【短編集】ざまぁ

彼岸花

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あの人は私をエミリーナだと思っている

「エミリーナ」のエミリーナ

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無様に地面に這いつくばり、手を使わずに犬のように口だけでクッキーを食べる男バーナードを見下すエミリーナは、バーナードが思っているエミリーナではない。

いま国王の膝の上に座って寵愛を受けているエミリーナは、隣国から送り込まれたスパイだった。

由緒正しい伯爵家のエミリーナは実在

そして由緒正しい伯爵家はさまざまな要員で困窮していた。
資産のない伯爵家は、娘の葬儀も満足に出すことができなかった。だからエミリーナの死は身内しか知らなかった……はずだったのだが、どこかから聞きつけた隣国が「我が国のスパイを娘としろ」と持ちかけてきた。

最初は断った伯爵だが、最終的に受け入れた。

もちろん受け入れる際に「成り上がりのバーナード将軍の妻にする」という話も聞いた。そしてそこから金を受け取ればいいと提示された。

「そんなに上手くいくのか?」
「上手くいくように、仕込んでいる」

スパイと共にやってきた、顔を覆面で隠して見せなかった男はそのように言い、本当に資金援助と引き替えに「エミリーナ」はバーナード将軍の妻となり、伯爵家の財政は潤うには遠かったが、贅沢をしなければ生活できそうなまでに持ち直した。

その「エミリーナ」が国王の愛人となったと聞いた伯爵は、

「そうか」

ぼそりと呟いた……と「エミリーナ」は上役から聞いた。
伯爵家には伯爵の他に、エミリーナの実母である夫人しかいない。
いずれエミリーナの婿に伯爵家を継いでもらう予定だった。
爵位や身分を持たない成り上がりのバーナード将軍は、エミリーナの実家の爵位を当てにしていたし、いまも当てにしている。

そのことも「エミリーナ」は彼女の上役、伯爵家に話を付けにいった際、覆面で顔を隠している男から聞いていた。

「エミリーナ」の上役はバーナードの副官を務めている。

成り上がりのバーナードは、貴族の部下ではなく、実力があれば身分を問わなかったので、懐に忍び込むのは簡単だった。

バーナードの勝利の半分以上はこの「エミリーナ」の上役の情報がもたらしたものだった。
上役はバーナードに気付かれないように、上手に情報を出して勝利を手中におさめさせ、そして昇進させた。

上役の行動は全て隣国の指示。バーナード将軍が討った敵兵は、上役が仕えている一派の敵対勢力だった。
上役の敵対勢力陣営ばかりが狙われていては怪しまれるので、偶には上役が属する陣営も襲われるよう仕向けたが、出来るだけ被害が出ないよう、上手く立ち回った。

その結果、上役が属する一派が隣国の主権に手が届く位置まできた。

あとは他国と手を結べれば……となり、全ての決定権を持つ国王を、女で骨抜きにして従わせることを計画して「エミリーナ」は虐げられる女を演じて、国王の目をひき、見事に任務完了までもう少しというところまできたと「エミリーナ」は思っていた。

「えっ……」

国王の膝に座り、犬のように惨めにクッキーを口だけで食べている男を見下ろしていた「エミリーナ」は、自分の腹部に焼けた鉄の棒を押し付けられた感覚が走りった。

「それなりに楽しかったよ、伯爵家のエミリーナを名乗った誰か」

驚き目を見開いている「エミリーナ」の目をのぞき込んできた国王の瞳から、「エミリーナ」は何も読み取ることはできなかった。
そして腹部の熱が痛みに変わり、再度痛みが遅う。
国王が膝に乗っている「エミリーナ」を乱暴に押し、「エミリーナ」はバランスを崩して床に崩れ落ちた。

「陛下……」
「お前だって愛していないのだから、殺してもかまわんだろう?」
「いや、あの」
「これの失態の咎をお前に負わせることはない、バーナード。そういうことだ、バーナード」

痛む箇所に手を当てると、血が溢れ出していて、顔を上げると国王の手には血に濡れた鋭い刃物が握られていたのが見えた。

「エミリーナ」が認識できたのは、そこまでだった。
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