あ、あのっ!ここはどこなんですか!? あなたは誰なんですか!?」
『…落ち着け。お前の生は先程終わった。お前は死んだのだ』
(死んだ!?そんな馬鹿な!?ありえないだろ。そんな急に…ただ散歩してただけなのに)
いきなり死んだと言われて信じられるはずがない。信じられないのだから当然こう考えるだろう。
「冗談…ですよね?」
『理解できぬのもわからなくはないが。 お前は先程、邪竜ニドヘグに腹を貫かれ死んだのだ。その直前に触っていた大樹があったであろう?それが我だ』
(邪竜? ふざけてんのか? んなもんいるかよ…)
死んだの次は邪竜だ。今の状況はよくわからないが、話が突拍子過ぎてもうどうしていいやら。
「…それが本当だって証拠は?」
『自分の体を触ってみろ。触れるものならな…』
まず、手を触ろうとしてみた。
何の感触もなく、何もない。
そして腕も、足も、顔も…
そもそも触ろうとする手すら感じられないのだ。
『お前は今、我の中に溶け込んでいるのだ。
ニドヘグに食われる寸前に、意志だけ我の中に取り込んだ』
認めたくはないが、この何もわからない状況が反って真実だと思えてきてしまう。俺は早々に真実かどうかという答えの出ない問答はやめて、気になったことを口にする。
「どうしてですか? それにあなたは誰なんですか?!」
どうして俺を助けたのか。そもそもお前は誰なのかと。
『ニドヘグに意志を…魂と言った方が分かりやすいか? 食われたらその生は終わる。生は廻っている。それが終わるというのは本当の終わり。無だな。お前の生が終わるのは我には関係ないが、お前という存在に少し興味が湧いた。
我をミドガルドで見つける人間は今まで存在しなかったからな。だが、今のお前からは何も感じん。まぁ、我が名くらいは教えてやろう』
『我が名は世界樹ユグドラシル…世界を支える者なり。
運命が尽きし者よ…最後の言葉を聞いてやろう』
(ユグドラシル!? あの北欧神話とかゲームとかに出てくるやつか!?と、いうか最後の言葉!?俺は死ぬのか!?いや、消えてなくなるのか!?嫌だっ!絶対に嫌だ!)
嫌な夢と決めつけられないほどの現実味があった。そして、もし夢だとしても喜んで死ぬ人などいない。
「嫌だ……最後なんて絶対に嫌だ!」
『もうお前の体はニドヘグに食われて存在しない。お前の運命は尽きた…諦めろ』
…運命?
運命なんて言葉でこんな理不尽な事が許されるのか?
俺は、もういない家族の分も生きるって決めた。
たとえ、一人になっても…
それが俺が唯一できる祖父への…俺を生んでくれた両親への恩返しだと思っているから。
「それでも嫌なんだ!俺は……俺を生んで育ててくれた家族の為にも生きるって決めたんだっ!」
『我儘を言うな。そうゆう運命だったのだ…どうしようもないではないか』
「運命で全部済ませるなよっ!運命で全て諦められるなら…俺の人生って何だったんだよっ!勝手に決められた運命になんかに人生終わらされてたまるかぁぁぁー!!!」
ガシャーンッ!!
何かが割れるような感覚があった。そして、次第に体の存在感というか、五感というか、先程までには全く感じられなかった人としての感覚が戻ってきた。
『ッ!我の深層領域に入ってきただと!?それにこの感覚…我の魔力を使って、体の再形成か!?』
驚くユグドラシルら次第に様相を変える。
『…フフフ…フハハハ…まさかここまで我と波長の合う人間が存在するとはな。ミドガルドで我を見つけるわけだ』
体の感触が戻った。手も足も顔も存在する。
「運命、運命って…運命くらい自分で決めるぞっ!ユグドラシル!! 俺を元の世界に返せっ!!」
『…それは不可能だ。お前の体は我の魔力とお前の意志のみで出来ている。ミドガルドに戻せばすぐに消えるであろう』
思わず力が抜けた。どうにかなりそうな気がしていたのに。
「じゃあ、どうすれば…」
『…お前、転生する気はないか? 神々の座する神界に。神界ならば魔力の体で構わん。神々もそのようなものだからな』
(転生?神界?でも、それしか今を生きる道がないのなら…)
「…生きていられるのなら、何でもいい」
『ここまで波長の合う人間は初めてだからな。我の意志と力もやろう。きっと神界で役に立つであろうよ』
「よくわからないが、それでお前に何の利点があるんだよ?」
『お前を見ていて……運命を受け入れるのが馬鹿らしくなっただけだ。我の運命はニドヘグに根を食い荒らされ、ラグナロクで焼き払われるのをただ待つのみ。ならばお前に全てくれてやった方が面白そうだからな』
「お前は、消えるのか…?」
『同情か?それには及ばん。我はお前の中で生き、お前の目を通して世界を傍観する事にしよう』
「何か神界とやらでやらせたいことでもあるのか?」
『ない。お前の好きに生きろ』
その言葉を最後に俺は何かに吸い出されるような感覚に意識を失った。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
アマテラスの力を継ぐ者【第一記】
モンキー書房
ファンタジー
小学六年生の五瀬稲穂《いつせいなほ》は運動会の日、不審者がグラウンドへ侵入したことをきっかけに、自分に秘められた力を覚醒してしまった。そして、自分が天照大神《あまてらすおおみかみ》の子孫であることを宣告される。
保食神《うけもちのかみ》の化身(?)である、親友の受持彩《うけもちあや》や、素戔嗚尊《すさのおのみこと》の子孫(?)である御饌津神龍《みけつかみりゅう》とともに、妖怪・怪物たちが巻き起こす事件に関わっていく。
修学旅行当日、突如として現れる座敷童子たちに神隠しされ、宮城県ではとんでもない事件に巻き込まれる……
今後、全国各地を巡っていく予定です。
☆感想、指摘、批評、批判、大歓迎です。(※誹謗、中傷の類いはご勘弁ください)。
☆作中に登場した文章は、間違っていることも多々あるかと思います。古文に限らず現代文も。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
西園寺おとば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。
メデューサの旅
きーぼー
ファンタジー
ギリシャ神話をモチーフにしたハイファンタジー。遥か昔、ギリシャ神話の時代。蛇の髪と相手を石に変える魔眼を持つ伝説の怪物、メデューサ族の生き残りの女の子ラーナ・メデューサは都から来た不思議な魔法使いの少年シュナンと共に人々を救うという「黄金の種子」を求めて長い旅に出ます。果たして彼らの旅は人類再生の端緒となるのでしょうか。こちらは2部作の前半部分になります。もし気に入って頂けたのなら後半部分(激闘編)も是非御一読下さい
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
新月神話伝 第三世代
鴉月語り部
ファンタジー
前半は葦原の國に攫われた竹取の娘と少年の悲恋
後半は新月の國での陰陽師と月の巫女の話
※古代の風習である近親婚の描写あり
妖怪と人間が共存する新月の國での群像劇シリーズ。
(世界観は共通ですが時代や人物が違います)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる