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5.作戦

63.腐っても騎士

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 二羽の大きな鳥が、すさまじい速度で後を追いかけてくる。少しでも気を抜いたら、一瞬で追いつかれてしまいそうだ。
 あの大きな鳥のことは、よく覚えてる。
 この世界に来たばかりのとき、治癒能力者だということがバレて、今と同じようにモーガンに追われたことがある。そのときと同じ鳥だ。
 だから、あの鳥が俺より速いことは知ってる。しかも今回はミミズクもいて、あのときいたバロンはいない。このまま何もせずにいたら、追いつかれてしまうだろう。

「二人で来るなんて……最悪だ……」

 思わずひとりごちて、慌てて打ち消すように首を振った。
 弱音を吐いている場合じゃない。何としてでも逃げきるんだ。
 それに今回は、追っ手を振り切る必要はない。エリスちゃんとリオが待っている場所に着ければ、それで勝ちなのだ。

「――ッ!」

 背後から嫌な気配がして、慌てて方向転換をする。
 さっきまでいた場所に、すさまじい威力の電撃が横切った。
 身体がぞくりと震える。
 さっそく、モーガンが電撃砲をぶっ放してきたらしい。相変わらず容赦なさすぎだろ……死んだらどうするんだよ……。

「スズちゃん、止まりなさい。最初から怪しいとは思っていたけれど、やっぱり逃げるつもりだったんだね。テッドシーはどこへ行ったの?」

 余裕たっぷりの表情でたずねられて、心臓が跳ねあがる。
 ごくりと唾を飲み込んで、モーガンを見上げた。

「や、やめてください!」

 違和感をもたれないように、焦った口調で叫んだ。
 用意周到に待ちかまえていることを、知られてはいけない。俺は今、圧倒的な弱者。それを演じるんだ。
 怯えている俺を見てか、モーガンはにっこりと笑った。

「その様子だと、あのテッドシーを撒いたんだ? 意外とやるね、スズちゃん」
「お、お願いです、攻撃をやめてください!」
「投降するならやめてあげるよ。ところで一人? 誰かいたりしないよね?」

 モーガンはそう言って、眉を寄せて辺りを見回しはじめる。
 ……やっぱり警戒されている。
 最初からエリスちゃんとリオが待機していたら、気付かれていたかもしれない。

「どうして俺の場所が分かったんですか」

 声を震わせながらたずねると、モーガンは、ああ、とかぶりを振った。

「スズちゃん、亜空間内にカノンの鳥を入れてるだろう? そのおかげだよ。鳥同士はお互いの場所が分かるから、案内してくれるんだ」

 そう言われて、思わず顔がひきつってしまう。
 ――げ。そうだったのか。あとで逃がそう、8号くん。

 再び混乱しているような表情を作って、追いかけてくる二人を見た。

「お願いです見逃してください! 俺、もう王宮に戻るのは嫌なんですッ!」
「はは、そんなことできるはずがないだろう? スズちゃんらしくないな。前みたいに向かっておいでよ」
「お、王様は、来ていないんですか……!?」
「陛下は来ていないよ。テッドシーが帰ってこないから、王宮を離れられないんだ」

 ――エリスちゃんが言った通りだ。エリスちゃんすごすぎる……。味方でよかった本当に。
 焦りの表情を変えずに、身体を大げさに震わせて、二人を見た。

「俺は王を裏切ってしまいました。だから王宮に戻れば、どんな罰を受けるか分かりません。怖いんです、どうか見逃してください……!」

 ……ちょっとわざとらしすぎるだろうか。
 しかし、モーガンはすっかり騙されているようで、嗜虐的な笑みを崩さなかった。

「それはいいことだね。スズちゃんは今まで恵まれすぎていたんだ。もうちょっと反省した方がいいよ。……ミミズク、もういいから捕まえろ」

 ――モーガンが低い声でそう言った、瞬間だった。
 地面が大きく揺れはじめて、ものすごい音と共に、茎の太い植物が勢いよく生えてきた。

「……えッ!? うわッ!?」

 突然のことに、素の声が漏れた。
 植物は、しゅるりと俺の片足に巻き付いて、強い力で引き寄せられる。あっという間に、宙吊りにされてしまった。
 こ、これはまずい……!
 確認すると、大きな鳥の上に乗っているミミズクが、俺に向かって手を伸ばしている。
 これがミミズクの本気。
 部屋中に花を咲かせて遊んでいたあのときとは、レベルが違う。

「……ミミズクに、こんなきたない場所に来させるなんて……やっぱり、ミミズクは、あなたのことが嫌いです……」

 薄茶色の目でじとりと睨まれる。

「――ッ!」

 すぐに亜空間から剣を取り出して、足に巻き付いている植物を切断した。
 解放されてすぐに、再び瞬間移動を繰り返して、逃走を開始する。
 息つく暇もなく、後ろから次々に電撃砲と植物の触手が飛んできて、そのたびに悲鳴が漏れた。

「ちょ、待って、一旦やめてください、マジで無理……ッ!」

 演技を忘れて叫んでしまう。
 こ、これは無理……! 絶対捕まる! 根性論で何とかなるレベルじゃない……!
 ギリギリのところで何とか避けながら、二人の動きに注意する。
 ……モーガンとミミズクが、別々に動くからこんなに厳しいんだ。せめてどちらか一人の動きを封じないと、このままじゃ捕まってしまう……!
 マナ修練所で、リリア様とライカナ様に教えてもらった、戦い方を思い出す。
 弱い俺が攻撃系の能力者と真っ向から戦ったって、絶対に勝てない。
 とにかく逃げるんだ。
 逃げて、逃げて、逃げて。そして、隙を見て攻撃する。俺の戦い方はこれしかない。今なら、分かる。

 電撃砲を避けて、うねるように迫ってくる太い触手を剣で切る。
 逃げながらも、二人から視線をはずさない。

「……しぶとすぎです。ミミズク、もう帰りたいんですけど」

 呆れたように呟いたミミズクが、両手を突き出して再び植物を出現させた――その瞬間に、移動能力でミミズクの背後に移動した。
 ――今なら、いける。

「――急所は外しますので、すいませんッ!」

 そう叫んで、ミミズクに剣を突き立てようとした、そのときだった。
 ミミズクが乗っていた鳥がミミズクを庇い、鳥の羽に剣を突き立ててしまった。
 大きな鳥はうめき声をあげて、がくんと急降下していく。

「ひぃぃぃぃ……っ! 鳥がやられちゃいましたぁ、モーガンさん、助けてぇ……っ!」
「くそッ、手間取らせるな!」

 ミミズクが、逆さまに落ちていく。
 モーガンが乗っている鳥が引き返して、ミミズクを空中でキャッチした。
 ……失敗したけど、これで多方向からの攻撃はなくなった。だいぶマシになるはずだ。
 踵を返して、再び逃走をはじめる。

 少し時間をかせげたおかげで、二人との距離に余裕ができた。
 それに、さっきより追ってくる速度が遅くなった気がする。きっと、二人分の体重のせいだろう。
 だけど、攻撃は相変わらず止まない。
 激しい電撃砲や触手が容赦なく放たれては、ギリギリのところで避けるを繰り返した。

「――ぐッ!」

 モーガンの電撃が肩に当たって、痛みにうめく。歯を食いしばった。ここまで来て止まるわけにはいかない。

 岩壁地帯の前にある林に入った。
 あと少しだ。
 木々が密集しているせいで、追ってくる二人の速度はさらに遅くなる。その隙に一気に林を抜けて、先を急いだ。

「スズちゃんッ! 逃げ場なんてないんだから、大人しく投降しなさいッ!」

 モーガンの苛立った大声が後ろから聞こえてくる。
 ――逃げ場がないのは、そっちだ。
 岩肌が広がる景色が見えて、猛スピードで駆け抜ける。エリスちゃんとリオが待つ、岩壁地帯だ。
 到着したとき、大きな岩に身を隠しているエリスちゃんと目が合った。
 エリスちゃんは、優しい表情を浮かべて微笑んだ。

「――スズ様、よくがんばったね」

 エリスちゃんの声が聞こえた。その瞬間。
 岩壁地帯中の岩石が浮き上がり、ものすごい勢いで、モーガンとミミズクに突っ込んでいく。
 岩石が砕ける激しい音に、思わず耳を塞いだ。濃い土埃が舞って、一瞬で視界が悪くなる。
 エ、エリスちゃん……すごすぎ……。味方でよかった、いや本当に……。

 やがて、土埃が晴れていく。
 モーガンとミミズクはどうなったんだろう。さすがに無傷じゃないと思いたい。

「何だあれ……」

 晴れていく砂埃の中から現れた光景に驚いて、思わずつぶやいた。
 そこにいたはずの二人は、巨大で分厚い果肉植物に覆われていた。
 植物の隙間からモーガンがわずかに見える。無傷じゃない。額からだらだらと血を流している。
 赤く染まったその表情には、苛立ちが見えた。

「……罠だったのか。くそ、まんまと嵌められた」

 モーガンは吐き捨てるように、そう言った。
 エリスちゃんは、植物の防御壁を見ても、表情を崩さない。宙に浮いたまま、優雅に微笑んだ。

「生きてたんだ、残念。まぁでも、腐っても騎士だもんね?」
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