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4章.プレジュ王国
42.長い夢
しおりを挟む――長い、長い夢を見ていた。
今なら分かる。
これは、ずっとずっと昔の、俺の夢だ。
あのころは、毎日がひもじくて、いつもお腹がすいていて、朝から晩までくたくたになるまで働いていた。
けれど、ダンジョンを攻略したあの日から、俺の生活は一変したんだ。
この世界には、ダンジョンと呼ばれる場所が存在する。
それは、世界を作ったとされる精霊が管理している場所で、世界中に点在しており、誰でも自由に入ることができる。
精霊の元にたどり着いて契約をすれば、特別な異能力が手に入るが、中には恐ろしいモンスターや、罠が数多く仕掛けれており、討伐したり回避しながら、精霊の元へ辿り着かなければならない。
途中で力尽きれば、ダンジョン内の記憶を消されて、広すぎる世界のどこかに飛ばされてしまう。
そのため、挑戦者はよほど生活に苦しんでいる人か、力に自信がある人しか近づかなかった。
けれど、その人いわく。
みじめな生活から脱却するために、俺たちはダンジョンに入った。
ダンジョンに入るとき、俺は怖くて涙がとまらなかった。
本当は嫌だった。入りたくなかった。今の生活に、不満なんてなかったからだ。
けれど、俺はそれをあの人に伝えられなかった。
その人は、足が震えて動けない俺の手を引いて、ダンジョンに入った。
――そして、その人と俺はダンジョンを攻略して、報酬として能力を手に入れたんだ。
能力を手にしてから、その人は、変わってしまった。能力を使って、他人のお金を、ものを、人格を奪うようになった。
「今まで俺たちは、たくさんのものを奪われてきたんだ。ただその分を、取り返しているだけだよ?」
その人はいつもと変わらない、優しい笑顔で、俺にそう言った。
俺にはそれが、とても恐ろしかった。
***
「……んん」
意識が浮上する。
……何だろう。また嫌な夢を見ていた気がする。だけど、内容が全く思い出せない。
目を開けて、まず視界に入ったのは、白い大理石の床に投げ出された自分の足だった。
それからすぐに、両腕が動かないことに気が付く。確認すると、天井まで伸びている大きな柱に、太い鎖で拘束されていた。
……やばい、何があったんだっけ、と考えて、すぐに思い出した。そうだ。俺はエリスちゃんとエルマー様に、襲われたんだ。
「……痛、い」
ずきんと激しい頭痛がして、思わずうめく。
この状況と、はっきりしない夢のせいで、頭痛がとまらなかった。
「目が覚めましたか、スズ様。あいかわらず、お寝坊さんですね?」
唐突に声をかけられてはっとする。
そばにいたらしいエリスちゃんが、いつもと変わらない、可愛らしい表情で微笑みながら、俺を見ていた。
「そ、その格好……」
驚いてつぶやく。
エリスちゃんは、侍女のエプロンドレス姿じゃなかった。
かっちりとした白いジャケットに白いパンツを着用していて、腰に剣を指している。
明らかに俺が知っているエリスちゃんじゃない。
「これ、プレジュ王国の正装なんだ。かっこいいでしょ?」
エリスちゃんはにっこりと笑って、そう言った。
少し離れたところに、エルマー様も立っている。エリスちゃんと同じ白い服を着用して、バツが悪そうな表情をして、俺と目を合わせなかった。
「そ、そうだ……ッ! リオは!?」
「リオなら、そこにいるよ。面倒なことになりそうだったし、僕は放っておきたかったんだけど、エルマーが連れていくっていうから仕方なく」
指された方を確認すると、リオは俺から少し離れた柱に、同じように拘束されていた。瞳は固く閉じられて、眠ったままだ。
ここにいるということは、少なくとも王宮側に手を出される心配はない。そのことに少しだけほっとした。
エリスちゃんはにっこりと笑って、俺に近づいてくる。
一歩近づいてくるたびに、大理石の床を踏む音が高らかに響いた。
細くて白い人差し指で、顎を上向けさせられる。
「……スズ様。あなたをさらったのは、あなたにお願いがあるから。僕の言うことを聞いてくれる? 痛い目には遭いたくないでしょ?」
「おい、エリス! 何してんだやめろっ! 乱暴するな!」
今まで黙って見ていたエルマー様が、慌てた様子で駆け寄ってくる。
途端にエリスちゃんは、冷ややかな目をエルマー様に向けた。
「……誰に口を聞いているんだ、エルマー? エルレインさん、だろ?」
その言葉に、エルマー様は口をつぐんで。それから、再び口を開いた。
「エ、エルレイン、さん……やめろください……」
「ふん。まぁいい」
エリスちゃんは俺から手を離して、踵を返した。
――何が起きているんだろう。
ここまできても、状況が理解できない。いや、本当は分かってるけど、理解したくないだけだ。
きっと、エリスちゃんとエルマー様は……。
「王宮の人じゃなかったんだな……」
天井が高くて広い空間に、俺の声がよく響いた。
エリスちゃんは、にっこりと微笑んで、エルマー様はうつむいた。
「いや、ちゃんと王宮の人間だっただろ? 侍女の面接にも通ったし、三年も働いたんだよ」
「……いや、そういうことじゃなくて」
「言いたいことは分かってる。お察しの通り、僕たちはティルナノーグの人間じゃない。この国、プレジュ王国民。治癒能力者を狙って、潜伏していたんだ」
淀みなく、すらすらとエリスちゃんは答えた。
……やっぱり俺はずっと、騙されていたんだ。
あまりにも身近な存在だった二人から裏切られたという事実をようやく理解して、悲しくなった。
やばい、泣きそう……。
「ス、スズ……! おい、大丈夫か……?」
慌てた様子でエルマー様が近づいてくる。俺は首を振った。
「……大丈夫じゃないですよ。さすがに泣きそうです……こんなのひどすぎます……」
「だ、騙してたのはすまなかった……。でも、ここにいる方が安全かもしれねーからさ。お前もリオも」
たどたどしく、エルマー様が謝ってくる。
それを見てか、エリスちゃんは、わざとらしいぐらい大きなため息を吐いた。
「……こいつは本当に役に立たなかった。何回殴ったか分からないよ」
「な、なぐ……? え? は?」
思わず聞き返してしまった。
可愛い顔と声で物騒な言葉を言われて、こぼれそうだった涙が一瞬で引っ込む。
目と耳からそれぞれ入ってくる情報が違いすぎて混乱する。おしとやかだったエリスちゃんの言葉とは思えなかった。
そばにいるエルマー様を見ると、口をつぐんで、目を泳がせている。
「エルマー――この役立たずは、プレジュ王国のスラム出身なんだよ。ものすごく強いと悪名高かったから、スラムの住人を人質に取って、ティルナノーグの王宮に騎士志望として送り込んだんだ」
エリスちゃんの言葉に驚いて、エルマー様を見る。
「えっ、エルマー様、エリスちゃんに脅されてたってことですか?」
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エルマー様は言葉をにごしてうなずいた。
それを聞いて、納得する。だからエルマー様、エリスちゃんにあんなに弱かったのか……。
エリスちゃんはさらに、忌々しげに口を開く。
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「最初のチャンス……?」
「あなたのことだよ、スズ様。最初にあなたが治癒能力者だと知ったのは、この馬鹿だっただろ? なのに説得に失敗して、あなたに逃げられて、王宮に知られてしまった。あのときばかりは、怒りで頭に血が上ぼったよ。顔面をボコボコに殴ってやった」
「ぼ、ぼこぼこになぐった……?」
そう言われて、あのときのことを思い出す。
……俺の部屋まで謝りにきたエルマー様の顔は、激しく殴られたような跡があった。すぐに治してあげたけど、あれ王様がやったんだと思ってた。
エリスちゃんだったのか……。想像できない。
「さらに、この馬鹿の役立たず伝説は続く。あなたに部下をつける話になったときに、何を血迷ったのかレベル10のリオを通した。本当に馬鹿すぎて気が狂ったのかと思ったよ!」
「こ、子どもの方が懐柔しやすいって思ったんだよっ! まぁたしかにちょっと同情はしたけど……。こうして成功してるんだからいいだろーがっ!」
「ふん。こんなの、運がよかっただけだ!」
エリスちゃんはそっけなく言って、さらに憎らしげな表情で、エルマー様を睨んだ。
「……そして、失態続きのこの男に僕は命じたんだ。スズ様と召喚契約を結んでこいと。あなたが外に出て危ない目に遭ったときに、この役立たずを召喚すれば、捕獲が容易だからね」
「だ、だからエルマー様、突然俺に召喚契約をもちかけてきたんですか!?」
「い、いや……その……」
「そう。なのに、それすらあなたに断られて、この男の存在価値が未だに見出せないよ」
エリスちゃんはそう言って、わざとらしく頭を抱えた。
ちょ、ちょっとさすがに辛辣すぎないか……? こんな状況だっていうのに、エルマー様がかわいそうになってきたよ……。
「ん……」
遠くで身じろぎが聞こえて、はっとする。
俺と同じく柱に拘束されているリオが目を覚ましたらしく、身体を起こして、辺りをキョロキョロと見回していた。
「……あれ、スズさん?」
リオは首をかしげて、俺を見た。
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