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1章 ダンジョン

6.召喚契約

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「う、わぁ……っ!?」

 突然、景色がぐにゃりと歪んで、身体が引き寄せられる感覚がした。
 思わずぎゅっと目を閉じる。おそるおそる目を開けたときには視界が変わっていて、はじめてバロンと会った草原に戻っていた。
 目の前には、ニコニコとうれしそうに笑っているバロンがいる。
 助けたバロンは消えていた。本体に戻ったのかもしれない。

「スズ、おめでとう! 一人のぼくに触ることができたんだね。すごいよ~!」
「さ、触った……? え、俺触ったっけ……?」
「うん! スズのほっぺたに、一人のぼくの肉球がばっちり触ったよ! スズが危ないって思ったから、思わず助けちゃった!」

 あ、そっか。
 巨獣に襲われそうになったとき、バロンが間一髪で助けてくれたのか。

「……でも、それ触ったっていうか、触られたっていうか」
「ううん。同じことさ。本体であるぼくは全部見ていたよ。出会ってからこの短い時間で、スズはこのぼくに助けたいって思わせたんだ。これはすごいことなんだよ! ぼくは基本的に人間なんてゴミクズぐらいにしか思ってないからね。そんなぼくが人間であるスズを助けたんだ! そう思わせるだけの何かが、きっとスズにはあるんだね!」

 バロンは興奮したように目を輝かせてそう言った。
 いやいやゴミクズって酷すぎだろ。さすがにちょっと引くわ。
 ドン引きしている俺にかまわず、バロンは言葉を続けた。

「スズ、ボーナスステージクリアおめでとう。さあ能力を受け取って! って言いたいところだけどさ……」

 バロンはなぜか深刻そうに俺を見た。
 なになに、どうしたの。

「……スズ、きみが触れてしまったぼくはね……よりによって、とんでもない能力のぼくだったんだ。きみはあまりよくない能力を手に入れてしまった」

「あまりよくない能力?」

 そういえば、助けたバロンもそんなようなこと言ってたな。『ぼくの能力だけは手に入れない方がいい』って。
 ヘンなことを言うなぁ、と首をかしげた。
 その能力がどんな方向にとんでもないのかは知らないけど、あくまで“能力”なんだから、使わなければ脅威にはならないはずだ。

「よく分かんないけど、どんな能力でも、俺は悪いことに使ったりしないよ」

 そう言うと、バロンは首をぶんぶんと振った。

「いや、そういう意味じゃないよ。ぼくはスズが能力を悪用するなんて全く思ってない。いい子なのはよーく知ってるしね! それに、そもそも誰がどんな風に能力を使おうとぼくの知ったことじゃないよ。手に入れた以上、悪用だろうが何だろうが好きに使っちゃって~って感じ。でも、ぼくはスズを気に入っちゃったから、きみが心配なんだよ」
「俺が心配?」

 ますます意味が分からなくて、首をかしげる。どういうことだろう?
 それをたずねる前に、バロンは俺を真っ直ぐに見て。
 そしてもう一度話をはじめた。

「――君が手に入れた能力はね。これから君が行く小さな世界では、とっても希少な能力なんだ」
「希少な能力?」
「そう。治癒能力さ」
「……ちゆ? ああ、怪我を直したりする治癒のこと? よくありそうな能力だけど」
「よくありそう、なんてとんでもないよ。とっても珍しいんだ。残念だけど、君が行く世界はもう決まっている。詳しいことは言えないけど、きみに執着している奴がいるんだ。その世界では、たくさんの能力が発見されているけれど、治癒能力はレベル2までしか発見されていない。それも所持者は五人以下さ」

 五人以下。
 それが多いのか少ないのかも俺には判断ができない。バロンには悪いけど、いまいち希少さが理解できなかった。

「俺はその治癒能力の何レベルなんだ?」

 何となくそうたずねる。本当に軽い気持ちだった。
 するとバロンは待ってましたと言わんばかりに、俺に詰め寄り口を開いた。

「レベル10だよ」
「レベル、じゅう」
「そう、10。最強レベルだよ」
「そ、そっか……すごいな!」

 そう答えつつも、まだぴんとこない。
 首を傾げる俺に、バロンは呆れたようにため息を吐いた。

「いいかいスズ。この世界には何万種類の能力が存在する。さっきも言ったけど、その能力の性能はレベルで決まっている。レベルは1から10。数が多いほど能力で出来ることの幅が広い。ここまではいいね?」
「う、うん……。何万種類もあるんだ。へぇ」
「レベル5以上は珍しいって話もしたよね。だけど、珍しいってだけで探せば結構いるんだ。どれぐらい存在するかはその能力によるんだけど……たとえばさっきスズが手に入れた空間移動能力は、レベル5までの所持者なら、君がいく世界で100人はいる。でもレベル6なら20人、レベル7なら10人、レベル8なら5人、レベル9なら2人。だけど、レベル10はどの能力でも、すべての世界で絶対に一人しか存在しない。その人が生きている限りね。それに、レベル10はレベル9とはまさしくレベルが違うんだ。全てにおいて上位変換。レべル10の保持者ってだけで人々から敬われて一生遊んで暮らせるよ」
「えっ、そんなにすごいのか、レベル10って」

 すごい能力を手に入れたっていうのは、何となく理解できた。
 どんなことができるのかは分からないけれど、使い方に気を付けなきゃいけない。
 バロンは言いたいのはきっとそういうことだって思った。

「分かったよ、バロン。俺、使い方に気を付けるから、そんな心配しなくても……」
「全然分かってない。大事なのはここからだから、最後まで聞いて」
「あっ、ハイ」

 バロンに一蹴されて、大人しくうなずく。

「いいかい? さっきも言ったけど、スズが手に入れた治癒能力は種類ある能力の中で最も珍しいレア能力なんだ。所持者は5人以下。それにくわえて、所持者全員がレベル2以下。ねぇ、スズ。治癒能力って最初に聞いてどう思った?」
「えっ、どう、って言われても……。うーん、よくありそうで、けれど大事な能力だなって」

 大人になってから、たまにやっていたRPGゲームを思い出してそう答える。
 どのゲームでも回復魔法が使えるキャラクターは重宝した。パーティに一人は入れておかなければ安定しないというのがどのゲームでも定石だろう。
 バロンは俺の回答に深く頷いた。

「そう、とっても大切な能力なんだ。誰もが必要とする、大切な能力。つまり、治癒能力っていうのは、需要と供給のバランスが全くとれていないのさ。……ねぇ、スズ。その5人以下の治癒能力所持者は、これから君が行く世界でどうやって生きていると思う?」

 そうたずねられたとき、やっとこの能力を『手にしてしまった』と言ったバロンの言葉の意味が分かった気がした。
 きっと、この能力を所持している人たちは。

「……強い人に利用されている、ってこと?」
「それに近いね。治癒能力者たちは全員、君が行く世界の一つの国、その王宮に監禁されているのさ。閉じ込められて、能力を他人に使うことを強要されている。だからスズ、まず一つアドバイスをしよう。絶対に自分が治癒能力者だと言わないことだ。能力を判別できる能力者もいるけれど、その能力も比較的珍しい。普通に生きていたら、まず調べられることはないからね」
「わ、分かった……! 絶対に言わないし、使わない!」
「それがいい。でもね、きっといつかはバレる日が来るだろう。いいかい、スズ。その日までに、信頼できる強い仲間を探した方がいい」
「仲間……」
「そう。たしかにスズは他の治癒能力者と比べて十分強いよ。それでも上には上が山ほどいる。一人じゃ自分を守れない。だから、あと二人。召喚契約をしてくれる仲間を探さないとね」
「探して、どうすんの」
「決まってるだろ。守ってもらうのさ」
「えぇ……そんな人いるかな……って、あと二人?」

 あれ? たしか召喚契約できるのは三人までって言ってなかったっけ?
 そうたずねる前に、バロンは俺に向かって、にっこりと笑った。

「うんあと二人! ぼくがスズの一人目の契約者になってあげる!」
「えっ、バロンが? いいの?」
「うんいいよ! ぼく、スズのこと好きだし! 人間の中で一番大好き! スズはぼくとの契約を受け入れてくれる……?」

 小動物があざとく上目づかいで俺を見ている。

「そ、そりゃありがたいけど……」

 今のところ情けないところしか見てないけど、仮にもダンジョン管理者で、神様とか言ってたもんな。
 俺がそう言うと、バロンはなぜかヒト型に変化した。

「なんでヒト型になったの」
「えへへ、契約に必要だから。スズ、ちゅーしてもいい?」
「は? ちゅーって、なんで急に」
「ちょっと黙っててね」
「えっ、ちょ……んっ」
 
 薄くて形のいいくちびるが迫ってきて、ふさがれた。
 ケモミミの生えた美少年妖精(自称)にキスをされている。その状況が理解できなくて固まっていると、すぐにぬるりと生あたたかいものが中に入ってきた。
 
「ん……っ、んむっ、んん」

 驚きすぎてあばれると、両手を掴まれてキスが深くなる。
 歯をなぞるように舐められて、逃げる舌を捕まえられて強く吸われているのが分かった。はじめての感覚に、背筋がぞくぞくする。力が抜けて立っていられなくなると、腰を支えられて、さらに深くなる。
 俺は恋人ができたことがない正真正銘の童貞なので、これはファーストキスだった。
 はじめてのキスを男に奪われてしまったのだ。
 途中からぼーっとしてしまってされるがままだったが、しばらくすると、やっとバロンはくちびるを離してくれた。

「えへ、スズがかわいかったから、ちょっとだけイタズラしちゃった!」
「な、なに、すんだよ……っ」
「嫌だった? ごめんね。でも召喚契約って、キスと相手の同意が必要なんだ。これでスズは僕と契約できたよ!」
「契約できたの……? っていうか、キスが必要って……なんだよ、それ……」
 思わず絶句する。
 あと二人、仲間を探すべきだってバロンは言ってたけど、そのたびにキスしなきゃいけないってこと?
 男となんて嫌だし、俺なんかが力の強いきれいなおねーさんとキスできるとは思えない。
 ……無理ゲーじゃん。これ最初で最後の召喚契約なのでは?

「ちなみに今のぼくみたいに、お口の中をぺろぺろしてもらう必要はないからね! 触れるだけのちゅーで大丈夫だよ!」
「じゃあなんでやったの!?」
 思わずつっこむと、人型のバロンはくちびるをとがらせた。
「……だって、ずっとむかついてたから! えへへ、スズのファーストキスは、僕がもらっちゃった!」

 美少年はあざとく笑った。
 かわいい。
 かわいいが、さすがにだまされない。ちょっと引いた目で見てしまう。

「スズ、怒らないでよ~! 転移先の世界で、困ったことがあったらいつでも呼んでくれていいから~!」
「……正直キスのことは教えてほしかったけど、まぁ心強いよ」
「よかった! ちなみに本体はここから離れないから、スズが召喚するぼくは今の一万分の一ぐらいの力だからね! 出来ることは限られちゃうけど、それでもそこらの人間よりはずっと強いから、スズはぼくが守ってあげるからね!」
「え、ちょっと待って。いちまんぶんのいち……? それってどうなの……?」
「大丈夫だって! 本体が世界を滅ぼせるぐらいの力があるんだから!」

 バロンはえへへ、と笑った。
 自分の手下に襲われている姿を見ているだけに、一抹の不安を覚えるけど、仮にもすごい存在みたいだし、まあ大丈夫か。本人を信じよう。

「さあ、スズ。説明は終わりだよ。そろそろこのダンジョンを出なきゃ。これからきみは、きみにとっての異世界に足を踏み入れるんだ」
「……うう、心細いけど、なんとかやってみる」
「スズなら、大丈夫だよ。それに困ったことがあったら、いつでもぼくを呼んでよね」

 そう言って、バロンはまた笑った。
 それからすぐに周囲が光りはじめる。身体がぷかぷか浮いて、ぎゅんと引き戻される感覚がする。まるで、夢から覚めるみたいに。
 そうして俺は意識を失った。
 次に目が覚めたとき、バロンが言っていた新しい世界が始まるのだ。
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