9 / 13
「あの人には二度と会うつもりはありません」
「あの人には二度と会うつもりはありません」
しおりを挟む
隣国の王に嫁いだアンジェラだが、城では冷遇されていた。
それというのも夫であり、国王のジョンには昔から想い合っている恋人のエステルがいた。
アンジェラはその二人の仲を裂いた隣国の無慈悲な王女……この国では、そういう扱いだった。
(この国の奴等、馬鹿よねえ)
国王の恋人だが、国王の元々の婚約者。いとこで幼馴染みで、どちらにとっても初恋。親同士も仲が良く……と、アンジェラ入り込む隙間は、これっぽちもなかった。
そんな二人の仲が引き裂かれたのは、この国がアンジェラの故国に宣戦布告したからに他ならない。
国境でのいざこざが、戦争にまで発展し、この国が大敗した。
国や軍の規模を考えたら、勝てるはずがないのは、解りきったことだったのだが、彼らは何故か戦争を仕掛け、三日と持たずに降伏した。
(戦勝国の王女を娶って冷遇するとか、考えなしよね……戦争に舵を切った前国王が馬鹿だと思っていたけど、その息子も馬鹿だったと)
講和の条件として、戦争を起こした国王の退位と、新国王と王女の結婚……など。それらを全て受け入れたはずなのだが、
「戦争を推し進めた大臣って、国王の恋人エステルの父親よね」
「そうですね」
いざアンジェラが輿入れしてみたら、戦勝国の王女アンジェラを粗雑に扱い、ジョンとエステルは恋人同士のまま。
「あの人、知ってるよね」
故郷から付き従っている侍女に、アンジェラは話し掛ける。
「ご存じでしょう」
「知ってるどころか、焚きつけたのも、あの人よね」
「工作員を放って、二人の感情を煽るくらいのことはなさるかと」
アンジェラが言う「あの人」とは父である王で、とても冷酷で残忍な性格だった。攻め込んだこの国に対して、講和を結ぶ姿勢を見せ、アンジェラを送った。
(父の狙いは、私を粗雑に扱う、もしくは殺したことを理由に、停戦協定を破棄して攻め込むことよねえ)
だがアンジェラを送った理由は、アンジェラが予想した通り、停戦破棄を狙ってのこと。
(ジョンに仲睦まじい恋人エステルがいることは、確実に知っていたでしょう。そしてエステルの排除をせず、見逃しているということは……)
アンジェラはお茶を飲みながら、父王の望みはアンジェラが害されることだと察した。
(父は私が害されるのを待つような性格ではないのよね……)
ジョンやエステル、そして彼らを応援する城の使用人達だが、さすがにアンジェラに危害を加えてくるものはなかった。
(危害を加えてくるとしたら、国から着いてきた、私の使用人でしょう)
誰が父の命令を受けているのか?どこまで害するつもりなのか?
(負傷した程度だと、私が犯人について証言する可能性があるから、殺害かしら……国のために死ぬなんて、御免だわ)
アンジェラは王女だが、故国にとくに強い思い入れはない。
更に父のことを尊敬もしておらず、母とは仲が悪い。
(両親も私の殺害を躊躇うことはないよね)
アンジェラは生きたい!と思う性格ではない。なんなら、いま飲んでいるお茶に毒が盛られていて、そのまま死んでも構わない。
死後、自分の遺品を整理されても、恥ずかしいモノはなにもない。
自分の心情を綴った日記なども残していない。
(あら……死ななかったわね)
侍女が淹れたお茶を飲み干し、茶器を持って下がる姿を見送ってから、まだ自分が生きていることを確認し「今回ではなかった」と。それは安堵でもなければ、絶望でもない。
(殺害予告でもしてくれたら、こっちもその日時に合わせて動くのに……最終的には意のまま、もしくは想定内と思われてもいいから、行動に移しましょう)
黙って戦争再開の火種になるつもりなどないアンジェラは立ち上がり、故国から持参してきた毒を隠し持ち部屋を出た。
――――――
「殺害などしていない!」
この国最後の国王になることが決定したジョンは、必死に身の潔白を訴えた。
潔白を訴えたところで、処刑されることにかわりはないのだが、してもいない罪まで背負わされたくはないと、喉が切れそうになるほどの大声で、アンジェラに同行してきた使用人たちに毒など盛っていないと訴えた。
「王女の部屋から宝飾品を盗むために、毒を盛ったのだろう」
「そんなことは、していない!」
「お前の愛人の部屋に、王女が持参した宝飾品があったのは何故だ?」
「それ……それは!使用人が殺害される前に、アンジェラから取り上げていた!」
「取り上げただと?そんな報告、受けていないが」
「それは!」
「王女から宝飾品を取り上げ、それが国に報告されないとでも?」
「報告されていない理由は知らないが、使用人が死ぬ前に取り上げた!」
腕を縛り上げられ膝をついているジョンを見下ろしていた、アンジェラの父が尋ねる。
「誰がそれを証明してくれるのだ」
「そ、それは……城の使用人たちが!」
「貴様の部下の証言を信じると?」
「あ……アンジェラだ!アンジェラは知っている!」
「そのアンジェラはどこに居るのだ?」
「え……そっちの国に帰ったのでは……」
「帰ってきてはいない。ふむ、まだ何か隠しているな。口を割らせろ、拷問吏」
アンジェラの父親の声に、数人の男が進み出て、ジョンの上半身を覆っている服を切り裂き、一人が鞭を振り上げる。
「止めてくれ!」
アンジェラの父親は叫び声をあげるジョンに背を向け、その場を去った。
「アンジェラめ。監視員たちに毒を盛って、逃げるとは……さすが、私の娘だ」
アンジェラに付けた使用人達は、すべて監視員で、彼女がどう動くかを見張らせていた。もちろんアンジェラが候補に挙げていた「アンジェラの毒殺」だが、監視員の命令にあった。
ただ監視員たちは、自分達が殺害されることは考えていなかった。
「いまは自由を楽しむがいい。いずれ、帰ってくることだろう。私の娘なのだから」
躊躇わず毒を盛り、小国といえども城を華麗に抜け出して姿を消した娘の帰還を確信しながら、アンジェラの父は帰国した。
アンジェラが嫁いだ国は、最後の王ジョンと、愛人のエステルの死体が長いこと城壁に吊されていた。
それというのも夫であり、国王のジョンには昔から想い合っている恋人のエステルがいた。
アンジェラはその二人の仲を裂いた隣国の無慈悲な王女……この国では、そういう扱いだった。
(この国の奴等、馬鹿よねえ)
国王の恋人だが、国王の元々の婚約者。いとこで幼馴染みで、どちらにとっても初恋。親同士も仲が良く……と、アンジェラ入り込む隙間は、これっぽちもなかった。
そんな二人の仲が引き裂かれたのは、この国がアンジェラの故国に宣戦布告したからに他ならない。
国境でのいざこざが、戦争にまで発展し、この国が大敗した。
国や軍の規模を考えたら、勝てるはずがないのは、解りきったことだったのだが、彼らは何故か戦争を仕掛け、三日と持たずに降伏した。
(戦勝国の王女を娶って冷遇するとか、考えなしよね……戦争に舵を切った前国王が馬鹿だと思っていたけど、その息子も馬鹿だったと)
講和の条件として、戦争を起こした国王の退位と、新国王と王女の結婚……など。それらを全て受け入れたはずなのだが、
「戦争を推し進めた大臣って、国王の恋人エステルの父親よね」
「そうですね」
いざアンジェラが輿入れしてみたら、戦勝国の王女アンジェラを粗雑に扱い、ジョンとエステルは恋人同士のまま。
「あの人、知ってるよね」
故郷から付き従っている侍女に、アンジェラは話し掛ける。
「ご存じでしょう」
「知ってるどころか、焚きつけたのも、あの人よね」
「工作員を放って、二人の感情を煽るくらいのことはなさるかと」
アンジェラが言う「あの人」とは父である王で、とても冷酷で残忍な性格だった。攻め込んだこの国に対して、講和を結ぶ姿勢を見せ、アンジェラを送った。
(父の狙いは、私を粗雑に扱う、もしくは殺したことを理由に、停戦協定を破棄して攻め込むことよねえ)
だがアンジェラを送った理由は、アンジェラが予想した通り、停戦破棄を狙ってのこと。
(ジョンに仲睦まじい恋人エステルがいることは、確実に知っていたでしょう。そしてエステルの排除をせず、見逃しているということは……)
アンジェラはお茶を飲みながら、父王の望みはアンジェラが害されることだと察した。
(父は私が害されるのを待つような性格ではないのよね……)
ジョンやエステル、そして彼らを応援する城の使用人達だが、さすがにアンジェラに危害を加えてくるものはなかった。
(危害を加えてくるとしたら、国から着いてきた、私の使用人でしょう)
誰が父の命令を受けているのか?どこまで害するつもりなのか?
(負傷した程度だと、私が犯人について証言する可能性があるから、殺害かしら……国のために死ぬなんて、御免だわ)
アンジェラは王女だが、故国にとくに強い思い入れはない。
更に父のことを尊敬もしておらず、母とは仲が悪い。
(両親も私の殺害を躊躇うことはないよね)
アンジェラは生きたい!と思う性格ではない。なんなら、いま飲んでいるお茶に毒が盛られていて、そのまま死んでも構わない。
死後、自分の遺品を整理されても、恥ずかしいモノはなにもない。
自分の心情を綴った日記なども残していない。
(あら……死ななかったわね)
侍女が淹れたお茶を飲み干し、茶器を持って下がる姿を見送ってから、まだ自分が生きていることを確認し「今回ではなかった」と。それは安堵でもなければ、絶望でもない。
(殺害予告でもしてくれたら、こっちもその日時に合わせて動くのに……最終的には意のまま、もしくは想定内と思われてもいいから、行動に移しましょう)
黙って戦争再開の火種になるつもりなどないアンジェラは立ち上がり、故国から持参してきた毒を隠し持ち部屋を出た。
――――――
「殺害などしていない!」
この国最後の国王になることが決定したジョンは、必死に身の潔白を訴えた。
潔白を訴えたところで、処刑されることにかわりはないのだが、してもいない罪まで背負わされたくはないと、喉が切れそうになるほどの大声で、アンジェラに同行してきた使用人たちに毒など盛っていないと訴えた。
「王女の部屋から宝飾品を盗むために、毒を盛ったのだろう」
「そんなことは、していない!」
「お前の愛人の部屋に、王女が持参した宝飾品があったのは何故だ?」
「それ……それは!使用人が殺害される前に、アンジェラから取り上げていた!」
「取り上げただと?そんな報告、受けていないが」
「それは!」
「王女から宝飾品を取り上げ、それが国に報告されないとでも?」
「報告されていない理由は知らないが、使用人が死ぬ前に取り上げた!」
腕を縛り上げられ膝をついているジョンを見下ろしていた、アンジェラの父が尋ねる。
「誰がそれを証明してくれるのだ」
「そ、それは……城の使用人たちが!」
「貴様の部下の証言を信じると?」
「あ……アンジェラだ!アンジェラは知っている!」
「そのアンジェラはどこに居るのだ?」
「え……そっちの国に帰ったのでは……」
「帰ってきてはいない。ふむ、まだ何か隠しているな。口を割らせろ、拷問吏」
アンジェラの父親の声に、数人の男が進み出て、ジョンの上半身を覆っている服を切り裂き、一人が鞭を振り上げる。
「止めてくれ!」
アンジェラの父親は叫び声をあげるジョンに背を向け、その場を去った。
「アンジェラめ。監視員たちに毒を盛って、逃げるとは……さすが、私の娘だ」
アンジェラに付けた使用人達は、すべて監視員で、彼女がどう動くかを見張らせていた。もちろんアンジェラが候補に挙げていた「アンジェラの毒殺」だが、監視員の命令にあった。
ただ監視員たちは、自分達が殺害されることは考えていなかった。
「いまは自由を楽しむがいい。いずれ、帰ってくることだろう。私の娘なのだから」
躊躇わず毒を盛り、小国といえども城を華麗に抜け出して姿を消した娘の帰還を確信しながら、アンジェラの父は帰国した。
アンジェラが嫁いだ国は、最後の王ジョンと、愛人のエステルの死体が長いこと城壁に吊されていた。
応援ありがとうございます!
152
お気に入りに追加
336
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる