上 下
27 / 73
2章 王宮

27.僕はなにもしてないよ

しおりを挟む

「そうだ! なぁ、リオ。よかったら俺と、召喚契約してくれないかな?」

 にっこり笑ってそう言うと、リオは勢いよく顔を上げた。
 泣いていたせいで、綺麗な緑色の瞳が涙でぐちゃぐちゃだ。リオは、はっとした表情をして慌てて袖で涙をぬぐった。

「しょ、召喚契約って、何ですか……?」
「あ、そっか。リオは知らないよな。俺、移動能力者なんだ。俺のレベルだと三人まで契約できて、契約した人が離れたところにいても、呼び出すことができるようになるんだ。いわゆる召喚ってやつ。どうかな? 嫌だったら断ってくれていいよ」
「こ、断るなんてとんでもないですっ! 僕でよかったら喜んでっ! どうしたらいいですか!?」

 勢いこんでリオは言った。
 無理矢理契約させるようなことは絶対したくなかったんだけど、その心配はなさそうで安心する。
 でもなぁ、契約するのに同意と……キスが必要なんだよな。同意は今もらったから大丈夫なんだけど、キスは……こんな若い子にいきなりしたらさすがにまずいよな……。ここが元の世界だったら捕まってしまう。

「じ、実はさ……召喚契約するのにキスが必要なんだ……。だから嫌だったらマジで断ってくれていいんだけど……」

 おずおずとそう切り出すと、リオはきょとん、として。
 それからみるみる顔を真っ赤した。

「ぼ、ぼぼ、僕とスズさまが、ですか!?」
「そ、そう……嫌だよな、俺みたいな男に触れられるの」
「と、とと、とんでもありません! よ、よ、よろ、よろしくお願いします!」

 リオは真っ赤な顔のまま、目を閉じた。
 ……これは嫌がられてはいないよな?
 そう思い、目の前の頬にそっと触れる。触れた途端、リオは見て分かるぐらい大きく跳ね上がった。
 なんだかこっちまで恥ずかしくなってきて顔が熱くなる。
 さっさと終わらせてあげよう、と震えるくちびるに触れるだけのキスをした。それからすぐに離して、にっこりと笑ってやる。

「はい終わり。これで契約完了したよ。困ったときは呼び出すかもしれないけど、拒否できるみたいだから都合が悪かったり嫌なときは、応じてくれなくていいから」
「ななな何を差し置いても絶対に行きますっ!」

 首を横にぶんぶんと振りながら、リオは言った。
 ……何か、すげー懐かれてる気がするな。モーガン様はリオが裏切った場合のことを心配していたけど、絶対にないと思う。もしリオに裏切られたら人間不信になるわ。
 とにかくこれで、王宮側の要求は全てのんだ! 軟禁生活も今日で終わりだ!

「モーガン様。リオが俺の部下になったんだし、これで俺は部屋から出てもいいんですよね?」

 たずねると、モーガン様はしぶしぶといった表情で、うなずいた。

「……まぁ、陛下がいいと言ったのだから許可する。でも十分に気を付けてほしい。あと外出時には必ずリオ、もしくは騎士を一人連れていくように」
「やったー! 了解しました! じゃあさっそくどっか行こうか、リオ」
「えっ、今からですか?」

 驚いたリオに、大きくうなずいた。

「俺、もう三日も外に出てないんだ。少しでいいから、明るいうちに外に出たくてさ。駄目かな?」
「もちろん僕はかまいません! ……でも、いいんでしょうか?」

 リオは不安そうに、顔をしかめているモーガン様を見た。
 きっとモーガン様は初日から外に出てほしくないと思っているんだろう。そんな顔をしている。
 でもそんなの知るか!

「……止めはしない。さっきも言ったけれど、陛下が許可したことだからね。だがリオ、仮にも王宮に従事する人間になったのだから、その格好をどうにかしてからにしなさい」

 モーガン様はそう言って、リオの汚れた服と伸びきった髪を指す。
 リオは困惑した表情で、顔をあげた。

「でも僕、きれいな服、持ってなくて……」
「もちろん王宮の制服がある。ついでに、身だしなみを整えてもらいなさい」

 その言葉にリオは不安そうに俺の方を振り返る。
 俺は笑ってうなずいた。

「待ってるから、行ってきな」
「は、はい……! じゃあお願いします!」

 リオは、見張りの兵士に連れられて部屋を出て行く。
 俺はリオを安心させるように笑顔で手を振った。
 あーかわいいな。なんか弟みたいっていうか。守ってあげたくなるな。いや守ってもらうの俺なんですけどね。

「……俺もここで失礼するよ。スズちゃん、必ずリオが戻ってきてから外に出てくれ。もし破ったら、分かってるね?」

 モーガン様が念を押すようにそう言ったので、うなずいた。

「分かってます。絶対に一人で行動しませんから大丈夫です」
「……エルマー。念のためリオが戻ってくるまで、スズちゃんを監視していてくれないか」
「へーへー」

 エルマー様は机に肘をついて、モーガン様を追い出すように手を払った。
 モーガン様や、リリア様、もう一人の女性騎士の方は部屋を出ていく。
 それからすぐに、今までずっと机にもたれて寝ていたカノン様が、突然むくりと起き上がった。

「――あえ? もしかして、もう面接終わったー?」

 そう言って、カノン様はキョロキョロと周りを見回しはじめる。
 俺と目が合うとへらっと笑って、トコトコと近づいてきた。

「ねーねー、スズ!」
「は、はい。なんですか?」

 ニコニコと邪気のない笑みを浮かべながら、カノン様は制服のポケットをごそごそと探りはじめる。

「スズにこれあげるー。8号クンだよ!」
「8号くん……?」

 そう言って手渡されたのは、緑色の身体に黄色いくちばしの、手乗りサイズの文鳥だった。
 文鳥はすぐに俺の手に飛び乗って、指をがじがじと甘噛みしてくる。

「連絡手段として使うといいよ! スズの移動能力の亜空間内に入れといていいけど、一日一回は出してあげてね。そしたら勝手にゴハン食べて戻ってくるからー!」
「え、え、ちょっと!」
「じゃあねー! ふわぁ、ぼく戻って寝るー! おやすみー!」

 カノン様はひらひらと手を振って、部屋を出ていってしまった。
 ……え、説明これだけ?
 そばで様子を見ていたエルマー様が文鳥を見て、ああ、と声を出した。

「……その鳥なら王宮への連絡用だぞ。カノンが何匹も飼ってて、いろんな奴らに配ってんだ。俺はいらねーからもらってないけどな。何か起きたときに、鳥にメモでも付けて離せばいいだけだ」
「離したら、どうなるんですか?」
「内容によっては、王宮から救援が来るんだよ」
「へぇ、なるほど」

 感心してしまった。
 通信手段がないこの世界で、王宮は鳥を連絡手段に使っているらしい。
 でも能力世界なのにずいぶん原始的だなぁ。もっとこう、レベルの高いテレパシー能力を持ってる人が何とかしてくれてる、みたいなのないんだろうか。

「……てかお前、これ以上ペット増やしてどうすんだよ。でかいわんこが増えたばっかだってのに」

 エルマー様は、文鳥とバロンを交互に見てそう言う。すると、俺の肩に乗っていたバロンが、眉をひそめた。

「……おいクソ人間。まさかとは思うけど、ペットってぼくも含まれてるんじゃないだろうな?」
「お前を入れなくて誰を入れるんだよ……」
「ぼ、ぼくがペットッ!? 神聖な存在であるこのぼくを!? このやろーっ!」

 衝動的に飛びかかったバロンを、エルマー様がひょいと避ける。
 そのまま派手な音をたてて椅子に突っ込んだので、慌てて拾いにいった。頼むから大人しくしててほしい。

「……ってか、さっき怪しかったよな、あいつ」

 エルマー様が呟くようにそう言ったので、俺は首をかしげた。

「ん? 怪しいって、誰がですか?」
「……モーガンだよ。何かよそよそしいっていうか。スズ、気をつけろよ。ありゃ何企んでるか分かんねーぞ」
「えー大丈夫ですよ、リオがいますし。っていうか王宮側が何か企んでいるなら、エルマー様が知らないのはおかしくないですか? 同じ騎士なのに」
「あー俺、ゴリゴリの新参だから。まだ三年目。だからヤバい話は全く聞かされねーんだよ。まぁどうでもいいけど。お互い様だし」

 どうでもいい、と言いながらエルマー様はちょっと不機嫌そうだ。

「スズっ! ぼくがいるから大丈夫だよ~! 今度こそ、ぼくが守ってあげるからねっ!」
「うん、バロンも頼りにしてるよ」

 そう言って、バロンを撫でてやる。
 あざといのは分かってるんだけど、このモフモフの魅力には勝てないんだよな……。

「あ、そういえば……」

 ふと思い出して、バロンを持ち上げて視線を合わせる。

「ん? どうしたの、スズ」
「バロン。この世界にあるダンジョンってさ、今どうなってるんだ?」

 軽い気持ちでたずねた。
 アレウスとエルマー様が、ここ数百年ぐらい、ダンジョンに入った人が戻って来ないって言ってたから、バロンなら何か知ってるかなって思ったんだ。
 バロンは首をかしげた。

「ん-? どういう意味?」
「エルマー様とアレウスがさ、この世界に存在するダンジョンに入った人が、ここ数百年間ぐらい、全く戻ってこなくなったって言ってたんだ。本来なら、失敗しても記憶を消されてどこかに戻るんじゃないのか?」
「ああ、そのことねー!」
「何か知ってるの?」
「もちろん、知ってるよ! だってぼく、ダンジョンの管理者だもん!」

 何でもないことのように言われる。
 けれど、バロンはその先の言葉、原因を言わなかった。
 エルマー様と顔を見合わせる。もう一度バロンを見た。

「……え、知ってるんだろ? 何が起きてるか教えてくれよ」
「スズ、それはね。残念だけど、ぼくの口からは、教えてあげられないよ」

 バロンはきっぱりとそう言った。さらに言葉を続ける。

「基本的にぼくは、世界に対して大きな干渉はできないんだ。特にこの問題は、教えたところでこの世界を混乱させるだけだからね。どうしても知りたいっていうなら、それはスズが責任を持って、自分自身で解き明かすべきだよ!」

 めずらしく神妙な口調だった。
 ……何だよ、難しい言い方して。知ってるなら、教えてくれたっていいのに!

「そんなこと言って、どうせバロンが何か悪いことしてるんだろー?」
「ぼくは何もしていないよ」

 茶化すように言うと、バロンはすぐに答えた。
 いつもと違う様子にとまどってしまう。

「本当にぼくは何もしていないんだ。スズ、ぼくを信じてくれる?」
「……そんな真剣になるなよ。本気でバロンを疑ってるわけじゃないって」

 そう言うとやっとバロンは、にぱっと笑った。

「よかったー! ぼく、スズのこと好きだからさ、嫌われたくないんだよね!」

 そう言ったバロンに、エルマー様が鼻で笑った。

「けっ、知ってるふりして何もしらねーだけだろ」
「なんだと、このクソ人間ッ!」

 いつもの調子で二人が喧嘩をはじめたので、ちょっとほっとする。
 うーん。漠然とだけど、この問題は簡単に踏み込んじゃいけない気がするなぁ。
 そもそも数百年も前のことなんて、今と関係ないことだし、あんまり追及するのはやめよう。
 そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・R18】28歳の俺は異世界で保育士の仕事引き受けましたが、何やらおかしな事になりそうです。

カヨワイさつき
BL
憧れの職業(保育士)の資格を取得し、目指すは認可の保育園での保育士!!現実は厳しく、居酒屋のバイトのツテで、念願の保育士になれたのだった。 無認可の24時間保育施設で夜勤担当の俺、朝の引き継ぎを終え帰宅途中に揉め事に巻き込まれ死亡?! 泣いてる赤ちゃんの声に目覚めると、なぜか馬車の中?!アレ、ここどこ?まさか異世界? その赤ちゃんをあやしていると、キレイなお母さんに褒められ、目的地まで雇いたいと言われたので、即オッケーしたのだが……馬車が、ガケから落ちてしまった…?!これってまた、絶対絶命? 俺のピンチを救ってくれたのは……。 無自覚、不器用なイケメン総帥と平凡な俺との約束。流されやすい主人公の恋の行方は、ハッピーなのか?! 自作の"ショウドウ⁈異世界にさらわれちゃったよー!お兄さんは静かに眠りたい。"のカズミ編。 予告なしに、無意識、イチャラブ入ります。 第二章完結。

死亡フラグばっかのヤンデレBLゲームで、主人公になったんですけど

つかさ
BL
『水無瀬 優里』は自他ともに認めるヤンデレ製造機だ。 それ故、身体を開発されたり、監禁されたり、まともな恋愛をした事がない。 ひょんなことから、彼氏の『望月 空也』を故意に殺害しかけた後、交通事故に巻き込まれ、転生をした。 『愛されて死ね!』というヤンデレゲームの主人公『ノア』に転生した彼は、今世は監禁や開発とは無縁の人生を送ることを決意する。 だが、世界は水無瀬の求める平穏を許さないようだ。 生じていく原作とのズレにより、ノアの秘密が明かされていく。 ーーー------------------ プロローグのみナレーションがついていますが、他は1人称視点です。 ※キスシーン以外は、念の為(※)をつけます 最終的にはCPが決定しますが、主人公は総受け気味です。

【R18】【Bl】R18乙女ゲームの世界に入ってしまいました。全員の好感度をあげて友情エンド目指します。

ペーパーナイフ
BL
僕の世界では異世界に転生、転移することなんてよくあることだった。 でもR18乙女ゲームの世界なんて想定外だ!!しかも登場人物は重いやつばかり…。元の世界に戻るには複数人の好感度を上げて友情エンドを目指さなければならない。え、推しがでてくるなんて聞いてないけど! 監禁、婚約を回避して無事元の世界に戻れるか?! アホエロストーリーです。攻めは数人でできます。 主人公はクリアのために浮気しまくりクズ。嫌な方は気をつけてください。 ヤンデレ、ワンコ系でてきます。 注意 総受け 総愛され アホエロ ビッチ主人公 妊娠なし リバなし

脱ハーレムを目指した俺がハーレムの王になるお話

朝顔
BL
短編 BLハーレムゲームの攻略対象者に転生したけど、何故か総受けの主人公に襲われる話。 現実世界で死んだ俺は、ご褒美転生させてもらえることになった。 たくさんの美女に囲まれてウハウハのハーレムを作ろうと、ハーレムゲームのイケメン貴族に転生を選んだが、なんとそこは既に女が絶滅した男だけの世界だった。 自分は攻略対象者なので、総受けの主人公との出会いなんて無視して生きていこうとしたが、どう見ても攻めの主人公に気に入られてしまう。 ハーレムゲームに巻き込まれた俺のただただ逃げ出したい話。 連載版あらすじ↓ BLハーレムゲームの世界に転生してしまった俺は、脱ハーレムを目指して、主人公と主人公が攻略するはずだった対象者達から逃げる日々を送っていた。 ついに耐えかねた俺は、この世界での親父に仕事を辞めたいと頼むが、返ってきたのは結婚しろという命令だった。 これは、脱ハーレムを目指した俺が結局?何故かハーレムの王となるお話である。 4/30番外編追加 5/6番外編追加

僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない

ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』 気付いた時には犯されていました。 あなたはこの世界を攻略 ▷する  しない hotランキング 8/17→63位!!!から48位獲得!! 8/18→41位!!→33位から28位! 8/19→26位 人気ランキング 8/17→157位!!!から141位獲得しました! 8/18→127位!!!から117位獲得

転生したらBLゲーの負け犬ライバルでしたが現代社会に疲れ果てた陰キャオタクの俺はこの際男相手でもいいからとにかくチヤホヤされたいっ!

スイセイ
BL
夜勤バイト明けに倒れ込んだベッドの上で、スマホ片手に過労死した俺こと煤ヶ谷鍮太郎は、気がつけばきらびやかな七人の騎士サマたちが居並ぶ広間で立ちすくんでいた。 どうやらここは、死ぬ直前にコラボ報酬目当てでダウンロードしたBL恋愛ソーシャルゲーム『宝石の騎士と七つの耀燈(ランプ)』の世界のようだ。俺の立ち位置はどうやら主人公に対する悪役ライバル、しかも不人気ゆえ途中でフェードアウトするキャラらしい。 だが、俺は知ってしまった。最初のチュートリアルバトルにて、イケメンに守られチヤホヤされて、優しい言葉をかけてもらえる喜びを。 こんなやさしい世界を目の前にして、前世みたいに隅っこで丸まってるだけのダンゴムシとして生きてくなんてできっこない。過去の陰縁焼き捨てて、コンプラ無視のキラキラ王子を傍らに、同じく転生者の廃課金主人公とバチバチしつつ、俺は俺だけが全力でチヤホヤされる世界を目指す! ※頭の悪いギャグ・ソシャゲあるあると・メタネタ多めです。 ※逆ハー要素もありますがカップリングは固定です。 ※R18は最後にあります。 ※愛され→嫌われ→愛されの要素がちょっとだけ入ります。 ※表紙の背景は祭屋暦様よりお借りしております。 https://www.pixiv.net/artworks/54224680

悪役令息に転生しましたが、なんだか弟の様子がおかしいです

ひよ
BL
「今日からお前の弟となるルークだ」 そうお父様から紹介された男の子を見て前世の記憶が蘇る。 そして、自分が乙女ゲーの悪役令息リオンでありその弟ルークがヤンデレキャラだということを悟る。 最悪なエンドを迎えないよう、ルークに優しく接するリオン。 ってあれ、なんだか弟の様子がおかしいのだが。。。 初投稿です。拙いところもあると思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです!

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

処理中です...