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4章.プレジュ王国
49.スズ
しおりを挟む王様は呆然とする俺を抱きしめて、再びベッドに入った。
また怯えてしまったけれど何もしてこなかった。ただぎゅっと抱きしめて眠りを促すように髪を撫でられていた。
けれど俺はその夜、一睡もできなかった。
「ひ、ひとりにしてください……」
翌朝、俺は王様に訴えた。
許されないと思ったのに、王様はあっさり了承して、呆然としている俺を心配そうにしながら自室まで送ってくれた。
すっかり見慣れた王宮の部屋は、しんと静まり返っている。ふらつきながら、大きなベッドに近づいて、倒れるように仰向けに寝そべった。
強引に犯されたが、身体に違和感や痛みはすでにない。治癒能力があっという間に治したのだろう。
いつもはこの部屋にリオがいて、エリスちゃんやエルマー様がきてくれる場所なのに、まるで知らない場所にいるみたいだった。
部屋の中に、見張りはいない。それどころか、扉の前にすら見張りはつけられていなかった。
俺はこの世界で、異常に重宝されている治癒能力者だ。それもたった一人しか存在しないレベル10なのに、この甘い監視は何だろう。本当に王様は、俺を支配するつもりがないみたいだ。
「俺が、弟だから……」
言われたことをひとりごちる。
今でも、信じられない。でも、そう考えると理解できなかった王様の行動に辻褄が合ってしまう。
高い天井を呆然と眺めながら、思い出したように両手を伸ばした。静かな部屋はとても息苦しい。
話し相手がほしいと思った。
「……バロン、来い」
思いたって、バロンを召喚した。
思い起こせば、バロンは何かを知っていて、ずっとそれを隠しているように見えた。だから、改めて話が聞きたいと思ったのだ。
黒い亜空間の中から、ニコニコ顔のバロンが現れる。バロンは嬉しそうに、勢いよく俺に飛びついてきた。
「スズ~っ! もーいつも言ってるけど、呼ぶの遅いよっ! すぐに呼んでって言ってるじゃんっ!」
顔面にべたりと張り付かれたけど、はがす気力もなかった。
それに違和感を覚えたのか、バロンは俺の膝の上に降りて、首をかしげた。
「あれ、どうしたの? なんか元気ないね」
「うん……元気、全然ない……」
「本当にどうしたの? 酷い顔してる。あれ、リオは?」
「……プレジュにいる」
「は? プレジュって、ここじゃない国のプレジュ王国のこと? なんでそんなとこにいるの?」
驚いた表情で、聞き返される。何から言えばいいのか分からない。
「バロン、あのさ……」
ゆっくりと身体を起こして、俺はバロンに話をはじめた。
エリスちゃんとエルマー様が、プレジュ王国の諜報員だったこと。リオと四人で出かけたら、二人に襲われてさらわれたこと。そこで、プレジュの王を治してほしいと言われたこと。そのあと、ノアアーク王が現れて、無理矢理戻されたこと。最後の召喚契約を結んでしまったこと。
召喚契約をするために強引に犯されたことは言わなかった。あんなこと、誰にも知られたくないし、口にするのも恐ろしかった。
バロンは、黙って俺の聞いている。
もしかして、バロンはずっと俺のことを知っていたんじゃないか。そう思って顔を上げた。
「……なぁバロン。ゴフェルって知ってる?」
たずねると、バロンは驚いたように目を見開いて。それから大きな耳をぴんと立てて、うなずいた。
「……うん。よく知ってるよ。そっか、スズはゴフェルのことを知ってしまったんだね。あの人間――ノアアークが言った。そうだね?」
「うん……」
「アイツに、何を言われたの?」
「……俺は元々、この世界の人間で、王様の弟みたいな存在だったって。でもある日、記憶を消して、王様から逃げ出したんだって言われた……」
「言われたのは、それだけ?」
バロンの言葉に、驚いた。
「え……それだけ、って。まだ何かあるのか……?」
「どうしてゴフェルが、ノアアークから逃げ出したのかは聞いた?」
「いや、それは何も聞いてない……」
「じゃあこの世界のことは?」
「この世界のこと……? そういえばエリスちゃんが、プレジュの王様のことを、この世界の歴史の証人だって言ってた。でも助ける前にノアアークに連れ戻されたから、何も聞けなかったんだ。それが俺と関係あるのか?」
たずねると、バロンは神妙にうなずいた。
「――うん。あるよ。でも、今の元気がないスズに、全てを話すのは残酷すぎる。ぼくの口からは何も言えないよ」
きっぱりとバロンは、そう言った。
――ああ、またこれか。
もうこれ以上、知らないことが増えるのは嫌なのに。分からないことが多すぎて、頭がおかしくなりそうだった。
「……もう今さら、何を言われても驚かないよ。教えてほしい」
「いいや、教えない。以前スズに、ダンジョンの挑戦者が行方不明になることについて聞かれたときも言ったけれど、この問題は創造主たるぼくが語るべきことじゃない。どうしても知りたいなら、ちゃんとスズが自分で解き明かして、知るべきことだよ」
真剣な口調でそう言われて、いよいよ泣きそうになる。
膝を抱えて顔をうずめた。
「解き明かせって言われても、こんな状態で、どうしろっていうんだよ……もう何もできない」
つぶやいた声は、震えていた。
昨日一日でいろんなことがあった。
今まで仲良くしていた、エリスちゃんとエルマー様に襲われて、プレジュにさらわれて、ノアアーク王に弟だと告げられた。
もう、頭がおかしくなりそうだった。リオをこの国に戻してあげたいけど、方法だって思いつかない。
「――なぁ、なんで俺は、あの王様から逃げたんだ? 具体的には言わなくていいから教えてくれよ」
たずねると、バロンは少し悩んで、口を開いた。
「……ゴフェルはね、すっごく良い子だったんだ。だから、ノアアークを止められなかったこと、自分がしてしまったことへの罪の意識から、毎日泣いていたよ。だけどある日、ついに耐えられなくなって、この世界から逃げたんだ。別にそれが悪いことだと、ぼくは思わないよ」
「何だそれ。バロンが何を言っているのか、全然分からない……」
「ねぇ、スズ。顔を上げて。スズはこれからどうしたいの? ぼくに聞かせて」
「もう何もしたくない」
そう言って、顔を上げた。そのときだった。
「――もう、スズッ!」
突然、バロンに大きな声で名前を呼ばれる。
その瞬間、バロンがものすごい勢いで飛びかかってきて、俺の顔を強打した。
「い、痛ぁっ!」
やわらかい毛で覆われていると言えど、勢いがあったせいで地味に痛くて思わずうめく。
バロンは、キッと強く俺を睨んだ。
「さっきからめそめそして、全然スズらしくないよ! ゴフェルが何をしたとかどうでもいいじゃん! スズはどうしたいわけっ!?」
勢いよく叫ばれて、言葉に詰まる。
どうしたい、って。そりゃリオを何とかしたいに決まってる。
この世界のことだって知りたいし、俺が何をしたのかだって……怖いけど、知りたい。
でも、急にいろんなことがあって混乱してるんだ。恨みがましい視線を向けても、バロンは強く俺を睨んだままだった。
「ゴフェルはね、すっごく内気で泣き虫な子だったよ! 自分の考えすら、自信を持って言えないような。でも、君は違うでしょ?」
「ま、まぁ、内気ではないかも……」
「どうみても内気じゃないよ! 活発で、異常に度胸のある男の子でしょっ! これだけは断言してあげる。君はもうゴフェルじゃない。スズっていう別の人間だよっ!」
バロンは、柔らかいクリーム色の毛逆立てて、強い口調で言った。さらに言葉は止まらない。
「こんなところでめそめそ悩んでるなんて、全然スズらしくない! ぼくが気に入った人間は、もっとかっこよかったはずだよ!」
勢いよく叫んだバロンの言葉に、はっとした。
――そうだよな。もう起きたことを後悔したり、分からないことでいつまでも悩んだってしかたない。
こうして過ごす時間が無駄だ。めちゃくちゃ無駄。プレジュに取り残されているリオに顔向けできない。
俺は、深呼吸をした。
それから、まだ震えている両手で、自分の頬を思いきり叩いた。頬がじんじんとしびれて、目が覚めたような気がした。
「……ありがとう、バロン。俺、しっかりするよ」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、バロンはにっこりと笑って、俺の肩に飛び乗ってきた。
「やっといつもの顔に戻ったね! そっちの方が、ぼくは好きだよ!」
「迷惑かけてごめん。なぁバロン。とりあえずさ、リオをこの国に戻してあげたいんだ。それにこの世界のことをもっと知りたい。ゴフェルが何をしたのかも。俺はこれからどうしたらいい? 答えられる範囲でいいから、教えてほしい」
「そんなの、決まってるよ。全てを知っている人間が、プレジュにいるんでしょ?」
バロンはそう言って、にやりと笑った。
「歴史の証人――プレジュの王に、もう一度会いに行かないとね!」
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